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Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン|#6  生保経営における海外事業の重要性

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※2022年9月9日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

鼎談企画 Future of Insurers 保険ビジネスの未来デザイン(全10回)
IBMコンサルティングパートナー保険サービス部担当の藤田通紀氏が、生命保険、損害保険、共済のリーダーとの対話を通じて、テクノロジー、経営戦略、商品、オペレーションなどの観点から保険業界の未来の姿を探っていく連載の第6回。ゲストには第一生命ホールディングス海外生保事業ユニット長の中村篤史氏を迎えた。経営戦略における海外事業の重要性をテーマに会話が展開する中で、インド事業の立ち上げでエマージング市場での難しさを経験したという中村氏は、これからの時代をけん引する人材の要件として「自分の頭でしっかり考え抜く力」と「ぶれない価値規範」を挙げる。これを受けて藤田氏も「自ら判断する力」の重要性という点で共感を示した。

生保経営における海外事業の重要性

塩山 近年、生損保を含め、海外事業の重要性が高まっているが、日本の保険会社は、海外の市場をどのように捉え、取り組んでいくべきと考えているかお聞かせいただきたい。

藤田 海外事業戦略という言葉の背景には、日本市場で少子高齢化が進行するなか、今後の成長の伸びしろが海外に豊富にあるという点がある。グローバルマーケットは70億人の人口が90億人に増加していくことが予想されている。ただ、そこには成熟市場と未成熟の市場があり、さらには地域性の違いもある。そういった意味では、御社は早い段階から海外事業を展開し、成長路線を引いてきたと思う。さらにいうと、ボーダレスのビジネスを伸ばそうとしているように見えるがどのようにお考えか。

中村 保険市場をグローバルで捉えるという考え方には賛成だ。当社は約20年前から成長市場を求めて海外展開を行う必要性を強く意識しはじめ、その手段として2010年には株式会社化・上場を実施した。その後は手元資金で買収・出資したり、自前でできない買収に関しては増資を募って世界最大の市場である米国に進出したりして、現在では8カ国に展開している。共通するのは、グローバルで皆さんにどのように保険を届けるかという視点で事業を推進している点だ。

中村 篤史氏

第一生命ホールディングス
海外生保事業ユニット長
中村 篤史氏

藤田 あえてレッドオーシャンに行って競争優位性を立ち上げるというやり方もあるが、逆にかなりニッチなところに行って利益を得るというやり方もあると思う。御社のグローバル路線は大きく分けるとどちら側を目指しているのか。

中村 HDとして方向性をトップダウンで指示するというよりは、現地の既存事業がどのような形で顧客に受け入れられているかに合わせ、いわゆる遠心力を利かせてある程度自由にやってもらっている。例えば米国のプロテクティブ社は保険契約群のM&Aを自ら進めるという組織能力がユニークな一方、カンボジアのようなアーリーステージにあるメコンエリアでは、将来利益を目指してオーガニックな成長を続けるなど、それぞれの事業ステージによって戦略を使い分けている。

藤田 言語そのものに障害がないビジネスは、そもそもグローバルを市場として戦っている。一方で、今のお話は地域特性ごとに戦略を変えて、それぞれ独立した形でローカライズされたものを展開していくという考えだと思うが。

中村 生保がローカルビジネスである点はその通り。ただ、デジタル化も含め、市場のグローバル化という視点で一定の方向感は出てきている。例えばカンボジアとミャンマーは地理的にも近いということで、第一生命HDからだけでなく、第一生命ベトナムからも横展開して開拓していった。ベトナムでは十年以上にわたり個人代理人チャネルが中心だったが、ここ数年銀行窓販チャネルが盛り上がりを見せている。他方、カンボジアとミャンマーは個人代理人チャネルの歴史自体も浅いが、そこをいきなりバイパスして、早くも銀行窓販チャネルが立ち上がっている。今後はベトナムと同様、ユニバーサルやユニットリンクといった商品がチャネルの展開に伴って販売されるようになっていくとも思う。

藤田 例えばデジタルの世界でも、昔から使っているホストコンピュータを変えられず、改修を繰り返さざるをえない状況がある一方で、古い保有を持っていないからこそ最新のテクノロジーで商品やオペレーションをカバーできるといった強みを持つ、デジタルネイティブのような保険会社というのはエマージングマーケットに多い。

中村 そこは目指していきたいところではあるが、現状の8カ国はフルデジタルというところにまでは行っていない。ただし、7月7日に出資を発表した英国で保険代理業を営むユー・ライフ・ホールディングス(以下ユーライフ)は、ウェブベースで多様なサービスをつないで顧客と接点を持つということに強みがある。当社が学びを得るには良いパートナーだと思っており、学んだことを生かしていきたい。

藤田 横展開って良い言葉だと思っていて、一つはナレッジを集約して、ある意味のレバレッジをかけていくということ。今お話にあったユーライフへの出資もいわゆる投資対効果というところでは「見えない知」があり、それが多分、横展開のためのナレッジトランスファーの部分だと思う。

中村 まさにそうで、今は超長期のIRR(内部収益率)をデジタルに計算して投資判断することが容易にできてしまう。一方で、お話のように、ユーライフへの出資もそうだったが、計り知れないバリューを可視化しないと投資の妥当性を正当化できないという難しさがある。今回、海外事業では初めて、社内で「R&D投資」と呼んでいる枠を使った出資を行った。そこでは、ユーライフへの出資を通じて今後どんな学びを得るのかを可視化するために、資産運用部門でベンチャー投資を担当している人間等にヒアリングしながら、可視化した投資効果の蓋然性を高めていく取り組みを行った。

藤田 R&Dの投資枠という概念も面白い話で、R&Dって内向きになるケースが非常に多い。しかし今の話ではレバレッジを利かせるための、ある意味外向けの投資のようなニュアンスを受ける。一定のR&D投資というのは、IRR上では最初の投資意思決定の中ではねられるが、R&D投資枠であれば通る案件があると受け止めたが、R&D投資枠は一定の金額枠でいくのか、それとも良い案件がある時にR&D投資の方に行ってステージを走らせて行くのか、どちら側で投資意思決定をされているのか。

藤田 通紀 氏

IBMコンサルティング事業本部
パートナー 保険サービス部担当
藤田 通紀 氏

中村 本質的には後者が理想的だと思うが、実際には予算枠を設定している。R&Dの効果算定は慎重に行っているものの、効果が実現する蓋然性にはバラつきがあるだろうから、一定の枠をはめてやっている。

藤田 面白いと思う。そうするとトータルの投資の中で、IRRを鑑みた上で説明可能な状態にしている、そういうポートフォリオを組まれていると。

中村 その通り。ただ、ユーライフに関しては事業そのものの成長性も相当程度期待できるので、可視化した投資効果を抜きにしても事業投資として一定のリターンが見込める。その点がわれわれの背中を押したポイントでもある。

塩山 保険のマーケットトレンドについてもう少し深掘りして伺いたい。

藤田 マーケティングというと、以前はマーケティングリサーチと言われるような市場調査みたいなものもあれば、トレンドマーケティングのような、商品そのものをどうやって売っていくのか、というものがあり、もう一つ、宣伝広告がマーケティングにくくられている場合がある。これからの時代のマーケティングは、デジタルの世界だと、新規市場を自分で作るとか、ビジネススキーム自体をデザインするところに入っていき、マーケティングの中にビジネスデザインのような領域が入ってくる。御社の海外事業投資も、伸びしろに対して新たな市場やクライアントをつくったり、いわゆる“機会”を作っていくドライバーということも含めてマーケティングという観点で捉えていくものだと思うがどうか。

中村 国内では、従来型の(1)保障と、(2)資産形成・承継、そこからジャンプアップしようということで(3)健康・医療系のサービスで何か提供できないかと模索している。あとは、マネタイズが難しいが、(4)つながり・絆。広くグローバルに展開するといっても、結局のところ各地域に刺さっていかないと保険の購買という最後の一押しができないので、つながりや絆は不可欠。これら四つを体験価値と呼んで推進している。

藤田 体験価値って、言い換えるとバリュープロポジション、つまり顧客が商品を選ぶ理由という解釈もできるが、保険の成熟度や、個人の生活の豊かさ、社会基盤の変化等によって、契約者が商品を選定する行動は変わってくる。御社の四つの体験価値は人間の本源的なもの。つまり、マーケットのトレンドや社会基盤が変化しても、本源的なところを押さえておけば、それに関するサービスはどのエリア・時代においても適応できるということか。

中村 まさにその通りだと思う。これらのコンセプトを中期経営計画では「ウェルビーイング」と呼んでいる。当社がウェルビーイングの中でやるべきことは、安心で健康で幸せな人生のためのお手伝いだ。裏を返せば、病気や金銭的不安や孤独からの開放。これを感じていただくことが、今後われわれが取り組むべきゾーンだと思う。

藤田 幸せって時代とともに多様化していくものなので幸せをベースにする考え方には100%賛成する。一方で、生き方の多様性という面では、ウェルビーイングは再定義の必要があると思う。ウェルビーイングは、体調面の健康以外にも、独身であるとか、大家族であるとか、選択的に子どもを持たない家族であるとか、さまざまな要素によって複雑になっていくと思う。そのあたりは議論されているか。

中村 先ほどの四つの体験価値は国内で何ができるかというところから再定義したものだが、今年は中期経営計画の2年目に入り、ようやくこれをグローバルな会議体のアジェンダとして取り上げ始めたところだ。一方で海外のオペレーションに押し付けるつもりはなく、また、四つ全てを網羅してもらう必要もないと考えている。まずは各CEOが集まる会議体で、体験価値について意見交換をしてもらうことから始め、国ごとに気付きが得られれば良いと思う。

塩山 足下のマーケットトレンドにおいて四つの体験価値を日本国内で築いていくと同時に、海外に関してはそれをいかに適応させていくかというお話だったと思う。続いて、それを展開していくに当たってのターゲットについてはどのように考えているか。

塩山 佐知子 氏

IBMコンサルティング事業本部
保険サービス部担当部長
塩山 佐知子 氏

藤田 長寿化という背景もあり、生命保険のコアターゲットは昔とは変わってきている。それと同時に、トランスヒューマニズム(新しい科学技術を用いて人間の身体と認知能力を進化させようとする思想)のような考え方も出てきている。技術の力で健康や長寿を支えていくようになると、コアターゲットが今までの人間というものからずれていく可能性がある。それは今まで存在しなかった顧客層の増加にもつながると考えるがどうか。

中村 R&D投資で投資先を探す際は、まさにそういったものも含めて探索していくことになる。世界各地のラボを通じていろんな案件に触れ、時には自前でPoCなどもやりながら、新しい形のライフスタイルに合致した保険引き受けについて検討していく構えはできあがっている。

藤田 人のライフスタイルにはこれまでさほど多様性がなかったが、これからはさまざまな多様性が生まれる。一方で、多様性を自ら選べない人たちがいるのだとすれば、その人たちがウェルビーイングであるための選択肢に示唆を与えるような商品を当ててみるという考え方もあるし、コアターゲットを自ら作り上げて、そこに対してプロアクティブにアプローチしていくような姿が今の話の先にあるように感じる。

中村 確かにその通りだと思う。まずは可視化できそうな四つを挙げているが、われわれのアセットを使いながら、果たしてそれが本当の意味で普遍的な、あるいは、将来において皆さんに共感いただけるウェルビーイングの規範なのかどうか、この辺りは今後も研究していく必要がある。

藤田 そこに関して、デジタルを使って、グローバルの知識を吸収しながら提唱するようなプラットフォームを御社で持つということは考えていないか。

中村 国内ではまずそこを目指そうと動いている。海外でも同様の動きはあるが、各国のライフスタイルが違う中で、単一のウェルビーイングの規範を当てはめることは考えていないので、国内での経験を踏まえ、意見交換していくことになるだろう。

世界進出で求められる「ぶれない価値規範」

塩山 多様化するマーケットに対して、今後御社が価値を届けていくためには変革が必要になると思う。今年は創業から120年の年ということで、次の100年をけん引する人材が求められるが、それはどのような人材だと考えているか。

藤田 国際感覚って難しいと思っていて、世界70億人のマーケットを相手にコミュニケーションが取れる人、マーケットを切り拓ける人というのは少ないと思う。これは英語が話せるかどうかという意味ではなく、マーケットとその動向をグローバルの視座で見る力を持っていなければ、いくらデジタルの知識を覚えても、MBAを取っても、世界を動かしていくことにはならないと思う。そういう人はどの業界でも求められていると思うが、特に保険業界は、長年、成熟化する国内市場で展開してきたためにそういう人材が育ちにくい環境だと思う。ただ保険会社はそういう人材を体系的に育てることに挑戦しなければならないだろう。

中村 そういう意味では、「自分の頭でしっかりと考え抜くこと」と「ぶれない価値規範を持てること」、この二つが必要だと考えている。私はインド事業の立ち上げのために約7年間インドにいたが、当時は保険市場の黎明期ということで社内での衝突も多かった。私は出向者という立場に加え、株主の代表という立場も兼任していたので、規律についてはうるさく言っていた。これは失敗談だが、保険事業では金利リスク対応の部分が重要だが、インドではこれができていなかったため、「こういう商品を売るならこういう資産運用にすべきだ」ということをかなり激しく議論していた。ところがある日、「第一生命はインドの将来的な高い経済成長に期待して進出したのだろう。あなたの言っていることは過去データに頼る統計学的には正しいが、そんな手堅すぎるALMは第一生命が進出してきたスピリットとは相容れないのではないか」と指摘されたときに、大きな衝撃を受けた。その時に、確立された定説やビジネス手法に頼るだけでうまくやれるというのは机上の話で、そこから一つ飛び越えしっかりと考え抜いた先に本当の答があることがあると知った。もう一つの「ぶれない価値規範」もインドで学んだこと。インドではわれわれは20社程度の中の最後発組の一社としてスタートした。そうすると、他生保の戦略を模倣していくというのが重要な戦術になる。当時のインドでは、リスクリターンがかなり悪い商品が流行していたため、私がいた会社でもそれを販売しないと競争に勝てないという話が社内で支配的になった。ただ、私だけが納得できなかった。そのため社内で総スカンを食らったが、本社を説得してなんとか止めさせた。その後、他社ではその商品は大赤字を出した。やろうとしていることが、社会と顧客と会社にとってバランスが取れた持続的なビジネスモデルかというのを常に冷静に見極め、疑義がある場合には絶対にぶれないということは、いかなる変化への対応でも必要なことだと考えている。

藤田 判断する力って大事だと思う。ポジションを表明するには、ある程度物事を突き詰める思考力だとか、なぜそれが問題なのかを伝える力が必要になる。さらには、説得し、実行する力というのも重要。先ほどのお話も、本社を説得してみんなを納得させたというところまでが重要なポイントだと思う。残念ながら教育プログラムではこういうものはほとんどないが、こうしたマインドやカルチャーを社内に浸透させていくことも不可欠になるはずだ。

塩山 では最後に、今後海外事業を展開していく上でのミッションと、これから生保業界を目指す若者に伝えたいメッセージをお願いしたい。

中村 深化と探索の両方をやっていこうと考えている。既存の進出国で新たなチャネルパートナーを獲得したり、新たな保険契約群を買収したりすると同時に、未進出の国にも進出していくことで、保障や資産形成といった当社の伝統的なビジネスドメインを深化させていく。もう一つの探索とは、健康・医療などをはじめ新たな組織能力を獲得するためにビジネスパートナーと手を結ぶこと。そこでは、われわれが持ち得ないような文化を含めて取り込んでいく。若い方にはそういう新しいことに挑戦する会社であることを知ってほしいし、将来的にはグローバルなネットワークの中で仕事ができる会社になるという目標もあるので、ぜひチャレンジしてほしい。

塩山 今日のお話の中でも、「社会、顧客、会社にとってバランスが取れた持続的なビジネスモデルかどうか」という言葉が非常に印象的だった。インドでのお話も別の機会にぜひ詳しくお伺いしたいと思う。

※2022年9月9日 保険毎日新聞に掲載された鼎談記事を原文のまま転載。記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。