S
Smarter Business

日本が世界で勝つためのシナリオは明白

post_thumb

※このコンテンツは2016年8月に日本経済新聞 電子版の広告特集「グローバル経営層スタディ、世界をリードする経営者たちの声」に掲載した内容の抜粋で、取材対象者の役職はインタビューを行った時点のものです。

2016年2月、国立情報学研究所は日本IBMの協力のもと、企業連携講座として「コグニティブ・イノベーションセンター(CIC)」を設立した。CICの月例会には20社以上の日本の一流企業から役員が参加している。そこでは最先端のコグニティブテクノロジーの活用による、業界の壁を越えたイノベーションの実現について検討が重ねられている。
コグニティブテクノロジーは人間の言語などの非構造化データを含め、莫大なデータを読みこみ、それを解釈して示唆を提示、自ら学習していく。いわゆる人工知能(AI)を包含するものである。

コグニティブテクノロジーは社会に何をもたらすのか、日本企業が世界で勝ち残っていくためにその活用にどう取り組めばよいのか。コンピューターサイエンスとデータ工学の第一人者である国立情報学研究所所長の喜連川優氏と、長年にわたって多くの企業に対してビジネスコンサルティングを実施してきた日本IBM執行役員の池田和明氏が考察した。

 

日本が世界で勝つためのシナリオは明白

日本IBM 池田 和明 氏(以下、池田氏):
IBMは2002年から毎年、経営者へのインタビューから得られた知見をまとめた「グローバル経営層スタディ」を公開しています。2015年版では世界の5,247人(日本人は576人)の経営者や役員にインタビューを実施しました。一連の調査から、企業経営者の70%が従来の競合他社よりも業界の外から入ってくる新たな競争相手に脅威を感じ、今後数年間で業界の壁が消滅、業界の融合が進むと考える経営者が多くなっていることが分かりました。そのような状況下で新たなビジネス・エコシステム(生態系)が形成され、自社が新たな役割を果たすとしたCEO(最高経営責任者)は69%にのぼりました。

国立情報学研究所 喜連川 優 氏(以下、喜連川氏):
マクロ的にみると、日本は2000年以降15年間、GDPが全く増えていません。米国でさえ50%アップしているわけですから、何とかしなければなりません。日本企業が元気になることが必須で、少し長い目で見て企業がどういう戦略を立て新しい手を打っていくかを、時流に流されることなくしっかりと考える必要があります。IBMが肉秤器からコンピュータビジネスに転身したように、長いスパンで展望した戦略を持てるかどうかが肝と感じます。
一方、現在の企業資産価値のトップ3はいずれもIT企業であり、ITが斬新な価値創出を実現しやすい構造を有していることは明らかです。まさに、IT的発想により柔軟な価値創出に取り組むことこそが重要であるといえましょう。

 

データのプラットフォームがイノベーションの礎に

国立情報学研究所 喜連川 優 氏

                 国立情報学研究所 喜連川 優 氏

池田氏:
前述のグローバル経営層スタディでは、CEOの関心事として2012年以降トップの座を占めているのが「テクノロジー」です。どのようなテクノロジーかというと、「クラウド」「モバイル」「モノのインターネット(IoT)」そして「コグニティブ」です。

喜連川氏:
今や、ITはあらゆる領域に浸潤しています。さらに最近、「コンピュータが賢くなっている」と多くの人々が感じています。それを表現する言葉として、IBMが「コグニティブ」と言い始め、他の大きなIT企業もそれに追随していますね。ITでは古式ゆかしく、しがらみのある言葉よりも、常に新しい言葉を生み出してゆく傾向があり、リフレッシュして方向感を再確認するのは良いことと思います。

またIoTという言葉も最近よく使われるようになってきました。しかしIoT、ビッグデータ、コグニティブは遠目から見るとほとんど同じことを微妙に異なる視点で表現している言葉ともいえます。IoTはビッグデータを生み出す生成源であり、コグニティブはビッグデータを食べて価値を作り出すところ(従来データアナリティクスと呼んでいたところ)を担当すると見なせます。要するに、全体を見ると本質は同じで、それをアングルを変えて呼んでいるにすぎません。この3つのキーワードはビッグデータを中心に据えた、互いに強く関連する言葉といえます。

池田氏:
そうですね。IoTの進展によってネットワークにつながるデバイスの数が急増し、生成されるデジタルデータも爆発的に増えています。増加するデータの大部分が非構造化データで従来のコンピュータではそれを分析することが難しかったのです。そこに、IBMのWatsonのように、非構造化データを含む莫大なデータを分析して意味を引き出せるコグニティブテクノロジーが登場しました。そしてコグニティブテクノロジーによるデバイスのスマート化が一層、IoTを推進します。それがさらなるデータ量の増大をもたらし、データ量の増大がよりコンピュータを賢くする。この3つの要因の相乗効果が社会を変えていく。この変化を機会として捉えたいですね。

喜連川氏:
一般ユーザがつくりだす「ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ(UGC)」や「コンシューマー・ジェネレーテッド・メディア(CGM)」が爆発的に増加しています。最近注目されている「ディープラーニング(深層学習)」による画像解析の飛躍的性能向上には、膨大な量のタグ付きイメージがPinterest、Flickrなどで利用できるようになったことが大きく寄与しています。まさにビッグデータとAIは不可分であることの証左といえます。

一方、ビジネスにおいて重要な役割を果たす医療画像や保守画像などは、UGCからは生成されません。しかしこれらの画像は医療機器の開発や、プレディクティブメンテナンス(予知保全)などにおいて極めて重要となります。これらの非UGCビッグデータに関しては、独自のデータ収集プラットフォームの構築が鍵となります。

実はサイエンスにおいても同様の機運が高まっており、最近はオープンサイエンスの潮流の枠組みの中、リサーチデータプラットフォームが多々議論されています。例えば、EUでは「European Open Science Cloud」の構築に向けた議論が進み、公的研究データを全て集約しようとしています。加えて、データの流通を基に欧州圏の社会・経済全般の発展を目論んでいます。

 

業界の壁を超えたビジネスを創り出したい

池田氏:
こうした世界で新たなビジネスを創出するために、何をすべきだとお考えでしょうか?

喜連川氏:
新しいビジネスの創出に資する環境をいかに作るかがポイントになると思います。例えば、IBMはThe Weather Companyを買収しました。不確定性のあるところにビジネスがあるという視点に立ちますと、天候という分野は極めてエキサイティングなターゲットといえます。これまでは明日は曇りかどうかという観点で、雲量の導出が興味の対象でした。

新しいビジネスとして注目されるのは、PV(太陽光発電)です。最近はリニューアルエナジーへ大きくかじ取りがなされる中で、PVによる電力予測に対するニーズが非常に大きくクローズアップされてきました。雲量というよりも、雲に対する日光の透過度がポイントとなります。新しい視点で機動的かつ柔軟に研究開発ができる環境の構築が極めて重要になるといえましょう。

日本IBM 池田 和明 氏

                   日本IBM 池田 和明 氏

池田氏:
革新を続ける企業に共通しているのは、価値あるユーザー・エクスペリエンス(X)を提供し、それを通じてデータ資源(D)を蓄積、そして他社のサービスも取り込んでプラットフォーム化(P)するという戦い方です。

そして、さらにユーザー体験を向上させるためのハードウェア(H)を投入する。私はこれを「X-D-P-H戦略」と呼んでいます。さらなるユーザー・エクスペリエンス向上の一手としてのハードウェア投入、最近の顕著な例は、「Amazon Echo」です。これは人の声を認識して反応する機能が搭載された200ドルもしない端末で、ハードウェア単体としてみれば大したものではありません。それがAmazonのサービス・プラットフォームに載ることによって、大きな価値を生み出します。

ユーザーは音声による指示だけで家電を制御する、天気予報やニュースから情報を得る、音楽を流す、その音楽についての情報を知り、購入する、外出時にタクシーを呼ぶ、という様々なことができます。従来から個々のサービスはあったとしても、ここまで生活に密着した統合されたユースケースは実現できていなかったでしょう。X-D-P-Hは新たな世界での戦い方の定石のひとつです。これはBtoCだけでなく、BtoBでも有効だと考えます。GEは産業財の世界でこのような戦い方をしようとしています。私は、多くの日本企業がこれを身に付けていく必要があると考えています。

また最近では、ユーザー・エクスペリエンスとデータ資源とをつなげた戦い方において、「Buy (D)=データを買う」という動きが増えてきました。価値あるデータの獲得に成功した企業を買収して、そのデータを自社のビジネスに組み込んでいくものです。先生のおっしゃったIBMによるThe Weather Companyの買収や、マイクロソフトによるビジネスパーソンが利用するSNSであるLinkedInの買収などがこれにあたります。これも新たな定石になりつつあります。

この種の挑戦的な動きが様々な業界で発生しています。だからこそ、冒頭に述べたように、経営者の70%が従来の競合他社よりも業界の外から入ってくる挑戦者が脅威であると考えるようになったのです。挑戦者には、「アンクルバイター」と「デジタルジャイアント」の2つのタイプがあります。アンクルバイターは「かかとをかむ者」のこと。名前も知らないような小さな企業にかかとをかまれてその存在に気づく、そのときには既に業界に大きな影響をあたえている、ということが起こり得ます。話題のAirbnbなどがその事例です。

一方のデジタルジャイアントは、ある分野のプラットフォーマーが巨人化して業際を超えて事業を展開するタイプのことです。例えば、Googleはモビリティサービスのプラットフォーマーとなることを狙っていますよね。
既存の企業にとっても、既存の業界に閉じこもらず、その壁を超えたビジネスを創出することが重要になります。

喜連川氏:
他の業界か、自らの業界かは学問の場合、あまり気にしません。例えば、最近のディープラーニングはエンドツーエンドで問題を解いてしまいますから、従来の学問の枠組みでコツコツと積み上げてきた技術がニューラルネットなる他業界によって吹き飛ばされる可能性が大きいわけです。ただ、常に新しい手法が生み出されるのが世の常であり健全な姿ですので、どの業界から起きたとしも対応は不変です。いかに早く変化に適応するか、それがポイントです。あらゆる分野で技術の吸収が進んでいるといえます。

Airbnbとは異なる例として、ポケモンGOを取り上げたいと思います。私がIBMのWatson事業を率いるDavid Kennyさんに会ったのはポケモンGOの日本上陸前日でした。米国では話題沸騰していたので私もやるはめになりました。このゲームは圧倒的なGoogleのクラウド資源を利用し、ポケストップでは先進的なディープラーニングを駆使していると想定されます。グローバルなゲームを一気に作ってしまうというやり方はまさに圧巻です。ここで申し上げたいことは、先進的なコグニティブ技術をより積極的に利用することこそが重要であるということです。新しいサービスを作るには最新の技術を誰よりも早く駆使することが不可欠といえましょう。
さらに、重要なこととして、データは不変であるということです。だからこそ、私たちはデータを中心に据えて議論を進めています。データを軸足を置く企業活動はより強いということができます。なぜならば、それほど簡単にはデータの蓄積を覆すことができないからです。

 

産学連携による、企業のデータ戦略と圧倒的な社会便益提供の両立

池田氏:
IoT、ビッグデータ、そしてコグニティブは社会を変えていきます。そのなかで企業間競争のあり方も変わっていきます。企業におけるデータ活用に関する戦略を「データ戦略」と呼ぶとすれば、それは事業戦略と表裏一体のものになっています。社会に蓄積されたデータは玉石混交ですが、そのなかで価値あるデータを掘り出して精製すること。事業活動を通じて価値あるデータを生成すること。そして提携や買収などによって外部からデータを調達すること。このようにして調達したデータを適切に管理し、事業活動で活用することが企業の競争優位に直結します。事業に関連するデータの「調達」「管理」そして「活用」という、いわばデータのバリューチェーンを明確に意識した戦略が必要となります。

喜連川 優 氏

喜連川氏:
データには3つの層があると考えています。
組織固有の「プライベート」データ、特定の業界内で共有される「インダストリー」データ、そして政府や地方公共団体が保有し広く公開する「パブリック」データです。

企業は通常、自社のプライベートデータを公開することはありません。しかし、今後は自社の競争優位性の源泉となるデータを除いて、保有するデータの一部を他社と共有したり、パブリックにしたりするハイブリッドなモデルが重要になるでしょう。それが業界の価値を高めたり、社会的な便益を増大させることになり、結果として社会から受容されることが期待されます。一企業の利益を超える共通価値を創造するという意味で「シェアード・オブジェクティブ」と呼ぶこともあります。これを推進していくのが、われわれアカデミアの役割です。

実は、この3層分離の考え方は極めて自然で、「オープンデータ」と「クローズドデータ」を両極に置き、その中間に「シェアードデータ」を置き3層とするという考えと同じです。オープンサイエンスにおけるオープンリサーチデータも同様の分類を致します。オープンサイエンスは内閣府をはじめ各所で議論がなされていますが、全てのデータをオープンにするものではないという考えは今日当たり前になっています。互いにデータを出し合うことでメリットが生まれる場合には、データの共有という発想が生まれます。すなわち、3層に分類されます。RDA(Research Data Alliance:研究データ同盟)ではそのような視点の中で共有をプロモートしています。また、英国のODI(open data institute)も同様の考え方で整理しています。今後このような考えをベースにそれぞれの企業がデータ戦略を練りこんでいくことになるのではないでしょうか。

池田氏:
3つの層という考え方は興味深いですね。企業の視点からは、さきほどのデータのバリューチェーンにこれら3層を掛け合わせてデータ戦略を検討することができそうです。

喜連川氏:
最近はGAFAnomicsという言葉がよく使われます。これはIT業界で台頭するGAFA(Google、Apple, Facebook, Amazon)が膨大なデータの積極的利用から巨大な富を生み出したことからも明らかなように、いかなる分野においても強力なデータ基盤の構築が要となる時代になったといえます。これからはさらに一歩進め、「学」が生み出した学理に根差すオープンリサーチデータと、「産」の有するデータとを融合し、新しい価値を創造する時代の到来が予見されます。

池田氏:
国立情報学研究所と私どもIBMはコグニティブ・コンピューティングを生かした産学連携の場として、2016年2月に企業連携講座「コグニティブ・イノベーションセンター(CIC)」を設立しました。CICの月例会には、20社以上の日本の一流企業の役員が参加し、業際を超えたイノベーションの実現について研究を進めています。

喜連川氏:
データに基づくコグニティブパワーはデータの持つ価値と分析能力の掛け算で決まるわけですが、突き詰めるとこの2つのどちらが重要かなど、本質的な議論を進めています。いずれにしましても「勝つシナリオ」は既にできており、一歩一歩それに向けて展開中です。

CICでは異業種の企業経営者が一企業にとってのビジネスモデルにとどまることなく、社会に圧倒的な便益を提供するイノベーションを目指します。産学で社会に寄与するという考え方を「Societal Benefit First」と名付けております。まず社会からいいねと言ってもらいながらサービスを展開していく、それが今後最も大切なアプローチと考えているからです。社会から愛される創造的サービスを生み出すべく産と学がタッグを組み、コグニティブ技術を活用する。そうした先進的事例を本年度の成果とする予定です。

池田氏:
国立情報学研究所とともにCICを推進することで、日本企業に元気になっていただきたいと、心から願っています。外資系企業に勤務しているといっても日本人ですから。IBMの事業の責任者としての立場はありますが、IBMという企業の力を日本企業のために使っていただければよいとも考えています。

喜連川 優 氏と池田 和明 氏