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Smarter Business

ヤマハ発動機が予知型経営の実現に向けて「グローバル連結データベース」と「経営ダッシュボード」を構築

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山田 典男氏

 
山田 典男氏
ヤマハ発動機株式会社
IT本部
執行役員IT本部長

1986年ヤマハ発動機に入社。技術電算室にて、内製CAD/CAMシステムの開発、および海外R&D拠点への導入・運用支援に携わる。2000年に情報システム室に異動し、SCM系システムの企画・開発・導入に携わった後、2006年より北米販売統括拠点に駐在し、北米地域のITマネジメントを担当。2010年末に帰任、情報子会社に出向し、エンジニアリングソリューション事業部長、インド情報子会社を担当後、本社情報システム部門に戻り、2015年プロセス・IT部長、2019年よりIT本部長。

 

横山 泰行

横山 泰行
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ファイナンス&サプライチェーン・トランスフォーメーション
SAPビジネス・アナリティクス部長
アソシエイト・パートナー

外資系ソフトウェアベンダーにてシステム導入コンサルティングの従事などを経て、2006年にIBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に入社。さまざまな業種業界のデジタル基盤やアナリティクスシステム導入に関するコンサルティングに従事。アナリティクス組織の責任者を担当し、特にSAPを活用したグローバル経営管理を含むビジネス・アナリティクス領域のシステム化構想やシステム導入・運用を多数支援している。

ヤマハ発動機株式会社(以下、ヤマハ発動機)は、日本、北米、欧州、アジア、中南米など、グローバル140拠点以上の経営情報を一元化・可視化し、迅速な経営判断と、需要予測を組み合わせた予知型経営の実現を目指したデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進しています。その第一歩として「Y-DX1:経営基盤改革」に位置付けられるプロジェクトのもと、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)と共に「グローバル連結データベース」と「経営ダッシュボード」を構築しました。
改革の狙いはどこにあったのか、またシステム稼働にこぎ着けるまでにどんなチャレンジがあったのか――ヤマハ発動機 執行役員 IT本部長の山田典男氏に、IBMコンサルティング事業本部アソシエイト・パートナーの横山泰行が聞きました。

DX戦略の全体像と第一弾としての経営基盤改革

横山 ヤマハ発動機様は長期的な戦略を立ててDXに取り組んでいます。最初に、その全体像と今回の取り組みの位置づけについて伺います。端的にはSAPソリューションを用いてデータドリブン経営の実現を目指すものですが、概要についてご紹介をいただけますか。

山田 当社の事業は、二輪車をはじめとするランドモビリティ、ボートや船外機などのマリン、産業用のロボティクスという3つの柱を中心に、多種多様な商品を提供しています。特徴的なのは海外の売上比率が90%以上を占めることです。グローバル180を超える国と地域でビジネスを展開し、海外グループ会社は約100社あります。ドラスティックなビジネス変化の中で勝ち残り、長期戦略のもとでダイナミックな成長を実現するために、“Yamaha Motor to the Next Stage”を旗印として、全社的なDXの取り組みを進めています。

横山 具体的にはどのような変革を計画されているのでしょうか。

山田 3つのDXを同時並行、リンクさせながら進めています。
1つ目が「Y-DX1:経営基盤改革」。予知型経営を実現するとともに、基幹業務プロセスの標準化、効率化を進め、同時にシェアードサービス化を行うことで、人的リソースの差別化領域へのシフトを進めていきます。
2つ目が「Y-DX2:今を強くする」。さまざまなデジタル・テクノロジーやデータ分析を駆使し、既存ビジネスの強化、トランスフォーメーションを図ります。
3つ目が「Y-DX3:未来を創る」。新たなお客様とつながり、お客様と共創し、継続的なイノベーションを実現していきます。
これらのDX実現に向けて、成長戦略投資および基盤投資を行うとともにコストダウンを図り、キャッシュを創出し、さまざまなリソースを成長領域へとシフトしていきます。これによって既存事業の売上・利益・シェアを向上しつつ、未来への継続的成長を実現していくというのが基本的な戦略です。

横山 今回IBMがプロジェクトに参画した、グローバル連結データベースおよび経営ダッシュボードの構築は、Y-DX1に位置付けられる取り組みとなるわけですね。

山田 そうです。グローバル連結データベースと経営ダッシュボードを基盤とした経営情報の徹底的なデータ統合、一元化により、意思決定のスピードアップを図ります。同時に経営ダッシュボード上でKPIを表示するとともに、デジタル技術を駆使した予測モデルを活用し、予知型経営を実現していきます。(図)

横山 予測モデルについては、どのようなものを構築したのですか。

山田 具体的には需要販売予測のモデルを構築しました。小売データと販売実績データを主なインプットとして、時系列予測と自動機械学習のハイブリッドで予測を行うものです。この予測結果を表示することで、例えば予算と予測値との間に乖離、あるいはその兆候が表れたできるだけ早いタイミングで、どんな手を打つべきかの洞察を与えることを目的としています。
第一ステップとして完成したのは使用者に対する説明性を重視した比較的シンプルな予測モデルですが、今後はさまざまな市場データなども活用して予測精度を高めるとともに、需要予測のユースケースも拡大していきたいと考えています。

図:Y-DX1: 経営基盤改革出典:ヤマハ発動機株式会社の資料を基に作図

One Fact One Place――1つの事実は1つの場所に

横山 グローバル経営において、そもそもヤマハ発動機様はどのような課題を抱えていたのでしょうか。

山田 前述のとおり、当社は多数の海外拠点を持っていますが、従来は“地産地消型”で各拠点に責任を持たせて経営をしていくビジネスモデルでした。それに対してプラットフォームの共通化やグローバルモデル化が進み、ネットワーク型のサプライチェーンに変化する中で、全体最適な意思決定の迅速化が課題となり、それに向けて経営情報を一元化、可視化し、本社からのガバナンスを強化する必要がありました。最終的には全拠点にERP(SAP S/4HANA)を導入し、詳細データをシームレス、リアルタイムに連携可能にしていきますが、一方ERPのグローバル導入には時間を要しますので、その完了を待たず、グローバルの経営基盤として連結データベースを先行して構築する方針としました。

横山 私どもIBMから見ても今回のプロジェクトで非常に特徴的だったのは、グローバル約140拠点で稼働している既存の非SAPシステムと、本社側のグローバル連結データベースをつなぐインターフェースを構築したことにあります。これにより各拠点でERPをリプレースする前にまず経営ダッシュボードを稼働させ、グローバル連結会計を行うことが可能となりました。

山田 先行して構築を進めた連結データベース、経営ダッシュボードには大きく4つの狙いがあります。
1つ目は、「グローバル共通KPI」の展開です。グローバルでKPIを共通化することで、各拠点の責任者が同じKPIを参照し、そしてKPIごとに定められたアクションを着実に検討・実行できるようになります。
2つ目は、「One Fact One Place(1つの事実は1つの場所に)」の実現です。従来、システムやデータはサイロ化し、拠点のみに存在し本社では見られないデータや、収集したタイミングや加工の仕方によって、本社と拠点で見ている数字が異なることが少なからずありました。本社と拠点が同じ事実(データ)に基づいてコミュニケーションでき、情報齟齬を解消することで、さまざまな会議体を事実確認の場から打ち手検討の場へと変えていくことが可能となります。
3つ目は、「タイムリーな情報開示と迅速な意思決定」の実現です。月次データに加えて日時、さらにリアルタイムのダッシュボードデータを拡充していくことで、より迅速な意思決定を可能としていきます。
そして4つ目が、「示唆モデル」の活用です。デジタル技術と新たなデータを活用した示唆モデルで着地点を見通した上で、目標達成に向けた打ち手を実行していきます。
こうした変革を経営ダッシュボードによって起こしていこうとしています。

横山 重要なプロジェクトを共に推進していくパートナーとしてIBMを選んでいただいたのですが、どのような点を評価いただいたのでしょうか。

山田 IBMには今回のプロジェクトでパートナーシップを結ぶ以前から、ITだけでなく事業領域まで含めた多くの案件で、コンサルティングをはじめとするサポートをいただいてきた経緯があります。当社のビジネスはもとより社風や風土まで熟知した上で、適切なアプローチやソリューションを提案していただきました。

横山 ありがとうございます。ヤマハ発動機様が新たにプロジェクト推進組織を立ち上げ、経営層が先頭に立って今回のプロジェクトを推進していく体制を固めていこうとしていた中で、「私たちと一緒にやりましょう」とお声がけをいただいた時のことを、今でも鮮明に覚えています。

プロジェクトで直面した困難と乗り越えられた要因

山田 ただし苦労も多かったですね。今回のプロジェクトではグローバルの連結会計の実現を目標と定めたことから、全拠点にその環境を整えることが大前提となりました。しかも短期間で一気に成し遂げなくてはなりません。途中で何らかの問題が起これば、原因追及を現地のITチームに依頼しなければならず、関連する手配や調整を行うほか、調査・分析の結果、不具合を修正しなければならないケースもでてきます。各拠点とのインターフェースを1つひとつ地道に作っていく作業は、IBMとしても大変だったのではないでしょうか。

横山 おっしゃるとおりで、一口にインターフェースといっても拠点ごとに用意しなければならないプログラムは8~9本となるため、約140拠点合わせると1,000本以上になります。最終的に予定どおりに全拠点の環境を整えることができましたが、途中段階では大幅なスケジュールの遅延もあり、「プロジェクトのゴールを延ばさざるを得ないのか」「そうならないためにはどうすればよいのか」と、御社側のプロジェクト・メンバーの皆様と一緒に夜中まで議論する日々が続きました。月次報告の際にはいつも、山田様や業務側のトップの方から「何か困ったことがあったらエスカレーションを上げてください」とお声がけいただき、とてもありがたかったです。

山田 実は過去に、我々IT部門主導で経営ダッシュボードを構築しようとしたことがあったのですが、事業や海外拠点との調整や合意形成が大きな壁となり、プロジェクトをやり切ることができませんでした。一方、今回は経営トップの強い意思と経営基盤改革を推進する専任組織の主導で、全拠点・全事業の調整を推進しました。この点が壁を乗り越えられた大きな要因だったと捉えています。

横山 グローバルでのIT組織の連携を進められていたことも大きかったのではないですか。

山田 そうですね。当社のITチームは、コントラクターの方も含め、グローバルで約1,900名のメンバーがいます。そのITチームで2000年代初頭から、本社からのグローバルITガバナンスの取り組みを進め、連携体制と信頼関係をつくり上げてきました。各拠点との連結DBとのインターフェースを構築する上で、グローバルIT組織の連携が大きな力になったことは間違いありません。

横山 今回、海外拠点に協力いただくにあたり、御社のご担当者と共にIBMも海外拠点を訪問して説明を行いました。主要な14、15拠点を3カ月間ほどかけて回る目まぐるしい日々でしたが、そんな苦労を乗り越えてきたからこそ、予知型経営に踏み出すことができたと自負しています。

予知型経営の意義と定着に向けた課題

横山 予知型経営については、どんな手応えをお感じですか。

山田 従来からの意思決定のやり方は、現時点での実績数字を見ながら行う、ある意味で既に起きたこと、過去を振り返りながら走るバックミラー経営といえるかもしれません。これに対して今回一歩を踏み出すことができた予知型経営では、示唆モデル(予測モデル)を使って、「このまま成り行きで進むとどうなるか」を示してくれます。まだまだ端緒についたところですが、ヘッドライトで照らされた前方を常に意識しながら意思決定を行う、あるいは打ち手を考えることが可能となるのです。
そうした意思決定プロセス、打ち手検討のチェンジ・マネジメントを推進していくためにも、予知型経営というキーワードを強く打ち出していくことには非常に大きな意義があります。

横山 確かに予知型経営とチェンジ・マネジメントは表裏一体の関係にあります。組織的にチェンジ・マネジメントを進めていくために、何か施策はありますか。

山田 これまでは自分の必要とする切り口からデータを見るために、各部門や拠点のマネージャーが現場に指示してさまざまなレポートを作成することがありました。一方それらは実績の詳細把握にはつながるものの、必ずしも将来の打ち手につながる示唆が得られるものばかりではなく、各階層のマネージャーの理解やアカウンタビリティの担保のために作られてきたものも少なからずあるのではないかと思います。これらの現状確認に対して大きな間接工数が必要となり、そしてこういった運用が先ほど述べたバックミラー経営から抜け出せない原因ともなっていると思います。しかも出てくる結果は、加工の仕方によってレポートごとに微妙に違いが生じるなど、「One Fact One Place」のコンセプトからも大きく外れてしまい、意思決定に混乱が生じることになります。そういった背景も踏まえ、経営トップからも、今後は経営ダッシュボードを正としていく旨、明確なメッセージが出ています。

横山 なるほど。経営層やマネージャーの皆様に、自ら経営ダッシュボードのヘビー・ユーザーになっていただくことが重要ですね。
最後に今後に向けた計画や構想をお聞かせください。

山田 現時点でリリースできたのはグローバル連結会計と、在庫、卸や小売の実績を可視化する経営ダッシュボードです。これに続いて今取り組んでいるのが、SAP BPC(Business Planning and Consolidation)を活用した予算管理です。予算についてもグローバル連結で最適化、可視化し、経営ダッシュボード上で実績との対比を迅速に行えるようにしていきます。
また予算策定のプロセスについても、従来はどちらかと言えば各拠点からボトムアップで上がってくる数値を積み上げる形で行われてきましたが、今後の方向性としてはグローバルとしての目標をまず示した上で、それに対して各拠点から上がってくる予算を加味しながら策定する形へのシフトを進めていきます。明確な経営目標を打ち出した上で、トップダウンとボトムアップのコンビネーションでグローバル一丸となってその実現に向かっていく体制を築いていきます。これもチェンジ・マネジメントの一環です。引き続き、さきほど触れた経営基盤改革の専任組織が中心となってプロセス改革を推進していきます。

横山 IBMとしても、実績のある方法論やベスト・プラクティスを活用し、ヤマハ発動機様の取り組みを引き続きしっかり支えていく所存です。今日は貴重なお話をありがとうございました。