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【デジタル戦略考察】当たり前の「常識」が「解除」される世界

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かつてシリコンバレー周辺の企業やスタートアップの十八番と考えられてきた「デジタル破壊」戦略は、いまや伝統的な製造業企業や金融機関、そして政府・自治体までもが導入を開始している。その結果、よりマグニチュードの大きい破壊が、「全ての」業種・業態で起こりつつあり、この変化に適応できない企業・組織の多くは、今後、ゴーイング・コンサーン(※1)上の問題に直面することになる。これは、単なる表層的なトレンドの変化のことではないし、また、AIやブロックチェーンといった技術論に終わる議論でもない。いま、何が起きているのか?

※1:継続企業の前提の意味。企業が将来にわたり、事業を継続していくことを前提とする考え方。

岡村 周実
日本アイ・ビー・エム株式会社 事業戦略コンサルティング・グループ アソシエイト・パートナー 兼 IBV-Japan リード


事業戦略コンサルティング・グループにて、日本企業・政府部門の成長戦略に係るコンサルティングを担当。先端テクノロジーや官民・異業種連携により、新たな産業の創生を図るプロジェクトを多数支援。慶應義塾大学卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス 行政大学院 および パリ政治学院 公共政策大学院の修士課程修了。

 

貨幣制度や労使契約など、当たり前の常識が「解除」される世界とは

最も重要なことは、物理世界とデジタル世界が統合される中で、いくつかの制約条件が実質的に「解除」されており、そのことによって全く新たな戦略の打ち手が可能となっている…ということだ。ここでいう制約条件とは、現行の経済・社会・行政システムの前提となっていたものであり、たとえば、貨幣制度や労使契約、債権債務関係、需給均衡メカニズムなど、これまで誰も疑うことすらしなかった(或いは、考えようともしなかった)常識のことである。

ここで、一つの問いについて考えてみよう。もし、中央銀行が紙幣を発行するように、もしくは市中銀行が信用創造によってマネーサプライを増やすように、一般企業や自治体が、自由に通貨やポイントを発行することができたら、いったい何が起きるのだろうか。(筆者注: 現在、巷を賑わせている暗号通貨:NEMがやっていたようなICOとは全く異なる方法であり、既に国内でも複数の実現事例がある。なお、現状のICOのほとんどは、信用貨幣モデルですらない)

もし、自由に貨幣を発行できるのなら、顧客や市民に必要な分の通貨・ポイントを提供し、その分で自社の商品・サービスを買ってもらう…ということができるようになるだろう。(そして、それは通常の売上と全く変わらない) 更に、その通貨・ポイントの発行方式が、負債も費用も伴わない、従来の伝統的な貨幣モデルを凌駕・代替するような革新的なスキームであったとすれば、その影響は、どこまでも拡がっていく可能性がある。(そして、現実にそうなる可能性が大きいと考えている)

急速に増えつつあるデジタル・シフトによる革新

実は、こういった種類の変革が数多く生まれているのが、ここ最近の状況であり、その多くが物理世界とデジタル世界の融合、つまりデジタル・シフトによって起こっているとみている。筆者の戦略コンサルタントとしての、過去15年以上の経験と照らしても、ここまで大掛かりで根本的なシステム変化は、片手で数えるほどしか無かったように思う。そして、率直にいえば、その全てを捉えることすらできていない…というのが正直なところだ。あまりに多くの革新が、筆者の目の前だけでも起きており、それと同じ状況が国内外の同輩たちの目前でも生じているからである。

IBMという組織は、AIやブロックチェーン、量子コンピューターといったさまざまな先端テクノロジーの研究・開発から、その事業化までを自らグローバルに展開している企業体である。そして、IBMの戦略コンサルタント、つまり我々は、R&Dの魔の川にはじまり、死の谷、そしてダーウィンの海へと至る長い旅路を通して、また数多の業種・地域における事業経験を踏まえて、いま拓かれつつある新たな領域における戦略を洞察することのできる稀有な場所で仕事をしている。その結果、多くの革新創造の場面に立ち会うことになる。

今後、本コラムでは、私や同輩たちが経験したさまざまな革新について具体的に紹介しつつ、その戦略上の意味合いについて深く掘り下げていく。従来の戦略論では解けなかった問題が、どのような戦略のアプローチによって新たに解決されるようになったのか。また、その背景には、どのような経済・行政・社会システムの変化があったのか。そして、それはどのようにして、もたらされたのか。

また、時事の重要なニュースについても論考していきたい。仮想通貨の取引所問題を踏まえたブロックチェーン技術の展望とは? EU GDPR本格施行(18年5月末)の後に予想されるDigital Giant企業(GAFA)の動きとは? エストニアの電子政府・国家に見る地方創生の新たなモデルとは?

我々が、このようなコラムの連載をはじめようと思い至ったのには理由がある。上述のような事業革新の場面に数多く立ち会う一方で、しかし日本企業のほとんどが、この流れに取り残されていると感じるからである。日本に生きるコンサルタントとして、この状況を変えることに貢献していきたいと強く願っている。

photo:Getty Images