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Smarter Business

日本の重要施策であるAI戦略。大同生命×関西学院大学×IBMが取り組むAI人材育成とは

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米倉 秀昭氏

米倉 秀昭氏
大同生命保険株式会社
システム企画部
システム企画課 課長

2018年よりグループの情報システム会社であるT&D情報システムにてデータ・機械学
習などを活用し、大同生命の各種業務の高度化に取り組む。現在は大同生命のシステム企画部門において、システム戦略の立案、営業支援端末やオンラインシステムなど、社内システムインフラの企画業務を担当。

 

巳波 弘佳氏

巳波 弘佳氏
関西学院大学
副学長・情報化推進機構長
工学部教授・博士(情報学)

関西学院大学のAI活用人材育成プログラムの企画・開発・運営に携わる。現在、副学長および情報化推進機構長として関西学院全体のDX推進も手掛ける。研究分野は、数理工学(特にアルゴリズム工学)・数学。さまざまな応用領域において、数理的な研究から実用化まで幅広く手掛ける。

 

小野 宏氏

小野 宏氏
学校法人 関西学院
常任理事
総合企画部 部長

関西学院の将来構想「Kwansei Grand Challenge 2039」、それに基づく中期総合経営計画全般の推進を担当。IBMとの共同プロジェクトには2018年度の初期から関わり、マネジメント面でのリーダーを務める。大学アメリカンフットボール部のディレクターでもある。

 

田中 浩基

田中 浩基
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
タレント・トランスフォーメーション事業部
マネージング・コンサルタント

IBMコンサルティングにおける人事テクノロジー活用のリーダー。AI・データサイエンス・ISVを介した人事のデジタル化が専門であり、計画立案から変革の実現までを一貫して手がける。近年はラーニング DXの実現、事業立案をリード。

AIがビジネスだけでなく、私たちの社会生活にも普及しつつある。その一方でAI人材は世界的に不足し、日本国内においても2030年には最大79万人の人材不足が懸念されているという。そのような情勢を背景に、社員全体のAIリテラシーを底上げしようと、関西学院大学(以下、関西学院)と日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)が共同開発した「AI活用人材育成プログラム バーチャルラーニング版」を導入して社員全体のAIリテラシーを底上げしようとしたのが、大同生命保険株式会社(以下、大同生命)だ。

プログラムの社内導入・運用を進めた、大同生命 システム企画部 システム企画課 課長の米倉秀昭氏、プログラムの開発・展開などに携わった、関西学院大学 副学長の巳波弘佳工学部教授、関西学院大学 総合企画部 部長の小野宏氏、日本アイ・ビー・エム IBMコンサルティング事業本部 タレント・トランスフォーメーション事業部 マネージング・コンサルタントの田中浩基が、日本のAI人材育成と展望について語った。

AI人材の不足は、社会全体の課題である

巳波 弘佳教授
巳波 弘佳教授

――日本におけるAI人材をとりまく課題をどう見ていますか。それぞれのお立場からお聞かせください。

関西学院・巳波 AIはビジネスだけでなく社会全体に広がっています。Society 5.0あるいは第4次産業革命といわれる潮流において、解決が困難だった、または解決までに時間を要したさまざまな分野の課題解決を支援しています。世界はAIにより大きな転換期を迎えているのです。

しかし、社会一般にAIが正しく認識されているのかというと、まだまだ発展途上だと思います。AIの知識や知見を身につけておかなければ、世界の流れから取り残されてしまう。そのためには私たちのような教育機関は、AI時代を見据えた教育を提供していく責務があると思います。

大同生命・米倉 大同生命は、中小企業のお客様を中心に保険と関連サービスを提供しています。ビジネス環境が大きく変化していく中で、お客様により良いサービスを引き続き提供していくためには、私たち自身がビジネスや社会環境の変化に対応していかなければなりません。

AI人材について育成の必要性を考えるようになったのは2016年頃からです。IBMが「IBM Watson」を世に出した時期で、これからのビジネスにおいて、AIとデータ活用が重要になってくると予想しました。

そこで、AI人材やデータ・サイエンティストなどの育成に着手し施策を進めてきましたが、コロナ禍を契機に社会・お客様の価値観が変化し、デジタルシフトが加速するなど、さらなる企業活動の進化に取り組むため、社員全体のリテラシーを高める必要があると考えるようになりました。

IBM・田中 私たちのところにも、2016年頃よりAIをビジネスに活用できないかというご相談が多く寄せられるようになりました。現在に至るまで、増え続けている状況です。

AIはその性質上、一度システムを構築すれば完了ではなく、使い続けて“育てて”いく必要があります。とはいえ、IBMが導入までをご支援した後に、お客様だけで業務活用しAIを高めていくことができるのか、さらにはお客様が顧客や協業する他社に説明できるのか、といった課題を感じることもあります。

その原因としては、お客様の社内にAIを使いこなすことのできる人材が必ずしも十分でないことが考えられます。人材市場を鑑みてもそのような人材は多くないため、社外からの採用も簡単ではありません。さらに、社内で育成しようとしても、有効なノウハウや教材をお客様が独自で用意し育成を推進することは簡単ではないでしょう。これは、AI活用を目指す多くの企業が抱えている課題だと思います。

学生向けに開発された「AI活用人材育成プログラム」

小野 宏氏
小野 宏氏

――そのような背景を踏まえ、学生向けに関西学院とIBMで共同開発されたのが「AI活用人材育成プログラム」ですね。

関西学院・小野 はい。関西学院では、2018年度に「KWANSEI GRAND CHALLENGE 2039」という将来構想を立てました。その前段階として、2016年頃から行っていた未来予測において最も重視した要素の一つがAIで、いち早く「IBM Watson」を発表していたIBMと共同プロジェクトの話を進めました。

関西学院・巳波 産学連携として包括的な共同プロジェクトを開始したのは2017年9月です。一般的に、文系を選択した学生は数学など理系的な分野を学ばなくなります。しかし、Society 5.0ではAIやデータ・サイエンスのリテラシーが求められるでしょう。DXもしかりです。

AI人材の育成という課題を踏まえると、教育機関として「文系・理系に関係なく全員が学べる」プログラムにすることは必須でした。また、AIは社会の中でどのように「使いこなす」のかが大切です。名称に「活用」が入っている理由もそこにあります。教材は、AIをどう活用して、ビジネスや社会課題の解決にどう有効なのかにフォーカスした内容になっています。

――プログラムの内容を簡単に教えていただけますか。

関西学院・巳波 プログラムは10科目で構成されます。全て新規に開発したもので、特徴は、「初めてAIを学ぶ者を念頭に置いている」「ビジネスの視点が取り入れられている」「体系的かつ実践的に知識を習得できる」の3点です。

例えば「AI活用入門」では、AIが必要な社会背景の説明、AIを支える基盤技術、さまざまな企業の活用事例、AIアプリ開発やデータ分析の手法などを学べ、これだけでも基本的なAI活用リテラシーを修得できるようになっています。さらに詳しく学ぶために「AI活用アプリケーションデザイン入門」や「AI活用データサイエンス入門」のほか、プログラミングやUI/UXなども学ぶさまざまな演習科目もあります。

IBM・田中 ビジネスや社会課題への活用を重視しつつも、大学の授業である以上、理論を学ぶことも必要です。そこは先生方の学術的知見をいただき、IBMからはAIが先行している米国や医療業界などのビジネス事例を提供、両者を組み合わせてわかりやすい教材として纏めることができました。

さらに、AIを活用するという視点から、学生が試すことができるクラウド環境とAIの機能もご提供しています。その結果、理論を学び、実際にどのように使われているのかを知り、最後に自分で試すという3ステップで学ぶことのできる効果的なプログラムとなっています。

――学生の反応や学習状況をお聞かせください。

関西学院・小野 2019年に開講した当初、学内からは学生が興味を示さないのではという声も挙がっていましたが、蓋を開けてみると定員の約4倍の学生から応募がありました。翌年は定員を倍増させたのですが、それでも3倍の応募がありました。

2021年度からは、希望する学生全員が受講できるよう、完全なe-ラーニングである「バーチャルラーニング」として開講しています。今はコロナ禍でオンライン授業が当たり前ですが、それ以前から従来のe-ラーニングとは異なる、質の高い学習体験を得られるバーチャルラーニング化に取り組んでいました。

関西学院・巳波 AI技術を活用したTA(ティーチング・アシスタント)チャットボットも用意しています。実は受講生からの質問の大多数は定型的なものであるため、TAチャットボットでも十分に対応できるのです。さらに、要所要所にオンラインテストを用意しており、しっかり学んですべてクリアしなければ修了できません。ちなみに学生の合格率は8割から9割です。簡単ではないのですがよく頑張ってくれています。教える側としてはとても嬉しいことですね。

企業向けに再構築された「AI活用人材育成プログラム バーチャルラーニング版」

米倉 秀昭氏
米倉 秀昭氏

――先にお話しされた「AI活用入門」などの入門系3科目を「AI活用人材育成プログラム バーチャルラーニング版」として企業向けに提供していると伺いました。

関西学院・小野 はい。大学は、教育や研究を主軸とする機関であると同時に、大学の知見を社会に還元するという社会貢献や社会連携も担っています。AIについては、国が重要施策として「AI戦略2019 」を掲げ、毎年、学生50万人、社会人100万人がAIのリテラシーを身につけるという背景もあります。

「AI活用人材育成プログラム バーチャルラーニング版」は、ビジネス・パーソンとして最低限求められるIT、データサイエンス、AIのリテラシーが身につく内容になっています。さらに、いつでもどこでも何度でも学べるオンライン・オンデマンド形式という点も強みです。質の高いプログラムを企業、自治体、他大学に大規模に提供することで社会全体に貢献したいと考えています。

――大同生命は、その「AI活用人材育成プログラム バーチャルラーニング版」を導入されています。AI人材の育成はどのように進めているのでしょうか。

大同生命・米倉 プログラムは2021年の8月に、まずは本社勤務の1500名を対象に導入しており、社員のAIリテラシーの底上げをねらっています。

弊社は、さきに述べたように2016年頃からAI人材の育成は進めてきました。自社で作成したコンテンツによる教育や、外部講師を招いたセミナーといったことです。その結果、データ分析やAI活用により、保険お引き受けの拡大、AIの支援による医務査定業務の効率化といった成功事例も出てきました。

ですが、さらに広くデータやAIを活用してDXを加速させたいという思いがありました。とはいえ、自社だけで取り組むことの限界を感じつつあったのも事実です。

――その中で、このプログラムの導入に踏み切ったのですね。

大同生命・米倉 はい。他社のプログラムも検討しましたが、「事例を紹介しているもの」「実装のためのプログラミングが学べるもの」など、それぞれの工程(点)のみにとどまっているコンテンツが多かったですね。

一方、「AI活用人材育成プログラム バーチャルラーニング版」は、「AIが求められる社会背景」「理論的なAIの理解」といった上流部分から、「実際の活用事例」「実装の知識」までを網羅し、体系立てて学べるコンテンツであることが採用の決め手となりました。オンデマンド形式なので、社員は自分のスケジュールに合わせて学習できます。

――一度に1500人という、大規模な導入に踏み切れたのはなぜでしょうか。また、社員の反応はいかがでしょうか。

大同生命・米倉 この規模感で一気に導入できたのは、以前からAI人材育成について取り組んできた下地があったからだと思います。「これからの時代、データもAIも当然持つべき知識であり、特定の人が持っていればいいというものではない」という経営層の理解があり、全社員に実施すべきだというコンセンサスが取れていたことも大きかったと思います。

社員においては、これまでさまざまなe-ラーニング・コンテンツが社内展開されてきたため、自分のスケジュールに合わせて学んでいくという素地がありました。全体としてみても「よく作られているコンテンツ」という高評価とともに期待通りに進んでいます。

受講により期待される、AIやデータ活用の活発化・高度化

田中 浩基
田中 浩基

――このプログラムによって、どのような効果や展開を期待しているのでしょうか。

大同生命・米倉 企業のAIやデータ活用でよくあることが、マーケティング部門などビジネス側の「何ができるのか?」と、IT部門などデータサイエンス側の「何がしたいのか?」の認識のズレです。

そこで求められる擦り合わせや仮説において、AIの理解がビジネス側にあるか否かで、歩み寄りや協業の活発化・高度化は全く違ってくるでしょう。また、AIの重要性を理解することで、データの収集や蓄積についての意識が全社レベルで上がり、データを活用しようという機運もさらに高まると思います。

今後は、本社部門にて受講した社員からの評価を見ながら、来年度には支社部門へも拡大していきたいと考えています。

――AI人材の育成という取り組みは、まだまだこれから社会に広がっていくと思われます。皆様のご意見をお聞かせください。

関西学院・巳波 AIはさらに普及し、当たり前のものになるでしょう。当然のこととして、知識・スキルを持ってさらにそれを活用できる人材が育たなければ、日本は世界の潮流に取り残されてしまうという危機感を抱いています。AI活用能力を身につけてビジネスを変え、社会を変えていく人材が増えて欲しいと願っています。

これまで大学は、理論を教えることが中心で、実際のビジネスを意識して学びを活用できる能力を育成することが十分とはいえなかったのではないかという反省もあります。今回の取り組みで、社会の声をもっと取り入れ、連携していくための大きな一歩を踏み出せました。引き続き、社会を牽引するような人材輩出のためのプログラムを充実させていきたいですね。

関西学院・小野 現在、このプログラムを採用いただいている企業は、大同生命さんを含め57社に増えました。兵庫県が、県内の中小企業を対象として、受講料の半額を補助する制度をつくるなど新しい動きもあります。AI人材の教育コンテンツという意味ならず、大学が自らのコンテンツを広く外部展開するという意味でも、過去にあまり例のない事ではないでしょうか。

また、科目ごとに、修了すると「オープンバッジ」というデジタル修了証を得ることができます。オープンバッジは、ブロックチェーン技術で管理することによって改ざんができず、国際的にも認められたもので、自分がどんな知識・スキルを習得したのかという「学習歴」を示すことができるものです。

雇用がメンバーシップ型からジョブ型に移行すると言われている状況を鑑みると、オープンバッジにより学びの履歴を常時証明できることは大きなアドバンテージになると思います。これも大学教育のDXの一つですし、教育のあり方にも影響をおよぼすでしょう。

IBM・田中 AI人材の広がりは歓迎すべきことです。AIを導入する企業側にリテラシーがなければ、“導入しただけ”で効果を享受できず、また、将来の活用に対する良い議論も生まれません。お客様側にも知識がある状態で私たちと協業いただければ、お客様でのAI活用の可能性はもっと広がるはずです。そのためにも、経営戦略・人材戦略に則り、AI人材育成を計画的に進めることが大切だと思います。

また、個人目線でお話しすると、AIの知識を得ることはキャリアの自己防衛の一つになります。小野さんがご指摘をされたように、ジョブ型への流れの中で雇用は今よりも流動化していくと予測されます。将来的にAIは必須の共通知識となり、働く先が変わっても求められ、「自分の職種には関係ない」という話ではなくなってくるのではないでしょうか。

大同生命・米倉 業界の垣根がなくなってきており、お客様への価値提供の観点で最適なパートナーとエコシステムを構築しながらやっていくことが、どの業界の企業にも問われていると思います。私たち保険会社を取り巻く環境も、万一の際の保障はもちろん、健康経営支援をはじめとする予防も含めたサービスを提供していくなど、サービスの範囲が拡がっています。

そこでは当然のように、データやAI活用が競争力の大きな源泉になっています。そして今後も、ビジネス環境、社会情勢に応じて絶えず変化していかなければなりません。そのためにも、AIの知識やITにまつわる感度を社員が持つことは、大同生命にとって重要なことだと考えています。