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Smarter Business

【中編】Pepper元開発リーダー林要氏が描く「ヒトとロボットが”共創”する未来」

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取材・文: 五味明子

 

 

繰り返される不安「AIは人間の仕事を奪うのか」

 

久世CTO:人間とAIが得意とするところがそれぞれ違うという認識は、我々IBMとしてももっと世間に拡がってほしいと思っています。

これはメディアの報道にも問題があるのですが、いまの日本では「AIが人間の仕事を奪うのか」「AIは人間を超えるのか」といったAI脅威論が先行しがちで、AIと人間の棲み分けに対する議論が足りないのではと危惧しています。

 

林氏:ロボット開発を仕事にしていると、久世さんと同じように「ロボットは人間を代替する存在になるのか」という不安の声をよく聞きます。

しかし生物というものは長い進化の歴史の中でそれこそ膨大な量の情報を獲得し、その情報を取捨選択して生き延びてきたのです。人間も含め生物にとって重要なのは、その情報が正しいか間違っているかではなく、生き残れるか生き残れないかです。

正しい情報だとしても、その情報を選んで生き残れなかったら意味がないわけですから。だから逆にロボットは人間のように”いい加減な存在”ではない方が良いのではないでしょうか。いい加減で適当な人間をサポートしてくれるしっかり者のAI、くらいの位置づけで考えたほうがいいと思います。

 

久世CTO:IBM Watsonは現在、医療業界での採用が非常に増えているのですが、医師をサポートし医療現場で使われる存在になるためにIBM Watsonは2500万を超える自然言語の文献を読み込みました。これを全部印刷して積み上げると高さ4000mにもなるそうです。富士山を超える高さですね。

人間にはとうてい無理な量のインプットですが、IBM Watsonは難なく処理し、数時間で分析します。現在はガン治療の現場などでドクターがIBM Watsonで文献を引っ張ってきたり、新しい治療技術についてIBM Watsonとともに検討しているシーンをよく見かけます。日本の医療業界には「AIが医者の仕事を奪う」と言っている方もいますが、実際にはそんなことはなく、ドクターはIBM Watsonを”高機能な電卓”のように使いこなしています。

膨大な文献から引用する手間や時間を省き、よりクリエイティブな方向に人間の能力を使う、先ほど林さんがおっしゃったとおり、人間が不得意なことを支えてくれる存在としてIBM Watsonも少しずつ認識され始めているところですね。

 

林氏:そういう意味でいえば、AIが人間を代替することはなくても、人間の仕事の一部を代替するケースは今後増えてくるでしょうね。

例えばクラスタリング(分類)のような仕事の価値は下がり、これからどんどんAIが担当するようになるでしょう。教育においても同様で、これから暗記の必要性は大きく下がり、代わって与えられた材料から何を生み出せるか、AIやほかのIT技術の特性を知り、いかに道具としてうまく使いこなせるか、そういった能力が評価されるようになると思っています。

解答を導き出すための”手段”を子供がどれだけ多く持てるか、今後の教育にはそういった視点が重要になります。答えが決まっている問題を解かせる教育の価値は、相対的に下がっていくでしょうね。

 

GROOVE Xが「役に立たないロボット」を作る理由

久世CTO:では林さんは人間にはどんな仕事を振り分けたほうがいいと思われますか? 人間にできてAIにできない部分は何でしょうか。

 

林氏:私は人間の最大の能力は”ストーリーテリング”だと思っているんです。人間とはストーリー、つまり物語が見えてくると、きわめて高い性能を発揮します。そして先ほどもお話したように、素材に対する”筋の良い制限”が加われば、人間のストーリーテリングはさらに拡張していきます。

これは現在のAIがどうがんばっても人間に勝てない部分であり、だからこそ、私が新しいタイプのロボットを開発しようと思ったきっかけでもあります。

 

久世CTO:非常に興味深いですね。それはロボットにストーリーテリングをさせるということでしょうか。

 

林氏:人間と同じストーリーテリングというよりは、IBM Watsonのように膨大なアンノウン情報をインプットし、リアルタイムにそれらの情報を処理して”生物のような振る舞いをさせる”ことを目指しています。これ以上は企業秘密なので言えませんが(笑)。

なぜそんなロボットを作ろうと思ったのかというと、生物のように振る舞うロボットがいることで、人間が自分の価値をあらためて認識し、その能力を最大化する、そのような支援をしたかったからなんです。もう少しネタばらしをすると、ヒトが元気のないとき、そのロボットの存在で翌日には元気になっている、そういう人間の生活に潤いを与えるロボットを開発しようとしています。

だから「そのロボットは何かの役に立つのか」「何か仕事をするのか」と聞かれれば、「いっさい役には立ちません」と答えるしかない(笑)。

 

久世CTO:むしろ、人間がその存在にストーリーを見いだせるロボット、というイメージでしょうか。人間のストーリーテリングの能力を引き出し、新しいイノベーションのきっかけを与える存在というか。そうすると、必ずしもPepperのようなヒト型ロボットでなくてもよさそうですね。

 

林氏:ヒト型ロボットにこだわる気はまったくありません。人間はコミュニケーションの際に言葉を使いますが、同時に無意識のレイヤでもさまざまなことを考えています。

この領域に(無意識のレイヤが重なるので)ある情報を整理する存在になれれば良いと考えています。だからよく喋るヒト型である必要性は無いんですね。『STAR WARS』でもよく喋るドロイドのC-3POよりも、何も喋らずにコロコロと動くR2-D2やBB-8のほうが人気があったりします。

ヒトは無意識にそういう存在に対して愛情を形成し、癒やされているんです。ガンダムのハロやジブリのトトロも同様です。そういった無意識層のコミュニケーションや愛情形成のメカニズムをもうすこし明らかにしていきたいですね。

人間はこれまで(動物や植物など)自然の存在から癒やしを得ていたんですが、ライフスタイルがこれほど進化すると、もはや自然だけでは補えきれなくなっていると言えます。人間のことをもっと知れば、IT(ロボット)が癒やしの存在になることは可能なはずです。

 

久世CTO:自然や生物ではないものが癒やしの存在になれるのか、という反発もありそうですね。

 

林氏:それがまさに”バイアス”なんです。「ロボットなんかに人間が癒せるワケがない」というのは、残念ながら思考が停止しています。

たとえばあまり知られていないことなんですが、馬は人の個体の違いを視覚からは完全に識別することができないと言われています。しかし、視覚的識別はできなくても振る舞いの違いは分かる。

つまり人間の起こした行動には正確に反応できるのです。そうであればロボットも人の振る舞いから各個人に適した行動が可能になるかもしれません。そうすると人とロボットの間に、今までにない新しい関係性、新しい愛着が生まれるでしょう。

やはりイノベーションの一番の敵は人間の思い込みであり、バイアスであると、最近強く思います。

 

 

五味明子(GOMI Akiko)

IT系出版社の編集部(雑誌/書籍/Webメディア)で編集者としてキャリアを積んだのち、2011年からフリーランスライターとして活動。フィールドワークはクラウドコンピューティング、データアナリティクス、オープンソース、プログラミングなどエンタープライズITが中心で、海外カンファレンスの取材も多い。メディアへの寄稿のほか、Twitter(@g3akk)やFacebookなどソーシャルメディアでIT情報を日々発信中。北海道札幌市出身/東京都立大学 経済学部卒。