S
Smarter Business

デジタル変革を成功に導く、データサイエンティストの育て方

post_thumb

アイ・ビー・エム(以下、IBM)は2018年末、全地域の全部門を対象に、データサイエンティスト認定制度の社内運用を開始した。そしてグローバル団体「The Open Group」への働きかけにより、企業の枠を超えた認定制度がスタートしている。データサイエンティストのキャリアパスを構築することは、企業にとって、デジタル変革を推進するために必要な人材を獲得・育成する重要な取組みであると同時に、データサイエンティスト不足という社会課題の解決に貢献する意義深い取組みである。本記事では、自社でデータサイエンティストを育てようとする企業に向けて、認定制度に関するIBMのこれまでの歩みを紹介する。

 

データサイエンティストの育成がデジタル変革のカギである

データとデジタル技術を活用し、企業のビジネス基盤を再構築する「コグニティブ・エンタープライズ」、そのためのデジタル変革を進めるとき、アナリティクスやAIに関する技術を扱えるデータサイエンティストの獲得・育成は、成功の重要なカギである。一方、データサイエンティストとして働く者の立場から、どのような企業が魅力的かと考えると、データと分析する機会が豊富にあることに加え、共に学び競う仲間がいて、キャリアパス(成長の道筋)とキャリアモデル(お手本とする人物)が整っている企業ではないだろうか。つまり、キャリアパス、キャリアモデルの形成は、優秀な人材を獲得・育成するために、重要な取組みの一つといえるだろう。

データサイエンティストを育成するには、学問・知識の習得に加えて、現実のデータを使って現実の問題を解決する実務の経験が不可欠であり、その機会を最も提供できるのは企業である。そのため、データサイエンティスト不足が世界的に危惧される現在、企業が育成に取組むことは、この社会課題解決に貢献する観点においても意義深い。

 

なぜIBMは認定制度をつくったのか

IBMは、1990年代から業務でのアナリティクスの活用を開始し、現在ではあらゆる部門の業務で、アナリティクスやAI技術を活用している。書籍『IBMを強くした「アナリティクス」ビッグデータ31の実践例』(2014年)のとおり、社内およびお客様のデータ活用を推進するためのカギは、世界第一線のデータサイエンティストを確保することである。データサイエンティストを社内の正式な職種として位置付け、明確なキャリアパスを示すことが重要と考え、2017年、IBM社内にデータサイエンス・プロフェッションボードを発足させた。このボードは、Chief Analytics Officer (CAO)がリーダーを務め、事業部門のビジネス/テクニカルリーダーおよび人事メンバーから構成され、以下のゴールを設定して活動を進めてきた。

  • 認定制度、必要スキル、キャリアパスの策定(特に技術最高職位を目指せるパスの形成)
  • 市場で競争力のある処遇の確保

このゴールに向けて、実績をあげているデータサイエンティストの「特徴、必要なスキル、経験、市場での処遇」などについて調査・分析・整理するほか、月1回実施するボード会議での議論の結果を反映し、部門をまたいで合意形成を進めてきた。認定制度については、「認定基準、認定プロセス、運用体制」を整備し、すべての地域、すべての部門を対象に、2018年末より認定の運用を開始している。

 

認定制度は成長の道しるべでもある

認定審査では、経験の実証を確認することで、期待される役割が果たせることを判断する。実証すべき経験の中で最も大切なものは、プロジェクトにおいて、「分析技術・ツールを活用して分析アプローチを設計・実装した経験」「ビジネス課題を解決した経験」「お客様の納得を得るコミュニケーションを実施した経験」である。プロジェクト経験に加えて、「組織の技術力向上に貢献した経験(出版物、講演、アセット作成、メンタリングなど)」さらには「知識・技能の学習経験」も確認する。

認定レベルは、「L1・L2・L3」の3段階から成り、L1には「上位者による最低限の監督のもとで自立的にプロジェクトを遂行できること」、L2には「上位者による監督なしで難易度の高いプロジェクトを遂行できること」が求められる。L3には、L2までの経験に加えて、データサイエンス領域の業界リーダーとして、会社の戦略や社会課題にインパクトを与えるリーダーシップが求められる。

審査基準は、成長の道しるべとしての役割も果たす。審査に向けた準備において、キャリアを進めるために足りない実績を明らかにすること、これまでの業績を整理すること、未来へのチャレンジを考えることは、個人の成長にとって大切な機会となるからである。また、審査過程で、キャリアモデルとなる上位レベル者からメンタリングを受けるため、成長の歩みをより具体的にイメージできるようにもなるだろう。

 

第三者機関の認定制度を活用する

社内での取組みと並行し、IBMは業界リーダーと共にベンダーニュートラルなグローバル団体The Open Groupへの提案を進めた結果、同団体より、データサイエンティストの資格認定制度が2019年1月に発表された。自社で認定プロセスを構築したい企業は、The Open Groupの認定制度に申込むことができる。IBMはすでに申込みを済ませているため、IBMの制度でデータサイエンティストの認定を受けた社員には、The Open Groupから同レベルの認定が付与される。また個人がThe Open Groupに直接、認定申請を行うこともできるため、独自の社内プロセスを持たない企業でも認定制度を活用できる。

The Open Groupによるこの認定は、MozillaによるOpen Badgesの仕組み、つまり学校教育修了の証として発行される紙の卒業証書に相当する公式な認定を、オンライン学習など多様な形式の教育に対してもデジタルバッジとして発行する仕組みに基づいている。従って、資格の認定を受けた個人は、働く企業・国に関わらず、認定されたレベルのデータサイエンティストであることをバッジにより実証できる。一方企業は、The Open Groupによる認定を、採用・昇進の基準や社員を動機づけるキャリア形成のツールとして活用することができる。

デジタル変革が急がれる現在、データサイエンティストが変革の重要なカギであることは上記で述べた通りである。自社の変革を成功へ進めるためにも、「データサイエンティストを育成するためのキャリアパスを自社に構築する」ことを考えてみてはどうだろうか。

山田敦の写真

山田敦
日本アイ・ビー・エム株式会社
技術理事(Distinguished Engineer)

1995年日本IBMに入社し、東京基礎研究所にて、主に3次元形状処理の研究に従事。コンサルティング部門に異動後、「先進的アナリティクスと最適化」チームのリーダーを務めると共に、データ分析に関するお客様支援を多数実施。著書に、『データサイエンティスト・ハンドブック』(近代科学社、2015年)、『IBMを強くした「アナリティクス」ビッグデータ31の実践例』(日経BP社、監修・翻訳、2014年)がある。工学博士。

 
photo:Getty Images