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かんぽ生命副社長・井戸潔が語る基幹系システム刷新、成功の鍵とは?

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純資産額で国内トップの規模を誇る株式会社かんぽ生命保険(以下、かんぽ生命)は、2017年1月、約7年の歳月と1200億円を費やし、業務処理系と情報分析系からなる基幹系システムを更改。IBMのメインフレーム「z Systems」を採用し、システム品質、生産性の向上と、大幅なコストダウンを実現した。

超大規模なプロジェクトを成功に導いたポイントはどこにあり、どのような成果が期待されているのか。「One Teamによる三社一体となったプロジェクト推進がベースにある」と語る取締役 兼 代表執行役副社長・井戸潔氏に、同社の情報システム部門にかかる改革と、今後の展望について話を伺った。

井戸 潔
株式会社かんぽ生命保険 取締役 兼 代表執行役副社長

1955年生まれ。1978年に安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン日本興亜株式会社)入社以降、同社及び関連企業のシステム部門の要職を歴任。2013年に株式会社かんぽ生命保険に着任。現在、かんぽシステムソリューションズ株式会社取締役と、株式会社かんぽ生命保険取締役 兼 代表執行役副社長を兼任する。

 

基幹系システムの更改を機に、会社の「カルチャー」も変えたかった

──まず、御社を取り巻く経営環境の変化やIT戦略についてお聞かせ下さい。

当社は、2007年10月1日に民営化し、昨年は簡易生命保険が誕生して100周年と今年は民営化10周年という大きな節目の年に当たります。全国24,000の郵便局のユニバーサルサービスの提供と、それに伴うさまざまな保険商品の販売・保全という使命を果たすため、今年は次の100年に向けた新しい世紀の始まりと位置づけている年です。

経営環境で特徴的なのは、お客様に占める高齢者の割合が高く、70歳以上の高齢者が3割を占めていることです。そうしたお客様に対して「いかに優しく、温かいサービスを追求していくか」、これが会社の基本的な責務だと考えています。

──IT戦略も、その考え方がベースにあるということでしょうか?

「いつでもそばにいる。どこにいても支える。すべての人生を、守り続けたい。」という当社の経営理念に基づく業務遂行を支えるのが、ITシステムです。当社ではオープン系システムの導入をきっかけに、2009年頃から急速に業務全般のシステム化が進みました。

その中で、3200万件の個人契約、2000万人のお客様の情報管理のベースとなる基幹系システムは、可用性、安定性、保守性が高度に要求されます。今後、お客様向けにさまざまなサービスを提供するには第一に基幹系が安定しなければならないと考え、今回は、その基幹系システムの更改に取り組みました。

──顧客管理の追求が、基幹系システム更改の目的だったというわけですね。

保険会社の勘どころは、顧客管理といっても過言ではありません。メインフレームの堅牢性、安定性はお客様の契約を守るためにも必須です。メインフレームを近代化し、高止まりするシステムコストや開発生産性を改善しつつ、抜本的な構造改革に着手するのが目的でした。

2010年2月から構想に着手し、2011年4月から開発プロジェクトをスタートさせました。2017年1月まで、約7年のプロジェクト期間で基幹系システムの更改を行いました。新基幹系システムはこれからのかんぽ生命の業務を支えるまさにインフラです。

今回の基幹系システム更改にあたってハードウェアとソフトウェアを刷新したことで、かんぽ生命のシステムの新たな歴史が始まると位置づけました。

──プロジェクトの数値目標について、改めて聞かせて下さい。

2009年1月の更改時と比べ、ハードウェアコストを約4割削減、サービスインから5年後に他社生保レベルの開発生産性を達成し、重大システム障害件数を国内大手生保会社と同等の水準にするという目標を掲げました。

問題は、その目標をどのような仕組みで達成するかということです。私はシステム更改を機に、社内風土も変えたいと考えました。さきほど「構造改革」といったのはそのためで、基幹系システムを更改するだけでなく、情報システム部門のカルチャーを変え、お客様はもちろん、弊社の業務を委託する日本郵便株式会社(郵便局)の社員からもより高い信頼を得ることを目標に定めました。

井戸副社長

──社員の意識、考え方も大きく変えていかなければプロジェクトは成功しないと?

当社には、かんぽシステムソリューションズ株式会社(以下、かんぽシステムソリューションズ)というシステム子会社があります。今回のプロジェクトを通じて、かんぽ生命システム企画部や、かんぽシステムソリューションズの人材育成にも取り組みたいという希望がありました。それが実現されれば、システムの品質は間違いなくプラスに転じるはずです。

これまでは、どちらかといえばシステムの開発・運用は外部パートナー任せという「丸投げ」状態でした。そうした受身の姿勢を改めないと、人材も育たず、本当に良いシステムはつくれません。私がかんぽ生命に着任したのは2013年ですが、そこから基幹系システム更改を目指してさまざまな施策を行いました。開発会社を「業者」「ベンダー」ではなく、「パートナー」と呼ぶようにしたのも、その一例です。

呼称を変えるのは細かいことかもしれませんが、基幹系システムの更改にはITガバナンスの意識も変えることが重要で、そうした枝葉の部分にも着手する必要がありました。

──外部のパートナーを含む全員が当事者意識を持つことが大事だということですね。

以前から「施策オーナー制度」といって、本社の部門が施策のオーナーとなり、全責任を持つ制度がありました。この制度に本当の意味で魂を入れるためには、今回の更改プロジェクトにユーザー部門が入り、全社体制を構えることが肝要だったのです。

 

3社一体の「One Team」がもたらした意識改革

──情シス部門の意識醸成や、「プロジェクト思考へのシフト」に課題を感じる経営者は多いと思います。また、IT技術者不足から人材育成や外部人材の有効活用は、企業にとって大きなテーマでもあります。

その通りです。私はこれまでの職業人生から、「命令と指示では、人やプロジェクトは動かない」と考えています。自分で汗をかかなければ、システム技術者も育ちません。今回のプロジェクトも、当初はかんぽ生命、かんぽシステムソリューションズの下にIBMがいる構図でした。それを、「One Team」にする必要があったのです。

そこで、プロジェクトの様々な役割ごとに、かんぽシステムソリューションズとIBMの双方から責任者を立て、お互いにパートナー関係を醸成する必要性を訴えました。

システム担当者が外部パートナーであるIBMに指示するだけでは、その“内容”しか覚えません。IBMと同じ仕事を同じ目線で取り組んで、はじめてシステム技術者としての“責務”に気がつくのです。こうした体制づくりを含め、今回のプロジェクトを我が社にとって大きなテストケースと位置づけました。

──プロジェクトを通じて何か変化はありましたか?

プロジェクト期間が経過して、次第にかんぽシステムソリューションズ、かんぽ生命システム企画部の社員が、自ら積極的に動くようになりました。それまでは何かトラブルが起こるとIBMに調査を依頼するだけ。しかし、自分でトラブルの原因や、その影響範囲を調べることで、痛みを感じ、プロ技術者として成長できると考えています。

今回のプロジェクトを契機に、基幹系システムの仕様書や、連携する業務システムを繋ぐインターフェースに関する仕様書など、システムに関するドキュメントも整理しました。こうした取り組みも、「自分ごと化」の一環です。これまでのように、きちんとしたドキュメントがなく、担当者の頭にあるものを引き継いでいた状態を変え、自分たちで自分たちのシステムをつくり上げる意識を持たせたかったのです。

──パートナーとしてIBMを選んだ理由を聞かせてください。

システム実装面での技術的な見極めや評価はIBMにしかできない役割です。今回は基幹系システムの更改を行いましたが、基幹系システムを理解するためには、保険会社の業務の知識が不可欠です。IBMには、専門的な技術スキルを発揮しながら、「保険業務のエンジニア」として成長してもらうことに期待を寄せていました。

──基幹系システムの更改から、今後はその他のオープン系システムやIBM Watsonを活用した高付加価値のシステム開発につなげていく展望はありますか?

今回の開発プロセスの土台をつくったのは、間違いなくIBMです。その際、IBMは、保険の業務知識と当社特有の業務プロセスを得たことで、付加価値の高い仕事がかんぽ生命だけでなく、他の保険会社にも展開できるようになります。

とはいえ、システムの技術者が保険業務を覚えるには時間も手間もかかります。保険会社の経営理念や戦略を理解しながら、エンジニアとして仕事をすることは、IBMにとっても大きな試みではないでしょうか。

すなわち、これまでのハードウェアとコンサルティングを中核にしたビジネスに、泥臭い「現場主義」の取り組みが加われば、これからのコンサルティング、Watsonビジネスの展開にもつながっていくと思います。IBMは単にシステムエンジニアでなく、「ビジネスエンジニア」に育ってもらえるのではないかと期待しています。

──ビジネスエンジニアとは、ビジネスを理解し、エンジニアのスキルも備えた人材ですか?

そうです。その両方を備えていることは、今後のIT業界の成長に必須条件となるでしょう。私は、かんぽシステムソリューションズ、かんぽ生命システム企画部の社員にも、「ビジネスエンジニアになりなさい」と常々伝えています。

技術力ではIBMのエンジニアにかないませんが、お互いのスキルを補完し合うことで、保険業務のビジネスエンジニアとして高め合うことができます。それが、本当の意味でのパートナーシップだと確信しています。

 

基幹系システム更改の成功を経て、高い意識でIT戦略を本格的に

──今回のシステム更改により、今後の情報システム部門に求められる役割は変わると思いますか?

おかげさまで、更改後のシステムは品質も極めて安定していますし、障害もほとんど発生していません。事務処理にかかる時間も短縮でき、社内での評判も上々です。さらに、システム企画部の社員は今、「今回のプロジェクトで成功した仕組みを、これからは他の案件に適用していこう」と話しています。

成功体験を得て、このように未来志向の話が出てくるのは、会社のカルチャーが大きく変わりつつある兆しだと思っています。かんぽシステムソリューションズの約600人、かんぽ生命システム企画部の約100名、合計700人全員の意識が変わるのには時間がかかるかもしれませんが、少なくともキーマンの意識は変わりつつあります。

──改めて、プロジェクトの成功要因はどこにあると考えますか?

システムの仕様情報がない中で、開発言語をIDL2からCOBOLに変え、700万にのぼるプログラムのステップを、自動変換率95%という高い精度でコンバージョンしてくれたIBMの技術力に尽きます。ピーク時には約2000人を動員して、基幹系システム更改にかかる変換、テスト、検証という膨大な作業を一切の間違いなく行ってくれました。もし、この自動変換率が80%だったら、プロジェクトは成功しなかったでしょう。

もう一つは、かんぽ生命側の意思決定のスピードが早かった点です。プロジェクトマネジャーから上がった意見を私が直接社長に伝え、重要な意思決定を数日で行える体制を取ったのが功を奏しました。

また、システムのリリース期日を2017年1月4日で死守するため、すべての作業を前倒しし、不確実な要素を予測可能にしてリスクを排除しました。プロジェクト運営の基本的な考え方がぶれなかったことは、IBMも同じだったと思います。

──今回のプロジェクトを総括すると?

今回の基幹系システムの更改が出発点となり、かんぽ生命がよりスピーディーな商品戦略の具体化、あるいは事務サービスの充実に向け、本格的に動き出せる素地が整いました。

今回の基幹系システム更改で最も印象的だったのは、更改にあたりユーザーが違和感を抱かなかった点です。ハードウェアを変え、プログラムの言語を変えたにもかかわらず、リリース前の12月30日にシステムを使った人、リリース後の1月4日にシステムを使った人ともに、何ら問題が起きなかった。基幹系システムは電気や水道と同じで、「当たり前のように使える」ことが一番重要です。その意味で、我々のプロジェクトのミッションは果たせたと考えています。

──最後に、今後IBMに期待することを教えてください。

メインフレームの「z Systems」の優位性はいうまでもありません。その上で、私がIBMに期待するのは、技術者として一流であるだけでなく、先述した保険業務の「ビジネスエンジニア」として、会社としての価値をより高めて欲しいということです。