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Smarter Business

保険業界における“メタバース”のポテンシャルとは?

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森高 小友理
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
保険・郵政グループサービス事業部
保険インダストリーコンサルティング
マネージング・コンサルタント

「メタバース」という言葉を耳にする機会が近年急速に増加し、サービス提供者のサービス開発、TVコマーシャル、マーケティングの競争は激しくなりつつある。ただ、ガートナー社の示すハイプ・サイクル※1によると、メタバースは黎明期にある。いずれ、成長期を迎え、安定期に達すると考えられる。一言に「メタバース」と言っても、さまざまな定義・用途がある中で、本稿では、DXの中の一つのテクノロジー要素と捉え、保険会社の業務効率化やDX推進の過程等、保険会社の課題解決の一つの選択肢として、メタバースのポテンシャルに着目する。

メタバースにおける体験とは

IBMが考えるメタバースは、「リアルとデジタルの境界を解消した共有型3D体験のネットワーク」を端的に表した言葉である。VRを装着した時だけでなく、スマートフォンやノートパソコン、タブレット端末など、様々なモバイル機器、コンピューターを介して、体験が可能である。また、物理的な現実世界にリアルタイムの3D映像を重ね、拡張現実(AR)、複合現実(MR)等によって得られる体験もある。将来的な展望も踏まえ、ARやMR等も含め、メタバースのコア要素として捉えることとする。

将来のシナリオ〜トータル・エクスペリエンス革命によるリスク窓口の実現〜

将来、メタバースが安定期に達する頃、現在個々に作られているメタバースが、形を変え、メタバース空間同士が繋がっている可能性がある。それは、内閣府が示すSociety5.0※2のような社会となり、図1に示すように、人々がリアルとバーチャルの往来を自由に行い、たとえば、メタバース上での面談や対面同様のきめ細かいフォローや、VRシミュレーションによる説明等、お客様は自分の好きな時に好きなやり方で保険の相談が実現されているといったイメージだ。
ただ、こうした期待が実現されるのは、何年も先のことになりそうである。

図1:ヒトを自由に〜トータル・エクスペリエンス革命によるリスク窓口の実現〜図1:先進ITを活用した業界変革ユースケース

メタバースで注目したい3つの柱と変化

図1のような世界が実現するまでに、企業は何をすべきだろうか。
IBMが業界によらず、企業が今から何をすべきかを整理する上でおすすめしている柱が、メタバースの特徴として、新しいコミュニケーション、新しい体験、業務効率化だ。
リアルとバーチャルを組み合わせた働き方は今後も続き、働く人々のコミュニケーションとコラボレーションが見直されていくことになる。リアルな実世界で難しいことでも、バーチャル空間内でシミュレーションを用いた説明を従業員自身が疑似体験をしたり、アンコンシャス・バイアスを低減しながら新しいアイデアを生み出したり、従業員自身が、様々な可能性を探索することができる。企業にとって、今、重要なことは、メタバース固有の特徴を消費者に提供する前に、消費者にサービス提供をする側としてまず知る・試すことである。

業務効率化やDX推進の過程で、さまざまな技術群の中の「1つのパーツ」としてメタバースを取り入れ、解決策を構築する取り組みを通じて、メタバースに関わるケイパビリティーのみならず、多様なIT製品/サービスやビジネス知見/ノウハウなどを含めた総合力の獲得にも繋がる。

メタバースのポテンシャルを試す3つの機会

IBMは、これまでの国内外の実績や技術的な知見から、保険会社は、次の3つの機会において、メタバースを通じた期待を実現し、具体的な価値を生み出し、純粋な2Dの世界では実現が困難または不可能だった事柄を達成できると考えている。

メタバースのポテンシャルを試す3つの機会

  1. 新商品・新規事業開発
  2. 自由闊達な文化を有する心理的安全性の確保された組織であったとしても、働く人がこれまでの経験や習慣から身につけたアンコンシャス・バイアスは、取り払おうとしても、なかなか難しい。

    過去に実施したものの中で、バーチャル空間の特徴の一つ・匿名性を活かした好取組事例がある。新規事業・新商品開発を目的とし、バーチャル空間も活用し、アイディエーション・ワークショップを試みた。匿名性を維持したことで、上司・部下の関係などにとらわれることなく、参加者は自らのポテンシャルを最大限発揮し、様々なアイデアが集まった。イノベーションは、異なるものの結合によって生まれるという考え方があるが、性別などの属性だけなく、経験などの違いから生まれる組織の多様性も活かし、上司部下の関係などから開放され、Z世代のアイデアをうまく取り込むことができた。

    行動経済学者の著書『ファスト&スロー(著者:ダニエル・カーネマン 出版社:早川書房)』の中で、直感的かつ自動的に行われる速い判断(システム1)と、論理的で計算などを伴いじっくりと行われる判断(システム2)があり、人は物事を判断する時にほとんどがシステム1を介していると指摘している。こうした人のメカニズムを捉えながら今後の可能性を探索することで、歴史があり、オペレーショナルエクセレンスを誇る保険会社にとって、バーチャル空間の力を借りて、組織が有するケイパビリティーを活性化することに繋がっている。

  3. 従業員向けの研修や技能等の承継
  4. VR、AR、MR、そしてAIアバターにより、リアルに近いトレーニング・シナリオを体感させ、学習を促すなど、物理的な制約なく、一人一人に寄り添った支援もできる。生身の人間相手では、頼みにくいことも、AIアバターは何度でも嫌な顔一つせず付き合ってくれる。

    新しい仕事を覚える時以外でも効果を期待できる。人に寄り添ったリアリティーのあるストーリーに没入することで、実体験の機会を待つまでもなく、複雑なタスクや複雑な状況に対する能力開発を支援する事ができる。これにより、絶えず社内人材の成長をサポートし、新しいスキルの獲得やその応用の機会を提供することになる。

  5. 新しい業務設計
  6. まだ実世界ではないが、バーチャル上で試してみることで、これまでの業務設計を見直し、プロセスを強化・効率化する可能性を秘めている。業務の効率化を進めており、今後更なる業務の高度化や業務変革が必要になる。DXが進む中で、テクノロジー活用を前提とし業務を見直し、再構築の必要性は感じているが、施策の見積もりやROI算出が難しく壁にぶつかり頓挫するケースもある。

    こうしたケースも含め、3D視覚ツールとバーチャル空間は、複数の部門や場所にまたがって、試行を行うなど、従業員が様々な工夫を、迅速かつ反復的に試すために役立つ。そして、データを様々な条件でシミュレーションし、数理解析と最適化の技術を活用することで、解決策とその効果を算出し、DX推進を後押しすることができる。


※1ハイプ・サイクルとは、ガートナー社が提唱する新たなテクノロジーが浸透、定着するまでの道のりを示した曲線である。縦軸に期待、横軸に時間をとり、すべての新技術がたどる定着までの行程を、誕生当初の期待の急上昇からの急降下、そこから徐々に実用的な採用、定着が進むとみる。ガートナー社はこのハイプ・サイクルを使い、新技術の浸透までの道のりを黎明期、「過度な期待」のピーク期、幻滅期、啓発期、生産性の安定期の段階に分けて、各々の新技術が今どの段階にあるかを毎年評価している


※2Society 5.0では、ビッグデータを踏まえたAIやロボットが今まで人間が行っていた作業や調整を代行・支援するため、日々の煩雑で不得手な作業などから解放され、誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることができるようになります。出典:内閣府ホームページ(IBM外のWebサイトへ)