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AI開発者に聞く。Watson APIを無料で試せ!「IBM Cloudライト・アカウント」の価値

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取材・文:小山和之、写真:佐坂和也

IBMが提供する次世代のデジタル・イノベーション・プラットフォーム「IBM Cloud」。開発者がハイブリッド・アプリケーションの構築・管理・実行を容易に実現できるクラウド・プラットフォームだ。

IBM Cloudは2017年10月27日、これまでの30日に限定されたフリートライアルではなく、機能を絞って無期限・無料で利用できる「IBM Cloudライト・アカウント」をリリースした。従来は期間の制約や、使用量が多くなった際の課金といった懸念があったが「IBM Cloudライト・アカウント」の登場により、IBM Watson APIを始め、データベースやデータ分析基盤といったIBM Cloudの機能を無料で気軽に試すことができるようになった。AIを試してみたいという企業や個人のデベロッパーにとっては朗報だ。

すでにIBM Watson APIを活用してソリューション開発に取り組んでいる開発者にとって、このニュースはどのように映るのだろうか? Watson APIの「Tone Analyzer」を活用してサービスを開発しているクロスリバ株式会社の代表取締役の川合雅寛 氏に話を伺った。

川合雅寛氏プロフィール

川合 雅寛

1980年2月生まれ、山形県出身。上京後、日立製作所にて電子政府構築、郵政民営化などに携わる。その後、ソフトバンクにて大企業向けのiPhoneを中心としたスマートフォン/G Suiteを中心としたSaaSのセールスエンジニアとして全国を飛び回り、会社のあり方を変えるクラウドを提案する活動に従事。2014年34歳のときに物語(ストーリー)を分析するクリエイティブ業界向けのソリューションを提供するクロスリバ株式会社を起業。

 

新プラン「IBM Cloudライト・アカウント」とは?

今回リリースされた「IBM Cloudライト・アカウント」は、利用期間に制限がない。使用料金が発生することがないため、クレジットカードなどの登録も不要だ。これまでのフリートライアルは30日間の期間限定だったが、今度はじっくり試すことができる。また、学生などでクレジットカードを所持していない人とっても利用のハードルが下がったことは大きな意義がある。

しかし、有料プランと比較した場合、当然ながらいくつかの制約が存在する。利用可能な組織・地域とも各1つ。CFメモリが256MB、主要サービスはライトプランのみで、インスタンスもプランごとに1つといった機能面の制限。そして、10日間の開発停止でアプリが停止し、30日間の活動停止でサービスが削除される。

これらの制限は実際の開発において、どれほどの障壁となるのか。また、無料化における社会的な意義や今後、どんな可能性を秘めているのか――。

Watsonを活用し、物語の盛り上がりを見る「Story AI」

川合氏は「Story AI」と呼ばれる、物語における感情の動きをビジュアライズするAIの開発者。現在は、アルゴリズムの強化と商用化に向けたサービス開発を行っている。

「私が開発するStory AIは、物語における感情の振れ幅と時間軸(X軸)と感情軸(Y軸)でビジュアライズし、表現するものです。物語の登場人物たちがストーリー中にどのような感情を抱いているのかをテキストから理解し、物語の盛り上がりを判断するアルゴリズムをつくりました」

川合氏が開発するStory AIと同様の、独自アルゴリズムを用いたAIは海外の大学や他社でも研究が進んでいるという。一方、川合氏はこのStory AIの開発にWatsonを活用している。その背景には、APIエコシステムへの想いがある。

「私の会社では、エンジニアのコアバリューに『つくるな、使え』と掲げています。言うなれば、開発することを極端に否定しようとしている。オープンソースが進み、APIエコシステムがここまで発達した現代に、車輪の再発明をしても意味がありません。あえてシステムをつくらずとも、組み合わせて動くのであればそちらの方が良いと考えています」

川合雅寛氏

使えるものは使い、開発リソースを上手に抑える。すると、浮いたリソースでUXやUI、システムの改善など、ユーザーへ直接価値を還元することに繋がっていくという。川合氏はその「使う」パートナーにWatsonを選んだ。

「Watsonを使い始めたのは2016年のはじめくらいからでした。きっかけは『Tone Analyzer』です。これを使えば感情の値が5種類(楽しみ、怒り、悲しみ、恐怖、嫌悪)が返ってくる。他社のAPIよりも複雑な解析ができそうだと考え、Story AIの土台となったものを一気に実装しました。現在は英語に翻訳してからTone Analyzerをしているのですが、今後は日本語に対応した『Natural Language Understanding』への移行を考えています」

 

AIの普及には、「プロダクトづくり」まで落とし込むことが必須

続けて、今回のIBM Cloudライト・アカウントについて聞いてみよう。川合氏のように業務レベルで利用する場合には課金が必須となるが、業務に取り入れるわけではないが、試しに使ってみたいという開発者などには十分使えるレベルだと言う。

「今回のプランで制約となっている256MBのCFメモリなどは、業務レベルのシステムを組むような場合でない限り、そこまで障壁とはならないでしょう。よくQiita(プログラマのための技術情報共有サービス)などにある「〜してみた」的な使い方であれば全く問題ないと思います」

ただし、試しに使ってみたいというニーズだけではAIの活用が進むことへは繋がらないと川合氏は考える。その可能性をしっかりと生かしていくためには、業務レベルでの活用が必須となる。

「キチンとデプロイされたもの。つまり、プロダクトをつくる人が増えなければ普及へは繋がりません。そのためには、業務用アプリケーションとして使われていく必要があります。たとえば、役所や製造業、インフラ系なども膨大なデータを持っているのに、上手く活用できていません。本格的な導入は大幅な予算も必要なため難しいかもしれませんが、無料によってお試し的な使い方でその優位性に気付いてもらえれば、世の中の流れとしてよりAIの活用は進んでいくはずです」

 

無料であることの可能性を最大限享受するのは誰だ?

IBM Cloudライト・アカウントを無料・無期限で利用できる恩恵を最大限に享受するのは、ずばり「企業に所属している開発者」だ。既存システムとの連携や新しい技術への投資対効果を重視しなくてはいけない企業に所属する開発者にとって、AIを含む最新のクラウド・サービスを無料で検証できるメリットは大きい。特に、新しいアイデアを仮説ありきで、しかも動く形にして経営層に提案できれば、判断がしやすくなるだろう。そのようにして、エンジニアがテクノロジードリブンでビジネスをリードする企業文化を醸成してほしい。

川合雅寛氏

スマホネイティブで、物心ついたころから当たり前にパソコンがあり、プログラミングも間もなく義務教育となる時代。川合氏はプログラミングが当たり前に使われるようになった教育現場にこそ『つくるな、使え』という考え方は生きてくるという。

「学校教育の場でこそ『つくるな、使え』という考え方は生かされていくでしょう。いままで苦労してつくっていたものも、簡単にその楽しさを学べることに大きな価値があります。同様に、これまで苦労してやっていたことの全てをAIが代替してくれるなら、それを利用すればいいという価値観へ変わっていくはずです。これからの学生の意識は変わっていくと思いますね」

IBM Cloudライト・アカウントは、企業が新たなビジネスチャンスを作るきっかけだけではなく、今後プログラミングを学んでいく学生にとっても大きな可能性を提供するはずだ。