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Smarter Business

[変革者インタビュー vol.4]経営構造改革とデジタル変革によって、ヤマトが描く“物流の未来”という物語

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牧浦 真司 氏
ヤマトホールディングス
専務執行役員


慶應大学卒、ダートマス大学経営大学院卒 (MBA)。興銀産業調査部などで約10年間、通信・IT業界を担当し、勃興期のネット産業調査や携帯電話3社の立ち上げに奔走。その後、メリルリンチ日本証券にて約20年間、ITや運輸物流業界を担当(常務・マネージングディレクター)。手掛けた日本企業の資金調達・M&Aは1兆円超。日系大手航空会社の事業再構築、破綻、再生、再上場において財務アドバイザーとして深く関与。2015年7月にヤマトホールディングス入社。グループ経営構造改革プロジェクト、デジタル・トランスフォーメーションを推進。2017年常務執行役員。2019年同社長室長。2020年より現職。

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小林 弘人 氏
株式会社インフォバーン代表取締役
Chief Visionary Officer


1994年、日本のインターネット黎明期に「WIRED」日本語版を創刊し、1998年に株式会社インフォバーンを設立。オウンドメディア、コンテンツマーケティングの先駆として活躍。2007年、「GIZMODO JAPAN」を立ち上げる。自著、監修本多数。監修と解説を担当した「フリー」「シェア」(NHK出版)は多くの起業家の愛読書に。2016年にドイツ・ベルリン市主催のAPW2016で日本人スピーカーとして参加し、その後、ベルリン最大のテック・カンファレンスTOAの公式日本パートナーとなる。現在は企業内イノベーターのためのイノベーションハブ「Unchained」を立ち上げ、ブロックチェーンを活用したビジネス立案の支援および、欧州、アジアのイノベーターたちとの橋渡しを行っている。

1976年、ヤマト運輸株式会社が始めたサービスである「宅急便」は、それまでになかった「電話1本で集荷・1個でも家庭へ集荷・翌日配達・運賃は安くて明瞭・荷造りが簡単」というコンセプトで人々の生活に大きな変化をもたらした。それから約45年、時代は移り変わり、eコマース (EC) の普及による配達量の劇的な増加、人手不足、過疎地域への対応など、物流業界は新たな社会課題に直面している。

ヤマトホールディングスは、2020年1月、経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を発表。社長直下にある独立した組織「Yamato Digital Transformation Project (YDX)」を中心に国内外のスタートアップ企業や大学・研究所などと提携し、デジタル変革(デジタル・トランスフォーメーション、DX)に本格的に乗り出している。デジタルテクノロジーを活用することで社会課題を解決することはできるか。宅急便を誕生させたように新たなイノベーションを起こすことができるのか。ヤマトがめざしている未来図はどのようなものか。経営構造改革やデジタル・トランスフォーメーション推進を指揮しているヤマトホールディングス専務執行役員の牧浦真司氏に、株式会社インフォバーンCVOの小林弘人が迫った。

経営構造改革とデジタル変革のシナジーで、ヤマトを根本的に変える未来計画

牧浦真司 氏(左)と小林弘人 氏(右)の写真

小林 現在、物流業界は、人手不足や過疎地域の配送など日本固有の問題に直面していますよね。そんな中、ヤマトホールディングスは1月23日に経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を発表されました。まず、この発表の経緯や概要についてお聞かせください。

牧浦 「YAMATO NEXT100」は、中期経営計画の上位概念、グランドデザインという位置づけで、今後5~10年のヤマトの姿を規定したものとご理解いただければと思います。経営構造改革自体は2016年からスタートしており、かなり前から準備を進めてきています。それらをふまえたうえで、現実に落とし込み、長期ビジョンとしたものが「YAMATO NEXT100」です。

小林 AIや自動運転がデファクトスタンダードになってきた今、企業が目指すその先には社会アーキテクチャやコーポレートのあり方そのものの設計も含まれないと、DXのDばかりが先に立ち、後ろのXであるトランスファーは「はて、どこに向かっているのだろうか?」というDXも少なくありません。

牧浦 そうですね。経営構造改革とDXは双方のシナジーがないと意味がありません。簡単な例でいうと、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)は「生産性が劇的に上がる」と言いますが、その前にまずアナログでなくすべき仕事をなくし、仕事の仕組みや経営構造、会社組織から変えていかないと本当の改革は期待できません。両方を一緒に進めていくことが鍵だと思います。

「運送」から「運創」へ、構造改革という大きな物語を伝えるために言葉を磨く

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小林 DXのビジョンを対外的にだけでなく、社員に対してどのように浸透させていけばいいかという相談をよく受けます。もっと言うと、幹部や役員に浸透させていくことがけっこう大変だというご相談を多くいただきます。

牧浦 まさにおっしゃる通りです。今回は、構造改革という大きな物語ですから、それに対する大きなストーリーが必要だと考え、2020年3月期第3四半期決算説明会の資料で、「『YAMATO NEXT100』構造改革宣言」という似つかわしくない大きな概念を述べています。

「運ぶ」ことは、生活を豊かにすることです。新しい「運び方」の開発、「運び方」のイノベーションは、人々のライフスタイルを、そして社会も変えていきます……新しい「運び方」を創造することで、社会に持続可能で新しい豊かさを創出すること。それは、かつて宅急便を生み出したイノベーションの会社、社会的インフラとしての私たちの使命です。(「YAMATO NEXT100」構造改革宣言より引用)

そして、それを表すコピーが「『運送』から、『運創』へ」です。業態転換と言ってもいいくらい踏み込んで変わっていこうという意志を表した言葉です。我々はインナーコミュニケーションも重視しており、社長の高次元のメッセージをどう伝えていくか、「YAMATO NEXT100」発表前の2カ月ほどは相当議論を詰めて言葉を磨いてきました。まだまだこれからではありますが、社内外の反響は大きいですね。

小林 『運創』とは、すごくいいコピーですね。ところで、話題は変わりますが、昨今、ESG投資、サーキュラエコノミー、持続可能性といった概念は、日本の企業においてはメセナ的な感覚が強く、「それは本業ではない」「儲かったら投資する」という考え方が少なくありません。一方で、世界最大の資産運用会社であるブラックロックのレポートを見ると、この数年はESG投資のパフォーマンスが高いです。そういった世界情勢も織り込んで計画されているのでしょうか。

牧浦 ESG関連では、ヤマトはかなり早い時期からCSV(Creating Shared Value、共有価値の創造)の取り組みをしてきましたが、ここ数年のSDGsの流れには乗り遅れている感があります。取り組みをつなげていくストーリーがなかったためです。

「YAMATO NEXT100」ではサステナビリティの取り組みとして、「つなぐ、未来を届ける、グリーン物流」と、「No one will be left behind」(SDGsのスローガン)から取った「共創による、フェアで、“誰一人取り残さない”社会の実現への貢献」という2つのビジョンを掲げて、それぞれの取り組みをつなげようとしています。

我々の会社は地域に支えられて伸びてきました。たとえば東日本大震災では、宅配便1個あたり10円、合計142億円を寄付しましたが(2011年4月~2012年3月まで実施)、それは我々が被災地となった三陸の漁業による海産物などの運送に支えられたという思いが非常に大きかったからです。地域社会の人口が減っていく中で、人々が寄り添って立つことができる社会的インフラを強化するため、サプライチェーンを維持することは我々の使命です。我々の存在そのものがサステナビリティと表裏一体です。ただ、そのことを伝えるコミュニケーションが不足していたのであらためてやり直そうとしています。

デジタル技術の活用による現場負担の軽減化で、お客様とより向き合う

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小林 ECの発達により荷物が爆発的に増え、働いている方もたいへんだと思います。労働環境の課題はDXでどれだけ解決できるでしょうか。

牧浦 長尾(裕・ヤマトホールディングス代表取締役社長)は、DXを通じて第一線の負担を軽減し、その分お客様と向き合う時間を増やしたりサービスを深めたりしたいという思いが非常に強いです。

そこで、たとえば仕分けの生産性を約4割向上させる画期的なソーティング・システムの導入の内容を「YAMATO NEXT100」に盛り込んでいます。DXのポイントは、コンピューティングパワーとUX、UIが改善されることにより、今まで機械化が無理だと思われていた複雑な業務をデジタル化できるところです。DXによって効果を上げられる分野はまだまだ大きいと考えています。

小林 自動運転社会を見据え、ドライバーは荷物の発送・受け取りに関与せず、利用者自身が荷物を車両から取り出す「ロボネコヤマト」は面白い取り組みですね。海外では、車のトランクに一度だけアクセスできるデジタルキーを使ってトランク内に荷物を配達するサービス、リアルタイムでターゲットを追って配達するサービスなどの実験が行われています。

牧浦 車のトランクへの配達などは検討していきたいです。ただ、こうしたサービスを現実的に実施するとなると、前提としてすべてがデジタル化される必要があります。プラットフォームを作ったうえで導入しないと、部分最適になって効率が落ちてしまいます。その点をどうするかが問題です。

小林 eVTOL(electric Vertical Take-Off and Landing aircraft、電動垂直離着陸機)に関しても、米国大手ヘリコプターメーカーのベル社と共同で貨物用無人機の試験飛行を行っていますね。実用化はカウントダウンの段階でしょうか。

牧浦 2019年に飛行は行いましたが、eVTOLも自動運転もユースケースが重要です。ただ動かすだけでなく、やはりプラットフォームを作って、それを使って物流企業としてどのように最適に運用していくか、システムを作らないとなりません。

“エイリアン”と“ミュータント”の力を結集し、社内変革を推進

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小林 人材についてはいかがですか。欧州のミレニアルの人と話をすると、SDGs的な考えが自然に根付いているように思います。その点、日本は変わっていくと思いますか。

牧浦 変わると思います。私は全然悲観していません。プライベートな話で恐縮ですが、26歳の長男(牧浦土雅氏、TED「世界の12人の若者」に選出)はアフリカのガーナで起業しています。彼の周りには若い起業家がたくさんいますが、英語が話せなくても海外に行って起業するようなデジタルネイティブ世代の身軽さを見ると、捨てたものではないと思いますね。

小林 会社内の若い人たちもそういう感覚はありますか。

牧浦 若手には期待していますが、ヤマトの年齢構成を考えると若手だけでなく全世代に変わってもらわないといけません。「YAMATO NEXT100」はまだ発表したにすぎないので、これからどのように全世代を巻き込んで実行していくかが重要です。若手は火が付きやすいでしょうが、自分も含めて年を取ると変化に抵抗が出てきますので。

小林 その点については多くの企業が悩まれていますね。社員の意見には耳をかさないけれど、社外の識者を連れてくると聞き入れてもらいやすいというので、役員や管理職者向けのワークショップをしばし依頼されます。YDX(Yamato Digital Transformation Project)では外部からの人材は募集していますか。異分野で活躍されていた方が、「これからはロジスティクスだ」と入ってきているのでしょうか。

牧浦 常に募集しています。入ってくる人材はさまざまです。私は「ミュータント」と「エイリアン」と呼んでいるのですが、「エイリアン」は私のような外部から来た、いわゆるよそ者です。「ミュータント」はヤマトの生え抜きだけど突然変異的な考えを持った社員です。たとえば、「空飛ぶトラック」プロジェクトの責任者である29歳の若者は、ヤマトに新卒入社し、現在は世界を駆け回っている「ミュータント」です。

小林 エイリアンとミュータントが集結しているがゆえに、現業を支えている社員からいぶかしがられることはありませんか。

牧浦 その点は試行錯誤して、タイムフレームを分けています。YDXはR&Dの外部組織「R&D”+D”」(Research and Development+Disruption)として位置づけ、3年から5年以上先をにらんだプロジェクトを行なっています。それとは別に、現場のデジタライゼーションを進める部隊がいます。現場は収支を考えないといけないので、どうしても1年単位でものごとを考えたがります。両者を一緒にしてしまうと、まずうまくいきません。

人間力 × AIエンジン × 経営力、物流変革を牽引する3つを引き出す“議論”の重要性

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小林 今後のこともお聞きしたいのですが、アジアでの展開はいかがですか。

牧浦 「YAMATO NEXT100」の中には明確なグローバル・エクスパンションの項目はありません。過去に日本と同じハイスペックな宅急便をアジアに輸出しましたが、失敗しました。ただ、長い目で見ると国内の縮小トレンドは避けられないので、海外に出ていかないといけません。そこで、「YAMATO NEXT100」では、グループ経営体制を4つの事業本部、4つの機能本部に分けて刷新しましたが、そのうちの一つはグローバル法人事業本部となっており、グローバルに展開するお客様にソリューションを提供していく部門です。ただ、まず日本企業のお客様に対する法人事業の課題が大きいので、そこを強化しながらグローバルにつなげていこうと考えています。

小林 これから先、世界の状況に合わせて物流をどうトランスフォームしていくか。バックキャスティングなどの手法で考えていらっしゃるのでしょうか。

牧浦 欧州の企業は2050年、2030年からバックキャスティングして、経営計画を立てる方法を取っています。そこで、初めて私が策定に関わった、現在の中期経営計画「KAIKAKU 2019 for NEXT100」で、その手法を取り入れました。2025年のあるべき姿を描き、そこに向けた計画を立てる。私としては非常にしっくりいきましたね。

人間力の強さとAIエンジンの強さ、そのシナジーを最大化できる経営力。この3つによる21世紀の物流業のイメージから、「YAMATO NEXT100」も策定しています。

小林 ある記事で、イノベーションの先には「『荷物を運ばない』という選択肢もある」と述べていらして、たいへん興味深く思いました。

牧浦 運ばないことが価値になるということですね。たとえば法人の場合、物流費はコストになります。運ぶ回数を減らしたり他社と共同配送したりするというご提案ができると、物流費を削減できます。すなわち効率的にものが運べれば、キャッシュフローの改善につながり、企業価値を上げることになる。我々が最終的にめざしているのはお客様の企業価値を上げること。そう考えれば、運ばないこともありえるわけです。

小林 物流は多くのプレイヤーの手を渡りますし、荷物だけではなく、決済を必要とするので、おカネのも流れでもありますよね。確かに金融の側面と表裏一体のように見えますね。

牧浦 そうですね。日本では欧米に比べて物流は地位が低いように感じられますが、本来であれば非常に高度なインテグレーテッドされた業種。もっと地位が上がってもいいと思います。

小林 海外の物流企業で注目しているところはありますか。

牧浦 経営視点からいくつか欧米の物流企業をベンチマークとしています。日本の企業がかつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」から落ちてきた最大の理由は経営力の差ではないでしょうか。欧米の企業、特に欧州の会社は長期的な視点からシステマチックに経営しています。競争の土台をしっかり作りあげてから戦います。うまいですよね。

小林 もともとバラバラですから、前提として共通の土台を作らないとならないのかもしれないですね。

牧浦 今はまだ試行錯誤の連続で、考え続けるしかありません。考えるときにはよく議論したいです。日本の企業は議論が欠けていると思うのです。2016年に、経営構造改革を専任で検討するチーム「プロジェクトD(通称Dプロ)」を設立しました。DプロのDは「生き残る種とは、変化に最もよく適応したものである」と言った生物学者ダーウィンにちなんでいます。

このDプロ設立時に、「Dプロの三悪(犯してはならない掟)」も決めました。

  1. 慮るな。デジタルの時代、上司が正しいとは限らないので自分の意見をぶつけて議論しよう
  2. 黙るな。会議でしゃべらないなら来なくていい。実際につまみ出された社員もいます
  3. 抱え込むな。チームワークだからできないことはすぐに手を挙げて助けてもらえ

こうして議論する土壌を作りました。Dプロは去年の3月に解散しましたが、ある程度人材は育ったと思います。

小林 「慮るな、黙るな、抱え込むな」。弊社でもぜひ使わせていただきたいです(笑)。特に思索的にあらゆる可能性を討議すべきイノベーションの領域では、忖度されて議論ができなくなることが一番危険です。

牧浦 私は前職が米国ウォールストリートのファームだったので、国籍も言葉も違う人間とわめくように議論して決めて、実行して、だめならまた議論して⋯という行動パターンがしみついています。ヤマトに来て知らないことだらけなので、いろいろな人に聞いて、質問して、議論して、経営指針を作りました。今でもわからないことはたくさんあります。

4年前、ヤマトに入った直後に、IBMの方からも経営システムのレクチャーを受け、こんなにシステマチックに経営しているのかと、とてもびっくりしました。2019年には、IBMのCEOであるジニー・ロメッティさん(2020年4月6日付でCEOを退任し、会長就任予定)にお会いしました。企業にはそれぞれコーポレートカルチャーがあって、それが建物なり雰囲気なりに出ています。IBMの本社に行ってすごい会社だ、経営資源もものすごい、と実感しました。ただ、それが単純に株価につながるわけではない。その点が経営の難しさです。そういう意味でも気付きをもらいましたね。

小林 他社を見ると気付きがありますよね。

牧浦 そうですね。海外でも国内でも、他社の話を聞くとたいへん勉強になります。構造改革にあたって、初期の頃はいろいろな会社にインタビューしました。国内で大きくトランスフォーメーションした会社は、ほとんど話を聞いています。でも、正解はありません。それぞれのやり方があるので、その企業独自の答えを出していかなければいけないということですね。