生成AIは過去のどのテクノロジーとも異なっています。瞬く間にビジネスと社会を揺るがす存在になりつつあり、リーダーはこれまでの想定や計画、戦略の見直しを迫られています。
こうした変化にCEOが対処するための一助として、IBM Institute for Business Valueは生成AIの調査に基づくガイドをシリーズ化し、12のテーマごとに公表しています。内容はデータ・セキュリティーからテクノロジー投資戦略、顧客体験にまで及びます。今回は第一弾として「人材&スキル」をお届けします。
パンデミック以降、職場は絶えざる変化にさらされてきましたが、そうした流れはさらに強まろうとしています。生成AIは新入社員から経営層のレベルまで、すべての仕事や作業を再定義しつつあります。
IBVが考える、すべてのリーダーが知っておくべき3つのこと:
そして、すべてのリーダーが今すぐ実行すべき3つのこと:
それぞれの詳細を以下にて解説します。
生成AIは結局人間との関わり、つまり、「人」の行う業務処理にどう活用すべきかということが課題になります
機械だけで完結するような最新テクノロジーと異なり、生成AIは人間の能力を拡張します。例えば、市場調査をはじめ、コンテンツ制作やデータ分析、コード開発などといった反復作業が自動化できます。実務への応用も多岐にわたります。顧客サービス担当者が生成AIを使えば定型業務から解放され、営業にもっと時間を割けるようになります。プログラマーは単調なプログラミングの作業が不要となり、コーディングの質やセキュリティーに注力できます。人事担当者は日常の業務プロセスから距離を置き、本来重要な「人材育成」に力を入れることが可能となります。
フィードバック・ループがほぼ瞬時に行われるようになり、ビジネスの新たな展開や成果の拡大が可能となりました。しかし、生成AIが生み出すインパクトは、抽象的なデジタル環境に存在するわけではありません。従業員の専門性を拡張し、組織の能力を高めることによって、競争優位を生み出すところにあります(AI導入に向けた準備については「2. 期待+生成AI」のパートを参照)。
総じて考えると、人事部門は今後、組織が成長していく際の軸となるはずです。しかし、60%の経営層は人事をいわゆる「業務部門」の一つ としかみておらず*、こうした姿勢は生成AIという革命的技術のインパクトを損なうリスクになりかねません。
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生成AIを活用して従業員の力を高めるすべを理解しているリーダーは、自社ビジネスにさまざまな効果をもたらすことができます。生成AIは、意思決定から顧客体験、収益成長に至るまで、ビジネスの多方面に多様なプラス効果を及ぼすと経営層の半数が考えています。
生成AI戦略の中心にはテクノロジーではなく「人間」を据えます
生成AIが従業員に取って代わっているのではありません。生成AIを使いこなす従業員が、そうではない従業員に取って代わっているのです。このため、人材の育成・確保が不可欠であり、何をすべきかについて従業員が理解できるよう支援すべきです。
- 人事を「業務部門」から脱却させます。将来的に従業員が生成AIを使いこなす組織づくりを進める上で、人事部門は戦略的役割を担います。この取り組みをリードすべき人事担当者のリスキリング(学び直し)から、まず始めるべきです。
- 正式かつオープンな形で従業員にフォーカスしたチェンジマネジメント(変革に伴う環境変化を円滑に定着させること)を進めます。そうすることで、社内での生成AIの試行・導入状況を把握するほか、ユースケース(活用事例)や成功・失敗例、新たな学びについて継続的なフィードバックを全社で共有します。
- しかし、何よりも“バイヤーズ・リモース(高額品購入後の後悔)”を避けることです。生成AIの活用に当たってはエシカル(倫理的)なモデルをしっかり持ち、基準や指針、期待を明確化し、全社で共有することが必要です。
ほとんどのCEOは、生成AI導入に向けた自社の準備態勢について、過度に楽観的です
74%のCEOは自社従業員が生成AIについて適切なスキルを持っていると述べていますが、同様に考えるCxO(最高責任者)は29%にすぎません。こうした認識のずれが、不協和音につながり、組織を前進させるために必要な戦略転換を遅らせる一因となります。社内の誰もが生成AI導入に伴う影響を免れません。エントリー・レベルの業務を担う従業員は、77%が2025年までに職務転換を経験するでしょうが、上級役員でも4人に1人以上が同じような経験をすることになります。今後数年で、生成AIの活用は社内のあらゆる職務・職位に浸透していきますが、これはどの企業においても例外なく起こるでしょう。
従業員にとって最も重要なスキルは何かに関し、長年の定説* * が覆されようとしています。生成AIによって我々の技術的能力が向上するというのであれば、組織を大きな成功へ導くために必要な能力とは何でしょうか(「3. 創造性+生成AI」のパートを参照)。
* * STEMは2016年には従業員に求められる最も重要なスキル・ランキングで1位でしたが、23年には12位に下落しました(IBVレポート『自動化とAIが導く「拡張労働力」の世界』p7 図2参照)。
生成AIの用途や期待するメリットを具体化します
企業は従業員による生成AIの試行を促すべきですが、その一方で、データ保護や倫理について適切なガードレール(防護策)を設けることが不可欠となります。生成AIのツールやリソース投資は、最も効果が高く実用的なユースケースに集中させる必要があります。それによって、組織にとっての価値を最適化したり、将来の優先課題に役立つ好事例* * *を提供したりします。生成AIのユースケース候補が400あっても、目移りしてはいけません。まずは上位5つ程度に注力すべきです。
* * *例えば、実証されたユース・ケースやベスト・プラクティスへのアプローチなどを指します。
- 実績と連動した報酬体系をつくり、ビジネス目標とも連携させます。それによって、生成AI導入に向けた従業員の準備態勢を最大化させます。
- イタラティブ(反復型)アプローチで生成AIの導入を進め、従業員がリスクやフェイル・ファースト(早い段階で失敗して学ぶ)をいとわないように後押しします。社内各部門がそれぞれ、生成AIを活かしたさまざまな可能性を見いだし、試行を繰り返すよう推奨します。人事部門の関与を徹底するため、同部門から取り組みを始めます。
- ビジネス部門のリーダーをはじめ、IT(情報技術)・人事両部門のリーダーにも、生成AIを導入した結果について共同で説明責任を負わせます。そうすることによって、全社的にチームワークが強化されるほか、生成AI導入の戦略的重要性が明確化されることになり、社全体のメリットとなります。
創造性は生成AIに関する必須のスキルです
テクノロジーをベースとした変革には高い技術力が求められると考えるかもしれません。しかし、生成AIの場合は必ずしもそうではありません。経営層は口々に、2025年までに自社に最も価値のあるスキルは創造性だと述べています。
では、創造性のある人材の何が重要なのでしょうか。彼らはクレバーです。同僚との協働関係をこれまでにない形で高めることはもちろん、生成AIを“アシスタント”として双方向的に有効に使いこなす方法を見いだすでしょう。経営層の見方では、チーム・ビルディングやコラボレーションのスキルは、ソフトウェア開発やコーディングと同様に重要であり、アナリティクスやデータサイエンスより上位にあります。しかし、最も重要なスキルは創造性です。
自社のオペレーション・モデルを見直し、創造性を自在に発揮します
リーダーは、経営層の進める変化に及び腰になるのではなく、生成AIを自身の業務に取り込むことで、変化に対するオープンな姿勢を示すことが求められています。
- 生成AIのアップスキリング(スキル向上)を全従業員、とりわけ優れた実績者に対する特別な成長機会とします。生成AIは低い業績を高くすることはできません。生成AIがもたらす変化はもはや「進化」ではなく、「革命」的なのです。CxOや管理職が率先して生成AIの活用を始めるべきです。
- 「好奇心」にあふれる組織文化づくりを打ち出し、創造性を高めます。生成AIをチーム・ビルディングの軸に位置付け、従業員が公平性を感じられる組織をつくります。生成AIの活用によって、明確なフィードバック・ループを、それがまだ導入されていないところに新たに導入し、書架のバインダー内にとどまっていた新たな学びやインサイト(洞察)を社内に共有します。
- 業務の在り方を見直すために、生成AIで拡張したプロセス・マイニング(業務ログ・データからプロセスを可視化・分析する手法)を活用します。それによって、業務の在り方を分析し、ボトルネック(問題箇所)や非効率な部分を見つけ出し、いかに修復すべきかを検討します。この中には、意思決定についても幅広く迅速化と質の向上を図ることが含まれます。
先進企業は今まさに人材とスキルについて戦略や対応を見直そうと行動を起こしています。生成AIはテクノロジー面で新たな“同僚”となる可能性を秘めています。企業を成功に導くのは柔軟で強靭なアプローチであり、それによって創造性・実験性・革新性を促進し、さらに、不安を克服し、熱意・包括性・楽観主義に報いるでしょう。
著者について
鈴木久美子(日本語翻訳監修), 日本アイ・ビー・エム株式会社,副社長補佐,IBMコンサルティング事業本部,シニア・マネージング・コンサルタント、HRコンサルタント発行日 2023年7月18日