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Smarter Business

変化する市場系システム、成功の鍵を握るアライビリティとは

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井上 やよい

井上 やよい
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
金融サービス事業部
ファイナンシャルマーケッツコンサルティング部長

外資系コンサルティング・ファームを経て日本アイ・ビー・エムに入社。銀行・証券インダストリーにてファイナンシャルマーケッツのコンサルティングチームをリード。社会の変化をにらみつつ、技術を活用した今後の業務やシステムのあり方に関するコンサルティングをお客様に展開している。

金融商品取引を正確に速く実行することを主眼において作られてきた市場系システム。しかし、2008年のリーマンショック以降の金融市場の変化に端を発するビジネスモデルの変化、AIやブロックチェーンなどの技術革新、新型コロナウイルス感染症の影響による社会の意識変化を受けて、システムへのニーズは変化してきている。

さらに、経産省のDXレポートで指摘された「2025年の崖」にあるように、既存システムのブラックボックス化、維持管理コストの増大、IT人材の不足などにより、新しいビジネスの要件への対応が難しい状況も生まれ、システムの持続性が危ぶまれている。

変容する社会における市場系システムとは、どのようなもので、どのように実現していくのか。その解は、システムのニーズやアーキテクチャー、構築のあり方を捉えることで明らかとなる。

シフトチェンジする社会における、市場系システムへのニーズ

市場系システムへのニーズ変化は著しい。リーマンショック直後の2010年代は株券が廃止されて市場の電子化が進み、東京証券取引所では次世代システムである株式売買システム「アローヘッド」が稼働した。また、野村ホールディングスのリーマン・ブラザーズ・ホールディングス買収といったグローバルレベルでの金融市場の再編も進み、さらに、市場状況の変動によるスパイクへの対応やアルゴリズムトレード(コンピューターによる株式の自動売買)のために膨大なデータを処理するシステム能力が要求されることとなった。SNSの普及により個人投資家の情報を入手することも容易となっている。

2020年代となると、ディープラーニングの進化によるAI利用の推進、ブロックチェーン技術を使ったデジタル証券の発行や証券業と異業種による新業態のビジネスの影響などにより、これまでの証券業界の常識を基にしたシステムでは通用しなくなった。

そのため、市場系システムは、個々のサービスやメッセージレベルでのコントロールやデータ連携を可能とするマイクロサービスアーキテクチャーやオープンソースのストーリーミング送受信処理基盤である「Apache Kafka(アパッチ カフカ)」に代表されるリアルタイムデータストリーミングを活用した、よりアジリティの高いシステムへ変化をとげようとしている。この傾向は今後も深化するだろう。


出典:IBM

 

市場系システムのアプリ機能を鳥瞰(ちょうかん)すると、以下のように大別できる。

1)顧客からの注文を受け付けるチャネル
2)取引所への発注を行うフロント系
3)取引管理やボジション管理を行うバック系
4)資産のリスク管理や評価を行うミドル系

外と直接つながるチャネルやフロント系では、顧客や規制の新規要件、新商品の早期導入など機敏かつ柔軟な対応が必要となる。一方、多種多様な形式で取り込まれるデータをいっせいかつ安全に処理する必要のあるバック系やミドル系においては、堅牢であることに主眼が置かれる。


出典:IBM

 

アジリティの高いシステムアーキテクチャー

正確に速く金融商品取引を処理しなければならない一方で、変容する社会や顧客の要望に応える市場系システムは、全体最適を考えたアプリアーキテクチャーと基盤との組み合わせにより実現可能となる。

IBMの提唱する次世代金融サービスにおけるアーキテクチャーでは、外と内をつなぐ層をデジタルサービス層と位置付け、デジタルサービス層につながる業務処理部分をビジネスサービス層と位置付けている

デジタルサービス層では、マイクロサービスで処理されるデータをAPI単位で管理して後続のシステムへ連携している。変化への対応をAPIで吸収、後続システムへの影響を少なくして、アジリティの高いシステムを実現しているのだ。また、アプリ機能をコンテナベースとし、アジャイル手法で構築することで、早い開発サイクルの中での改修も可能となる。基盤は、クラウド基盤もしくは分散基盤を使うことでより柔軟な対応が可能となる。金融市場取引では、顧客からの受注・発注機能や、規制要件や顧客要件に合わせた約定管理の機能をデジタルサービスとして構築することが向いている。

ビジネスサービス層は、金融商品取引の要件に基づく機能を実現する層で、比較的変更が少ない。既存システムでの不要な機能を削ぎ落として簡素化し、かつ機能やデータの配置を見直して導入する、もしくはパッケージ機能を活用する方法がある。基盤としては、ホストや分散システムとの組み合わせが適しており、残高管理や決済といった機能群が対象となる。

そして、ログや数値データも含めたデータの蓄積からのAIを活用した分析、またブロックチェーンを用いた連携を可能とするのがミドルサービス層である。

出典:IBM

 

パッケージを活用した効果的な構築

市場系システムの機能のうち、確立されている金融商品取引部分にパッケージ機能を活用することで効果的に開発を進めることが可能となる。

パッケージは、主要な機能やデータ定義があらかじめ準備されている一方、顧客要望に合わせた要件の変更や既存システムとの連携には注意を要する。導入においては、パッケージのコア機能と業務要件にギャップが生じた場合、要件実現の難易度が高まるとともに開発期間が長期化するリスクがあるため、パッケージ導入開始前にパッケージベンダーと条件や役割について合意し、パッケージに合わせた業務要件を定義するのが望ましい。カスタマイズ項目は、パッケージのコア機能で実現不可な要件を洗いだしたうえで、市場・業界・取引先の要件及び業務オペレーションやビジネスに資するか否かを精査して決定する。

グローバル企業では、システム再構築時にパッケージの活用をまず視野に入れる。パッケージの特徴を理解し効果的に導入すれば構築におけるアドバンテージとなるからだ。IBMにて2020年に実施した市場系パッケージの分析(※)によると、淘汰の激しい市場系パッケージの中で生き残っているパッケージは、「フロント・ミドル・バックの全機能をカバーしたオールインワンのプラットフォーム型」もしくは「AIやブロックチェーンなどの新技術や市場系取引の専門的な単機能に優れた特化型」のどちらかであった。また、機能のカバレッジ(網羅率)としてはフロント領域が50%以上であり、各社フロント領域を強化してきたことが見て取れる。

出典:IBM

さらに、今後の社会を担うパッケージであるためには、オールインワンプラットフォーム型もしくは特化型といった強みがあるばかりでなく、業界を超えた多種多様な各機関とつながることができ、また、今後生まれる技術との融合が可能なアーキテクチャーであることが必要である。

※:82社(122パッケージ)をウェブサイトをベースに調査

 

アジリティからアライビリティへ

変容する社会では、求められるビジネスも変わりビジネスを支えるシステムも変わっていく。変容する社会において、金融市場に求められる市場系システムとは、変化を許容し取り込みながら生まれ変わっていくことのできるシステムであり、また、金融商品取引を安心して任せられる信頼性を持つシステムである。

変わるところには変化に強いアーキテクチャーと技術を適用し、一方の変わらないところには確立された技術を持って作り上げる。ニーズとアーキテクチャー、構築技術の適切な組み合わせによりアジリティの高いシステムを構築することが可能となるのである。

IBMでは、コンサルタントによる要件検討の支援、アーキテクチャーの構想支援を行っている。また、パッケージの導入のみならず、他システムや外部機関との接続を含めたシステム構築の支援も行っている。また、外部サービス連携やデジタルプロセス変革の実現を低コスト・短期間で柔軟に対応可能なソリューションとして、デジタルサービス・プラットフォーム(DSP/※)を提供している。

アジリティのみならずアライビリティ(Alive + Ability)のある市場系システムへ、変革の時期は迫っている。

※DSPについては、「デジタルサービス・プラットフォーム(DSP)とは?」 を参照ください