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キメコミアーティスト・イワミズアサコ氏と考える、アートを通じた市民参加型社会

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「Cognitive Designing Excellence(以下、CDE)」の研究会が7月14日にオンラインで行われた。CDEは、人文社会科学系の学問と情報理工系の先端技術を融合し、従来にはなかった概念のもと新しい社会モデルの実現をめざす、東京大学と日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)の協同プログラムで、2019年7月から2022年3月までの予定で行われている。

第11回となる今回のテーマは「市民参加型社会とは」。はじめに、IBMシニア・マネージング・コンサルタントの柴田順子との対談形式で、キメコミアーティストのイワミズアサコ氏が、廃棄される生地を再利用した制作活動を行うかたわら、誰でも自由に参加できるワークショップを開催することへの思いを語った。次に、武蔵大学社会学部メディア社会学科教授の庄司昌彦氏が、デジタルツールを活用した市民参加型社会について講演。その後、参加者たちは4つの分科会グループに分かれ、市民参加型社会のあり方についてディスカッションを行った。

廃棄される生地をアートとして蘇らせるキメコミアート

キメコミアーティストのイワミズ氏が独自に生み出した「キメコミアート」は、江戸時代から続く木目込人形に端を発している。木目込人形は、桐粉(きりこ)などを固めた土台に溝を作り、着物の端切れやさまざまな布を埋め込み、市松人形などを作る伝統工芸品。イワミズ氏は、ファッションデザイナーからアーティストに転身し、2008年から本格的にアート活動をスタートしている。

転身した背景には、2000年前後のファストファッション台頭の流れがある。「洋服はすごく時間をかけて一生懸命生地を選び、大変な思いをして作るけれど、その思いが消費者に伝わりにくい流れができてしまった。ファッションへの限界を感じた」と言う。服の廃棄量は日本だけで年間約33億着弱と言われている。「いいものであることに人が気付けなくなったと感じた」というイワミズ氏は、ファッションではなくアートを通じてもののよさが伝えられるのではないかと考えた。

デザイナーの友人に「作品を作りたい」と言ったら、廃棄予定の生地が段ボール箱2つ分くらい届いたという。ファッションとの結びつきや生地のストーリーを作品に落とし込みたいと、発泡スチロールにカッターで切り込みを入れ貼り付けてみたら「ミラクルが発生」。キメコミアートが誕生した。廃材を生き返らせることに対する思いを柴田が問うと、イワミズ氏は次のように答えた。

「その生地がどのようにやってきたか、背景やストーリーをどう汲んで作品として表現していくかを大事にしています」(イワミズ氏)

一つのアート作品を市民と作ることが生み出すコミュニケーション

イワミズ氏は個展を開催するだけでなく、実演やワークショップもさまざまなところで行っている。デパートや日本一周クルーズの船上、台湾のアートイベント⋯⋯。「体験することが大事。正解はない」と語り、参加者には自由に生地を選んで貼り付けてもらう。実際にイワミズ氏のワークショップに参加し、色とりどりの生地を使うことで「自分の中の意外性をアウトプットできるんじゃないか」と感じた柴田は、「実演することは重要なのでしょうか」と質問。

「どんなふうに作っているんだろうと、みなさんパッと見ただけだと疑問に思うので、ワークショップや実演で体験してもらって、発見してもらいたいという気持ちがあります。一方通行のアートではなく循環させていきたいというのが私のアートのポリシーなので、巻き込みたい」(イワミズ氏)

高松市で行われたワークショップの会場は、商店街のアーケード。買い物客で行き交う場所にテーブルを置き、イワミズ氏が実演しながら市民が自由に参加できるスペースを作った。なかなか参加者は現れなかったが、3日ほど経って孫を連れた参加者が現れ、そこからどんどん参加者が増えたという。中には2時間くらい制作に没頭する人もいたそうだ。

「手を動かして色彩にふれて、生地の触感を感じているうちに楽しくなったんだろうなと思う」と語るイワミズ氏は、自身も「制作活動が楽しい」と微笑む。その楽しさは参加者に伝播し、次のワークショップ開催を心待ちにしている人や、自宅でも作品を作る人が増えた。

CDE参加者から「街中でアートを行うことは、街作りにおいてどんな意味があるのでしょうか」という質問に、イワミズ氏は次のように答えた。

「意味とか意義ではなく、フラッと来て一個のアートを作ることが人と人とのコミュニケーションの場所になったら面白いのではないか。アート作品が日を追ってどんどんできていく。それがコミュニケーションの一つ」(イワミズ氏)

イワミズ氏の講演後、CDE統括エグゼクティブを務めるIBMの的場大輔は、「キメコミアートは3次元だが、プラス4次元なのではないか。作品に生地のストーリーが込められている。それが4次元だと思う。CDEでは、地方創生、遺伝子検査、フードロス・食の貧困、街作りという社会課題に取り組んでいるが、それは単にスマートシティのようにテクノロジーによって解決すればいいのではなく、その地域の人の思いをちゃんと振り返ることが必要。イワミズ氏の講演に合致する」と感想を述べた。

いい面、悪い面もあるテクノロジーによる参加型社会

今回のCDEのテーマは、市民参加型社会について。過去の市民参加型は縦型で、行政の意思決定や評価に対して市民が参加するものだったが、現在の市民参加型社会において行政と市民は対等、あるいは市民が自立的、自主的に行動し、それを行政、NPO、民間企業が支えていく。CDEは「市民の想いを見える化する」「市民が楽しみながら社会の行為を実施する」「市民を巻き込む仕組みがある」の3つを大切にしている。

そこで、東京大学大学院情報学環の客員研究員であり、政府のオープンデータを活用する一般社団法人オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパンの代表理事を務める武蔵大学社会学部教授・庄司昌彦氏が、デジタル化時代の市民参加型社会について解説した。

庄司氏によれば、eデモクラシーという言葉があるように、電子掲示板、SNS、Wikipedia(ウィキペディア)など、市民が協力して情報を持ち寄るツールが社会に浸透すると、民主主義がいい方向に向かうと期待されてきた。

実際に政治を動かした例としては、2004年に韓国で30万人が参加、45万人がネット視聴した盧武鉉大統領の弾劾決議後の抗議行動がある。また、2011年にはアラブ諸国で起きた大規模反政府デモ「アラブの春」、アメリカ経済界に対する抗議運動である「Occupy Wall Street(ウォール街を占拠せよ)」などがあった。しかし、けっして良いことばかりではなく、国際テロ組織「イスラム国」もソーシャルメディアを駆使して土地に縛られず中心のない自由なネットワークを作っており、ある意味参加型社会だと言える。ハッカー集団「アノニマス」もアラブの春などさまざまな事件の裏側で関わっており、テクノロジーによって実現した市民参加型社会はいい面と悪い面の双方を併せ持つ。

オバマ元大統領はSNSを使うことで多くの人々の支援を得たが、2期目の当選時はビッグデータ分析に基づく効果的な選挙キャンペーンを行ったという。2016年に当選したトランプ前大統領も、選挙コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」の心理学的プロファイリングに基づく心理操作手法を駆使して選挙キャンペーンを展開し、問題視された。テクノロジーは有志の人びとがつながる民主的な社会を作るだけでなく、悪用される危険性もあり、また群衆のパワーが炎上という裏返しの形で発揮されるケースもあるのだ。

庄司氏はポジティブな面として、一般社団法人「Code for Japan(コード・フォー・ジャパン)」を紹介。コード・フォー・ジャパンは、技術を持つ人たちが有志で集まり、オープンデータによって社会課題解決や社会貢献を目指すCivic Tech(シビックテック)で、この10年ほど広がってきているという。

「ソーシャルメディアを使って群れを作り、声を届けて政府を直接動かすことも参加型民主主義ではあるが、それは既存の仕組みの中であることは変わらない。シビックテックで見られる動きは、顔が見える比較的狭い範囲でコミュニティーを作り、デジタルツールを使って自分たちで手を動かして解決していく参加型民主主義。それを支えるのはソーシャルメディアなどのプラットフォームです。デジタルは無料で使えるツールが充実している。こういったプラットフォームのうえでグループを作り、活動を活性化させ、スケールさせていくことも非常にやりやすくなっています。次々とチャンジが生まれるのは、私にとって理想的な社会です」(庄司氏)

東京大学公共政策大学院も参加している「チャレンジ!!オープンガバナンス」は、企業や自治体、市民が協力し、データを活用して地域の課題解決に取り組むアイデアコンテスト。行政の取り組みに市民が参加させてもらうのではなく、行政も市民も対等な関係で協働する連携体制を取っている。最後に、庄司氏は次のように語った。

「市民が小さくつながって課題解決するのはいいことだが、エフゲニー・モロゾフは『選択肢も時間も財源もないから、社会の傷にデジタルの絆創膏を貼る』というソリューショニズムに警鐘を鳴らしている。問題の本質的な原因を取り除くのではなく、テクノロジーを使った対処療法、例えば貧困問題の原因を取り除くのではなく、子ども食堂のマッチングに力を入れることになってしまいがち。使いやすいツールを使っていい社会を作っていく動きが盛り上がるのはいいが、より本質的に治療すべき課題がどこにあるのかは忘れてはならない」(庄司氏)

イワミズ氏と庄司氏の講演は、分科会が活動するに当たって非常に示唆に富む内容となっていた。

地域のコミュニティーの力を活かし、社会課題に取り組む

CDEに参加している企業は4つの分科会に分かれ、それぞれ「地方創生」「フードロス・食の貧困」「遺伝子検査」「街作り」の課題に取り組んでいる。今回は分科会ごとに3つのテーマについて議論を行った。1つは「各社会課題に対する取り組みに必要な人びと・コミュニティーとは」、2つ目は「参加する人びと・コミュニティーの楽しみ、喜びとは」、3つ目は「人びと・コミュニティーを、楽しみを目的に巻き込む仕組みとは」。1時間にわたる議論の末、それぞれの考えを発表した。

  • 地方創生に取り組むグループA

「地方には地方独特の壁になるものがたくさんある。そこを壊していかなければならない。そこに対していろいろな思いを持っている人が必ずいる。そういう人たちの思いを、外部のリソースを使いながら発揮させていけるかが鍵になる。これまでは表に出てこなかったけれど、思いを持っている突破力のある協力者が取り組みに必要なのではないか。そういう人を中心に既存のバイアスや障壁をいかに壊していけるか。そういったことが、今回は子どもたちに向けた地域の職業体験をテーマにしているけれど、他のテーマ、例えば失われていく伝統工芸や地域の食にも展開していけるスキームになるのではないか」

  • フードロス・食の貧困に取り組むグループB

「子どもが食品ロス削減によって余った食べ物を食べるということではなく、子どもが進んで楽しくメリットを享受するにはどうしたらいいかということと、永続的な仕組みをどうやって作ればいいかがポイント。『楽しく』ということについては、地域の人びとと一緒に食べる場を作れたら。永続的な仕組み作りはビジネスとして回していかないと難しいという話もあるが、場が楽しければ自然と人が集まり、お互いメリットをギブ&テイクする場が作れるかもしれない。提供する人・提供される人という区別ではなく、同じ気持ちで一緒に入れる場があるといい」

  • 遺伝子検査に取り組むグループC

「個人の情報を預けることに対してハードルを感じている人がいることが課題。健常状態の人も遺伝子検査を受け、発症する前からガンと向き合う社会が当たり前になる社会モデルを作りたい。そのためには、特定の地域、コミュニティーの力が重要。身近なコミュニティー内に検査を受けた事例があると、心理的ハードルは大きく下がるのではないか。職場や好きなものを共有するコミュニティーなどの力を活用し、啓蒙活動を行い、遺伝子検査を行う文化を広げていきたい」

  • 街作りに取り組むグループD

「地方は高齢者人口が多く、今後も増えていく。高齢者がもっと外に出たくなるような仕組み作りを行いたい。例えば、その地方の子どもとペアになって地方の魅力を再発見する。街にQRコードがたくさん埋め込まれていて、スマホ越しに覗くと小学生が学校のプログラムで作ったアバターがVRで出てきて、その場所のコンテンツを説明するといったコンテンツが一つのプラットフォームのような形になっていて、地方の話題がネットワーク化される。地方に移り住むには強烈なインセンティブが必要なので、その前に関係人口を増やしていく視点が必要だと思う」

各グループの発表後、イワミズ氏は次のように感想を述べた。

「地方都市に1カ月滞在して、地元の人とコミュニケーションを取りながら制作することを何回か経験しました。地域の活性化は私も取り組んでいきたい課題。アーティストの目線から地域のコミュニティーとどう絡んでいけるか。企業とアーティスト、地域が協力して何かできたらと感じました」(イワミズ氏)

最後に、IBM常務執行役員の柴田祐一郎から総括があった。柴田はCDEの活動が残り6カ月間となったことにふれ、「個人的にさらに深めたい、深めた知識を用いて企業で新しい活動につなげたい、コミュニティーのリレーションを活用してさらに研究と研究をつないで面白いことを始めたい、大学機関とつながって深い研究がしたいと、それぞれ目的が違うと思いますので、ラストスパートと同時に個々人の目的を達成できるように進めていただきたい」と、CDEとして仕上げとなる今後の活動に期待を込めて呼びかけた。