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Smarter Business

百貨店の再生のために。エムアイカードがチャレンジするデータドリブンなCRMとは

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吉澤 陽子氏

吉澤 陽子氏
株式会社エムアイカード
取締役常務執行役員 事業企画部 CRM企画推進部 管掌

国内大手金融機関にてCRM・デジタルマーケティング、データビジネスに従事。その後、金融機関様向けのデータ利活用コンサルタントとして活動し、2022年1月にエムアイカードに入社。現在、事業企画とCRM部門を管掌。

 

樋口 裕氏

樋口 裕氏
株式会社エムアイカード
CRM企画推進部 CRM推進担当長

CRM推進担当の担当長として、顧客のデータから利用動向を分析し、施策を立案するなど、CRMの取り組み推進を担っている。カードのプロモーションや利用販促に加えて、販促のPDCAをいかに回していくかの土台づくリに注力している。

 

佐久間 萌奈氏

佐久間 萌奈氏
株式会社エムアイカード
CRM企画推進部 CRM推進担当 主任

CRM推進担当として、お客さま向けの販売促進計画の立案や、それに伴うキャンペーン施策の企画などを担当。主に、分割やリボなどのファイナンス商材を中心に、お客さまへの施策立案を行っている。

 

久保田 有希子氏

久保田 有希子氏
株式会社エムアイカード
CRM企画推進部 CRM推進担当 主任

CRM推進担当の一員として、お客さまに対する施策の企画・立案を担当。多様な施策がある中で、主にカードの利用拡大に向けた施策立案を担当している。

 

堀岡 亮

堀岡 亮
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
エクスペリエンスソリューション データサイエンティスト 

IBM入社以来、コンサルティング部門に所属し、金融業界のお客様を中心に分析基盤の導入支援や、アナリティクスを用いたデータ利活用支援を担当。2020年に行われたエムアイカード様のプロジェクトではプロジェクトリードの立場で参画した。

三越伊勢丹グループのクレジットカード会社である株式会社エムアイカード(以下、エムアイカード)は、グループの中期経営計画の重点戦略に「“個客とつながる”CRM(Customer Relationship Management)戦略」が掲げられたことを一つのきっかけとして、百貨店というリアルな場とエムアイカードとのシナジー効果を発揮させるべくCRMの取り組みに着手した。

プロジェクトを共に推進していく中で、ベースとなったのは、2020年の日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)との取り組みであった。当時、IBMの支援のもと、既存顧客の一人ひとりの収益性を見える化し、さらにその収益性を軸として顧客を構造化(セグメント化)、ケアすべき顧客やアプローチすべき顧客を特定するという手法を形にした。中期経営計画の具現化に向けて、この手法をベースに百貨店まで見据えたCRMの全体戦略を策定。現在は社内への定着化を図っている過程にある。この取り組みの実際を、CRM企画推進部の中心メンバーに聞いた。

お客さまという原点に立ち返ったCRMへ

――エムアイカードがCRMへの取り組みを開始した背景には、どのような課題があったのでしょうか。

吉澤 皆様ご存じのとおり、百貨店という業態そのものは大きな岐路に立たされています。昔は「百貨店」という言葉にあるように、そこに行けば良い品が何でも揃うという楽しみや憧れがお客さまに支持されてきました。しかし、今はネットで何でも手に入る時代です。この厳しい競争下で差別化を図るために、百貨店のもつ高感度上質なサービス・品揃え・空間を強化することで、豊かな生活を楽しみたいお客さまに目を向けてきたのが百貨店の現状だと思います。
一方、三越伊勢丹グループのハウスカードとして誕生したエムアイカードは、百貨店に依存するカード会社からは脱却し、グループ全体に貢献するために、金融会社として独立・自立を指向し、2016~2017年頃から百貨店外でのビジネスの強化に取り組んできました。そこで必須となったのがCRMへの取り組みです。

――取り組みの現状はいかがですか。

吉澤 当時は、営業企画部などが主導し、CRMの仕組みを整え取り組みを始めましたが、2020年以降コロナ禍によりグループ全体が大きな打撃を受けました。外出が制限され、百貨店へお客さまにご来店いただけず、私たちも極めて厳しい状況に置かれました。百貨店に行かなくなると、カード利用をやめるお客さまも増えてしまいます。私たちのカードを選んで使っていただけるお客さまをいかにして見極め、育てていくのか。既存のお客さまとの間でより深い関係性を再構築していくことの重要性を、あらためて痛感させられたこの2年でした。

樋口 まさに2020年は転換点でした。これまで百貨店では、魅力ある売り場に話題の商品を展開し、不特多数のお客さまを動員するという商売をしてきましたが、その根本がコロナ禍で崩れてしまったのです。そうした中でスポットがあたったのが、お客さま一人ひとりとダイレクトなつながりを持つエムアイカードだったのです。以前は百貨店のことは百貨店で考え、私たちは百貨店以外のところでカードの利用を増やそうと考えていました。しかし、お客さまという原点に立ち返ったとき、百貨店の内も外も関係なく接点をもつことが必要です。そうした観点から取り組んでいるのが、私たちのCRMです。

戦略的なCRMを推進していくための手法がIBMとの取り組みにあった

――エムアイカードにおけるCRMの意義がよくわかりました。2020年の当時、この取り組みを共に推進していくパートナーとしてIBMを選んだ経緯についても教えてください。

吉澤 もともと両社は付き合いがあり、IBMは私たちの課題についても理解していただいていたと聞いています。また実務面でもエムアイカードは長年にわたりIBMの統計解析ソフトウェアであるSPSSを利用してきました。導入当初よりIBM主催のユーザー会などでも接点があったため、IBMにはデータ活用に対しても厚い信頼を持っており、CRMに取り組むにあたってご相談させていただいたというのが大まかな経緯です。

――IBMにはどんなことを期待したのでしょうか。

吉澤 私たちなりにさまざまな施策を展開していたのですが、問題はそれらが単発化していたことです。個々の施策を打つこと自体が目的化しており、全体的なストーリーを描き切れていなかったのです。また、お客さまごとの収益性(顧客PL)やROIを算出する知見も仕組みも社内で統一されていませんでした。まずはそうした基盤を固め、戦略的なCRMを推進していくための支援をIBMに求めました。

樋口 私たちは以前からデータ分析に注力してきたとはいえ、吉澤が申し上げたとおり全社的な連動ができていませんでした。たとえば「こんな結果が出た」と分析チームが提示しても、業務現場の担当者との間には認識の差が大きく、「それはそうですね。それで?」という感じで止まってしまい、施策につながらないことがよくありました。社外の方の知見を借りることで、このギャップを埋めたいと考えたのです。

――それに対してIBMはどのようなサポートを行ったのですか。

堀岡 IBM側では、エムアイカード様が保有するデータを用いて多様な分析を行うことで、CRM戦略立案への取り組みを支援しました。中でも個客の収益性を軸とした顧客構造の定義と、分析を通じて作成したペルソナごとの収益構造のジャーニー分析は、顧客の行動や価値観をより解像度高くとらえ、具体的なアクションにつなげていくために重要なものでした。また、エムアイカードの梅田社長様は分析の品質と同等に、分析の業務への定着化も重要視されていました。その想いにできるだけ応えられるように、分析を行う担当者だけでなく、分析結果を“使う”担当者からもお話を伺いながらご支援させていただきました。

出典:IBM

――プロジェクト後、どのような変化がありましたか。

樋口 お客さまのセグメンテーションから始まり、ターゲットとなるペルソナをつくり、施策を考えて実行するところまで、一貫したCRMのワークフローができてきました。そこに私たちCRM企画推進部のメンバーも加わり、全員が意識を共有して取り組めるようになったのは大きな変化だと思っています。

まずは自分たちがPDCAサイクルを回せるようにする

――データの分析結果をいかにして施策につなげていけるようになったのか、もう少し詳しく伺えますか。

吉澤 顧客PLに基づくCRMへの取り組みは当初、エムアイカード社内にとどまっていましたが、その後、グループ各社のCRMを融合させる動きが始まりました。グループ全体のCRMを目指す上で、百貨店が見ているお客さまの姿と私たちカード会社から見ているお客さまの姿は同じなのか、それとも違っているのかを理解するところから始めて、組織的な意識改革を図ってきました。

樋口 たとえば百貨店が持つデータと私たちが持つデータを掛け合わせて分析すれば、お客さま一人ひとりに対するこれまでと違った洞察を得ることができ、さらにその知見を双方のビジネスで生かすことが可能となります。もっともグループ全体の意識のすり合わせは、まだ十分なレベルには達していません。現段階で目指しているのは、まず私たち自身でデータ分析およびそれに基づいたPDCAサイクルを回すことが可能になることです。データ分析から得られた結果を実務にどのように落とし込んでいくのか。「なぜこのような結果がでたのか」、「私たちは今、何をしなければならないのか」といったことを全員が腹落ちできるように、徹底的に話し合うことにも時間を割いています。結局、上から指示を出すだけではCRMは長続きしません。時間はかかるかもしれませんが、この点を中途半端に終わらせずにしっかり取り組んでいきたいと考えています。

――具体的には社内でどんな議論を行っていますか。

佐久間 施策を打つ上でどんな人をターゲットにするのか。これは従来も考えてきたことですが、私たちがかつて見ていたのは、お客さまの属性や年齢といった表面的なデータだけでした。一方、現在はペルソナをつくる段階において行動データまで分析し、「なぜお客さまがその行動をとったのか」、「その場面でなぜカードが必要だったのか」といった背景まで想像しながら、メンバー皆で分析結果を見ることに努めています。もちろんそこで描いたイメージが本当に正しいのかどうかはまだわかりませんが、たとえば「こんなカードの使い方をしている方は、きっと小さなお子さまがいらっしゃるに違いない」というように、お客さまの目線に立ったデータの見方や考え方ができるようになってきました。

久保田 私自身も「この属性を持っているお客さまは、こんな人」という先入観をもった捉え方をしていたのですが、多様な角度からデータを見ることで、「お客さまは一人ひとり違っている」という当たり前のことに気づき、考えられるようになりました。

――そうしたCRM企画推進部自身のマインドチェンジやスキルアップを、どのように後押ししていますか。

樋口 IBMの支援をベースとしてCRMの全体戦略を描くことができるようになってきたので、その方針に沿った形でのマーケティング改革を目指した部内プロジェクトを立ち上げました。一環として、施策の設計や計画、評価、データの見方などこれまで不足していた知識を補うべく、吉澤をはじめ社内の有識者に講師になってもらい勉強会を行っています。

――PDCAサイクルも回り始めたのでしょうか。

佐久間 以前は施策を打つことが最優先で検証は後回しになっていたのですが、CRMに対する理解が徐々に深まってきた現在は、チームでPDCAサイクルを回していこうという機運が高まっています。担当者ごとに異なる考え方やKPI、タイミングに基づいて散発的に施策を打つのではなく、前回の施策の検証結果とそれを受けた次の施策をしっかりつなぎながらPDCAサイクルを回すという考え方ができるようになってきました。

出典:株式会社エムアイカード

社内的な“迷い”は解消された

――CRMの定着化が進むにつれ、どんな成果が現われてきていますか。

久保田 正直なところ、成果や効果はこれから積み重ねていく段階です。ただ、PDCAサイクルを回す中で、常に立ち返るべき原点としてお客さまのことを考えられるようになり、データの見方もある程度わかってきたように思います。この取り組みをさらに進め、私たちの施策がターゲットとするお客さまにちゃんと届き、思い描いたように響いたのかどうか、しっかり検証できる体制をつくっていきたいです。

佐久間 その意味では全社的な組織横断の統制がとれはじめたことは、大きな前進と言えそうです。CRMのPDCAサイクルが少しずつワークフロー化され、スケジュール化されたことで、担当者一人ひとりの動きも可視化されつつあります。久保田が申し上げたような施策をしっかり検証する体制づくりは実現に近づいていると思います。

樋口 二人の意見を少し補足すると、IBMの支援を受けてからのCRMへの取り組みはほぼ2年になりますが、おかげで社内的な“迷い”は解消されたと思っています。たとえば以前の私たちであれば、「このKPIが急に悪化した」あるいは「このKGIが未達だ」といったことが明らかになった場合、右往左往して行き当たりばったりの施策を打つことが少なからずありました。そういった「どうすればいいのかわからない」がために引き起こされる混乱はなくなりました。仮にあるKPIが目標値に届いていないのであれば、その原因がどこにあり、各メンバーはどう動くべきかという共通理解が進みました。結果としてこれは組織全体の意思決定のスピードアップにもつながっています。

堀岡 我々の支援がベースとなり、データ分析が可能な環境と運用の仕組みが整った上に、CRM推進担当の皆様によるデータドリブン経営、CRMへの共通認識が形成されてきていることをお伺いし、大変嬉しく感じました。

個客とつながるCRM戦略のコアエンジンとなる

――エムアイカードとしてのCRMへの取り組みやその成果は、三越伊勢丹グループにも何らかの形で波及していますか。

吉澤 三越伊勢丹グループは中期経営計画において、「再生フェーズ」として高感度上質戦略などを展開することで百貨店を再生し、「展開フェーズ」では当社グループのあらゆる事業におけるインフラ機能を連邦戦略で外部にも展開。さらに長期スパンの「結実フェーズ」では、百貨店の魅力にインフラ機能を併せ持つまちづくりを通じて、「日本の誇り、世界への発信力を持ち、高感度上質消費において最も支持される“特別な”存在となる」という目標を掲げています。そうした中での重点戦略の一つに位置づけられているのが「“個客とつながる”CRM戦略」であり、百貨店とエムアイカードが連携して推進する取り組みは、グループ全体のコアエンジンになると考えています。

――今後に向けた構想や目標をお聞かせください。

吉澤 当然のことながら、私たちは今後、さらに高い目標に向かってチャレンジしていきます。グループの中期経営計画でも申し上げたとおり、百貨店のビジネスのありようは今後どんどん変わっていきます。そうした中で百貨店などのオフラインの場とECをはじめとするオンラインの場、そしてそれらの場を支えていく金融事業は一体となってお客さまにより良いサービスを提供していかなければなりません。そのベースとなるのが、私たちが今まさに取り組んでいるCRMです。この先もCRMの仕組みはさらに進化していき、さまざまな接点を通じたお客さまとのコミュニケーションの活性化や、エクスペリエンス(体験価値)の向上を支えていく基盤に発展していくと考えます。その意味でも決して現状に満足することなく、チャレンジし続けることが私たちの進むべき道だと考えています。