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飲食業界の課題に立ち向かう、たこ焼き調理ロボット「OctoChef」

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取材・文:安田博勇、写真:佐坂和也

「テクノロジーとオープン・イノベーションで、新事業の創出を支援する」というコンセプトのもと、大企業からベンチャーまでさまざまな事業開発支援のきっかけをつくるイベント「IBM BlueHub」。第4期となる「インキュベーション・プログラム」では、「日本の産業をテクノロジーによって変革」することを目的にスタートアップを募集。選ばれた企業に対して、日本IBMが複数のパートナーと協力し、ビジネス戦略、マーケティング支援、テクノロジー活用支援などを通して、スタートアップ企業が羽ばたくためのサポートを提供している。

今回、選ばれたスタートアップは5社。その中の一つであるコネクテッドロボティクス株式会社は、企業向けの調理ロボットを開発し、2018年春にその第1弾としてたこ焼き調理ロボット「OctoChef」のリリースを控えている。同社で代表取締役を務める沢登 哲也氏に、これまでの道のり、調理ロボット誕生までの経緯について話を聞いた。

 

焼き具合の判別にWatsonの画像認識APIを活用

——コネクテッドロボティクス株式会社で開発した、たこ焼き調理ロボット「OctoChef」とはどんな製品でしょうか?

沢登 「OctoChef」のコンセプトは、たこ焼き完成までの「鉄板に油をひくことに始まり、たこ焼きの“種”を鉄板に入れる、たこを入れる、焼いてひっくり返して盛り付ける……」といった一連の作業すべてを、ロボットで代替することです。調理開始から盛り付けまでの時間は、だいたい15〜20分。その間、人間は調理に関する作業の手間が省けるため、食材の下処理や接客に専念することができます。

機構部分の説明をすると、ロボットアームにはユニバーサルロボット社の「UR5」、ロボットハンドとリストカメラはロボティーク社の製品を使っています。そして、たこ焼きがきちんと焼けているか、具体的には形状の焼き色の判別にIBM Watsonの画像認識APIを活用しています。

——なぜ判別にAI技術が必要だったのでしょうか?

沢登 たこ焼きは温度に敏感で、特に鉄板の温度には、熱源の近くとそうでないところでムラが生じてしまいます。OctoChefは鉄板を振動させることで、たこ焼きを少しずつ回転させているのですが、うまく回転しないことがあります。そうした「焼きが甘い」たこ焼きを即座に見つけ、効率よくロボットにアクションさせる必要がありました。そのために必要だったのが、AIの画像認識です。

——搭載するAIとしてWatsonを選んだ理由は?

沢登 最も早くプロトタイプをつくれる点が最大の理由でした。通常のフレームワークを使うとさまざまな作業が必要になりますが、Watson APIならすぐに使うことができます。極論、自社にエンジニアがいなくても使えるほどの完成度で提供されています。ほかのAIだと自由度が高く、細かなモデルを組み上げることはできますが、いかんせん開発には時間がかかってしまいます。

——OctoChefの完成まで、どんな点で苦労されましたか?

沢登 たこ焼きに限らず、調理というのは「再現性」が難しいと考えています。人の手による作業の場合、昨日はうまくいったけど、今日はなぜかうまくいかない——そうしたことが頻繁に起こり得ます。特にたこ焼きは、調理する人によって焼き方に違いが現れやすい。一方で、そうした難しさがあるからこそ、OctoChefのようなロボットが参入する価値があると思いました。苦労した点は再現性を追求することですが、画像認識やセンシングのテクノロジーを組み合わせてそれを実現することに、とてもやりがいを感じています。

OctoChef

コネクテッドロボティクス社が開発したたこ焼き調理ロボット「OctoChef」

 

ロンドンで学んだ多様性のある世界

——大学時代にはNHKが主催するロボットコンテスト(ロボコン)で優勝したこともあるそうですが、その頃からロボットに関心があったのでしょうか?

沢登 出身は東京大学工学部の計数工学科ですが、学外で「RoboTech」というサークル活動でロボコンに参加しました。趣味で始めたサークル活動でしたが、OBや先生方がかなり熱心で、いつの間にか学生側も触発され、優勝を目指すようになりました。当時の経験が、今本気でロボット開発に取り組むことの原体験になっている面はあると思います。また、ロボコンに出場した時「ハードウェアや電子工作については、出場していた高等専門学校出身者には勝てない」と感じ、自分はソフトウェア方面を極めようと考えるきっかけにもなりました。

——東京大学から京都大学大学院情報学研究科へ進み、卒業後にロンドンへ留学されています。具体的にどんなことをされていましたか?

沢登 留学したのは2006年ですが、当時はクラウドソーシング系のスタートアップが出始めた頃で、そうした会社でプログラマーとして働いていました。英国の文化や商習慣の空気を肌で感じましたし、海外の人は何にでも自分の意見を持っているため、日本人にも同様の主張を求めてきます。ロンドンで働いて自己主張の大切さを学びましたし、国籍を問わない多様性の重要性にも気付かされました。その影響もあり、現在の会社で働いているスタッフも多国籍です。さまざまな価値観を持っている人が自己主張をしている環境のほうが、絶対にいいアイデアを生み出せる——そう考えるようになりました。

コネクテッドロボティクスのメンバー

取材当日、職場にいた沢登氏とコネクテッドロボティクスのメンバー

 

産業用ロボットを「飲食」に特化させた理由

——留学から帰国後、飲食業界に就職されています。なぜ飲食業だったのでしょう?

沢登 2007年にロンドンから帰国し、まずは起業しようと思い立ちました。当時は起業ブームのさなか。ソフトウェア開発の経験を生かしてITサービス立ち上げを考えたのですが、自分には合っていませんでした。もう少し実感のあるものをつくろうと考えた際、選択肢の1つが飲食業でした。

——全くの他業種ですが、ITにこだわる必要性は感じなかったのでしょうか?

沢登 感じませんでしたね。現在もエンジニアにこだわるのではなく、社会のさまざまな側面を見て、いずれエンジニアとしての経験と何かが“融合”することに期待しています。さきほどの多様性の話にも通じますが、2つの全く関係のないものが融合した時、今までになかった新しいものが生まれるのだと思います。

——その後、飲食業界とソフトウェア業界で働き、「コネクテッドロボティクス」を設立して間もなく、「OctoChef」を開発されています。

沢登 設立後は1年間ほど、スマホアプリにチャレンジしていたものの、自分には合っていませんでした。それからロボット開発に戦場を移し、中国の工場などに製品を納めていました。ただ、「もっと身近なところでロボットを使いたい」と考えるようになって行き着いたのが、ロボットと飲食との融合でした。

沢登氏

——まさに「いつか融合する」と考えていた世界に辿り着いたわけですね。

沢登 掃除・洗濯はある程度、機械化が進んでいます。でも、調理に関してはあまり進展が見られない。自分は飲食業も経験したし、調理の経験もありました。では「最初に何の調理をロボットにさせるのか」ということを3カ月間くらい考えていたところ、友だちとたこ焼きパーティーを開いたんです。10人くらいが参加したパーティーでしたが、自分でたこ焼きを焼いて提供しました。その時、たこ焼きをうまく焼くことの難しさを実感し、これをロボットができるようになり、美味しいたこ焼きをいつでも再現できたら面白いのでは、と思いつきました。

——OctoChefのビジネス展開については、どう進めていくつもりでしょうか?

沢登 開発中からビジネス化を狙っていましたが、当時は本当に実現できるかあやふやな状態でした。OctoChefは日本の飲食業を劇的に変えるものであり、そこにはしっかりとテクノロジーも使われている——そうしたことを、まずはチームメンバーに周知する必要がありました。そこで目をつけたのが、IBM Blue Hubへの参加です。Blue hubへの参加宣言が、チームの士気を高め、進んでいく方向性を全員で認識するきっかけになりました。

幸い、昨年8月に東京ビッグサイトで開催されたMaker Faire Tokyoに出展し、その後はいくつかの企業——具体的には都内某店舗、そして冷凍食品の生産現場——でOctoChefの導入が決まっています。

 

ロボットで未知のマーケットを開拓する

——飲食業界で産業用ロボットが活用されてこなかった背景をどうお考えですか?

沢登 大きく三つの理由があると考えています。第一に、マーケットの課題。市場のニーズは感じるのですが、開発側としては飲食でロボットを使うこと自体に前例がなく、市場が立ち上がっていません。初期投資も膨大です。開発側の取り分もそれほど大きくはないでしょう。

第二に、技術や安全性の課題。実際に使うのは技術にそれほど明るくないスタッフの方々です。調理スペースが狭い中、安全性への配慮を考えると、すべてをかなえるロボットを開発するのは容易ではありません。そして第三に、これは業界の問題ですが、飲食という新しい分野に参入するだけの人的余裕、経済的余裕がないことが挙げられると思います。

——OctoChefはそれらの課題にどのように挑んでいくのでしょうか?

沢登 マーケットの課題として最も大きいのは「初期投資」だと思いますが、OctoChefのプロトタイプの開発費用は200〜300万円程度です。初期投資としてはかなり抑えられていると自負しています。安全性の面は、2010年代から食品の製造ラインなどで「協働ロボット」の領域が発展しています。OctoChefでもUR5などをうまく活用していて、これにより安全柵が必要なくなるような、ロボットと人間の協働を可能にしたいですね。

沢登氏

——最後に、今後の展望についてお聞かせください。

沢登 今後、仮に日本の人口が増えたとしても、飲食業に従事する人は減っていくかもしれません。もはや人口問題とは関係なく、「人間がやりたくない仕事はやらなくなっていく」わけで、ならばその「やりたくない仕事」をどうすればいいのかを考えた時、テクノロジーが解決する手段になると思います。労働者の最低賃金は上昇していますが、ロボット開発にかかる費用は低下している今こそ、ビジネスチェンジの時です。

OctoChefは数百単位の店舗での展開が見えてきたところであり、大きなビジネスへと発展させていきたいですね。ただ、私たちはたこ焼き専門のロボット会社ではありません。他の飲食のオペレーションを代替するロボットの開発もすでに考えていますし、もっと長期的に考えれば、一般家庭で利用されるようなロボット開発も視野に入れています。