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生成AIの活用で大きく変化するファイナンス・サプライチェーン業務

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鈴村 敏央

鈴村 敏央
日本アイ・ビー・エム株式会社
執行役員
コンサルティング事業本部
ファイナンス・サプライチェーン・トランスフォーメーション事業部長

20年以上にわたり、さまざまな業界のサプライチェーン戦略立案や業務改革、システム構想・導入に携わる。近年はAI、IoT、アナリティクスを活用した業務改革プロジェクトを多数リード。現在、IBM コンサルティング事業本部にてファイナンス・サプライチェーン改革にかかるサービス全体とサステナビリティーの責任者を務めている。

生成AIはビジネスのあり方を大きく変える技術として注目されています。しかし、具体的にどこにどのように活用すれば効果が出るのか、逆に効果が得られにくい領域や使い方があるのかなど、まだ十分に理解が進んでいないのが現状です。日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)で長年サプライチェーンのコンサルティングをリードしてきたIBMコンサルティング事業本部の鈴村敏央に、企業による生成AI活用の勘所を聞きました。

サプライチェーン最適化の鍵はデータ活用にある

インタビュー時の様子

――サプライチェーンへのAI活用の取り組みが始まっています。背景にはどのような要因があるのでしょうか。
鈴村 企業のサプライチェーンはさまざまな要因から見直しが求められています。グローバルに広がるサプライチェーンの中で重要資源をいかに安定的に供給するのか、物流の2024年問題によるリソース不足も懸念されています。また不確実な情勢下で世界の経済成長が減速する中、企業には適切な投資が求められていると同時に、コンプライアンス対応のための基盤整備も不可欠です。さらに、カーボン・ニュートラルの実現や人材の確保など、社会・環境面での課題もあります。

一方、企業の取り組みを後押しする技術的な要因もあります。デジタルの活用によって業界をまたいだデータ連携ができるようになり、AIの活用による将来予測の精度向上や生産性の拡大も期待されています。企業の枠を超えたサプライチェーンの最適化や、日本企業の強みである現場力を活かすために、より積極的にデジタルを使っていこうという動きがあるのです。

――デジタル活用を進めるためには、どこから考えたらよいのでしょうか。
鈴村 サプライチェーンのデジタル化で鍵となるのは、データです。サイロ化されたままではデータの利活用はできません。「どんなデータがどこにあるのか、そのデータは利活用できるようになっているのか」を考えることが重要です。

まず、対象となるサプライチェーンのデータを、ビジネス観点とIT観点の2軸で、4象限に整理してみました(図1)。縦軸にはオープンにして活用できる協調領域データと、企業の競争優位の源泉となる非公開の競争領域データがあります。横軸には、数値化されている構造化データと、文書や画像、動画のような非構造化データを置いています。

図1:デジタル化の課題図1

例えば、構造化データを見た場合、協調領域には企業間で連携できるPSIデータ(需要・生産・在庫)、納期、製品価格などがあり、競争領域には製造レシピや工程品質データ、原価構成などがあります。

非構造化データは、協調領域では法令や規制、特許、論文、評価情報などがあり、競争領域では品質改善事例やトラブル対応、各種業務手順書などがあげられます。後者は差別化要素となりうる、いわゆる各企業の「虎の巻」的な情報です。
自社のデータの現状を整理し、利活用可能な状態になっているかを、データ中心型の視点で見ることがスタートのポイントになると考えます。

――企業のデータ活用の現状と課題をどのように捉えていますか。
鈴村 データの活用度合いは大きく変わりつつあります。オープンな構造化データは企業の枠を超えた協調プラットフォームに対応できるように標準化が進み、クローズドな構造化データは業界や自社に特化した自動化や最適化が進められています。

かたや、非構造化データはまさに生成AIの登場によって今、活用機会が広がっています。従来は人間によるチェックや対応が不可欠だったオープンな文書情報を、生成AIに学習させて市場の動向把握やリスク(サプライチェーン上の自然災害、事故等)の検知などを自動化する取り組みが始まっています。また、世界中の拠点に点在している独自のノウハウ、「虎の巻」のような情報も生成AIで読み込ませることで、グローバル規模で活用できる道が開けてきます。

データ活用領域を組み合わせて推進することで価値が倍増する

――ビジネスシーンでは具体的にどのような使い方が考えられますか。
鈴村 データの活用領域を組み合わせることで、企業価値を向上させることができます。
例えば家電メーカーであれば、オープンな非構造化データも活用して向こう3カ月間の需要を予測し、構造化データを連携させることで、企業横断で製造、販売、在庫の計画を作成します。そして、クローズドな構造化データでAIが詳細な生産計画を立案し、生成AIが非構造化データから販促の企画を作成して担当者に提案するといった形です。

こうしたビジネスシーンで使われるITは、生成AIだけではないことも大きなポイントです。従来型のAIやERP、SCMパッケージを組み合わせることによって、価値を生み出すことができるようになります。

――現在、企業では生成AIをどのように利用しているのでしょうか。
鈴村 主な機能と使い方としては次の6つがあります。

  1. RAG(Retrieval-Augmented Generation)
  2. RAG は、外部の知識ベースから事実を検索して、最新の正確な情報に基づいて大規模言語モデル(LLM)が生成する応答品質を向上させるためのフレームワークです。RAGを使って各企業固有の知識ベースを活かしたQ&Aを作成しています

  3. 要約
  4. 会議の議事録や契約文書など大量のテキストを読み込み、ポイントを提示します

  5. コンテンツ作成
  6. マーケティングやプロモーションなど特定目的のコンテンツ生成のため、ドラフトを作成します

  7. 固有表現抽出
  8. 各種レポートなどの構造化されていないテキストから重要情報を識別・抽出し、比較可能な情報へ変換します

  9. 洞察の抽出
  10. ユーザー調査結果やオープンソース・データの非構造化テキスト・コンテンツを分析し、専門分野の洞察を抽出します

  11. 分類
  12. 入力データを読み、ビジネス用語と特定のカテゴリーに基づいて分類を実施します

AI活用で作業効率が向上し、大幅な業務削減も

――それらの機能を実際の業務にはどのように適用しているのですか。
鈴村 いくつか例をあげて説明しましょう。
R&D領域のプロジェクトでは、ベテランの開発エンジニアが作成する写真やグラフを含むさまざまな文書からナレッジを効率的に抽出し、若手開発者が活用できる仕組みづくりにチャレンジしています。RAGを活用して関連ナレッジの効率的な取り込みや、チャット・ツールを使ったナレッジの効果的な活用を実現しようとしています。(図2)

図2:AI適用イメージ図2

生産現場のナレッジ活用のプロジェクトでは、生産設備の保全活動履歴から故障状況の定量的なトレンド分析や対策事例検索を実現しました。AIの活用により、表記やフォーマットがばらばらでも集計・分析が可能となり、10万件以上の保全記録が活用できるようになると同時に、AI故障検索アプリによって現場の作業効率が向上しました。

調達コスト削減のためにもAIが活用されています。購買システムの導入でプロセスは電子化されましたが、購入品の仕様や調達先の見積書式の違いなどにより、従来技術(RPA等)による購入先選定や見積査定の自動処理は困難でした。しかし、生成AIによって非定型の文書を構造化データに変換し、調達・購買部門の調達先候補の検索や見積もりの比較、評価を自動化することで、担当者は調達先の評価や交渉業務に集中できるようになりました。

経費の精算領域では、AI-OCRと生成AIの組み合わせでバックオフィス業務の効率化に取り組んでいます(図3)。企業によって書式も項目も異なる領収書を、OCRでデータ化、生成AIで要約や抽出を行います。必要なデータ構造に変換することで、データ照合の自動化が図れ、従来の約50パーセントの業務削減が見込まれています。

図3:ソリューション概要 width=図3

最後の例は、サプライチェーンの管理業務をAIで支援するプロジェクトです。サプライチェーンで計画外の「例外対応」が発生した場合、担当者には業務の調整やデータの確認、対策シナリオの作成など、多数の作業が発生します。これに対して、IBMではAIと基幹システムとの統合によってデータ連携を実現し、サプライチェーンの受注から調達、生産、出荷まで担当者の業務をAIで支援し、作業時間の短縮と機会損失の削減、変更要請への積極的な対応などにも役立てています。

これらのAI活用は今後さらに適用領域が広がっていき、より効果が出るものへと進化していくことでしょう。

業務変革を成功させるAIへの本質的な理解

――AI活用を成功させるポイントはどこにあるとお考えですか。
鈴村 まずユーザー視点でEnd to Endの活用シーンを描き、実現に向けたプロセスを考えることが重要です。そのためにはAIだけではなく、ERPやSCMパッケージも含め、同時並行的に進めていくためのロードマップを策定する必要があります。
ビジネス・ケースの理解も必要です。単に作業がAIに置き換えられて楽になったということではなく、AIというテクノロジーのメリットを理解して、それを活かしたあるべき姿を追求し続けることがポイントです。

お客様のリーダーがAIを使って自社がどのような方向に進んでいくのかを理解してプロジェクトを進めていくことも重要です。さまざまな作業をAIが行うようになると、人は付加価値のある業務にシフトしていきます。その道を選択するという明確な意思が求められているのではないでしょうか。

――AI導入のリスクを指摘する声も多々聞こえてきます。
鈴村 確かにAIには間違った答えを出すリスクがあります。しかし、だから使わない、ということにはなりません。人も間違いをしますが、組織のプロセスとしてレビューを重ねて判断するなど、全体的な仕組みでカバーしているはずです。AIも結果を評価するプロセスを入れるなど、対策を講ずればよいのではないかと考えます。

――サプライチェーンにおけるAI活用の展望についてお聞かせください。
鈴村 サプライチェーンは特にAIの活用が求められる領域です。これまでは問題が起きてから対処する事後のプロセスに追われることがよくありましたが、AIによって変化を検知して予測できるようになると、迅速に対応できて顧客により大きな付加価値を提供できるようになります。

インタビュー時の様子

また、地政学的なリスクや地球温暖化などグローバルな変化によって対応するべき課題が増加していますが、少子高齢化もあって現場を担う人材は減少しています。AIによって瞬時に選択肢を選定して、対応策の候補を絞り込むことで、人材不足にも大きな効果があります。その意味でもAIの活用シーンは今後ますます増えていくと考えています。