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仏教僧侶が説く、AI時代にこそ意味を持つ精神性と身体性の調和

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2020年2月13日、第4回「Cognitive Designing Excellence(コグニティブ・デザイニング・エクセレンス=CDE)」が開催され、臨済宗大本山 妙心寺 退蔵院 副住職・松山大耕氏による法話と問答、および東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授・小渕祐介氏による「『音』で作る建築ワークショップ」が行われた。松山氏は、これまでCDEがテーマとしてきた多様性、格差、教養に沿って法話を行い、問答では活発な意見交換が行われた。「真の多様性」とはいかなるものか、仏教と建築という異なる視座から考えを深めていく研究会となった。

 

相容れなくとも、存在を認めることで実現する「真の多様性」

研究会の写真

松山氏は、京都の臨済宗大本山 妙心寺の中にある寺院・退蔵院の長男として生まれ、中学・高校はカトリック系の学校で学んだ。「寺の跡を継ぐ気はなかった」と言うが、東京大学農学部在学中に長野県の農家に住み込んで研究を行った際、正受庵の住職(当時)だった原井寛道氏と出会い、感銘を受けて禅僧になることを決意した。2003年、東京大学大学院農学生命科学研究科を修了し、埼玉県の平林寺で3年半の修行を経て2006年から退蔵院 副住職を務めている。

2011年にはヴァチカンで前ローマ教皇に謁見し、世界のさまざまな宗教家と交流。2013年にはダライ・ラマ14世の後援のもと、ルクセンブルグで諸宗教間交流駅伝に参加。 2014年には世界経済フォーラム(ダボス会議)に出席するなど、宗教の垣根を越えて活動している。

CDEにおいては、多様性と格差について、松山氏は次のように語った。

「最近よく言われるのが『Diversity(ダイバーシティ、多様性)& Inclusion(インクルージョン、包括』。ワンセットのようになっていますが、私は疑問に思っています。diversityという大きい概念の中の一部がinclusionであり、includeできるのであればそもそもdiversityはない。どうしてもincludeできない人を認めることがdiversityだと思います」(松山氏)

「includeできない人」の例として、松山氏は学生時代に訪れたトルコの田舎に住む高齢女性との対話を挙げた。松山氏は女性に「宗教は何ですか」と聞かれ、「仏教だ」と答えたところ、「アッラーを知らないなんて、あなたはかわいそう」と号泣されたという。

「世の中を見渡すと、どうしてもincludeできない人がいる。そういう人たちに『話せばわかる』『一緒になろう』というのはおかしいのではないかと思うのです。相容れないけれども存在は知っている。それが本当のdiversityではないか。さらに言うと、Diversity & Inclusionできる人は傾向として非常にオープンでいろいろなことに好奇心があり、新しいものを取り入れられる人です。いわゆるアッパーの人たちに多いと思われます。includeできない人のことを考えずに、Diversity & Inclusionを進めていくと格差が広がるのではないでしょうか」(松山氏)

もう一つのテーマである教養については、仏教の修行で大事な3要素「徹底的に信じる大信根(だいしんこん)」、「徹底的に疑う大疑団(だいぎだん)」、「強い意志で取り組む大憤志(だいふんし)」を挙げた。そのうえで、「(教養は) “疑うこと”と直結しているのではないか」と意見を述べた。「疑ったうえで、これは何かが違うと気付く力」、「偶然の出会いなどを認知する力」、「第六感、センス」といったものが「人生の充実度を左右するのではないか」と語った。

 

AI時代だからこそ必要な、「修思聞」を通じて習得する身体性

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本日のゲストである松山氏の講演後に行われた、CDE出席者からの質問に答える時間では、挙手だけでなく、匿名で意見を発信できるサービス「Slido(スライドゥ)」からも多くの質問が寄せられた。

「宗教は危機の時代。カトリック系の学校を卒業し、キリスト教と仏教両方を見て、どのように感じ、今後どういうことが起こると考えるか」という質問には、「今は宗教を好きでないという人が多いが、自分の心の問題、スピリチュアルに対する興味は高まっている。それに対して私たちが答えられていないことが問題」だと回答した。

「4年ほど前にヴァチカンで行われた宗教者会議に出席した際、『今は宗教への無関心が世界のマジョリティとなっている。その中で私たちが集まって話す意味は何ですか』と質問したところ、ローマ教皇が『現代においてキリスト教の神父がやるべきことは2つある。1つ目は教会から出ること。教会の中にいたらキリスト教に興味ある人だけしか来ない。自分から教会を出て、人びとが何に困っているか、何に興味があるのかを知らないといけない。2つ目は、教会の外で人と話すときに聖書の言葉は使わないこと。大昔の偉人の話をそのまま引用してもリアリティがない。自分自身の宗教家としての体験を語りなさい』とおっしゃいました。現在の危機は、宗教が社会の変化についていっていないことが一番の原因。昔、人びとは死んだ後のことに興味があった。現在、人びとは今生きることに対して興味がある。そこに私たちが答えを提供できていない」(松山氏)

また「法話にあった第六感、センスを鍛えるに当たっては座禅をするといいのか。あるいはたくさんの知識を頭に入れるのがいいのか」という質問には、「知識はもちろん必要。ただそれだけではなく、身体性が私は重要だと思う」と答えた。

仏教には「聞思修(もんししゅ)」という言葉がある。ものごとを習得するときに、「聞」は教えを聞き、「思」は自分で考え、「修」は実行するということ。セオリーを学んで考えて実行するのが一般的な習得法だ。しかし、禅僧は「修思聞」だと言う。なぜそういうことをするのか、どういう意味があるかを考える前に、とりあえず行ってみる。それを2、3年続けた後、あらためてなぜこの修行が必要なのかを考え、修行が終わってからその歴史や教えを学ぶのだと言う。

たとえば、1〜2年目の修行僧は食事の給仕係をするが、何をしても怒鳴られるそうだ。衣が曲がっている、差し出した手の指の間が曲がっているといった、ちょっとしたことで怒鳴られる。なぜ怒鳴られるのか説明はない。ただそれを続けていると、2〜3年後に、合掌やお辞儀などの立ち居振る舞い、足音までも明らかに新人僧とは違ってくるのだという。そうした修行を経ることで、宗教家として人前に出たとき、人びとが自然と「話を聞きたい」と思うようなオーラを身にまとうことができる。人間は言葉だけでコミュニケーションを行うのではない。むしろ、言葉以外の雰囲気、人間性、表情、声のトーンなど、ノンバーバルなコミュニケーションによるところも大きい。修思聞による修行はそのノンバーバルなコミュニケーションに大きな影響を及ぼすという。

「日本人は呼吸と心と体を整え、調和する“型”を自然に生み出してきた。オーラ、第六感、センスは、こうした心技体のハーモニーがあって生み出されるものだと思う。AIによるバーバルコミュニケーションが可能になる時代だからこそ、ノンバーバルな目に見えないものを積み重ねることが、コミュニケーションに違いを生むのではないか」と松山氏は語った。

最後に、「禅とマインドフルネスの関係は。メディテーション(瞑想)しか行わないとすると、それは欠けているものなのでしょうか」という質問があり、松山氏は次のように語った。

「禅にもマインドフルネスにもそれぞれいろいろな立場があるが、一般的に米国西海岸を中心に流行っているマインドフルネスは功利主義的。そこが禅と一番違う。『ご利益があるから』『パフォーマンスが上がるから』『いいポジションにつけるから』といった理由は、資本主義を強化することにしかなりません。そこから離れたところにいい世界があるのにもったいない。結果的にいい効果はあると思いますが、それはあくまでおまけであって目的ではない。また、マインドフルネスは仏教の八正道(仏教の修行で行うべき8つのこと)のうちの『正念』だけを取り出したものであり、米国的ないいとこ取りの思想のようにも思います。日本の禅は本来的には己事究明、自分とは何かを明らかにすることが大切。良い・悪いではなく異なるものだと思う」(松山氏)

 

「音」を使った建築から見えてくる、一人ひとりの可能性

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次に、前回のCDE 研究会で講義を行った東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授の小渕祐介氏によるワークショップが行われた。小渕氏は「技術の進歩により多様性が広がる反面、誰もが同じようなことを考え、同じような感覚を持つ社会になりつつある。そんな中、人が持つ価値観や能力を最大限発揮できるような作り方がある。いびつながらも自らの手で作り上げたものにこそ『意味』がある」と考えて研究を重ねている。

今回のワークショップは、小渕氏が研究している、人の音に対する感性を生かし、音の発生源に向かってココナッツファイバーを打って積み上げていく建築をベースにして行われた。今の社会では、空間を認識するために視覚に頼ることが多い。人はどのように音を聴いているのか、同じ音でも人によって違って聴こえているのか、それを建築に生かすことができるのだろうか。ワークショップの根底には、そんな問題意識がある。

ヘッドホンをつけ、目をつむった被験者は、音の鳴ると感じた方角にピンポン玉を発射する(発射する機器は研究室の学生がオリジナルで作成)。被験者は事前に複数回実験を行っており、「左側から鳴る音が聴こえにくい」「音が鳴っていると感じたポイントが右側にずれやすい」など、個人的な特性が現れたデータはAIで分析されている。ワークショップでは、そのデータをコンピュータが補正して、音の発生源にピンポン玉が飛んでいきすいように音を鳴らしている。

「その人の持っている可能性をできるだけ生かす。難しいところはコンピューターが補って調整する。ただ、コンピューターを使うことでみんなが同じになるのではなく、バラバラでいい。それが我々の研究のスタンスです。音を使って建築を作るなんて、考えても仕方がなさそうに見えるかもしれません。ですが試行錯誤してみると、目に障がいがある人が音を使ってマラソン競技に参加できるのではないかなど、いろいろな可能性が見えてくるのです」(小渕氏)

小渕氏の言葉は、常識に囚われず「疑う力」を持つこと、そこから何かを見抜く「センス」を持つことなど、松山氏の法話に通じるものがあった。

 

2020年度のテーマは、社会課題を解決するための仕組み作り

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2019年度の研究会は、今回が最後となる。東京大医学大学院情報学環 学際情報学府教授 Ph.D.の中尾彰宏氏が、2019年度を振り返り総括を述べた。

中尾氏は、東京大学が「FSI(FUTURE SOCIETY INITIATIVE=未来社会協創推進本部)(英語)」という取り組みを行っていると紹介。

「これはCDEと同様、地球と人類社会の未来への貢献に向けた協創を効果的に推進する組織です。産学連携で未来を作っていくため、地域連携にも取り組んでいます」(中尾氏)

また、東京大学の「ビジョン2020」では、研究・教育・社会連携・運営という4つの柱で改革を行っている。研究と教育は大学のもともとのミッションだが、そこに社会連携と運営を加えて、「IR×IR(Integrated Report × Institutional Research)」を出すなど、経営を意識した産学連携や社会連携を行うというメッセージになっているという。

「CDEの活動として、2019年度のテーマは『アンコンシャス・バイアスを破壊し、社会課題を認識・理解する』だったが、最終的には未来社会構想個別事業として産学連携ができるといいのではないか。2020年度は『社会課題を解決するための社会モデルをデザインする』ことをテーマに、構想を作成して、社会課題を解決する仕組みと体制のガイドラインを作っていく活動をしたいと考えています」と結んだ。

 

専門家が異分野の知識にふれられる機会を提供するCDEの意義

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次に、東京大学大学院情報学環 学際情報学府教授 博士の須藤修氏が、最近自身が関わったことに絡めて今年度の活動を振り返った。

須藤氏は1月に、内閣府による「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度検討会議」会議に参加。政府が今後力を入れている数理、データサイエンス、AI教育について話し合ったという。また、OECD(経済協力開発機構)では、「ONE AI」という世界から集まった約60人のメンバーで編成される専門家グループを立ち上げ、教育、倫理、哲学、テクノロジーといった分野で縦割りにならないよう活動するそうだ。課題はさまざまあるが、専門家たちが知見を出し合い、加盟国34カ国の政策に反映させる予定だという。

「やはりAIの教育が重要です。エデュケーションポリシーとして、AI関連の数理、データサイエンスなどのスキルを身に付けさせる。それぞれ違う職場で本当に使えるようにするために、コミュニケーションを取りながら、どう運用するかを徹底的に教育する必要がある」(須藤氏)

さらに、松山氏の講演でも語られたように、「五感をフルに使ったうえで、クリティカル・シンキングやクリエイティビティ、共感などをどう教えるか」も重視されていると語る。

2019年12月、IBMと東京大学は、量子コンピューティングの技術革新ならびに実用化に向けたパートナーシップ「Japan–IBM Quantum Partnership」を発表した。IBMが開発した量子コンピューター「IBM Q System One」を日本国内のIBM施設に設置し、量子アルゴリズム、アプリケーション、ソフトウェアの研究や開発の推進に活用し、世界初の実用量子コンピュータの実現を目標とする。また、東京大学とIBMは、世界初となる量子システム技術センターを東京大学キャンパス内に開設。社会的インパクトについて、学生、教職員、企業の研究者らとともに考えていく予定だ。須藤氏はこの活動にも言及した。

「ここでは日本の企業や研究者が集まって新たな価値を形成する。おそらく相当のせめぎあいがあるが、この場はそういう場。松山和尚のお話で言えば、差異は差異として知覚し、そのうえでゆるやかに疎結合*する。そういう戦略で、失敗する可能性があってもチャレンジしたい」(須藤氏)

*システムの構成要素間の結びつき、互いの依存関係、関連性などが弱く、各々の独立性が高い状態のこと

CDEでは、専門性を持った個人が異分野の知識にふれたときに、自身の専門分野の話に「見えてしまった」という個人的な「見立てる力」から創造性が生まれると考えている。2020年度も引き続き、異業種の交流と、そこにプラスして芸術家との相互作用という難しい取り組みを行う。そして、2021年度までの3年を通じて、意識の変革を行い、新しい社会モデルを実現する方法を見出し、世界に発信し続けていく。