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Smarter Business

地域金融機関システムに求められる要件とその解決策(前編)

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村林 聡氏

村林 聡氏
株式会社インターネットイニシアティブ 取締役 副社長執行役員
株式会社ディーカレットDCP 代表取締役会長兼社長執行役員CEO
 
 

1981年三和銀⾏(現・三菱UFJ銀⾏)⼊⾏。2009年三菱東京UFJ銀⾏執⾏役員システム部⻑を経て、2015年同専務取締役コーポレートサービス⻑兼CIO、2017年三菱UFJリサーチ&コンサルティング代表取締役社⻑、2020年ディーカレット社外取締役、2021年インターネットイニシアティブ(IIJ)⼊社、取締役副社⻑執⾏役員として経営統括補佐を担当、ディーカレットホールディングス代表取締役社⻑、ディーカレットDCP代表取締役会⻑兼社⻑を兼務。

 

⼭沖 義和氏

⼭沖 義和氏
信州大学 名誉教授
財務省 財務総合政策研究所 上席客員研究員
SBI金融経済研究所 特任研究員
 

1982年に⼤蔵省(現・財務省)⼊省。1998年から17年にわたり⾦融(監督)庁、預⾦保険機構等に出向、Y2K問題や⾦融機関のシステム対応状況等の検査に従事。2009〜2012年、2015〜2024年の間に信州⼤学経法学部長・総合人文社会科学研究科長、教授に就任。2024年に名誉教授称号の授与。2009年から財務省財務総合研究所上席客員研究員、2022年からSBI⾦融経済研究所顧問を兼務、2024年同研究所勤務。2023年から「次世代⾦融インフラの構築を考える研究会」座⻑。

 

孫⼯ 裕史

孫⼯ 裕史
日本アイ・ビー・エム株式会社
常務執⾏役員
コンサルティング事業本部
⾦融サービス事業部担当

1998年日本IBM入社以来、金融機関担当の営業、営業部長としてお客様の経営課題解決を支援。2018年よりグローバル・ビジネス・サービス事業本部(のちにコンサルティング事業本部に組織名称変更)にてコンサルティング、システム構築、システム保守などのサービスビジネスをリード、金融業界において多数の先進事例を推進。2020年より執行役員として同事業本部金融サービス事業部を統括。2024年4月に同事業本部金融サービス事業部 常務執行役員に就任。

地域金融機関は今、大きな岐路に立たされています。地域経済を支える金融機関として “攻め”の経営戦略を展開しつつ、中⻑期にわたりシステムの⽣産性・効率性・経済合理性を高めていくにはどのように変革を遂げるべきなのでしょうか。
昨今の共同化システムの潮流などを踏まえ、金融機関のシステムに長年携わってきた専門家・有識者が鼎談を行いました。

経営環境と地域金融機関に求められる役割の変化

孫工 「地域金融機関のシステム」に関する議論を進めるにあたり、まず前提となる経営環境の変化とシステムに与える影響についてご意見をお願いします。

村林 バブル崩壊以降、不良債権問題やデフレ、マイナス金利、さらにコロナ禍もあって、金融機関の経営は“守り”の時代が続いてきました。昨今叫ばれているDX(デジタル・トランスフォーメーション)についても、金融機関側・お客様側ともに、コストダウンを主眼とする投資にとどまっていたのが実態だったのではないでしょうか。そんな中、現在のインフレ傾向や金利の復活は非常に大きな影響を及ぼします。お客様企業も含めた“攻め”の投資の復活は、金融機関としても経営環境を改善するものではないかと思います。

一方、DXが進むとすべての取引がネットワークを介して行われるため、お客様は必ずしも“地域の”金融機関を使わなくてもいいことになります。そこで地域金融機関としては、地元のお客様や自治体、地域企業と協力して「地域ビジネス・プラットフォーム」のようなものを共同構築し、シームレスに顧客とつながるような取り組みも必要になってくるのではないかと考えます。

村林 聡氏、対談時の様子

山沖 地域金融機関の役割は、いかにリスクテイクができるかにあると思います。地域金融機関には「地域とともに生きる」「地域の活性化を図る」という役割もあります。現在の少子高齢化に加えて低金利という状況においては、リスクを負担できる余地が縮小してきており、今後どのようにリスクの分散を図るかが喫緊の課題だと思っています。

一方でデジタル化やDXの動きは加速しています。ブロックチェーン技術が登場して、金融資産のトークン化やステーブルコイン、 さらには「中央銀行デジタル通貨」が発行されるという話も出てきています。地域においてもDXの流れに乗り遅れないようにという意識はあるものの、経験のない未知の領域のため、手探りで進めている状況だと思います。

※ 価値を安定化させるため、法定通貨等に連動するように設計された暗号資産の一種

「安心・安全」と「スピードと柔軟性」の両立

孫工 経営環境の変化を踏まえて、今の地域金融機関のシステムの課題をどのようにお考えですか。

村林 経済全体が“攻め”の時代に入っていく中で、金融機関が経営戦略を早期に市場に展開するためには、システムの開発生産性や効率性、スピードが重要になります。金融機関であるため「安心・安全」と「スピードと柔軟性」とを両立する必要があります。

例えば、決済や預金元帳など品質安定重視のエリアと、不確実性・俊敏性を重視したアジャイルなエリアを分けて、APIでつなぐ2ウェイのシステムを構成します。アジャイルのエリアでは、すべてを自行で作るのではなく、既にある仕組みを使うことで、効率性やスピードなどを解決できます。

山沖 地域金融機関のシステムは現在、共同化での運営がメインになっていると思います。共同化陣営ごとにスリム化やモダナイゼーション(システムの近代化)を推進し、経済合理性を高める点については、一層進めなければなりません。しかし、それ以上に重要なのは、金融サービスの“裏側”にある商流、すなわち実物経済の動きです。現代のビジネスにおいて他業態との連携は欠かせません。オープンAPI対応などにより相互運用性を高め、連携しやすいシステムにすることで、真のオープン化を進めることが求められているのだと思います。

イノベーションや効率化を求める一方で、安全性は不可欠であり、双方のバランスに留意することが重要です。オープン化する情報と守るべき情報とを区別し、“選択的なオープン化”を考えていく必要があります。

⼭沖 義和氏、対談時の様子

基幹系は「1つの箱」ではなく、機能単位で最適に再配置

孫工 地域金融機関の勘定系システムの多くは90年代前半に構築された第3次オンライン・システムをベースに、拡張や修正を経て利用されてきました。現状の課題から考えると、システムは限界を迎えているのでしょうか。

村林 限界とは思っていません。必要なことは、基幹系システムを1つの大きな箱と捉えるのではなく、機能単位で最適に再配置することだと思います。変化が少なく、安定性を求める機能は勘定系にそのまま残し、その範囲を極力小さくしていきます。一方、変化の激しい機能は生産性の高いプラットフォームに移したり、その部分のみを再構築したりします。そうすれば、勘定系すべてを作り直すような膨大な費用をかけることなく、リスクも最小限に抑えられると考えます。

システムはある意味、田んぼや畑と同じで、作って耕さなければ作物はできません。雑草が生えたら抜き取り、肥料や水をあげるのと同様に、システムもメンテナンスし続けることが大事だと思っています。

孫⼯ 裕史、対談時の様子

孫工 村林様からシステムの考え方の例をご紹介いただきましたが、同じ方向性で、IBMも2022年に「金融次世代勘定系ソリューション」を発表しています。安心・安全を求める“守りの領域”については基本機能に特化して徹底的にスリムにし、各金融機関の戦略を具現化する変化の激しい機能やサービスについては、開発生産性の高いデジタルの領域に再配置します。

そして、デジタルの領域にはIBMのデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)を提供して、DXの加速化を図っています。DSPは現在、30社を超える金融機関様にご利用いただいております。生成AIやデータ利活用など、メニューも拡充しており、DXのエコシステムとして広がりを見せています。

システム全体のTCO(総保有コスト)を将来にわたって確実に下げていくことと、各金融機関の戦略推進のスピードを上げること。この2点をIBMはシステムでしっかりとお支えしたいと考えています。

図:金融次世代勘定系ソリューション+AI

効率性と安全性のバランスを考慮した課題解決のアプローチ

勘定系システムのクラウド全面移行は得策か

孫工 課題に対する取り組みに向けて、まずプラットフォーム基盤について伺います。IBMを除くベンダーがメインフレーム・ビジネスから撤退を表明し、メインフレームから他のプラットフォームに移行を進める動きが金融機関やベンダーの中にあります。クラウド化の流れも含め、この動向についてご意見をお聞かせください。

山沖 一口に「クラウド化」といっても、 現在、一部の金融機関の勘定系システムで利用している“クラウド”は自社固有の環境で稼働するプライベートクラウドで、誰でも利用できるパブリッククラウドとは違います。その理由は、パブリッククラウド特有のセキュリティー要件やメンテナンス方法、頻度などが、勘定系に求められる要件と合致しない部分があるためです。

もちろん、それらの課題を解決してパブリッククラウドを選択する例もありますが、金融機関のコア業務である勘定系システムをクラウドに移行することが本当に得策かどうかは、思案のしどころです。効率性と安全性(セキュリティー等)のバランスが重要と考えます。

図:課題解決のアプローチ

村林 勘定系のクラウド全面移行は非常に難易度が高く、費用対効果の観点で得策とは思っていません。一番大変なことは、既存のアプリケーション・ロジックの移行と、それに対応するデータの移行です。例えば、新銀行を作るのであれば、ゼロから最新のクラウド環境でアプリケーションを作ることもあり得ますが、既存資産がある金融機関の場合、移行は本当に大変なことです。

経験から申し上げますと、使えるものはそのまま使う、または再配置する、一方でスピード感が求められる機能をクラウドに移行する方法が良いと考えます。改修を重ね、継ぎはぎになっている勘定系システムはメインフレーム環境を維持したうえで、生成AIなどを使ってアプリケーション・ロジックを作り直した方が安価でリスクも低減できるのではないかと思います。

モダナイゼーションの要諦は

孫工 モダナイゼーションをする場合、メインフレーム上にある基幹システムを、まずオープン基盤に移行してからモダナイゼーションするのか、あるいは、今あるシステムをモダナイゼーションしてから新しい基盤に移していくのか。ポイントはどこにあるのでしょうか。

村林 そもそも「何のために、メインフレームからオープン基盤に移行するのか」が重要だと考えます。目的の本質は生産性や効率性を上げることであり、柔軟なシステムに変えていくことです。そのためには、クラウドに移行するならばネイティブ・アプリでなければ意味がありません。つまり、「メインフレームかオープン基盤か」という問題ではないということです。

今の金融機関のシステムの多くはプロセス中心アプローチが主流だった頃に出来上がったもので、アプリケーションと業務ロジックが絡み合った複雑な状態になっています。その状態のままプラットフォームだけをオープン基盤に移しても、生産性は上がらず、何の課題も解決されません。
例えばバッチ処理が残らない業務プロセスに設計し直すなど、きちんとアプリケーションに着目したモダナイゼーションをすることが重要です。そうすれば、メインフレーム上に残るのは元帳システムだけになるため、メインフレーム側も経済合理性が高まるのではないかと思います。