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Smarter Business

マルチクラウドで変わる「IT管理の常識」 – システムもコストも管理できる新手法

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二上 哲也
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
CTO 兼 クラウド・アプリケーション・サービス事業部 部長

1990年、日本IBMの開発製造部門に入社。Java/Web技術によるシステム構築を推進し、2004年からはサービス部門にて大規模Javaプロジェクトのリード・アーキテクトとして活動。10年からはIBM Distinguished Engineer(技術理事)として、APIやBlockchain、AIやクラウドなど最新技術によるシステム構築の変革をリード。現在はIBMのSI部門であるGBSのCTOと、クラウドアプリケーション・サービス事業部部長を兼任する。

クラウドがメインストリームになって数年、現在世界的に見られるトレンドが、複数のパブリック・クラウドを利用する「マルチクラウド」だ。用途に最適なクラウドを使うことができる一方で、システムとコストの管理が課題になっている。「マルチクラウドはハイブリッド・クラウドと合わせて次世代アーキテクチャーの土台と考えている」と言うのは、日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス事業本部 CTO 兼 クラウド・アプリケーション・サービス事業部 部長の二上 哲也氏。マルチクラウド時代の課題とその解決策について話を聞いた。

クラウドの“いいとこ取り”が生んだマルチクラウド環境のマイナス面

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−−業務システムのクラウド化が大企業でも進んできましたね。複数のクラウドを使う「マルチクラウド」も多く見られるようになりましたが、IT部門にはどのような問題があるのでしょう?

二上 企業における業務システムのクラウド化は2、3年前から本格化し、かなり増えています。これまで企業の中でクラウドを使うのは、部門の申請や管理などの軽い業務や外向けのWebサーバーでした。これは、クラウドの場合、データの安全性が心配という懸念があったからです。

少しずつ基幹に近いシステムでもクラウドを利用する動きがある中、ここ2年ぐらい顕著なのは、AI、IoT、ブロックチェーンなど新しい技術を使うにあたってクラウドを選ぶというトレンドです。自社で導入設定することなくすぐに利用できる点に魅力を感じているようです。実証実験 (PoC) で使ってみる際に、AIならWatsonがあるからIBM Cloudを使おう、深層学習ならGoogleのGoogle Cloud Platform (GCP) を使おう、普通のWebサーバーならAmazon Web Services (AWS) を使おう、などと特徴に応じて各クラウドの“いいとこ取り”をしているところも多く、意図せず気が付いたら複数のクラウドを使っているという状況が生まれています。これがマルチのパブリック・クラウドを使っている“マルチクラウド”状態です。

 

これはグローバルなトレンドで、平均でも4種類のクラウド、SaaSを入れると多いところで7~8種類とも言われています。

そうなるとなにが起こるか−−IT部門が管理できないという問題が生まれています。クラウドはボタンを押すとサーバーが立ち上がるので、IT部門が知らないうちに業務部門が特定のサービスを使っている“シャドウIT”はよく言われている問題です。このように、従来のIT管理の常識が通用しなくなったと言えます。

−−マルチクラウドが増えて通常のIT管理では対応できなくなったということですが、具体的にどのような問題が出てきているのですか?

二上 現在、課題になりつつあるのは、複数のクラウドをどのように管理するかです。これまでのオンプレミスでも、IBMのサーバー、メインフレームなどさまざまなマルチベンダー環境はありましたが、管理ソフトウェアを統一することで管理を一元化することができました。ところが、クラウドではそうはいきません。クラウドの中に管理機能があり、複数のクラウドを使うと管理画面も複数になります。それぞれのクラウドの管理機能で特徴が異なるため、3つクラウドを使うと3つ管理担当が必要になることもあります。

コスト管理も、これまでのように一度お金を払うと終わりではなく、従量課金なので使用すれば増えます。複数の部署で複数のクラウドを使っていると、コストが管理できなくなると予想されます。

このようなことから、今後本格的にクラウドで基幹システムを運用しようという機運が高まっていますが、複数のクラウドがある環境では管理が難しいケースも増えています。
 

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複数のクラウドを一元管理するIBMのソリューション

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−−このようなマルチクラウドの課題に対して、IBMはどのようなソリューションを提供しているのでしょうか?

二上 パブリック・クラウドが複数あるマルチクラウド、オンプレミスもあるハイブリッド・クラウドでは、データがいろいろなところに分散してしまいます。例えば顧客情報がAクラウドにも、Bクラウドにも、社内にもあり、どの顧客情報が本物か分からない状況です。この場合、住所変更の際にどこを変更すればいいのか?となります。この問題を回避するには、どのデータをメインにするのかの“マスター”を決め、それを複数のクラウドやオンプレミスを含めて整合性を取っていく必要があります。

IBMでは次世代アーキテクチャーとして、どのデータがどこに配置されているのか、どのクラウドがどんな機能を持っているのか、整合性がある形で動いているのかなど、企業全体を見ながら管理できるアーキテクチャーの構築を提唱しています。お客様により状況が異なるので、コンサルティングは重要な役割を果たします。

ハイブリッド&マルチクラウドの共通基盤の概要図

コンサルティングサービスの中には、これからのクラウドへの移行や構築を決めるクラウド戦略立案サービス、次世代アーキテクチャーサービスなど複数のメニューがあります。

−−製品としては、IBMは2018年に「IBM Multicloud Manager」「IBM Cloud Pak for Integration」を発表しています。これらの製品はどのような特徴があるのでしょうか?

二上 企業全体のクラウド戦略を立案した後は、クラウドへの移行やシステム構築を実行に移します。最終的には一元的な管理が必要で、これらの製品がそれを支援します。

「IBM Multicloud Manager」は複数のクラウドを一元的に管理する製品で、IBM Cloudだけではなく他社クラウド、オンプレミスを含めて、使用状況の確認、作成したアプリをさまざまなクラウドにデプロイ(実装)するなどの機能があります。これにより、複数のクラウドの管理画面に対して複数の人を置く必要がなくなります。

また、コンテナのオーケストレーション技術であるKubernetesに対応しており、あるコンテナで作成したアプリケーションを他のクラウドやオンプレミスにデプロイしたり、クラスター(ネットワークに接続した複数のコンピューターを連携して一つのコンピューターシステムに統合し、処理や運用を効率化するシステム)の実行も簡単にデプロイできます。

「IBM Cloud Pak for Integration」は、データのやり取りを管理するミドルウェア的なソフトウェアです。API管理、SOA(サービス指向アーキテクチャー)におけるESB(エンタープライズ・サービス・バス)も包含するアプリケーション間連携機能があり、システム間のデータを含めて一元的に管理できます。マルチクラウドになるとデータのやり取りが増え、Aクラウドからオンプレミスの情報を抜き取りたい、オンプレミスにある情報をBクラウドにあるサーバーに複製したいなどの要望が出てきます。このような複雑なデータのやり取りを管理できる製品です。

−−マルチクラウドの管理は多くのベンダーがフォーカスしています。IBMの差別化ポイントはどこになりますか?

二上 Kubernetesなどの、オープンなクラウド・ネイティブ・コンピューティング対応が強化されている点が最大の差別化です。他社もある程度サポートしていますが、IBMはより本格的に対応しています。

また、あるIBMのミドルウェアを他社クラウドで実行するときに、使った分だけ課金するなど、マルチクラウドにおける柔軟な実行環境を実現することができます。

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−−マルチクラウドにより管理が課題になる一方で、まだ8割ぐらいのシステムがオンプレミスにあることも課題の一つではないでしょうか?そのような状況も踏まえて、 IBMが考えるクラウドジャーニーについて教えてください。

二上 大きく次のようなステップがあります。

一つ目は「クラウド戦略の立案」です。

クラウドに移行するならまずはきちんと戦略を立てる必要があります。IBMがグローバルな知見を活用し、支援させていただきます。お客様のところにあるシステムを一つずつ検証し、そのままクラウドに載せる、マイクロサービスを使ってもっとクラウド・ネイティブに作り直す、などの戦略を立てます。クラウドにできるシステム、オンプレミスに残るシステムなどを振り分けるだけではなく、その間できちんとデータの整合性を取ることも考えます。これにより、企業全体のクラウド戦略を作ることができます。

第一段階が終わると、「オンプレミスからクラウドへの移行」と「クラウドでのアプリケーション構築」の2つの道があります。

まず「オンプレミスからクラウドへの移行」は、どちらかというと今あるアプリケーションの要件を変えずにオンプレミスからクラウドに移すもので、インフラの載せ替えのケースも多いです。クラウド化することでデータセンターのスペースを削減できるメリットが得られるものは移行できます。それにあたり、コンテナは重要な技術です。オープンな技術であるコンテナ化により、ハイパーバイザー型の仮想化よりも集約率を上げることができます。例えばこれまでは一つひとつのサーバーで動くので10台のサーバーが必要だったとすれば、ハイパーバイザーの仮想化により6台に、さらにコンテナ化により4台ぐらいに減るというイメージです。集約率を高くできる点でも、コンテナは魅力的な技術です。

次に「クラウドでのアプリケーション構築」は、最初からアプリケーションを作ったり、既存のアプリケーションをマイクロサービスなどを使って作り直したりする作業です。

最後のステップが「管理」です。先ほど紹介したIBM Multicloud Managerなどを使って一元的に管理する環境を構築します。IBMでは「IBM Cloud Brokerage Managed Services」として、ルールベースでクラウドを比較してコストが安くできるクラウドをアドバイスしたり、特定のクラウドを使いすぎで課金が増えていっている状況などを知らせたりするサービスがあります。これを利用することで、コストを含めて管理できます。

Red Hat買収がマルチクラウド、ハイブリッド・クラウドの広がりを後押し

−−IBMは2018年秋にRed Hat買収計画を発表しました。マルチクラウドまたはハイブリッド・クラウドへのソリューションにおいて、Red Hatはどのような役割を果たすのでしょうか?

二上 Red Hatの買収はまだ完了しておらず具体的なことは未定ですが、IBMは(買収の前の)2018年5月にRed Hatと提携を結んでいます。

提携の背景には、今後コンテナ、Kubernetesといったクラウド・ネイティブ・コンピューティングのテクノロジーが重要になることがあります。他社のクラウドベンダーもKubernetesをサポートしており、業界全体でこの方向に向かうことは間違いないでしょう。

買収計画発表時、IBMとRed Hat両社のホームページでは“同じ会社になることで、世界1位のハイブリッド・クラウド・プロバイダーになる”というメッセージが掲載されました。Red Hatは、プライベート・クラウド・インフラ向け管理ツール「OpenShift」を持っており、市場で高いシェアを占めています。オンプレミスでのハイブリッド・クラウドにおけるKubernetesやコンテナ活用は今後さらに重要になると予想されており、2018年5月の提携時からRed HatとIBMは良い組み合わせだと思っていました。IBMのお客様の多くが社内システムをオンプレミスで使っており、その上でKubernetesを使うことができるのは素晴らしいソリューションになります。

−−顧客の反応はどうでしょうか?

二上 あるお客様からは、IBMはメインフレームの印象が強く、クラウド技術についてはRed Hatに相談していたというコメントをいただきました。お客様の中にはクラウド技術の相談相手の1社としてRed Hatを重要視しているというところも多く、IBMとしては今後Red Hatと組んでトータルでの相談に応じることができると期待しています。

技術領域で最も期待しているのは、Red Hatの基盤ソフトであるOpenShiftです。IBMも対応する製品として「IBM Cloud Private (ICP)」を持っており、両方を駆使してお客様のクラウド・ネイティブ・コンピューティング基盤を統一・統合していければと思います。例えば、Red HatのOpenShiftを他社のクラウドの上にも載せ、オンプレミスでも他社クラウドでもRed Hatが使えるような環境にする、などのことが考えられます。基盤を統一することで、運用も統一できます。また、そのRed Hatの上で、ICPに含まれるWebSphereなどのミドルウェアを稼働させることも可能です。マルチクラウド、ハイブリッド・クラウド環境で、Red Hatの技術も使いながら基盤を統一する方向性を追求できればと思っています。

−−オープンソースという点でも共通しています。

二上 Red Hatは言うまでもなくオープンソース企業であり、IBMもオープンソースには力を入れてきました。

オープンを志向されるお客様には、Red Hatは強い味方になると思います。エンタープライズシステムにおいて、今やオープンソースは中心の存在です。LinuxもKubernetesもオープンソース技術です。

デジタル改革は第2章に、複雑なシステムを支援する能力はIBMの強み

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−−企業のマルチクラウド活用に対するサービスに関して、IBMの展望をお聞かせください。

二上 IBMの腕のみせどころだと思っているのが、オンプレミスでもクラウドでも強いソリューションを持っていることです。クラウドとオンプレミス、それぞれの分野で強力なベンダーがいますが、両方で強いソリューションを持っているベンダーはありません。両方のノウハウがあるのが我々の強みです。

これからはオンプレミスや複数のクラウドを組み合わせてシステムを作っていく必要があり、そこでIBMは大きく貢献できると思います。別の言い方をするなら、システムが複雑になるとIBMの出番も増えてくると考えています。お客様からは、既存の基幹システムとどうつなぐのかとなると、クラウドベンダーだけでは解決できないという声をいただいています。そこでお手伝いできることは多いと思っています。

IBMは今年、クラウドによるデジタル改革は第2章に入ったと位置付けています。とりあえずクラウドを使ってみるというのが第1章で、そのトレンドは継続しつつ、さらにミッションクリティカルなシステムがクラウドに載る時代に入りました。

ミッションクリティカルな世界で一番課題なのはデータです。IBMはこれまでもデータベースは最も入念に構成してきました。サーバーの可用性やデータの整合性は我々のお客様にとって非常に重要です。クラウドになったからといって、これらの要件が簡単になるかというと、そうではありません。参照系はクラウドのPaaSなどを利用すれば良いかもしれませんが、更新系データなどミッションクリティカルなデータは気をつける必要があり、データを守っていくというところではIBMはノウハウがあります。

−−IBMは2019年のテーマとして“コグニティブ・エンタープライズ”を掲げています。コグニティブ・エンタープライズにおいてマルチクラウドへの取り組みはどのような位置付けになりますか?

二上 コグニティブ・エンタープライズとは、AI、ブロックチェーン、IoT、5Gなどの新しい技術を活用したデジタル企業になるというコンセプトです。単にデジタル企業になるのではなく新しい技術を活用するところが特徴ですが、テクノロジーだけでは実現できません。企業カルチャーを変えていく要素もあります。AIにより仕事が変わり、社員がAIを使いこなす必要があります。コグニティブ・エンタープライズは、人材面も含む大きな構想となります。RPAなどのロボットに任せられるものは任せて、人間はもっとクリエイティブな仕事をするなど企業風土をデジタル時代に沿うものに変えていくことで完成します。

そのような大きな目標の土台にあるのが、マルチクラウドとハイブリッド・クラウドです。デジタル化ではマルチクラウドは不可避です。将来は全部クラウドになるかもしれませんが、当面の間はハイブリッドなクラウドです。これらの基盤をしっかり使いこなす能力が重要になるでしょう。そこでIBMはお客様の力になれると信じています。

 

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