生成AIは過去のどのテクノロジーとも異なっています。瞬く間にビジネスと社会を揺るがす存在になりつつあり、リーダーはこれまでの想定や計画、戦略の見直しを迫られています。
こうした変化にCEOが対処するための一助として、IBM Institute for Business Valueは生成AIの調査に基づくガイドをシリーズ化し、12のテーマごとに公表しています。内容はデータ・セキュリティーからテクノロジー投資戦略、顧客体験にまで及びます。今回は第十二弾として「マーケティング」をお届けします。
企業はエクスペリエンス(体験)のハイパー・パーソナライゼーションを進めるために必要なデータを長期に保有しています。しかし、複数部門のデータ・セットにばらばらに格納されているため、マーケティング部門は今まで活用することができていませんでした。
生成AIを活用すると、強力なコンテンツ制作とリアルタイムのデータ分析の双方を強化できるため、個々の顧客のニーズに応じたコミュニケーションをマーケティング・チームが展開する上で大きな力になります。これによって、組織のブランド力が高まる一方、新たなリスクをもたらす可能性もあります。こうした環境で、CMOの76%は生成AIがマーケティングの在り方を変えるだろうと回答しています。さらに、生成AIを迅速に導入できなかった場合には、競争力を維持することが非常に難しくなるだろうと述べています。
マーケティング企業の多くは、公開されている大規模言語モデル(LLM)をベースにした生成AIをすでにコンテンツ制作に利用しています。しかし、独自データをこのモデルに読み込ませることで、生成AIの稀有なカスタマイズ化能力を活用できている企業はほとんどありません。ただ、CMOの半数以上(51%)は、2024年末までに独自のデータ(顧客に関するマーケティング部門の知的資本)を使って基盤モデルを構築する計画があると回答しており、この状況は間もなく変わることでしょう。
生成AIによって、よりパーソナライズされたメッセージに基づくコンテンツ制作が迅速化され、マーケティング担当役員はアナリティクス(分析)の管理にこれまで以上に関与できます。その結果、顧客データを基にしたインサイト(洞察)を高速かつ個別に抽出することが、大規模にできるようになります。顧客嗜好の詳細なパターンを明確化することにより、マーケティング担当者はターゲット・セグメンテーションの限界をついに克服し、真に個別化されたオファーやインタラクションを提供できるようになります。
さらに、マーケティング担当者は、リアルタイムのインサイトを通じてパーソナライズされた製品、サービス、エクスペリエンスがニーズにマッチしているかどうかを測定し、その答えがノーであった場合に素早く方向転換することも可能になります。
IBVが考える、すべてのリーダーが知っておくべき3つのこと:
そして、すべてのリーダーが今すぐ実行すべき3つのこと:
リーダーが知るべきこと1ー 「トランスフォーメーション+生成AI」
マーケティングは全社的な生成AIのペースメーカーです
味気ない反復業務がすべて自動化されたら、人間は時間をどのように使うべきでしょうか。経営層の4人中1人以上(27%)は、生成AIによってマーケティングの役割が自動化されることを期待しています。これはマーケティング担当者にとっては厳しい現実のように聞こえるかもしれませんが、世界最大の広告会社WPP社のCEOを務めるMark Read氏によれば、まだ明らかではないものの、大きなチャンスがあります。
「(生成AIによって)どの仕事がなくなるのかは分かっていますが、新たに生まれる仕事ははっきりしません。非常に多くの仕事を創出するのは確かでしょう。WPPを見回しても、仕事の半分は20年前にはおそらく存在しなかったでしょう。『ソーシャル・メディア・マネージャー』『プログラマティック・メディア・マネージャー』『検索エンジン・オプティマイザー』。いずれも存在しませんでした。他にいくらでもあります」
生成AIモデルはその価値を最大限に発揮するために、マーケティングからセールス、サービスに至るまで、顧客との接点のすべてで彼らのデータにアクセスできることが必要となります。言い換えると、マーケティング・チームには成長を促す絶好の機会がある半面、データ・プライバシーとガバナンスに広く目配りし、ブランド・リスクの管理や、顧客の信頼確保に努めなければならない、ということです。しかし、生成AIの導入に当たって、マーケティング部門が営業、顧客サービスの両部門と協力していると回答した最高マーケティング責任者(CMO)はわずか24%にとどまりました。
マーケティングのオペレーティング・モデルを見直し、人間とテクノロジーのパートナーシップがさらに効果を高めることができれば、人間は価値の高い仕事に専念できるようになります。創造性とイノベーション、戦略的思考と意思決定、プロダクト・ポジショニング(自社製品の市場地位)とマーチャンダイジング(商品化計画)をそれぞれ強化することにより、マーケティング・チームはスキル向上と、知識習得の加速が可能になります。この取り組みが軌道に乗った後、CEOはさまざまな学びを基にロードマップを作成することができます。他部門はそれを使って、このテクノロジーを社内全体にさらに効果的に統合していくことが可能となります。
リーダーが実行すべきこと1ー 「トランスフォーメーション+生成AI」
生成AIを活用したワークフォース・トランスフォーメーション(人材変革)のモデルとして、マーケティングを位置づけます
マーケティング担当者の業務内容の見直し(何をすべきで、何をすべきでないか)をCMOに求めます。学んだ教訓を社内各部門の変革にも活かします。
-
CMOを顧客管理の責任者にします。自社の顧客体験およびライフサイクルの担当として、マーケティング部門を位置づけます。全社的な顧客バリュー・チェーンに影響を及ぼす責任と権限を同部門に与えます。ブランド価値を低下させるリスクを認識して対処し、同時に、生成AIの活用で新たに可能となるエンゲージメント(顧客との関係強化)の機会を活かすようにします。
- 価値の高い役割の創出に重点を置きます。CMOと協力して、生成AI時代に必要なスキルを基にマーケティング・チームをつくります。顧客サービスの場合と同様に、マーケティングの再構築から学んだ教訓を他の部門にも活かします。
- 「不安」を払しょくし、「やる気」を生みます。CMOに対し、対象を絞った目的主導型のチェンジマネジメント(改革に伴う環境変化を円滑に定着させるための管理手法)を正式に実行するよう促します。それによって、マーケティング担当者が自分の役割に求められる新たな価値提案を理解し、注力できるようにします。トップダウンとボトムアップの両面から、オープン化と透明性確保を図り、オーセンティック・コミュニケーションを活用して、リーダーシップを発揮します。
コンテンツ制作者は、終わりのない定型業務から解放されます
コンテンツ制作は息苦しい作業になりがちです。担当チームは終わりのない締め切りに追われ、価値の高い戦略的な仕事は、しばしばその渦中に埋もれてしまいます。
生成AIの導入でそうした状況は一変します。コンテンツ制作の大部分に生成AIを活用できるほか、チームが発信メッセージをまとめたり、訴求力の高いキャッチフレーズをブレインストーミングしたりする際に有用となります。さまざまなオーディエンス向けにアセットを最適化する上でも役立ちます。
CMOの4人中3人は、2025年までにコンテンツ制作に生成AIを使う予定があると回答しています。さらに、過半数(51%)はコンテンツのトランスクリエーションに生成AIを使用する見通しとなっています。トランスクリエーションとは、単なる翻訳にとどまらず、元となるコンテンツのトーンや意味を特定の地域や文化に合わせて適切にローカライズする作業のことです。
生成AIがコンテンツ制作で大きな役割を果たすようになると、担当チームはどのようなメッセージングがビジネス目標と顧客ニーズの双方に有効かについて、時間をかけて戦略的に考えられるようになります。革新的なマーケティング・アプローチを試行する時間ができます。さらに、購買者の行動を動的に可視化したジャーニー・マップ(商品・サービスの購入に至るプロセス)も作成可能となるのです。
コンテンツの公開予定を必死になって埋める代わりに、データのインプットに基づき、価値の高いコンテンツをどの分野で展開すべきかに知恵を絞ったり、各顧客に対しどの配信方法が最も効果的かを判断したりできます。こうした指示は、組織全体の商品やマーチャンダイジングに関する意思決定にも活かすことができるのです。
マーケティング・コンテンツでは、創造的なアイデアと高い制作価値を優先します
マーケティングの水準を高めるために、マーケティング素材の内容を、カスタマー・ジャーニー(顧客が購入に至るまでの行動や体験)に沿ったタッチポイントや「真実の瞬間」(顧客満足度を左右する瞬時の応対)と合致させます。コンテンツ制作を効率化し、人員を価値の高い仕事に振り向けることで、生産性を高めます。
-
ライターズ・ブロック(創作力の一次的喪失)から脱却します。生成AIがコンテンツ制作プロセスをいかに加速させることができるかを各チームに示します。自社のデータでカスタマイズされたLLMを活用して、トピックや見出し、ソーシャル・メディアの投稿のほか、さまざまなオーディエンス向けメッセージングのバリエーションをブレインストーミングします。トリプル・チェックを行うことで、生成AIあるいは人間によって作成された、あらゆるコンテンツのバイアスをなくします。
-
顧客ニーズとマーケティング・コンテンツのギャップを埋めます。顧客の望ましい行動や結果を促すために、どの分野のコンテンツが必要かを見極めます。生成AIを使用してカスタマー・ジャーニー上で特定のペイン・ポイント(問題)を緩和するコンテンツをつくります。
-
将来必要な仕事を担う人材を今から見いだします。最前線で働く人材を注意深く観察し、そこから生成AIで実現できる新たな役割を見つけます。生成AIを最初から取り入れた者は、将来のMarOpsモデルを定義するために役立つインサイトや先進事例、教訓をいち早く手に入れることができます。
リーダーが知るべきこと3ー 「ハイパー・パーソナライゼーション+生成AI」
生成AIによって、ハイパー・パーソナライゼーションが実現可能となりました
顧客の特性は一人一人異なりますが、従来型のマーケティング・ダッシュボードでは、どの顧客も集約されたデータの海に埋もれてしまいます。パーソナルなつながりをつくるために必要な詳細情報が失われてしまうことになるのです。
CMOの5人中2人以上(42%)は、ハイパー・パーソナライゼーションを拡大することがマーケティングの優先課題であると回答しています。64%は今後1、2年のうちにコンテンツのパーソナライゼーションに生成AIの活用を見込んでいます。しかし、そこに至るには、顧客の行動や嗜好を一体的にきめ細かく観察することが不可欠であり、データの完璧な統合と管理が求められます。これは長年にわたり、マーケティング部門の悩みの種であり続けてきました。
このため、CMOはデータの収集とインサイトに関して権限の拡大を切望しています。マーケティングのどの側面で関与を強めたいかというCMOに対する問いでは、「アナリティクス」が最多でした。
生成AIは顧客の複雑な嗜好や行動に関する情報を統合し、マーケティング担当者が必要とする、実用的なインサイトに転換することができます。さまざまなソースからの顧客データをより迅速かつ動的に分析することで、担当チームはどの顧客にどういった対応が最も効果的かを特定し、その結果に応じて顧客への訴求活動を見直すことができます。パーソナライズされたコンテンツや体験から、オーダーメイドのチャットボット・サポートに至るまで、担当チームが顧客ニーズの変化にリアルタイムで対応する上で、生成AIは効果的です。
生成AIを活用できそうな分析用途は拡大しており、CMOはこうした変化のペースに対応するために、分析能力の基盤を強化することに取り組んでいます。例えば、CMOの78%は2024年末までに、生成AIでデータを分析してデジタルおよびソーシャル・チャネルからインサイトを入手する体制の構築を見込んでいます。現時点で体制が整っているとするCMOは36%にとどまっています。
リーダーが実行すべきこと3ー 「ハイパー・パーソナライゼーション+生成AI」
統合されたデータを使って、360度の顧客プロファイルを構築します
ハイパー・パーソナライゼーションのマーケティングでは、データの統合が非常に効果的です。セールスとサービスを含むタッチポイントのすべてにわたり、マーケティングの技術スタック(ソフトウェアとツールの組み合わせ)に関してCMOが自主管理できるようにする必要があります。
- 多分野にまたがるマーケティング・チームとITチームを設置します。CMOとCIOがそれぞれ重点を置く取り組みを整合させ、両者のパートナーシップを強化します。生成AIを活用して、個々の顧客に最適な対応を行う、本物の「ワン・ツー・ワン・マーケティング」を立ち上げるため、必要なインフラとシステムの構築、データ統合を進めます。
- 顧客ニーズの全体像を把握します。部門のサイロを解消し、マーケティングやセールス、カスタマー・サービスのデータを統合します。それによって、自社ビジネスにおける個々のカスタマー・ジャーニーについて全体像を把握します。
- 顧客データでオープン・モデルを強化します。顧客データを最大のブランド差別化要因として位置づけ、自社の誤情報に対しては防御策を講じます。同時に、オープン・モデルやパブリック・モデルのスピードと拡張性を活用し、顧客体験や商品・サービスをパーソナライズします。その各段階において機密データのセキュリティーも確保します。
著者について
Anthony Marshall, Senior Research Director, Thought Leadership, IBM Institute for Business ValueChristian Bieck, Europe Leader & Global Research Leader, Insurance, IBM Institute for Business Value
Cindy Anderson, Global Executive for Engagement and Eminence, IBM Institute for Business Value
Carolyn Heller Baird, Global Research Leader, Customer Experience and Design, IBM Institute for Business Value
発行日 2023年12月5日