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Smarter Business

IBMが共創するアジャイル伴走型で、DX実現の突破口を切り拓く

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中塚 房男

中塚 房男
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
金融サービス事業部
金融ソリューション・ストラテジー
DXイノベーション
シニア・マネージング・コンサルタント

金融系を中心としてプログラマーからプロジェクト・マネージャー、アーキテクトまでシステム開発におけるロールを歴任。近年では金融機関におけるアジャイル開発体制の立ち上げやその拡大に従事。Scaled Agile Framework® 5 Program Consultant(SAFe SPC)、PMI Agile Certified Practitioner(PMI-ACP)®、Project Manage-ment Professional(PMP)®。

2020年末から2021年8月にかけて経済産業省からDXレポート2.0と2.1が公表され、「ユーザー企業とベンダー企業の共創の推進」「デジタル産業の姿と企業変革の方向性」が示された。

日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)は、それ以前よりさまざまな企業のDX推進を共創型でご支援しており、「デジタル変革パートナーシップ包括サービス」も発表している。今回は、その経験から、DX推進への突破口となる「アジャイル伴走型」をご紹介する。まずはその必要性に迫って解説していきたい。

ビジネスを難しくしている3つの変化

近年さまざまな変化が同時多発的に押し寄せており、ビジネスとしてどのようにすべきか非常に困難な状況になっている。特に顕著な3つの変化について解説する。

ビジネスを難しくしている3つの変化

出典:IBM(経済産業省 産学連携サービス経営人財育成事業「高度デザイン人財のあり方に関する調査研究」の内容を一部編集)

1つ目は社会の変化である。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行や年々猛威を強めている気候変動や自然災害などが、将来を予測困難にしている。長期的な計画を立ててもすぐに見直しを余儀なくされることが多くなってきているのだ。

2つ目は顧客期待の変化である。売り手の視点でサービスや製品を企画・提供してもニーズが多様化する顧客に幅広く受け入れられることは難しくなってきており、買い手の視点で、より良い顧客体験を設計する必要がある。例えば、デザイナーが用いている思考プロセスである「デザイン思考」など、これからのサービス企画において新しい視点やアプローチ技法が必要になっているのだ。

3つ目はテクノロジーの急激な変化である。近年の技術進化によって、多くの情報がデジタル化されている。デジタルはアナログと比較して、「劣化しない」「移送が一瞬」「編集や変更が容易」といった特徴がある。これらの特徴を活用して、顧客サービス向上や業務効率化を推進し、企業競争力へと転換している企業が力をつけている。さらに、大量のデータを活用して将来の予兆をつかんだり、AIで新しい価値を見出したり、提供したりして企業競争力を高めている。ただし、デジタルの力を味方にするには、幅広くかつ深い技術理解と活用のアイデアが必要であるが、そのようなスキルを持った人材は常に不足しているのである。

これだけの変化に対応していくためには、企業で働く人のマインドセットと環境を変え、順応性を高めることが近道だと考える。IPA独立行政法人 情報処理推進機構から公表された「DX白書2021」では、このような変化に対し「アジャイルな取り組みが必要である」と提唱されている。

IBMは、アジャイルな取り組みを用いたDX推進を、業種を問わずご支援している。以下で、順調に推進されているお客様を念頭に、「アジャイル伴走型」についてご紹介する。

DXを成功に導く「アジャイル伴走型」とは

DXを成功に導く「アジャイル伴走型」とは

出典:IBM

「アジャイル伴走型」を簡潔に表すと、「企業が、顧客の価値を高めるために、企画・実行・学習のサイクルを継続的かつスピード感を持って反復する活動を、あらゆるステークホルダーと伴走型で進めていくこと」となる。

これをシステム開発の場で従来型の開発方法と比較して説明する。

価値創造サイクル
ウォーターフォール型を代表とする従来型の開発では、長めの期間で顧客価値を一気に作り込む。その計画は重厚長大になる傾向があり、長い時間と大量のリソースを投入してサービスを作り上げる。そして、サービスのリリース後は安定した運用と保守維持のために小規模の体制が残ることが通例である。ただし、この体制は顧客ニーズの変化に迅速に対応することを想定しておらず、追加開発に必要となるリソースとスキルを備えていないことが一般的だ。

そのため、価値の追加を検討する際は企画チームが立ち上がり、要件が固まったらまた開発チームを立ち上げる。非常に時間を要する進め方であり、変化に対応することが困難となる。さらに、顧客からのフィードバックを得る機会が長い開発期間中に存在しないため、価値のない機能を作り込んでしまうリスクもある。

一方、アジャイル伴走型では、顧客価値の提供を小さなサイクルで繰り返し行うことによって、顧客に早期の価値提供をしながら、そのフィードバックを得ることで次の価値を高めていくやり方を取る。結果として、同じ期間で比較すると、ウォーターフォール型より多くの価値を提供することも可能となる。

習熟したチームにより、このような価値創造ができれば、従来型と比較して高い投資対効果を目指すことができ、さらにビジネス環境の変化に合わせながら計画を変えて進めていくことができるのだ。

協業方式
従来型の開発はバトン渡し方式と言える。例えば、事業部門がIT部門に開発要件を伝え、IT部門がシステム企画を行い、必要に応じてITベンダーの選定とシステム開発の発注を行う。つまり、企画・開発が進行していくに従って、その主体がバトンを渡すイメージで変わっていくのだ。

この方式で問題になるのは、バトンを渡す段階で全ての要件を伝えきれないことにある。要件を明確にするために多くの時間とリソースを割いて大量の文書を残し、発注が伴う場合は長い時間をかけて交渉と契約を行うが、それでも相手に正確に要件を伝えきることは困難であろう。特に、顧客体験に関する要件は文書表現が困難であり、長い時間をかけて完成させた成果物が、期待していた体験につながらないこともある。修正を依頼しようにも、これまで同意をしてきた各工程の文書成果物や当初計画の開発スコープ、差し迫ったリリース期日などが阻害要因となって、満足のいく結果が得られるような修正を施すことがほぼ困難な状況になってしまう。

一方、アジャイル伴走型では、開発に関わる事業部門・IT部門、発注者・受注者で一体となったチームを組み、開発の工程を共創型で進めていく。当然ながら、アジャイル開発でも品質確保や設計情報の引き継ぎなどのために必要最低限の文書は残すが、人同士のリアルなコミュニケーションを通じてチーム内に暗黙知を形成し、しだいに相手の意図や要望を組み取れるようになることで、より多くの複雑な要件伝達ができるようになるだろう。文書による伝達に頼るだけでない、柔軟なコミュニケーションスキルを持った開発チーム作りが可能になるのだ。

人材調達とノウハウ蓄積
従来型では、開発工程に入ってから開発要員を大幅に増員し、主要なテスト工程が終了したころから大幅に減員していくのが一般的である。この激しい増減が深刻な人手不足を招き、また、多くのノウハウを失うことになる。これは、顧客とのエンゲージメントが重要となるシステムの開発において、顧客の期待を上回る価値を生み出すための原動力を失うことにつながってしまう。

アジャイル伴走型では、発注側と受注側でチームを維持して、開発のペースを維持するスタイルとなる。お互いのコミュニケーションが続いていき、知識・ノウハウも維持していくことが可能であるため、顧客価値を高める開発を継続することができる。実際の事例においてもリリースサイクル毎にチーム全体で振り返りを行っており、続く価値創出のための顧客理解を継続的に深めている。このように養われたノウハウは、企業競争力そのものにつながっていくだろう。

アジャイル伴走型を成功に導くポイント

最後に、このアジャイル伴走型を成功させるために必要なポイントを挙げておく。それは「共創マインドを持つ」「経営層からのフォロー」の2つである。

アジャイル伴走型を成功に導くポイント

出典:IBM

共創マインドを持つ
DXの推進は、さまざまな領域のスキルを持った人材との対話が必要になるため、関係者が同じ立場と目線でパズルのピースを埋めるように協力関係を築かなければならない。ここで「From “FOR” To “WITH”」という考え方をご紹介したい。

「相手(FOR)のためにする」のではなく、「相手も巻き込んで一緒(WITH)にやる」という考え方である。「IT部門が事業部門のためにシステムを開発する」でも、「外部人材がお客様のためにスキルを提供する」でもない。「顧客にとって価値あるものを一緒に作り上げる」というマインドがDXの推進では必要不可欠である。

同時に、このマインドの醸成を阻害する「受発注関係の意識」についてふれておきたい。企業内における予算の出所や、外部人材との協業の際に発生する契約などを鑑みると、一般的に発注側(お金を持っている側)が力関係で上位に立ちやすい。

しかし、発注者側の意識に「お金を出しているのだから立場が上である」や、受注者側の意識に「発注者に従わないといけない(従っていればいい)」といった意識が存在していると、顧客価値を高めるコラボレーションが生まれることはない。パズルのピースを埋めるのはどちらか一方ではなく、チームを構成するメンバー全員であることを忘れてはいけないだろう。

経営層からのフォロー
アジャイルという手法は計画の立て方や進め方、責任分担の考え方や契約方法に至るまで、従来型のビジネス手法と大きく異なる。そのため、企業内に存在する既存のルールや意思決定プロセスに適合しないことが多い。

このため、どれだけ現場にアジャイルで進めていく意思があっても、既存のルールやプロセス、抵抗勢力といった阻害要因を現場だけでは突破することは困難であり、経営層はこの阻害要因を取り除き、変革が進むようフォローしなくてはならない。また、チームを構成する一人ひとりの能力を最大限発揮してもらうため、自由で闊達なコラボレーションの場を生み出すための心理的安全性を、経営層のフォローにより確保することも欠かせない。

最後に

今回は、実際にIBMとともにDXを推進されているお客様の成功事例から「アジャイル伴走型」をご紹介した。IBMではこのモデルで数々の企業のDX推進をご支援している。

これからも、変化の激しい世の中に適応する新しい企業競争力を生み出すエンジンとして、「アジャイル伴走型」でより多くの企業をご支援させていただき、変化の荒波を共創型で乗り越えていきたいと考えている。