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Smarter Business

IBM金融イノベーションラボが共創する、銀行に求められるDXケイパビリティとは(2/3)

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酒井 大輔
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
金融サービス事業部
デジタル・リインベンションコンサルティング 部長 金融イノベーションラボリーダー

「金融×デジタル」をテーマとしたコンサルティング組織のリーダーとして、全社DX戦略策定、先端技術活用戦略策定などのプロジェクトに多数従事。


大久保 将也
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
データ・プラットフォーム・サービス・リーダー アソシエイト・パートナー

データ・ガバナンス整備コンサルティングおよびデータ基盤構築を10年以上に渡って専門に担当。あらゆる業界のお客様のDX推進のためのデータ活用実現をリード。


笠野 智代実
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
金融サービス事業部
デジタル・リインベンション・コンサルティング シニア・マネージング・コンサルタント

「金融×デジタル」をテーマとしたコンサルティングに従事。全社DX戦略策定、プラットフォームビジネスモデル策定、FinTech戦略策定等ご支援を多数担当。


木村 幸太
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
IBM Garage事業部 部長

2018年よりスタートアップを支援するIBM BlueHub、同年10月よりIBM GarageのLeadに着任。様々な業界のイノベーションやデジタル変革をテーマに、組織立上げやスキル育成から、新しい価値創造のため多数プロジェクトを手がけている。


柴田 英喜
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
クリエイティブ&デザイン エグゼクティブディレクター

デザインの専門家としてデザイン思考の導入を始め、顧客体験のデザインプロジェクトに多数従事。2016年エンタープライズ・デザイン思考リーダー認定、グッドデザイン賞など受賞多数。


吉澤 陽子
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
金融サービス事業部
金融デジタル・イノベーション 部長

国内大手金融機関にてCRM・デジタルマーケティング、データビジネスに従事。IBMでは、「金融×マーケティング」「金融機関のデジタル化」推進のイノベーション・コンサルタントとして活動中。


吉濱 佐知子
日本アイ・ビー・エム株式会社
東京基礎研究所
シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー、 FSS & ブロックチェーン・テクノロジーズ 部長

米国IBMワトソン研究所を経て、セキュリティ研究や新興国向研究戦略立案に従事。現在AIやブロックチェーン技術を活用した金融業界向け技術研究開発を担当。博士(情報学)。

※2020年制作記事です。部門名等は取材当時のまま。

金融イノベーションラボの具体的な取り組みを、最新事例を交え全3回で連載する。第1回では、当ラボ設立の目的や、今求められるビジネス企画における顧客起点のアプローチを紹介した。第2回は、ビジネス企画における技術起点のアプローチと、顧客起点および技術起点を組み合わせた新しいデザイン思考のアプローチについて紹介する。

デジタル時代におけるビジネス企画のアプローチとは

企画アプローチ全体像

出典:IBM

■技術起点のアプローチ

技術については、ビジネスや業務としてやることが決まってから、という見方をされている方も多いが、ビジネスや業務ありきで、そのプロセスのみを技術で効率化しようとしても、本質的な改革は期待できない。これからは先進的なテクノロジーによる技術ドリブンでのビジネス変革が必要だと想定される。

さらに、技術起点でのアプローチは、IT部門にお任せしているだけではうまくいかない。ビジネス部門も、それまでビジネスに課されていた制約がどのように解除されるかを理解し、それによってビジネスを本質的にどう変化できるのかを理解することが重要だ。具体的には、技術による「業務インパクト」「競争優位性の構築」「実現の可能性」の3点を見極める必要がある。

ここでは、先端テクノロジーの一例として、AIについてご紹介する。

図:技術起点アプローチ

出典:IBM

現在広く使われている一般的なAIは、「Narrow AI」と呼ばれる。一方で、SF映画に出てくるような万能のAIは「General AI」と呼ばれるが、これが実現されるのは、まだ数十年以上先になるとIBMでは考えている。そこに至る中間の段階として、現在はNarrow AIから「Broad AI」への進化が起こりつつある時代であり、Narrow AIのさまざまな課題が解決されて、AIの活用が広がっていくと考えている。

昨今の深層学習技術の発展により、大量の正解データを用意してコンピューターによる学習を行うと、特定の問題(たとえば、ある顧客が将来的に債務不履行に陥るか?)においては時に人間よりも高い精度の判断を行うことができるようになった。しかし、正解データを準備するのはそれ自体が大きな労力を要する上に、別の問題を解こうとしたときには、その問題に合わせた別の正解データを用意する必要がある。また、深層学習モデルは基本的にはブラックボックス的であり、一般的にその判断の理由を人間が理解するのは難しい。

AIの活用を進めるためには、私たちはこういった課題を解決してNarrow AIからBroad AIへと技術を進めていかなければならない。すなわち、たとえば画像やテキストなどさまざまな種類のデータを組み合わせて人間が理解するのに近い形で意味を扱えるようにする。また、人間の持つ論理的思考のような仕組みを深層学習に組み合せて推論を行うことで、複雑な問題を解くために必要な学習データの分量を圧倒的に少なくする、などである。同時に、意思決定の論理的な筋道を出力することによってAIによる予測や認識の判断根拠の説明可能性を向上させ、安心してビジネス上の意思決定にAIを取り入れられるようにする。また、プライバシーの観点でデータを共有することができないような複数拠点間では、複数の環境に分散させたAIのエンジンを連携させて知識の共有を行う「Federated AI」を実現する。

これらが、登場しつつあるBroad AIの要素技術の例である。とはいえ、技術だけを見てその使い道を考えるのは一般的に難しい。そこで、技術起点の検討を行う際には、対象領域を決めて、普遍的な一つの業務プロセスにおいて、それぞれのプロセスで先端テクノロジーを活用して何ができるのかを検討するというアプローチを取ることが考えられる。

たとえば、営業活動だと、ターゲット顧客の選定、対面・非対面のチャネルによるセールス各動、契約の成立、アフターフォローといった段階を踏んだプロセスがあるが、それぞれの段階において存在する現状の課題や制約を、先端テクノロジーによってどう変化させることができるかを考える。

ターゲット選定やニーズ探索の段階であれば、グループ内の各企業が保有している顧客情報をプライバシー規制により直接共有することができないという制約がある場合に、個別に学習したモデルをFederated AI によって統合することで、より効率的に最適なターゲット顧客やニーズの推定が可能になる。また、セールスの過程であれば、自然言語処理技術を活用して顧客との会話を分析し、過去のデータに基づいて成約率向上につながりやすい会話の案を提示したり、ブロックチェーンを使って契約を安全に電子化するといったユースケースも考えられる。

このように実際のビジネスプロセスに沿ってアイデアを膨らませて、実証実験やプロトタイプ開発と評価を繰り返しながら、それぞれのアイデアの実現可能性やビジネスインパクトを評価していくことが重要になるのである。

■未来の顧客体験を創出するためのデザイン思考

次に、顧客起点と技術起点を組み合わせた、新しいデザイン思考アプローチについて紹介する。

デザイン思考は、課題解決のアプローチとして、既存のサービスや業務の改善には向いているが、そもそも課題がわからないような領域での革新的な取り組みには向いていないと言われることがある。そこでここでは、一般的なデザイン思考を拡張することで革新的な取り組みにも応用できるということについてお話しする。

上記で、デザイン思考は、「顧客の視点からあるべき体験を考える」ことだと説明したが、これについては変わらない。ただし、ここで思い描くのは現行の顧客の視点ではなく、将来における顧客の視点である。

課題がわからないという課題に対して、将来に起こる、または起こるかもしれない因子を整理し、そこでの顧客や顧客体験を描くことで、現状では想像できなかった課題を明らかにする。いわゆる未来洞察やシナリオプランニングなどの手法をデザイン思考と組み合わせたアプローチである。

まずは、対象となる顧客を定義する。次に、設定した未来に影響を与える因子(シナリオドライバー)をPEST(Politics政治、Economy 経済、Society社会、Technology技術)などを参考に抽出する。因子の影響についてはあらゆる組み合わせが想定されるが、ここでは効果的にかつ効率的に検討するために、抽出した因子を参考に、特に未来に影響を与える兆しや未来予測などの因子を抽出し、不確実性とインパクト(リスク)の2軸で整理する。

図:未来のユーザー体験創出デザイン思考:未来予測の整理

出典:IBM

分類された4象限の中から、①にあるような高い確率で起こると予測され、かつ検討テーマへのインパクトが大きい因子は、必ず考慮すべき予測とする一方で、④にあるような不確実な予測で検討テーマへのインパクトも小さい因子は、考慮しなくてもよい予測とする。

このようにして、考慮すべきこと、しなくてよいことを整理し、考慮すべき因子が定義できたら、それらが起こった時の未来の顧客像とその体験を定義する。これによって未来の課題を予測するのである。あとはこれらの課題を、その時に利用可能なテクノロジーによってクリアし、あるべき体験価値を創出するのだ。

図:未来のユーザー体験創出デザイン思考:未来のあるべきユーザー体験創出の流れ
出典:IBM

結果によって、従来の老後に向けた資産形成や運用のサービスも変わってくるかもしれない。このようにデジタル時代では、テクノロジーの進化のスピードが早いことから、特に将来実現する技術を見据えながら、将来の顧客を起点としたアイデア創出アプローチが必要となってくる。

第3回では、デジタル時代におけるデータ分析のアプローチについて、進め方や求められるスキルと組織、また、DX実現の阻害要因とそれを解決するための方向性について解説する。

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