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イノベーション企業になるために、経営層が理解すべき5つのポイント

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テクノロジーの急激な進化によって、業界や国境の垣根を越えた新興企業が登場するなど、ビジネスを取り巻く環境は大きく変わっている。この変化をポジティブに捉えて新たな価値観を創造しイノベーションを起こせるかどうかが、企業の命運を握るといっても過言ではない。
そんな中、イノベーションをテーマにしたシンポジウム「Digital Reinvention Conference 2019」が、2019年2月26日に東京ミッドタウン日比谷「BaseQ」で開催された(主催・東洋経済新報社、協力・IBM)。テーマは「『デジタル×構想力×試行力』が創り出すイノベーション経営の本質」。
合わせて10名のゲストが登壇し、イノベーションが求められる理由、日本企業がイノベーション不全に陥っている要因、日本企業におけるイノベーション創出の成功事例について討議した。3つの主要プログラムを中心に、シンポジウムをダイジェストで振り返る。

 

“規模の経済性”と“個の自律性”を両立させる経営

エコシスラボ代表、多摩大学大学院教授 紺野登氏

エコシスラボ代表、多摩大学大学院教授 紺野登氏

イベントのオープニングに登壇したのは現在、エコシスラボ代表で、多摩大学大学院教授の紺野登氏。カンファレンスのテーマである「大企業におけるイノベーションの実現」について来場者へ問題提起を行った。

紺野氏曰く、イノベーションの概念は近年大きく変わってきている。大企業は主力・中核をなす既存事業を維持しつつ関連事業へと枠組みを拡げ、そこからの多角化、あるいは飛び地や出島をつくることで探索的に“新規事業”を創出してきた。かつてはそれを「イノベーション」と呼んできた。しかし、こうした既存事業を中心に据えた二兎を追うイノベーションプロジェクトは失敗に終わることが多かった。その理由として「既存事業の引力が強すぎて、新規事業がすべて吸収されてしまった」のだと話す。

「私の考える“イノベーションを基軸とする経営モデルへの転換”、すなわち『イノベーション経営』では、既存事業・関連事業・新規事業のいずれもがイノベーションの対象となりえます。ともあれ、イノベーションを経営の中枢に置かない企業はスピーディーなスケール化を実現できず、やがて恐竜のように時代に取り残され絶滅してしまうでしょう」(紺野氏)

さらに紺野氏は「大企業からスタートアップ的な機能を除けば、官僚主義だけが残る」と明言し、こう続ける。

「これまでの大企業は規模の経済性のために、個の自律性を犠牲にしてきました。一方、ベンチャーやスタートアップは経済規模が小さくても、個の自律性を重んじた。しかし、こうした構図はすでに古い。求められるのは、規模の経済性と個の自律性を両立させる経営への転換です。そうしたことから、“ティール組織”といった新たなテーマもビジネスの重要なキーワードとなっています。官僚主義を維持している企業に未来はなく、社員の自律性・自発性をベースにする組織をどうつくるかが今問われているのです」(紺野氏)

 

イノベーションの種は現場のオープンマインドから生まれる

N26 Chief People Officer Noor van Boven氏(左)、日本IBM Digital Makers Lab. リーダー 嶋田敬一郎氏

N26 Chief People Officer Noor van Boven氏(左)、日本IBM Digital Makers Lab. リーダー 嶋田敬一郎氏

紺野氏のイントロダクションを受けて行われた最初のプログラムは、対談「海外における大企業のイノベーションから学ぶ日本企業のとるべきアクション」。海外から迎えられたゲストは、ドイツ・ベルリンに拠点を置くスタートアップバンク「N26」のChief People OfficerであるNoor van Boven氏。日本IBMの「Digital Makers Lab.」リーダーである嶋田敬一郎氏が、およそ50分間にわたりイノベーションの本懐についてBoven氏に聞いた。

2013年に創業したN26は市場から学びを得て、スマホに親しんだ“ミレニアル世代”にターゲット層を絞りこみ、利便性と合理性を追求したデジタル戦略によって欧州最大級のモバイル専用銀行へと急成長したスタートアップである。そのため日頃から多様な組織づくりにも注力しているという。

「最高のイノベーションはトップダウンで生み出すものではなく、日常の中で問題に直面して解決しようとしている人たちから生まれるといっても過言ではありません。だからこそ、経営者はオープンコミュニケーションチャネルが守られるようにすべきです。それは、どんな社員でも自社に対して何かしらの意見を言ってくれ、その結果としてビジネスに対してこれまでと異なる取り組みがなされるような状況です。イノベーションは小さなことから始まるのです。私たちの組織では、リーダーたちがそれぞれのチームでメンバーに積極的にAMA--“Ask Me Anything!”(何でも聞いて!)と問いかける場が設けられています。社員が気軽に質問や意見を投げかけられる場を設けて、心を開いて受け入れれば想像したことのないようなアイディアが生まれる。特に働きかける必要はないけど、気を削ぐようなことはしてはならないのです」(Boven氏)

 

“改革派企業”と“保守派企業”の間に横たわるもの

日本IBM戦略コンサルティング&デザイン統括 池田和明氏(中)、日本IBMインタラクティブ・エクスペリエンス事業部(IBM iX)事業部長 藤森慶太氏(右)

日本IBM戦略コンサルティング&デザイン統括 池田和明氏(中)、日本IBMインタラクティブ・エクスペリエンス事業部(IBM iX)事業部長 藤森慶太氏(右)

続く2つ目のプログラムは、講演と鼎談「日本の大企業のイノベーション~企業文化と仕組みの視点より~」。モデレーターは紺野登氏が務め、後に続くパネルディスカッションにつながる数々の問題提起が行われた。

紺野氏はまず、自らが代表理事を務める一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)、そして一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)での調査・研究から、「企業がイノベーションを実現するためには、『トップのコミットメント』と『組織インフラ(社内エコシステム)』が重要なファクターとなる」という仮説を提唱。そのための考え方や方法論として、「2階建てイノベーション経営」や「イノベーションコンパス」について解説を加え、Boven氏からも語られたような「場づくりの重要性」を説いた。

その後、日本IBMのゲスト2名を交えた鼎談を開催。イノベーション実現のための経営マインドや組織づくりについて言葉が交わされた。

藤森慶太氏が事業部長を務める日本IBMインタラクティブ・エクスペリエンス事業部(IBM iX)は、クライアント企業によるデジタル変革を支援すべく、戦略策定・創造性・テクノロジーの三位一体でクライアント企業をサポートするエキスパート集団。ビジネスの中では、クライアント企業による新規事業創出の伴走者でもある。

「デザイン思考を駆使しながら、顧客視点でものごとを考え、アイデアの創出・評価を行い、PoC(概念実証)や実証実験を経てローンチする--そうしたイノベーション実現に向けた一連のプロセス・サイクルを理解していても、必ずどこかに落とし穴があるもの。とりわけ既存事業と新規事業には目に見えない壁のようなものがあり、既存事業側の人間から『どんどんやればいいけど、こちらに迷惑をかけるなよ』といった空気が流れてくる。KPIが根本から異なる既存事業と新規事業の両者が折り合えないのです。日本特有の大企業文化が、大きく起因しているのだと思います」(藤森氏)

日本IBM戦略コンサルティング&デザイン統括の池田和明氏は、「大企業がイノベーションを起こしている」ことの証左として、世界のCxOレベルの経営層へのインタビューをもとに作成されたレポート『グローバル経営層スタディ』の結果を示した。レポートによれば、実に72%の経営層が「各業界の革新的な既存企業がその業界におけるデジタル・ディスラプション(創造的破壊)を主導している」と回答しているという。そしてここでいう既存企業のほとんどが大企業である。これはGAFAやアリババ集団などの「デジタル・ジャイアント」(34%)、あるいは「他業界からの参入企業」(23%)、「スタートアップ」(22%)を抑えた圧倒的な回答率である。

「既存企業の中でも優れた企業は、テクノロジーを活用して新しいビジネスを創出し、連携するスタートアップのテクノロジーやカルチャーまでも取り込みながら、自ら創造的破壊を起こしているのです。同レポートでは調査データの分析により、イノベーティブで財務的業績が優れている『改革者』というクラスター(全体の27%)を切り出しました。『改革者』にはこの傾向が顕著に表れています」(池田氏)

池田氏からはイノベーション実現に向けたIBM戦略コンサルティングの事例として、「イノベーション・ガレージ(IBM Garage)」(後述)などの解説も加えられた。
 

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イノベーションを後押しする“場所”と“文化”

最後のプログラムであるパネルディスカッション「大企業におけるイノベーション~成功の秘訣とチャレンジ」では、パネリスト4名の活動が紹介された。モデレーターは名古屋商科大学ビジネススクール教授、Center of Entrepreneurship, Directorの澤谷由里子氏。

日本航空(JAL)執行役員・イノベーション推進本部長 西畑智博氏

日本航空(JAL)執行役員・イノベーション推進本部長 西畑智博氏

日本航空(JAL)執行役員・イノベーション推進本部長の西畑智博氏と、三菱重工フォークリフト&エンジン・ターボホールディングス(M-FET)事業戦略本部 担当部長の松尾淳氏からは、各社イノベーション推進のための「共創ラボ立ち上げ」に関する取り組みとして、「JAL Innovation Lab」や「SL-Lab」(Sophisticated Logistics Laboratory)についての説明が詳述された。

一方、日本IBMからも2名のパネリストが参加。鼎談に登場した池田氏と同じ、日本IBM戦略コンサルティング&デザイン統括に在籍する田村昌也氏からはIBM Garageについて解説が加えられた。

日本IBM戦略コンサルティング&デザイン統括 田村昌也氏

日本IBM戦略コンサルティング&デザイン統括 田村昌也氏

「デジタルイノベーション創出を目論む企業に対し、スタートアップで行われているようなイノベーション創出の場を提供する--それがIBM Garageです。半径10メートル程度のフロアの中に、多彩な人材・IBMの知見・自由な実験場が集まり、デザイン思考やアジャイル開発といった手法を駆使しながら、共創テーマの策定、体制構築の支援、先端技術の活用、そしてオープンイノベーション支援が行われます」(田村氏)

日本IBM シニアデザインマネジャー 柴田英喜氏

日本IBM シニアデザインマネジャー 柴田英喜氏

日本IBM シニアデザインマネジャーの柴田英喜氏は、日頃よりクライアント企業の顧客体験・従業員体験のデザイン創出を行っており、日本におけるIBM Design Thinkingの牽引役でもある。IBM Garageで展開される手法でもあるデザイン思考については「(デザイン思考の)ワークショップが単発で終わってしまうことはある。新規事業創出のような具体的な目標・テーマがある場合は、その目標・テーマに合わせてデザイン思考をカスタマイズしている」と述べた。

三菱重工フォークリフト&エンジン・ターボホールディングス(M-FET)事業戦略本部 担当部長 松尾淳氏

三菱重工フォークリフト&エンジン・ターボホールディングス(M-FET)事業戦略本部 担当部長 松尾淳氏

その後のパネルディスカッションでは、イノベーション実現のための「チームのつくりかた」「人の巻き込み方」「目標・経営指標の決め方」「組織文化の重要性」といった興味深いトピックが議論の俎上に載せられ、中でもJAL西畑氏はラボを運営する中で感じる思いとして「経営層、部課長、現場の3階層を巻き込まないと、企業のイノベーション実現は難しい」と熱弁。また、「イノベーションの事業化プロセスでは失敗が容認されにくい」「だからこそ失敗が容認される組織文化を、経営者が率先してつくりあげなければ」という流れの中では、M-FET松尾氏が「イノベーションは“多産多死”であってはいけない」と提言した。それを受けて田村氏も、「多産多死を最初から目指すものではなく、仮説を持ちビジネス実験をする自律的チームに対してマネージメント陣が活動領域を統制することと、その時々の失敗から何を学んだのか組織に蓄積・共有することが大事」と意見を述べた。

 

名古屋商科大学ビジネススクール教授、Center of Entrepreneurship Director 澤谷由里子氏

名古屋商科大学ビジネススクール教授、Center of Entrepreneurship Director 澤谷由里子氏

モデレーターの澤谷氏は70分間のディスカッションを次のように締めくくった。

「デザイン思考にしてもスクラムやアジャイルにしても、それらの手法はもともと日本企業の文化の中にあったはず。だから自信を持ってよいと思います。ただし、これまではそうした手法を用いたものづくりに長けていた日本企業ですが、2000年以降はモノも人もあらゆるコンテンツもつながるサービスシステムの創造がビジネス課題となり、変化が大きく不確実性が高まりました。その時代下ではいくら手元にあるデータを分析しても、わかっていることしか出てこない。だからこそ外との共創・コラボレーションによって新たな価値を見つけつつ、『自分が社会に対して何をしたいのか』と、自分自身の中でその意味を考えてほしい。そうすれば社会の見え方が少し変わってくるかもしれません」(澤谷氏)
 

イノベーション実現に向けた“5つのポイント”

こうして3つの主要プログラムが終了。紺野氏はクロージングとして、この日のセッションを5つのポイントにまとめて総括した。

(1)根本原理の転換が起こっている
これまでの常識が通用しない時代がすでに到来していることを肝に銘じなければならない。これからはモノをベースにした機能的価値プラス意味的価値の提供といった価値観から脱却し、“人間中心”に組織と事業をつくる時代である。

(2)イノベーションマネジメント
イノベーションマネジメントは、仕組みと場をしっかりつくることが大事。イノベーションを行うための標準化された仕組みは整備されつつある。ただし実践の場がなければ実現しない。そこでは人間とAIの相互協調のようなことも考えるべきだ。

(3)試行力
Googleのように、中期経営計画を出さなくなった企業が増えている。デザイン思考やリーンスタートアップの根本にある考え方と同様、未来がわからないのなら計画をしなければいい。イノベーションは「試行錯誤をするという仕事」なので、試行力が肝要。そのために細かな失敗は資源である。

(4)主観性
これまで経営学ではサイエンスやロジックといった客観性が大事にされてきたが、これも崩れつつある。自分が何をやりたいのか、それがなければイノベーションは単なるお題目に終わってしまう。各部門から優秀な選抜したようなスーパーチームは、イノベーションプロジェクトを失敗させることが多い。多少ふらふらしていても「やりたい!」という気概のある人を集めたほうが成功しやすいのではないか。

(5)構想力
日本企業には素晴らしい人材や技術があるが、活かしきれていない。それは構想力が足りないから。イノベーションとは目的のこと、と言っても過言ではない。よい目的を持った構想力、どんなデジタル社会が来るのかをステークホルダーとともに考える構想力を磨いてほしい。
 

 

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