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SDGs達成に向けたアフリカにおけるブロックチェーン活用の可能性

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サブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠より南の地域)は、民族紛争と難民問題、電力を始めとするインフラの未整備など、多くの問題を抱えている。それぞれの国や地域により異なるこれらの問題に対して、近年、アフリカの国々が協調しながらInformation and Communication Technology(以下、ICT)を活用し、解決への動きが活発化している。
本記事では、技術や資金面などで開発援助を行う独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)と、IBMでブロックチェーンなどの新技術を研究し、世界規模での新たなソリューションを生むための活動を行うキーマンに、アフリカの諸問題とその解決につながるであろう新技術の可能性について話を聞いた。

ブロックチェーンについて

分散型台帳技術、または分散型ネットワークのこと。記録された取引履歴の変更や改竄が不可能で、取引にかかる信頼性や透明性を担保する。「Bitcoin」のようにいくつものコンピューターでブロックの記録と計算を行う「オープン型」や、限定されたアカウントによって管理される「コンソーシアム型」などの形式がある。暗号通貨だけでなく、契約や証書、支払などさまざまな分野での活用が進んでいる。

ICTとアフリカについて

社会開発が進むアフリカでは、各国でブロックチェーンをはじめとするICTへの関心が高まっている。アフリカ連合(AU)は、域内でICTを推進するための国際組織「Smart Africa」を設立し、毎年「Transform Africa Summit」を開催するなどして、ICT、特にブロードバンドへの安価で質の高いアクセスの実現や、アフリカの社会経済的変革に向けた取り組みも盛んだ。

 

内藤智之

内藤智之
JICA国際協力専門員(ICT分野担当)


民間企業を経て1999年にJICAへ入構。インドネシア駐在、運輸交通・情報通信課長、計画課長、外務省開発政策上級専門員(出向)などを経て、2011年に世界銀行へ移籍。2015年にJICAへ再入構。世界経済フォーラム「Internet for All」グローバル運営委員会メンバーほか複数公職兼務。

 

若林基治

若林基治
JICA アフリカ部 次長


1997年JICA入構。農林水産省九州農政局南部九州土地改良調査管理事務所(出向)、 セネガル、マリ、モロッコに所員、駐在代表、次長として駐在、資金管理部市場資金課で金融市場業務に従事、アフリカ部アフリカ第四課長を経て現在に至る。

 

岡村周実

岡村周実
日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス 事業戦略コンサルティング アソシエイト・パートナー


さまざまな業界でパブリックセクターとプライベートセクターをつなぎ、両者の課題解決や新たなエコシステム創生を主眼に活動をつづける。

 

吉濱佐知子

吉濱佐知子
日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 FSS & ブロックチェーン・ソリューション担当 部長 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー


米国のIBMワトソン研究所に入所後、帰国に際してIBM東京基礎研究所へ。金融を中心にブロックチェーンなど新技術導入にかかる研究に従事。

 

ICTでもたらされる「信用」が、難民問題を照らす

岡村 サブサハラ・アフリカ、特にルワンダではICTをフックにした社会課題の解決の取り組みが進んでいるとお聞きしました。ブロックチェーンの導入についてはいかがでしょうか。

若林 正直なところ、ブロックチェーンはまだ導入には至っていません。しかし、ICTの活用を進める中で、確実にブロックチェーンも必要な技術となってくると考えています。

岡村 具体的にどのような分野でブロックチェーンの活用が見込まれるのでしょうか。

若林 あくまで私見ですが、ブロックチェーンを社会開発側の視点で捉えると、「信用を生むことができる」というのが一番の魅力です。アフリカ諸国には、例えばコンゴ民主共和国のように内戦が長く続き、かつ任期が終わっているのに大統領が政権に居続けている国や、コートジボワールのように内戦で自分たちの民族アイデンティティーに混乱が生じている国がある。こうした状況下では、新たな信用を生み出すツールとして、ブロックチェーンが大きな可能性を持つはずです。

ICTでもたらされる「信用」が、難民問題を照らす

岡村 国家や社会に対する信用ということは、選挙制度を始めとするさまざまなソーシャルインスティテューション(社会的制度・慣習)を支える目的で、ブロックチェーンが使われることも想定されるのでしょうか。

若林 その通りです。アフリカの一部の国では、選挙後に不正が明らかになって暴動や内戦につながった事例もあります。ブロックチェーンを使えば、そうした問題を未然に防げるかもしれない。たとえば、近年シエラレオネ共和国でブロックチェーンを選挙に活用する試みが検討されました。

岡村 JICAから見ると、ブロックチェーンを始めとする新技術を使ったアフリカ支援には、どういったものが考えられるでしょうか。

内藤 例えば難民問題です。着の身着のままで祖国から逃れてきた難民は、自分のIDを持っていないケースが多い。難民キャンプで人々の生活を安定させるためには、難民の人数把握や適切な食料分配、さらに難民の金融アクセスや雇用にかかる問題を解決しなければなりません。
こうした問題へアプローチする際、ブロックチェーンが役に立つはずです。ただ、実際に取り入れた時には、誰がブロックチェーンの管理に参加し、承認するのか。また、管理するメンバーにおけるマジョリティー側が作為的に手を加えないかといった問題も出てくる(※台帳を管理する全メンバーの51%が認めると、記録の変更や改竄が可能になる仕組み)はずですので、脆弱な立場にいる方々を守るための個人情報保護を含む、運用面での慎重なルールづくりが必須でしょう。

吉濱 ブロックチェーンには複数の種類があります。仮想通貨のように、マイニング(コンピューターの計算能力を提供すること)した相手に報酬を与えて更新を続けていくタイプや、あらかじめ固定されたメンバーのみで台帳を共有・管理するタイプなどです。後者の場合、内藤さんがおっしゃった「51%の問題」は起きないため、難民問題で言えば、JICAを始めとする複数の国際機関のみ情報を共有するブロックチェーンが適切かもしれません。
一方、ブロックチェーンは改竄に対して耐性はありますが、その耐性は情報を共有することで初めてつくられるため、プライバシーを保護できない危険がある。つまり、難民が支援サービスなどを受けようとした際には、情報漏えいのリスクが生まれます。

ICTでもたらされる「信用」が、難民問題を照らす

内藤 吉濱さんの話を補足すると、JICAが行っている開発支援は基本的にオープンにする必要がないものです。そこで、吉濱さんが「後者」として教えてくださったようなクローズなコンソーシアム型のブロックチェーンを採用し、分散的に台帳を管理すればコストも抑えられるかもしれないし、改竄のリスクも下がる。加えて、公共財との親和性も高いという仮説に至っています。
ただ、すべてのシステムを自前で開発することはできませんから、民間企業と協力して、その企業にもインセンティブを与えられるビジネスモデルを考える必要があります。例えば、仮想通貨を難民キャンプのエリア内で作れば、難民が搾取されない透明な経済活動ができるうえ、サービスを提供する企業にメリットが生まれるかもしれない。今後、外部の皆さんと協力して新しいケースをつくっていきたいと考えています。

岡村 難民のIDに関連して、個人情報とブロックチェーンの関係についてお尋ねしたいと思います。ブロックチェーンは情報の改竄への耐性がありますが、最初の登録段階で間違ったデータが入力されると対処できないという問題もある。その点で、アフリカ固有の文化とブロックチェーンの親和性について、どのようにお考えですか。

若林  もともと国家という概念が薄く、1つの国の中にいくつもの民族が存在するアフリカでは、人々は国ではなく民族に所属しているという意識が強く、結果、民族を優先する価値観から生まれた汚職も多い。また、コンゴ民主共和国ではレアメタルや金などの採掘が盛んですが、鉱物資源を原資とした内戦や紛争が繰り返されてきました。
しかし、ブロックチェーンで自分の所属がわかったり、鉱物のトレーサビリティーが開示されたりすれば、これまで解決できなかったような諸問題に光を当て、解決するきっかけになるかもしれません。

吉濱 同じ鉱物ですと、ダイヤモンドはブロックチェーンを活用したトレーサビリティーを取り入れているケースもあります。ダイヤモンドのデータベースはしばしばハッカーによるサイバー攻撃の対象にもなっているため、ブロックチェーンによる台帳管理が有効です。また、IBMのスイスの研究所では、長年にわたって「匿名認証」の研究をしています。自分のIDを隠したまま、自分の属性の一部を示すことで認証が可能になる技術です。

岡村 難民のID登録は、難民自身の技術を生かすことにもつながっていくでしょう。例えば、内戦でアフリカからヨーロッパへ避難した人が、ヨーロッパで働いて技術を磨く。そしていつか、内戦が終わった母国を立て直すためにその技術を活かす際、その職歴といった個人情報を行政や国際機関が共有することで、効率的かつスムーズに国の復興支援につなげていくことができるかもしれません。

ICTでもたらされる「信用」が、難民問題を照らす

 

アフォーダブル、スケーラブル、アプリカブルなICT活用とは

岡村 アフリカの産業振興といった観点で、デジタルエコノミーの可能性をどのように捉えているのでしょうか。

内藤 近年、AUでは「世界の資源取引価格に左右されない経済を追求しよう」という共通意識のもと、アフリカから競争力のある製品やサービスを生み出そうという声が聞かれます。そこで「Smart Africa」という国際組織を立ち上げ、アフリカの経済発展や社会開発を目指してICTをどのように活用するかを話し合う「Transform Africa Summit」を、毎年開催しています。
その中で、ブロックチェーンをはじめとするICTの有用性は理解しつつも、加盟国からは「民生レベルでの活用はまだ先になる」という意見が多いのです。

アフォーダブル、スケーラブル、アプリカブルなICT活用とは

岡村 具体的にどのような課題があるのでしょうか。

若林 例えば農業分野では、生産性アップや作業効率化を目指してICTの活用が見込まれていますが、そもそも農業には、種や肥料、耕作器具を買うための資金が必要で、金融の問題がからんできます。しかし、農村に住む多くの人々は銀行口座を持っておらず、金融サービスにアクセスできていないのが現状です。

内藤 金融以外にも、保健や教育などのサービスにアクセスできない人も多い。つまり、先述した民生レベルでのICT活用に向けては、現実的にクリアしなければいけない課題がまだまだたくさんあるのです。

吉濱 アフリカは、ファイナンシャル・インクルージョン(金融に関する知識の提供やサービスの支援で、安定した生活を送れるようにすること)が必要な人々が多い一方、デジタル的に大変先進的であるとも感じます。
例えば、ケニアでスタートした「M-PESA(エムペサ)」というモバイル送金サービス。携帯電話のショートメッセージを使って、送り先の口座情報がなくても送金ができるシステムですが、これは銀行口座を持つ人が少なかったからこそ広く普及したとも言われます。またIBMでは、少額融資を自動判断するシステムの実証実験も行っているのですが、これは融資を希望する個人の携帯通話記録などから信用力を判断するシステムです。これらはICTが普及しやすいアフリカの地域性を踏まえて、新しいビジネスへとつながるのではないかと可能性を感じています。

アフォーダブル、スケーラブル、アプリカブルなICT活用とは

内藤 AIをアフリカの農業促進にも使っていきたいと考えています。JICAではアフリカ全体で「SHEP(市場志向型小規模園芸農業推進プロジェクト)」という取り組みを大々的に行っていますが、例えばマラウィでは地方でも20人に1人程度はスマホを持っている点に注目し、スマホを通じて小規模農家が所得を上げるために必要な情報へアクセスできないかと考えました。
具体的には、AIによる自動応答チャットボット形式で「SHEPとは何か?」や「儲かる農業をするには?」などのQ&Aをつくり、1つのスマホからその村の人々へ情報を伝播させ、情報発信を継続することでやがて信用が生まれ、そのスマホから金融サービスへアクセスできるようになるかもしれないと考え試作中です。
このプロジェクトを進めるなかで、アフリカにフィットするICTは、アフォーダブル(手頃な価格)、スケーラブル(拡張可能)、アプリカブル(適用可能)なものだと考えています。この3要素は、アフリカでのSDGsを意識するうえで、不可欠な考え方だと思っています。

岡村 デジタルインクルージョンが、金融をはじめとするさまざまな分野も含めて包摂していくイメージですね。

内藤 現在、アフリカでは15カ国以上の国で「デジタル・エコノミー・ミニストリー」という省庁が設立されています。これまでは、ICTミニストリーや、エコノミーミニストリーなど分化されていたものが包括され、デジタルエコノミーとして推進していこうという動きに変わってきているのです。アフリカ各国の真剣さが伝わってくる現象の一つです。

アフォーダブル、スケーラブル、アプリカブルなICT活用とは

 

電力分野のパラダイム・シフトと、持続可能なアフリカ支援

岡村 ICTの活用に「電力」は欠かすことのできない領域ですが、現状について教えてください。

若林 アフリカの多くの地域では電力が不足しています。セネガルでは1日数時間、長いと数日間電気が届かないこともありました。一方、所得水準がセネガルよりも高いモロッコでは、国の電力の50%以上を太陽光等再生エネルギーによって賄うことを目指しており、国によって電力需要や状況は異なります。いずれにせよ、発電システムは今後さらに開発が進む分野でしょう。

岡村 近年、「ソーラシンギュラリティー」という言葉が聞かれるようになりました。太陽光発電の導入コストや蓄電池の価格が年々下がっていくことで、2020年代前半には石炭火力よりも太陽光による発電コストの方が安くなり、そのうえで蓄電池価格が一定の水準を下回れば、太陽光発電と蓄電池の組合せによる電力システムが最も効率的なものになる・・というものです。アフリカの電力分野でも、そうしたパラダイム・シフトが起こる可能性はあるのでしょうか。

若林 現在、アフリカの太陽光発電は中国企業のパネル製品が浸透しています。日本の製品は価格面で競合にすらなれていない状況ですが、周辺パーツや技術面で進出できる可能性はあるかもしれません。

内藤 ちなみに、 IBMが提供できる電力分野の技術はどのようなものがありますか?

岡村  EV(電気自動車)メーカーも含め、欧州で進めているプロジェクトがあります。電力のピーク時間帯(電力需要の逼迫する時間帯)に、EV側の充電を遠隔から任意に止めることで、電力使用量を抑えることができ、その結果、電力の系統運用者(送配電事業者)は高額な調整電源を買ってくる必要がなくなる。そのために、充電を停止してくれたEVのオーナーにキャッシュバックするというものがあります。具体的に言えば、電力削減に協力してくれたオーナーの行動履歴をブロックチェーンで管理し、仮想通貨のマイニング報酬のように利益をもたらすことができるというものです。

電力分野のパラダイム・シフトと、持続可能なアフリカ支援

内藤 一見、アフリカの電力不足の状況と対極にも見えますが、どこかに接点があって新たなソリューションにつながっていくような気がしますね。実際、「Transform Africa Summit」でも各国が新しいビジネスモデルを求めていますから。

吉濱 ブロックチェーンはもちろん、前述の金融分野にかかる最新技術に注目が集まる今が、やはり転換期ということでしょうか。

若林 私がモロッコに駐在していた数年前は、教育でデジタルデバイスを使おうとしても話すらあまり聞いてもらえませんでした。しかし、この数年で、社会とデジタルの関係は、日本と同じくアフリカでも大きく変わっています。民間企業のみなさんが、ブロックチェーンをはじめとするICTを活用すれば、これまで解決できなかった多くのSDGs上の課題にアプローチできると考えています。

内藤  10年前と今のアフリカで決定的に違うのは、スマホ、クラウド、ブロードバンドが急速に普及したことです。それらを活用し、アフリカでの開発の取り組む日本企業も増えている。しかも一方的な支援ではなく、企業としてビジネスも成立させながら協力をしていくことで実現する「持続的で価値のある支援」です。JICAとしても、難民、教育、産業などさまざま分野の課題に対して、日本が持つ技術や知見を活かしてアフリカと向き合いたい。結果として、SDGs達成へも貢献していきたい。

岡村 かつて物々交換が行われていた時代から、“信用”を形にした紙幣でやりとりをする現代を経て、今後、ブロックチェーンをはじめとするICTが、“信用に基づく価値そのもの”を取引・交換するためのツールとして活用されていくでしょう。JICAによるリアルなディベロップメント(開発)と、IBMが進めるデジタルなディベロップメント(開発)が重なった先にある未来の社会を想像し、その社会の創造のために尽力していきたいですね。

電力分野のパラダイム・シフトと、持続可能なアフリカ支援
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