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森美術館×IBM対談——AIと創った展覧会タイトル、その先に見据える未来とは

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洞田貫 晋一朗の写真

洞田貫 晋一朗
森ビル株式会社
森アーツセンター 森美術館 マーケティンググループ
プロモーション担当 シニアエキスパート


1979年生まれ。東京都出身。2006年、森ビル株式会社入社。六本木ヒルズの展望台、ギャラリーの企画・運営、広報などを経て、現在は森美術館マーケティンググループに所属。森美術館のデジタルマーケティング、プロモーションを担当。美術館にデジタルマーケティングを積極的に取り込むとともに、多様なターゲットに広くリーチする企業SNSの運用方法を研究。集客につながる独自のSNS運用スキームを確立し、SNSの運用についてセミナー講演も多数。著書に『シェアする美術 森美術館SNSマーケティング戦略』(翔泳社)。

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岡田 明
日本アイ・ビー・エム
GBS iX interactive Experience
Senior Managing Consultant


商社を経て2002年に野村総研入社。流通業や金融業、不動産業など、実店舗とデジタルテクノロジーによる顧客接点変革のコンサルティング、システム導入経験を有する。2015年、IBM iXに参加。デジタルとフィジカルを融合した顧客体験価値創造をサポートするとともに、J-Wave AI TommyなどIBM Watsonを中心としたコグニティブ技術とクリエイティブを掛け合わせたプロジェクトを多数手がける。テニスの4大大会のデジタルエクスペリエンスなど、グローバルに展開するIBM Sportsの日本での展開も推進。清水エスパルスCDO、さいたま市スポーツアドバイザー。

2019年11月19日から2020年3月29日まで、六本木ヒルズ森タワー53階の森美術館にて、「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命——人は明日どう生きるのか 」と題した展覧会が開催されている。このタイトルは「業界初の試み」として、人とIBMが開発・展開するAI「IBM Watson」との協働によって決定されたものだ。そこに象徴されるように、近未来の都市・環境問題・ライフスタイル、そして社会や人のあり方を、最先端のテクノロジーとその影響を受けたアート・デザイン・建築といったクリエイティブな作品を通じて見つめ、未来を考えることがこの展覧会の大きなテーマとなっている。

テクノロジーとクリエイティブ。この2つが掛け合わされることで、私たちの未来に何が生まれるのか。森美術館 マーケティンググループ プロモーション担当 シニアエキスパート 洞田貫晋一朗氏と、日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)iX interactive Experience Senior Managing Consultant 岡田明氏が、語り合った。

展覧会タイトル考案プロセスにAIを活用する業界初の試み

展示風景:「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命」森美術館(東京)、2019-2020年
撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館

―― 今回の展覧会では、展覧会タイトルを、IBMが開発・展開するAIであるIBM Watsonとの協働によって決定したと伺いました。このような新しい試みは、どのような経緯で生まれたのでしょうか。

洞田貫 ラジオ放送局J-WAVEで活躍する、IBM Watsonを使った史上初のラジオAIアシスタントであるAI Tommyの存在を知ったのがきっかけです。未来をテーマにした展覧会を準備していたので、その中にこのようなテクノロジーをうまく組み込みたいと思い、IBMさんに相談しました。2018年3月頃から一緒に検討を始め、最初は「AIを使って何を行うのか」というところからスタートしました。何度もディスカッションし、最後は「形として残り、人に伝わりやすいもの」に活用しようという結論に至り、展覧会のタイトルをAIとの協働によって決めることにしたのです。

展覧会のタイトルは、関係者が議論を重ね、時には長期間かけて決定していくものだと思いますが、まさにそういった感覚によって成り立っているような作業、“人間らしさ”が詰まった領域でAIと協働できれば面白いと思ったのです。また、森美術館らしい展覧会タイトルをAIに学習させアウトプットする過程も、AIの進歩という側面から意義ある試みになると考えました。

岡田 展覧会というのは、キュレーター(学術的専門知識を持った学芸員)が展示の企画を行うわけですが、そのキュレーターの第一人者といわれるのが今回の展覧会企画者でもある、森美術館前館長の南條史生氏(2020年1月1日付けで特別顧問に就任)です。初めはその「南條氏の頭の中をAIで再現できないだろうか」というような、突拍子もないアイデアも検討しました。とはいえ、実現性や予算、時間などの条件も考慮して、最終的には、「人に伝わりやすいもの」で世の中に発信しようという点に収斂されていったわけです。

また、AIに学習させるためのアプローチとしては、テキスト、音声、画像などさまざまなものがありますが、その中でテキストは比較的扱いやすい素材です。展覧会の企画書などがテキストで数多く残されており、それらが活用しやすいもの、という背景も鑑みました。

AIと協働して決定した展覧会タイトル 画像提供:森美術館

―― タイトルの決定にあたっては、その全ての工程をAIが行ったのでしょうか。

洞田貫 タイトル決定のプロセスとしては、まず、AIに展覧会の全体像を学習させるところから始まります。では、具体的になにをAIに学習させるのかという部分では、展覧会の内容が正確に言語化されている「展覧会の企画書」はまさにベースとなりました。その他には、企画側の意図をAIが汲めるように、企画者の南條にロングインタビュー行い、その内容をテキスト化して学習させたり、南條が展覧会のアイデア、考えなどをスマートフォン内に綴っていたメモも学習させたりするなど、可能な限り、タイトル生成に役立つデータを投入しました。

その後、AIが本展のキーワードを抽出したのち、言語生成するアルゴリズムを組み1万5,000通りを超える単語の組み合わせを生成しました。AIはそこからさらに150のタイトル案まで絞り込みを行っています。言語は英語です。最後は、本企画のプロジェクトメンバーで日本語のニュアンスや、音の印象などを考慮しながら語順を入れ替えるなどし、ついに完成しました。

岡田 AIというのは、あくまで人のサポート役だと思います。そのため、今回はタイトルに関係する選択肢を出すことが役割だと考えました。森美術館さんには“協働”という言葉を使っていただいていますが、この言葉は今回の試みを的確に表した表現ではないでしょうか。

―― 今回の展覧会に訪れた方々の感想としては、どのようなものが多かったですか。

洞田貫 SNSなどで反響をウォッチしていますが、ポジティブに受け取る方もいれば、テクノロジーの過度な介入がもたらす未来に対して“怖さ”を感じている方もいるようです。つまり、展覧会を通じて「未来をどのように生きていくべきか」ということを考えさせられるわけですね。これはまさに本展の意図に沿った結果だと捉えています。

タイトル決定プロセスにおいてAIが抽出したキーワードの中に「Meaning of life(人が生きる意味)」という単語がありました。これが最終的に、「人は明日どう生きるのか」というタイトル中の言葉につながるわけですが、このワードを人ではないAIが問うているというのが非常に興味深いですし、展覧会に訪れたお客様も実際にそんな気持ちを感じているようです。そのような意味でも、お客様の感想はまさにAIが抽出したキーワードにしっかり紐づいているということなので、AIの精度の高さを実感しています。

―― 南條氏は、今回の「AIを活用して展覧会タイトルを決める」という試みについて、どのようなご感想をお持ちでしたか。

洞田貫 南條は当初からAIの活用に実験的な意図をもっており、本企画に前向きでしたが、「はたしてAIに人の心に響く“言霊”のある提案ができるのかどうか」とも言っていました。言霊を感じるというのは、まさに人の感覚の領域ですから、その感性的な部分をAIが学習し、人の心に響くタイトルが生み出すことができるのかと。実際には、限られたデータと、AIと人が協働して、こうして展覧会タイトルが完成したわけですが、今後さらにより多くのデータを投入し、より精度をあげることができれば、さらに感性に響くAIからのアウトプットが出てくるのではないかと思います。

テクノロジーとクリエイティブの共創から見出される意義と反響

―― テクノロジーとクリエイティブを掛け合わせることに対して、どのような意義や価値があるとお考えでしょうか。

洞田貫 通常は、展覧会関係者が議論を交わしながら慎重にタイトルを決定しています。今回はそこに初めてAIが介入したわけですが、その結果、どういうことが起こったのかといえば、決定プロセスがかなりスムーズになったと感じました。この点はAIの価値として挙げられるのではないでしょうか。たとえば、アイデアや意見(=アウトプット)は、人の感覚による偏りがあったりもしますよね。そのため、議論の方向が変わってくることもよくあることです。一方で、AIから出されるアウトプットは膨大なデータが学習され、企画の意図などが集約されている状態です。つまり超客観的で中立的な意見になります。そのため、それらを基にさらに議論や検討を行う際はスムーズに進みやすくなりますし、ポジティブに捉えてもらいやすくもなります。

―― テクノロジーとクリエイティブというと、一見すると交わらない領域のような印象も受けます。IBMとしては今回のご相談を受けた時に、どのような考えをもって「協働する」という結論に至ったのでしょうか。

岡田 実は、クリエイティブにAIを使うというプロジェクトへの試みは、以前からいくつか行なってきました。たとえば、広告においてクリエイターが作品をアウトプットする時は、クライアントのオーダーや使うべき素材など、いくつかの要素を組み合わせながらイメージを固めていきます。その際にクリエイターをサポートするサービスとして、これまでの検討時の要素やテーマ、最終的な成果物であるクリエイティブなどをAIに学習させ、「企画の基本コンセプトであるクリエイティブボード」をAIによって作成するといったプロジェクトなどです。

人は常日頃から非常に膨大な量の情報をキャッチし、考えています。そして、その時のフィーリングや状況に最も合ったものを記憶から取り出してきてアウトプットしています。“人のひらめき”や“情緒”といった思考を醸成する領域に、AIを活用できないだろうかと、そのようなことを検討していたわけです。そのタイミングで、クリエイティブにおいて世界に冠たる森美術館さんからお声掛けいただいたので、その世界基準をAIで表現できたら素晴らしい試みになるだろうと非常にワクワクしました。

エコ・ロジック・スタジオ《H.O.R.T.U.S. XL アスタキサンチン g》(部分)2019年
撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館

―― 今回の展覧会の作品の中には、テクノロジーの介入に対して人の倫理観を問うような警鐘を鳴らす作品もあったかと思います。そのような作品と、AIを活用してタイトルを決定する試みの間には、ある種の“矛盾”が感じられて、この点も非常に興味深いですね。

洞田貫 そのような矛盾を感じていただける点も、この展覧会らしさにつながっていると思っています。タイトルとしても作品としても、これまで人が行ってきた作業領域に対して、テクノロジーの存在が加わってきているわけですから。それら全てを含めて、まさに本展覧会そのものを表していると言えるのではないでしょうか。

テクノロジーとクリエイティブの協働により変わる私たちの未来

―― 今後もクリエイティブ領域へのテクノロジーの活用は進んでいくと考えられますが、大きな効果が期待される分野はどの辺りにあるとお考えでしょうか。

洞田貫 今回、AIと美術館が協働する機会を得たことで、私たちもAIに対しての理解がさらに深まったと思います。クリエイティブにおける直接的なテクノロジー活用は、アーティストや作家が進めていくところだと思いますので、あくまで森美術館としての立場で言えば、今回のタイトル決定もそうですが、展覧会の周知・認知などを含めたマーケティングでの活用にも大きな可能性があると感じました。

私自身、マーケティングを担当しているので、日頃からSNSの解析と情報発信を行っています。「どのような顧客層に対して、どのような投稿を行うか」など、狙いを考えながら実施しているわけです。そのようなところをしっかりAIでデータ解析し、その時その時の最適なターゲティングや、投稿内容の精度をあげることができれば、非常に有益な使い方になると思います。

岡田 AIにおいては、「データを何のために活用するのか」という目的の部分が非常に重要になります。目的に応じてデータの活用の仕方や学習させるデータが変わってくるわけですよね。「データを作成し、そのデータを活用した後、どのような状態になっていたいのか」といった一連の流れを反復していくことで、AIの精度もより上がっていきますし、活用領域や活用の仕方も広がりが出てきます。そのような意味でも、AIはさまざまな分野に活用が可能です。

私個人としては、森ビルさんが手がける六本木ヒルズのコンセプト、「人間の豊かさや文化、次の時代へのヴィジョンが生まれる都市づくり」といった領域におけるAI活用に深い関心を持っています。街の中にAIが活用されることで、都市・日本・世界がどのように変わっていくのか気になるところですし、そこに自身も関わっていきたいと考えています。

―― 人の情緒や感性といった側面へのテクノロジー活用に対して、今後もIBMとしては積極的に関わっていきたいとお考えですか。

岡田 はい。街の中でどのようにAIを活用し、どのような影響がもたらされるのかなどは、人の情緒や感性が大きく関係してくる部分であるので、そこまで深掘りしていきたいと考えています。AIはポテンシャルが大きいがゆえに、どこまでできるのかわかりませんが、今回の試みにおいても新しい発見があったように、一つひとつの試みを可視化し積み上げていけば、AIがその側面まで表現できるようになると思います。

洞田貫 たとえば、都市において、食事、買い物などを「楽しむ」などもそうですし、アートや展覧会を体験して「感動した」と感じるような感性の部分は、まさに“人の領域”です。しかし、その領域であっても、AIの“サポート”により、その感性がより深まるということがあると思います。私たちのように展覧会を開催する側、特にマーケティングをする立場としても、AIとの協働のおかげで、その内容をより伝えやすく刺さりやすくできるようになるかもしれません。

今回の展覧会タイトルの試みにおいても、どのように“森美術館らしさ”をアウトプットしてもらうか、非常に悩みました。森美術館は、これまで多くの展覧会を開催していますが、それぞれの企画やタイトルの中には、当時の担当者のひらめきなど“数値化できていない森美術館らしさ”がたくさん眠っているわけです。そのため、“らしさ”をAIでアウトプットしようとするときに「どのようなデータをAIに与えるのか」という、人の想像力と設計の部分が実は肝になるのではないでしょうか。その部分は、人がAIのように“学習”しながら成長していく必要があると思います。

―― 最後に、森美術館とIBMにおける新しい取り組みの構想などがあれば、お聞かせください。

洞田貫 AIと美術館が展覧会の企画段階から協働した例というのは、日本ではおそらく初の試みだったのではないかと思います。森美術館としても、テクノロジーとしてのAIと、そのAIとの向き合い方を知ることができました。今後も、AI×森美術館の構想を考えていければと思っていますが、今回の「未来と芸術展」からスタートできたということには非常に意義を感じています。

今回は、データの作成をはじめ、IBMさんと二人三脚で作り上げていった経緯などから、AIの裏側を垣間見ることができたわけです。まさにその裏側には非常に多くの人の努力と労力、時間が詰まっていることを実感しました。「AIで展覧会のタイトルを作った」という言葉だけだと人の手を介さず一瞬で作られたように感じてしまいますが、実際には全くそうではありません。そのような意味では、AIからのアウトプットは「多くの人々の気持ちで作られている」と言うことができるのではないでしょうか。

岡田 今回、多くのノウハウを蓄積したりアルゴリズムを構築したりしているので、それらを活かして、AIをアップデートしていくのが選択肢としてありそうですね。

最近のAIは、曖昧な問いかけにも答えられるようになってきていますが、今回のタイトル決定においては、単純に「展覧会の名前を出して」と問いかけても、出てきません。“森美術館らしさ”を加えなければならないとなると、そもそも“らしさ”とは何かというところから学習させなければいけないからです。しかし、こういったクリエイティブな領域における「行間」も、しっかり学習させていけば、ある程度答えは出せるということが今回実証できたと思います。今後もこの領域でもっとAIを活用していきたいと考えています。

プロジェクトに携わったIBMの開発メンバー