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Smarter Business

対面・非対面を行き来する「これからの時代に求められる営業組織」を作るために

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大森 健一 氏

大森 健一 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部
金融サービス事業部
Roll out Service Development 部長

 

大手都市銀行、事業会社経営を経て、外資系事業再生ファーム、総合コンサルティングファームにおいて、トランスフォーメーション/イノベーションをキーワードに、戦略立案に留まらない具体的かつ計測可能な成果を生み出す現場起点のハンズオン型プロジェクトを、幅広い業界に対して多数手掛ける。その後、地域金融・エネルギー業界のリーダーに就任し、戦略策定・営業改革・マーケティング・支店長トレーニング・IT変革・組織・人事など多岐にわたる領域での支援に従事。IBMでは、大手金融機関向けにAIを中心とした最新テクノロジー活用によるビジネス変革を多数支援し、世の中にない新たなソリューションを複数開発。現在、Data&AIを中心としたイノベーション創出領域におけるThought Leaderとして、多くの金融機関に対してデジタルを核とした事業変革支援を行っている。

営業変革は企業の継続的課題ですが、最新のテクノロジーを現場での実用性視点で徹底的に見極め、俯瞰的に営業体制の中に組み込めている企業は多くないと言えます。特に金融機関には、フィンテックや異業種による新サービスの提供など競合が複雑化する中で、多様化する顧客ニーズへの戦略的な対応が求められています。しかし、最近、金融機関の営業現場に近いマネジメント層の方々とお話しすると、「営業力が過去と比べて大きく低下している」という声が高まっているように感じます。従来から言われている「顧客洞察力や提案・折衝力、組織の持つ専門性活用力」だけでなく、「顧客や業界情報収集力、訪問計画の立て方」といった初歩レベルの課題にまで及んでいるのが特徴です。

このような状況下では、DXという響きのもとビジョン策定などの概念論に終始する議論を繰り返しても、「具体的かつ実践的な処方箋」に落とし込まない限り、今までと同様に根本的な営業組織改革を実現することは非常に困難であると言えるでしょう。加えて、SFA(営業支援システム)/CRM(顧客情報の管理や自動化)の機能見直しといった局地的な議論だけで、“木を見て森を見ず”の解決策で終わらせてはせっかくの変革機会を逃すことになるかもしれません。

本稿では、営業力低下の要因は一体どこにあるのか、解決の糸口を紐解いていくとともに、真の顧客視点および現場視点に立ったデジタル営業変革による、「これからの時代に求められる営業部隊」について解説します。

営業力低下をもたらす要因はどこにあるのか

年齢ピラミッドの歪みや飲みニケーション離れによる、先輩から後輩への研修だけでは伝えきれないノウハウ伝承の断絶、労働時間や顧客情報の管理厳格化による顧客実態把握に費やせる時間の減少や情勢の変化、支店長のプレイングマネジャー化による組織マネジメント力の低下といった表面的な課題は少なくありません。

そのため、独身寮や社宅制度の再評価、若手行員を本部に集約して融資案件管理に集中的に取り組ませる組織体制、双方向型e-learningコンテンツの導入など、このような課題に対応するためさまざまな取り組みも行われてきました。そして、これまでの施策は個々のスキル強化において一定の効果はあったと言えるでしょう。事実、若手・中堅行員とのワークショップを実施しても「もっと良い仕事がしたい」という意欲は高く、新しい取り組みにも真摯に向き合おうとしているように見受けられます。しかし、その一方で、行員の“やる気”頼みだけではなく、もっと本質的な問題を直視していかないと、現場組織は疲弊していくばかりとの声も多く聞かれます。

本質的な問題とは何か。筆者は、多くの金融機関において、現行の営業マネジメントの仕組み、業績管理方法から行動管理、SFA/CRMのシステムに至るまでアセスメントさせていただいていますが、本来営業現場にとって“武器”となるはずのシステムや管理ツール、それらを運用するルールが、逆に現場の営業活動を制限する“足枷”にしかなっていないケースに多々遭遇します。たとえば、20年以上前からほとんど変化していないエクセル管理帳票の数々、それを別の管理システムに転記する新たな作業。さらには、報告用の資料準備のための何回もの事前打合せ、繰り返される修正、部署内資料と報告用資料の二重管理などです。

そのため、「これでは従来業務の上に新しい仕事が積み増されていくばかりで、本質的な営業活動に直結する、より付加価値の高い業務に割く時間など取れるはずもない」という切実な悩みを聞くことも少なくないのです。

従来のやり方や発想から脱却する意識が大切

そのような従来型の思考様式や行動様式を変えていくにはどうすれば良いのでしょうか。以下に2つのご提言をします。

1.今までのやり方を「思い切って捨て去る覚悟」を!
捨て去る勇気を持って業務の断捨離をしない限り、新たなシステム機能やツールを従来のやり方の上に積み上げ続けた「常人では使いこなせない難解なシステム」と日々格闘せねばならず、現場は苦しみから開放されることはないでしょう。そのようなシステム・ツールは思い切って捨て去るべきです。

他業界から入ってきた営業マンでも、直感的に使いこなせるシステムに置き換えるため、現行業務や現行機能を踏襲し網羅するためにシステムを作り込むのではなく、まずは標準営業システムに業務プロセスを合わせてみる、それでも作り込まねばならない機能は極限まで絞り込む/機能から漏れた業務は辞める、といったアプローチへの転換が必要でしょう。日本の金融機関も、「フルオーダーメード」のスーツを脱ぎ捨て、「セミオーダーやパターンオーダー」のスーツに着替える時期に来ているのです。

行員が持っている時間は有限。本当に必要なことをとことん追究し、他は「捨てる/外注する/自動化する」のいずれかで置き換えることをドラスティックに実行すべきです。これは、所管部署が「やめよう」と言わない限り現場は簡単にやめられません、まずは本部の企画開発部門や営業統括部門の率先垂範を期待したい領域です。

2.従来の発想のまま新たなテクノロジーを導入しようとしない
一時期、「とにかくAIを活用して何かをしたい」という要望を多くいただきました。手段と目的が逆ではないかという批判もありましたが、このようなアプローチも何かを変え良くしていくための方法としては、あながち間違っていないと考えています。

大切なのは、新たに出現したテクノロジーの「何がすごいのか。この技術で世の中はどう変わるのか。どう使うのが自分たちにとって最も効果的なのか」。あるいは、他社が先行して挑戦した新たな取り組みについて、「どこをどうやって真似れば良いのか。さらにこれを凌駕するものに仕上げるにはどうすれば良いのか」を徹底的に考え抜くことだと思います。

ひるがえって、従来の思考様式や行動様式を引きずったまま新たなテクノロジーに飛びつくのは悪い例と言えます。たとえば、営業マンに持たせるスマホのGPS機能を使って行動管理をする、音声入力機能でメモを取った訪問時の備忘録まで全て上長がチェックするといった発想です。これでは、営業現場にとっては単なる「管理強化(マイクロマネジメント化)」や「報告・事務作業の負荷増大」になりかねません。

GPSの活用においては、自身の行動計画立案や訪問ルートの振返り、AI活用によるアポイント変更時の修正訪問計画案の提案。音声入力データにおいては、従来の手帳メモ同様、訪問記録作成のための材料として自身での活用に留め、AIによるネクスト・アクションの提案や顧客ニーズ導出のためのトリガーデータとして活用する、というのが正しい使い方であると言えるでしょう。

「これからの時代に求められる営業部隊」を作り上げるための2つの要素

ここからは、本稿のテーマである「これからの時代に求められる営業部隊」を作り上げるための具体的な処方箋についてご紹介します。情勢に照らし合わせると、AIが再注目されてから約5年、ようやく、現在の技術レベルでのテクノロジー実用化における勘所が明らかになりつつあるタイミングです。さらに、新型コロナウイルス感染症の影響によるニューノーマル(新常態)への移行圧力も加わり、まさに今が、新たなテクノロジーを活用し、従来の発想から脱却した“新たな武器”による“新たな戦い方”に切り替えるチャンスです。

筆者は現在、先行して挑戦した新しい取り組み事例を参考として、「自行においてどのように適用・改良し使いこなすか」を熟考し実践するための支援を中心に活動しています。その活動を通して、営業力強化において新たな武器を考慮する上でのキーワードは、「顧客ニーズ洞察支援」「行動・提案のリコメンド」「顧客とのデジタル接点を通じた効率化」、そのための「非構造化データの自動収集」「新たなデジタル顧客接点」「対面・非対面のシームレスでリアルタイムの連携」であると考えています。

そして、これらのキーワードを体現するための、対面・非対面の両面における2つの新しい武器が、「営業支援AIアシスタント」と「新たなデジタル顧客接点」です(以下、図1)。

キーワードを体現するための、対面・非対面の両面における2つの新しい武器が、「営業支援AIアシスタント」と「新たなデジタル顧客接点」です

出典:IBM(図1:対面・非対面の両面における2つの新たな武器)

これらの武器を営業現場が手にすることによって、営業スタイルはどのように変化していくのか。それを現したものが、対面・非対面を縦横無尽に行き来する「これからの時代に求められる営業スタイル」のジャーニーマップ(以下、図2)です。

これらの武器を営業現場が手にすることによって、営業スタイルはどのように変化していくのか。それを現したものが、対面・非対面を縦横無尽に行き来する「これからの時代に求められる営業スタイル」のジャーニーマップ

出典:IBM(図2:対面・非対面を縦横無尽に行き来する「これからの時代に求められる営業スタイル」)

1.営業支援AIアシスタント(対面領域)

まずは、現在の基本的な営業活動において負荷が掛かっている業務をテクノロジーにより代替することが大切です。

「渉外記録作成支援(音声入力対応)」

顧客面談後、記憶が鮮明なうちにスマホに話しかけるだけでテキスト情報に変換したり、顧客面談時の意思確認を目的として録音した音声データを顧客データに紐づけして保存可能。

「会話のきっかけ提供」

渉外記録などのデータからリコメンドされたキーワードを顧客ごとに事前登録しておくことにより、訪問直前にアイスブレイクに使えそうな話題をニュース記事から検索できる。当該企業に関わるビジネスだけでなく、経営者の趣味嗜好や保有銘柄の関連ニュースを提供することも可能。

「ヘルプなび」

出先において、事務手続きや記入例、必要書類やコンプライアンス上の留意事項など、行内にある規定集、マニュアル類をチャットボット形式で検索することが可能。

「ToDo事項のアラート」

期日管理データや顧客キーマンの誕生日などの顧客データ、案件別アタックリストデータなどをもとに、Aさんにとって「今何をやるべきか」を優先順位や地図情報、案件別といったさまざまな切り口で情報提供。

このような基礎機能を提供し既存業務の効率化に目途が立ち始めた段階において、以下のような、営業活動をより高付加価値化する機能の検討によって、営業活動の質向上を目指します。

「地図情報と連携した担保物権管理」

訪問計画立案時や外出中に、近隣の担保物権について地図上で確認しながら謄本情報含めて検索が可能、現地調整のためスマホで撮影した写真をそのまま当該物権データに格納できる。

「遊休地検索」

画像補正と差異分析アルゴリズムにより、空き地と思われる土地を地図上に表示可能(謄本情報とも連携)。

「法人ニーズ導出」

関連ニュースや訪問記録など、当該企業に関わる構造化/非構造、静的/動的データを収集統合し企業特徴データを生成。企業特徴分析により当該企業に想定されるニーズを、AIによりその根拠とともに導出。

「与信稟議事前検討支援」

資金ニーズが顕在化した際、案件稟議作成に当たりヒアリングや資料徴求、条件交渉しなくてはならない事項、過去の類似案件検討資料を相関度の高い順に表示。

2.新たなデジタル顧客接点(非対面領域)

従来、非対面領域においてはバンキングサービス、コールセンター、顧客向けサイト(無料/有料会員制あるいは口座開設・各種申込サイト)といったサービスがそれぞれ別に運用され、対面領域との情報連携についても個別対応が基本であるケースが多かったように思われます。

ここで目指す新たなデジタル接点は、そのようなサービスをワンストップで提供するに留まらず、従来の対面業務を代替する機能を持ち合わせた「対面での顔が見えるリレーションシップ」の延長線上に位置付けるものです。まずは、契約内容の確認対応、徴求資料の授受、申込プロセスの確認といった付加価値の低い訪問活動をデジタル接点に置き換えるところから開始するのが定石と言えます。

出典:IBM(図3:新たな法人顧客向けデジタル接点)

 

「データ共有・デジタルワークフロープラットフォーム」

他行借入残高ヒアリングや月次試算表の徴求、各種依頼資料のやり取りをデジタル化するだけでなく、進捗ステータスや次のToDoを共有しながら業務を進めることができる。

「Web会議・チャットなどデジタルコミュニケーションツール」

訪問を補完するための手段に留まらず、本部の専門家帯同訪問をWebに置き換えるなど、地理的な制約を突破することも可能。

「顧客別にカスタマイズされたポータル画面」

保有口座や取引内容を統合して表示し、経営者、経理責任者、担当者ごとに必要な情報を提供。そのまま担当者ページにリンクされている。

「営業担当者ページ」

プロフィールにとどまらず、個別顧客ごとにメッセージの発信、Web会議やチャットなどの連絡手段とリンクされておりダイレクトにコミュニケーションが可能。

「パートナー企業・グループ企業との協業スペース」

案件紹介や協同提案においてプロセスや情報を共有。

「助成金・制度融資の申請ワークフロー」

緊急融資対応などで受付業務が止まることがないよう、関係機関と連携しデジタルで完結するフローを提供。

「SaaSサービス」

バンキング機能と連動したSaaSによる、財務・人事・総務など業務アプリケーションの提供。

「他サービス連携」

専門事業者のサービス提供プラットフォームとの自動連携。

これらのデジタル接点が充実するに伴い、デジタル上でのトランザクションデータが蓄積されるようになります。このデータを活用することで、より顧客ごとに最適な、下記のようなリコメンド機能を持ち合わせたサービス提供プラットフォームへと成長させることが可能になっていきます。

  • 想定ニーズに基づいたリコメンド
  • 特定のニーズやシーズにもとづいたマッチングやコミュニティースペースの提供
  • データを開示することによるオンライン融資や与信枠の自動設定

これらの機能は、現在のテクノロジーレベルで十分実装可能なものであり、実証された事例も増えています。より必要とされる個別機能から導入していくことも可能ですが、その際に最も留意しなくてはならないのが、全ての機能が対面・非対面を問わずシームレスにつながっていることです。そのためには、上記「図1」にあるように「ユーザー体験を起点としたUI/UXデザイン検討」「データ連携のデジタルプラットフォーム、データ活用・分析基盤といった環境が整っているかの再点検」が大前提となります。

IBMでは、デジタル変革に向けた経営レベルの課題解決を金融業界のお客様と共に推進するための包括的な枠組みである金融サービス向け「オープン・ソーシング戦略フレームワーク」の中核ソリューションとして、「デジタルサービス・プラットフォーム(以下、DSP)」を提供しており、データ利用・分析基盤として活用いただけます。

出典:IBM

コンタクトセンターといった別の非対面顧客接点や営業支援システム(SFA/CRM)、新たなデジタル顧客接点の先にある企業および公共団体など、行内/行外に至る連携を一気通貫で提供可能なSalesforce.comソリューションの活用についても、最近、関心の高まりを感じます。さらに、DSP基盤上で、先述の機能群をSalesforce.comソリューションと連携させてフル活用するための協業体制を強化。増加傾向にあるチャネル全体の再構築の検討から中長期プランの策定、導入に至るまで総合的にご支援するケースに対応可能です。初期診断や現状把握のためのワークショップも開催していますので、ご関心がありましたら、ぜひお声がけください。

最後に繰り返しとなりますが、このようなシステム・ツールを従来の発想のまま導入しても、今まで同様に営業現場は「新しい難解なオモチャ」を押し付けられただけになってしまいがちです。くれぐれも既存のSFA/CRM、営業現場やマネジメントの課題をしっかりと総点検し、まずは“断捨離”を実施することをお勧めします。