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Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#9 データ活用で保険を新たにデザインする

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※2022年10月7日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
IBMコンサルティングパートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対話を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく連載の第9回。ゲストには日本生命総合企画部事業企画室室長の神村知幸氏を迎えた。今年度新たに設立された事業企画室の役割やこれからの保険データマネジメントの展開、日本生命が目指す生命保険のあり方について会話は途切れることなく広がった。

データ活用で保険を新たにデザインする

田鍬 本日は「保険におけるデータマネジメント」をテーマに話していきたいと思うが、まずはご自身のバックグラウンドと、今年度新設された事業企画室の設立意図についてご説明いただきたい。

神村 私自身は入社して以降、新規事業や新会社の設立などに多く携わり、直近の10年間はデータサイエンスやデジタルマーケティングに取り組んできた。今回設立された事業企画室というのは、5年10年のスパンで、保険とその周辺事業を含めて、日本生命としてどういった陣形を組んでいくのかといった企画立案と、その実装の第一歩として設立された部署。いわゆるイノベーションとよばれるかなり先を見据えた機能よりは、もう少し手前を担うイメージだ。

神村 知幸 氏

日本生命
総合企画部事業企画室室長
神村 知幸 氏

藤田 近未来という言葉があるが、近未来というのは予測という言葉を合わせたときに、あまり外せないものというところがある。例えば2045年の未来像、これはシナリオがいくつかある中での幅広な予測だが、それとは違う。その違いはフューチャリストと、イノベーターとして具体的に動いていく立場との違いだと感じるが。

神村 いわゆるイノベーションには、いろいろな選択肢があるが、私どもはそこに向けて具体的に動いていこうとしている。保険は相互扶助の制度という、重要な要素がある。このことを消費者に理解いただくのは難しいことではあるが、保険はリスクを分散して憂いをなくしていくもの。これからのことを考えると、環境面では、Willやテクノロジーには変化があるとしても、人口動態などの基礎的な部分はだいたい決まっている。日本の生産年齢人口は2040年には1950年代と同じくらいになる。ただ、人口は減っているが、生活の集団の単位がどんどん小さくなっているので、世帯数はあまり減っていかない。世界的な動向を見ても、グローバリゼーションが壊れて、ナショナリズムが広がりつつある。私が危惧するのは、そういう環境の中で「個」が立ち過ぎてしまうこと。みんなでリスクポートフォリオを分散してやってきたのに、「自分のことは自分で」という状況になると、どんどん生きづらい世の中になるし、若い人たちはそのしわ寄せを強く受けるようになる。事業企画室では、今まで「いざというときの備え」で止まっていた認識を、「社会全体の助け合いの仕組みの中で保険に何ができるか」というところに変えていかないといけないと考えている。

藤田 データサイエンスをリードされながら、専門家がそういう考えを持っているというのは、非常に重要なことだと思う。人口に関して言えば、夫婦の間に子どもが3人以上いなければ人口は増えないわけだが、保険の契約者を個人として見るのか、世帯として見るのかという視点に立つと、保険の加入者の伸びは変わってくる。先ほどのお話は、単身世帯が増えるということは、脆弱な世帯が増えるということであり、そこには協調・協力が必要になってくるため、保険の機能が生きてくるのではないか、ということだと思う。

神村 近年、「パーソナライズ」と「シェアリングエコノミー」という言葉が注目されているが、このデジタルの時代にこの二つの言葉がフォーカスされていることは象徴的だと思う。自分自身を掘り下げる「パーソナライズ」と、他者との共有を意味する「シェアリングエコノミー」は、一見相反するものに見えるが、そこには人間の根源的な欲求があるのではないか。私の中では、保険と「パーソナライズ」と「シェアリングエコノミー」という言葉は非常に親和性が高いのではと感じている。

藤田 私は、実はそれを両立するのが保険だと思っている。死から生を考える死生観的な考え方からすると、生き方というのは個々で違うので、そのでこぼこの中で、足りない部分について、足りている人からシェアするのも保険の機能であり、そこにパーソナライズな要素、例えば年金運用のようなものを含めた総合保険みたいな形をデザインすれば、両方の要素を保険という機能がカバーできる可能性はある。

神村 事業企画室としては、そういう世界を目指していきたい。また、保険はある意味、社会課題解決のドライバーというか、インセンティブになっていくとも思っている。データということでいうと、例えば、最近ではがんが治る病気になってきたこともあり、がんサバイバーの方が増えている。がんに罹患しても、その後の努力次第で、以前のように健康になれる可能性があるということだと思う。いまはまだ科学的にデータを取得できていないが、今後データが取れるようになれば、そういったことを明らかにできる可能性もある。努力を反映するという意味でいうと、これからの時代の保険というのは、引受けではあまり差を付けず、加入後に毎日1万歩歩いた人と、低カロリーの炭酸飲料ばかり飲んで何もしなかった人の行動をデータで捉え、差を付けることで、みんなの行動を良い方向に向けていくものになるのではないかと思う。

藤田 保険が金融商品として特殊だと思うのは、保険に関しては、そのアセットに投資家の特色があるということ。健康と言われている人も、発症していないだけで、潜在的リスクを持っている人-(1)という分類になるし、発症した人というのはリスクが顕在化した層-(2)であり、病気に対して対症療法をした人は顕在化したリスクに対してミティゲーションプランを打った人-(3)、ということになる。今の分類でいうと、(2)と(3)はもしかすると母集団から外れているかもしれないが、長期的に見た場合、(3)の人は入れた方がいいし、(2)の人には対症療法を促すような形で市場に参加してもらえば、(1)の人たちに対するリスクマネジメントになるかもしれない。まさに今までの保険数理の概念を大きく変えるためのデータサイエンスだと興味深く感じた。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

神村 まったくその通りで、保険数理の組み立て方を変えるということだと思う。私が生命保険会社の人間なので、私の話のベースに人の健康とか生死をイメージされていると思うが、私の中では必ずしもそこに限った話ではなく、それこそが、私が事業企画室にいるゆえんでもある。例えば、おいしい料理を食べた後、カロリーを消費するためにジムでバイクを漕いでいるのを見ると、あのバイクの労力をわれわれが電気として使えたら、と思う。つまり、人の行動をデータで捉え、数値化することで、社会課題解決につなげていけないか、ということ考えている。例えばバイクを漕いだ結果、20円分電気を生み出したとデータで測定することができれば、それをわれわれの保険というサブスクに登録することでちゃんとキャッシュバックされる、これが私のイメージする保険の姿だ。自分の健康のために努力したことがデータとして測定でき、社会にシェアされ、自分にも還元されるような仕組み。人間、ちょっとしたお金でも行動を起こすきっかけになる。きっかけは大事で、それ自体は小さなことでも、積もり積もれば世の中に大きな効果をもたらす可能性がある。今、事業企画室として取り組もうとしている社会課題として、子育て世代(特にワーキングマザー)とシニア層の「孤独」がある。働く母親は家庭と職場での責任を果たすべく奮闘しているケースが多く、一方でシニア層も子どもに気を遣って頼れないとか、体調不良を我慢していたら重症化して施設に入らざるを得なくなったというケースが少なくない。若い世代が「自由に生きたい」と思って選ぶ「個」とは違い、そこには非常につらい「個」が存在する。そこをいかに社会として助け合っていくかということがテーマになっている。保険をファンドと捉えた場合、このファンドを、リスク分散と同様、いかに助け合いに振り向けていくのか、そういう考え方で保険をもう一度デザインしなおすということは、データがあるからこそできることだと思う。

藤田 トータルエクスペリエンスという考え方があり、それはビジネスプロセスにおけるあらゆる体験・認知を総合化した概念を指すが、そこに存在する活動に気付いてあげるというのがデータコレクション(対象となる変数に関する情報を収集・測定するプロセス)だと思う。ただ残念ながら、データサイエンティストがそこにデータが無いと判断してしまうと、活動があってもデータ上では無かったことになってしまう。いまお話にあった二つの「個」というのは、データが上がってこないし、捉えにくい。トータルエクスペリエンスでそれらのデータが上がってきたとして、まずは国家という単位があるので、本来こうしたテーマは国が扱うべきで、ベーシックインカム議論の方につながっていく話だと思う。ただ、ベーシックインカムって今日明日できる話ではない。となると、民間企業がそれを代替するようなセーフティガードの仕組みを構築することになると思うが、そのためにはそこに登場人物がいるということを示す必要がある。そこではじめてデータマネジメントベースの保険の形がデザインできる。

神村 全く同感だ。実は、今日もう一つお話ししたいと思っていたことがある。当社は相互会社であって株式会社ではない。相互会社に身を置きながら、私は国と営利団体の中間にある相互会社って何なのだろうということを長年考えてきた。ところが今の時代になって自分たちの存在価値を感じられるようになってきた。相互会社では、保険に加入いただいた方は社員になる。見方を変えれば、寄合やファンドともいえる。国の財源で手が届かない部分が出てきたとき、われわれ相互会社が共助として果たす役割というのは非常に大きいのではないかと考えている。

藤田 この10年の経済成長をデータで見ると、これはいろんな経済学者が言っていることでもあるが、資本主義は労働生産性を含め、社会の成長に貢献しているとは言い難い結果になっている。では社会主義、共産主義、全体主義がこれからのあるべき姿なのかというと、必ずしもイデオロギー的な経済成長という観点だけで人の生き方を評価するわけにはいかない。そうなったとき、今の資本主義とか民主主義を守るためには、市民が快適に生活するための基盤を作る必要がある。さらに、万一その基盤が壊れそうになった時にはサポートしてくれる存在も必要だ。株式会社の保険会社を否定するわけではなく、それぞれの良さを踏まえた上で、自分はどんな会社の、どんな人たちとリスクを分散するのかを考えられるようになるための教育は必要になると思う。

神村 私も投資や保険教育というのは必要で、自分のことは自分でやれるようになるということはもちろん大事なことだと思う。一方で、「日本生命に預けてくれたら大丈夫です」という絶対的な信頼感を与える存在になることも一つではないかと考えている。相互会社だからこそ、契約者のためになるものを提供しなければ社是に反することになるし、そういった相互会社の価値を伝えるためにも、お客さまのためになることを愚直にやっていくしかないと思っている。

藤田 今のお話を聞いてブランドという言葉を思い出した。ブランドは、牛皮の品質を担保するために入れられた焼き印が語源。まさに品質保証ということだと思う。そのブランドを構築するためには、いかにクオリティを高め、それをお客さまに感じていただくかが重要になってくる。

保険を社会課題解決のドライバーに

神村 保険はお客さまに感じていただくことが難しい商品。だからこそ、いざというときだけでなく、日ごろから社会課題、今のわれわれでいえば、子育て世代とシニア層の「個」に寄与するかたちをつくりたいと考えている。ここに関しては今も多くの保育所や介護施設が必死に支えているところだが、プレーヤー任せではなく、われわれ自身が保育や介護の提供にコミットしていきたい。保育や介護といったお困りごとに対して、ソーシャルインパクトボンドというと言い過ぎかもしれないが、大きなエネルギーやコストがかかる環境変化のタイミングに保険会社として関わっていくことで、保険の価値を直接的に感じていただきたい。

田鍬 まさに相互会社として、いざというときだけでなく、人々が日々抱えている課題に取り組んでいかれるという意気込みを感じたが、具体的にどのようにデータマネジメントを活用していくのかという部分をお伺いしたい。

神村 まずは事業のデザインが大切だと思うが、基本的にキャッシュが回らないと物事は動いていかないので、あらゆることを数理的に計算できる環境を整えるために、センシングが一番のポイントになると考えている。例えば自治体の介護費用を削減するために何をすればどれだけ減らすことができるのか、途中経過のKPIは何で、その数字がどうなれば効果があったと言えるのか、効果測定のためにはオルタナティブデータをどれだけ集められるかが重要だ。そのためにはユーザーやプレーヤーなど、企業というよりは、個人といかにつながることができるかが鍵になる。

藤田 神村さんの理論的支柱は興味深い。基本的には数理ファイナンスの考え方で、例えば、多変量解析でいうと、目的の変数があり、そこに対して従属の変数がそれぞれあって、従属変数の寄与度とファクターとの相関をしっかり捉えなければならず、そのためには、そもそも寄与度の高い変数のデータが取れていなければ目的変数なんて見付かるはずがないということだと思う。先ほどから出ている子育て世代とシニア層の話でいくと、そもそも変数がそろっていない中では、効果測定どころか予測も立てられない。一方で、事情は個々で違うはずなので、単一の公式をあてはめてもいけない。それぞれに成り立っている公式を複合的に判断すべきというお考えだと理解した。ミクロ経済学的ともいえるが、もっと言えば行動経済学的でもある。人の不合理な動きも踏まえてデータを総合的に見ていかないと真実にたどり着けないという観点に立てば、動的モデルともいえる。

神村 私はマーケティングから入っていることもあり、どちらかというと行動経済学が強く出てしまうタイプ。金融商品は数理ファイナンスのみで構成されるが、私の描くこれからの保険というのは、行動の部分をデータで捉えるダイナミックモデルになっていくのだと思う。

藤田 ワーキングマザーもシニア層もジェネレーションが変われば行動も変わっていく。昔のようにヒストリカルデータが10年分取れたから、そのデータを使ってワーキングマザーやシニア層にあてはめればよいということではない。ご自身のチームだけでなく、デジタルワークフォースなども使いながらより動的に捉えていく形になっていく予感がする。

神村 ただ、今は圧倒的にデータが足りない。ワーキングマザーもシニア層もまだデータが取れる環境ではないが、そこから多様なデータを動的に収集し、分析もどんどん洗い替えていく必要がある。今はゼロ地点なので早く着手する必要がある。

田鍬 そのあたりはテクノロジーが解決していくべき課題でもあると思うが、未来のデータマネジメントにおけるテクノロジーの役割についてお考えを伺いたい。

田鍬 信弥 氏

IBMコンサルティングニッセイ事業部
ニッセイサービス部
リードクライアントパートナー
田鍬 信弥 氏

藤田 マイノリティがマジョリティになった時にデータが揃っていないと、そこから取ったデータは必ずしも正しいものとは言えない、という話だと思う。新興マーケットへの投資に似ていて、通常、現時点の市場割合に照らすと、どうしてもそこにそんなに投資はできない。まずは、そこにそういう市場があるということに気付くことが大事で、これはヒューマンワークフォースの意思がなければ実現しない。そこでテクノロジーが収集したデータを深く読み解く意思もまたヒューマンワークフォースの担う部分だ。

神村 先ほど、保険がインセンティブとなってデータを集めるドライバーになるべきとお話ししたのがまさにその部分。ゼロのところに便利なアプリを作ったから使ってほしいと言ってもだれも使わない。だからまずはポイントを付けるといったインセンティブを付与することで保険がデータを集めてくる媒体になる必要がある。そのデータを分析した結果、新たな知見が得られて、さらに良いサービスが生まれるといった好循環を生んでいきたい。特に人間のコミュニケーションに関しては、その重要性に反して、解釈するのに十分なデータが集まっていないと感じている。また、データ自体は集まったとしても、それらを人間の心理に寄せた形で分析できるようなエンジンが出てこないと私がやりたいことは実現が難しいと思う。

田鍬 最後に、これまでにもさまざまなデータマネジメントに挑戦してきた神村さんが今後チャレンジしたいことを教えていただきたい。

神村 とにかく保険の変革ということの道筋を付けたい。まずは子育て世代とシニア層の領域に保険の機能を広げていきたい。

田鍬 事業企画室は今年度立ち上がったばかりということだが、これから5年10年かけて、人々に日々意識してもらえるような保険づくりをわれわれもサポートさせていただきたい。

※2022年10月7日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。