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量子コンピューティングによるビジネス革命の時、来たる

重要ポイント
量子革命
量子力学は、自然の根本的な成り立ちを説明する学問である。そのため量子コンピューティングは、自然界に存在するプロセスやシステムをモデリングするのに最適な手法であると言える。
量子コンピューティングへの取り組み
テクノロジー企業や競合他社は、予想をはるかに超える速さで量子時代を招来している。量子コンピューティングの学習曲線が急勾配なことから、フォロワー(追従者)的アプローチを取ると、その遅れを取り戻すために膨大な追加コストが必要となる。
具体的な5つのステップ
量子コンピューティングの可能性を評価できる一流の専門家を「量子推進担当者(Quantum champion)」に指名すること。 そのうえで、量子コンピューティングによって競合他社を大きくリードできる具体的な領域を特定するなど。

パラダイム・シフトをもたらす量子テクノロジーを使いこなすための5つの戦略

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量子コンピューティングは、世界に変革をもたらす商用化の段階を迎えつつある。特定の問題を解決するために、量子コンピューターがもつ驚異的な能力を他社に先駆けて採用しようとするアーリー・アダプターは、新たなビジネスモデルの創出につながる革新的進化を手にする可能性がある。先駆的ビジョンを掲げるビジョナリー企業は、「Quantum Ready」(量子コンピューティング適用が整った段階)となるために、新しい量子コンピューティングのエコシステムと連携を始めている。このように、先見の明がある企業は、複雑なビジネス上の問題に対処するためのユースケースや関連アルゴリズムの調査・検討をすでに開始している。本レポートでは、量子コンピューティングがビジネスに引き起こすパラダイム・シフトを考察し、今すぐ行動を起こすべき理由を明らかにするとともに、量子技術への対応により、ビジネス優位性を確立して企業を発展させるための5つの提案を行う。

量子コンピューティングとは?
量子コンピューティングは、自然界における量子力学の法則を活用することで、従来の情報処理のあり方を抜本的に変える。量子のふるまいには「重ね合わせ」と「もつれ」という2つの特性があり、これらを量子コンピューターで活用すれば、従来型(または「古典」)コンピューターでは対応が困難な問題を解決できる可能性がある。
重ね合わせ(Superposition): 従来型コンピューターは、「1」または「0」を使って表現する2進数のビットによって演算を行っている。他方、量子コンピューターは、「1」と「0」だけではなく、量子ビットが取りうる組み合わせ(または「重ね合わせ」)の量子ビットを使用できる。したがって、n個の量子ビットを持つ量子コンピューターは、2のn乗通りの重ね合わせを作り出すことができる。これによって量子コンピューターは、膨大な数の候補の中から、特定の種類の問題について従来型コンピューターよりも効果的に回答を導き出すことが可能となる。
もつれ(Entanglement): 量子の世界では、2つの量子ビットが、たとえ何光年離れた場所にあったとしても、強い相関関係のある動きを示すことができる。量子コンピューティングはこのもつれの性質を使って、対になる量子ビット同士が相互依存関係にあることに基づいて起こるさまざまな問題を符号化して処理する。
量子コンピューターでは、量子の「重ね合わせ(Superposition)」と「もつれ(Entanglement)」という特性を利用して、ビジネス価値を高める最適解を膨大な可能性の中から迅速に探し出すことができる。将来、量子コンピューターは、特定の問題については今日の従来型コンピューターをはるかに凌ぐスピードで解を導き出すことができるだろう(図1参照)。そのため、桁外れに複雑なビジネス上の問題にも対応できる可能性も考えられるようになる。もっとも、今考えられる限りにおいては、従来型コンピューターに限界があるからと言って、すべてが量子コンピューターに取って代わられるということでは必ずしもない。まずは、量子コンピューターと従来型コンピューターを連携させたハイブリッド・アーキテクチャーが開発され、困難な問題の一部を量子コンピューターに「アウトソース」する形が期待されている。
量子コンピューティングについては、すでに一部の業界を変革する可能性が取りざたされている。例えば、現在の計算化学の方法論は、従来型コンピューターでは正確に方程式を解くことができないという理由から、「近似」に大きく依拠している。しかし、量子アルゴリズムであれば、現在では正確にモデリングすることが困難な、長期間に及ぶ分子の精緻なシミュレーションなどを実行できる可能性があることから、革新的な新薬の発見や、医薬品開発にかかる年数の大幅な短縮などが期待されている。

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重要ポイント
量子革命
量子力学は、自然の根本的な成り立ちを説明する学問である。そのため量子コンピューティングは、自然界に存在するプロセスやシステムをモデリングするのに最適な手法であると言える。
量子コンピューティングへの取り組み
テクノロジー企業や競合他社は、予想をはるかに超える速さで量子時代を招来している。量子コンピューティングの学習曲線が急勾配なことから、フォロワー(追従者)的アプローチを取ると、その遅れを取り戻すために膨大な追加コストが必要となる。
具体的な5つのステップ
量子コンピューティングの可能性を評価できる一流の専門家を「量子推進担当者(Quantum champion)」に指名すること。 そのうえで、量子コンピューティングによって競合他社を大きくリードできる具体的な領域を特定するなど。
量子コンピューティングとは?
量子コンピューティングは、自然界における量子力学の法則を活用することで、従来の情報処理のあり方を抜本的に変える。量子のふるまいには「重ね合わせ」と「もつれ」という2つの特性があり、これらを量子コンピューターで活用すれば、従来型(または「古典」)コンピューターでは対応が困難な問題を解決できる可能性がある。
重ね合わせ(Superposition): 従来型コンピューターは、「1」または「0」を使って表現する2進数のビットによって演算を行っている。他方、量子コンピューターは、「1」と「0」だけではなく、量子ビットが取りうる組み合わせ(または「重ね合わせ」)の量子ビットを使用できる。したがって、n個の量子ビットを持つ量子コンピューターは、2のn乗通りの重ね合わせを作り出すことができる。これによって量子コンピューターは、膨大な数の候補の中から、特定の種類の問題について従来型コンピューターよりも効果的に回答を導き出すことが可能となる。
もつれ(Entanglement): 量子の世界では、2つの量子ビットが、たとえ何光年離れた場所にあったとしても、強い相関関係のある動きを示すことができる。量子コンピューティングはこのもつれの性質を使って、対になる量子ビット同士が相互依存関係にあることに基づいて起こるさまざまな問題を符号化して処理する。
量子コンピューターでは、量子の「重ね合わせ(Superposition)」と「もつれ(Entanglement)」という特性を利用して、ビジネス価値を高める最適解を膨大な可能性の中から迅速に探し出すことができる。将来、量子コンピューターは、特定の問題については今日の従来型コンピューターをはるかに凌ぐスピードで解を導き出すことができるだろう(図1参照)。そのため、桁外れに複雑なビジネス上の問題にも対応できる可能性も考えられるようになる。もっとも、今考えられる限りにおいては、従来型コンピューターに限界があるからと言って、すべてが量子コンピューターに取って代わられるということでは必ずしもない。まずは、量子コンピューターと従来型コンピューターを連携させたハイブリッド・アーキテクチャーが開発され、困難な問題の一部を量子コンピューターに「アウトソース」する形が期待されている。
量子コンピューティングについては、すでに一部の業界を変革する可能性が取りざたされている。例えば、現在の計算化学の方法論は、従来型コンピューターでは正確に方程式を解くことができないという理由から、「近似」に大きく依拠している。しかし、量子アルゴリズムであれば、現在では正確にモデリングすることが困難な、長期間に及ぶ分子の精緻なシミュレーションなどを実行できる可能性があることから、革新的な新薬の発見や、医薬品開発にかかる年数の大幅な短縮などが期待されている。
図1
従来型コンピューターをはるかに超えたスピードを実現する、量子コンピューティングの潜在的可能性(IBM の内部分析による)
また、量子コンピューティングにより、今日最も複雑な問題の1つであるロジスティクスの最適化に関しても解決できる可能性があり、これによってコストと二酸化炭素排出量の大幅な削減を実現することも期待されている。例えば、1兆ドル規模の海運業界において、世界規模で経路を改善することを考えてみよう。量子コンピューティングによって、コンテナの使用率や出荷量をわずかでも改善することができるならば、海運業者は数億ドルものコストを削減することが可能となる。先見の明がある企業は、競合他社に先んじることで量子コンピューティングがもたらすメリットを享受すべく、すでに専門知識の蓄積を開始しており、どのユースケースが自身の業界にとって有益となるかを調査している。
量子:エネルギーなどの物理量の最小量または最小単位
Quantum Advantageの夜明け
量子コンピューターが、従来型コンピューターでは解決できなかった一部のビジネス上の問題を解決する、いわゆる「Quantum Advantage」(量子コンピューティングの優位性を活用することが可能な段階)の時代が目前に迫っている。例えば、「Constant-depth quantum circuits(定数深さ量子回路)」は、 従来型の回路よりも強力 であることがすでに実証されている。図2に、特定のビジネス・ユースケースにおけるQuantum Advantageの位置づけを示す。ビジネス・ユースケース毎にQuantum Advantageが、いつ発生するかは不確実性も伴うものの、今後5年間の市場規模予測は、約 5億米ドル 290億米ドル と非常に幅が広くなっている。
図2
Quantum ReadyからQuantum Advantageへ
新しいテクノロジーがもたらす多くのビジネス機会への期待から、量子コンピューティングのエコシステムも加速度的に発展している。量子に関する研究成果をビジネスの世界に適した技術へと転換させるべく、研究者とテクノロジー・プロバイダー間のパートナーシップやスタートアップ企業が次々と誕生している。量子コンピューターを開発しているテクノロジー企業は、すでに各社と提携して、想定されるユースケースの特定や量子アルゴリズムの開発、実際の量子コンピューター上でのソリューションのテストを進めている。このように、量子テクノロジーを持った各企業の取り組みが急速に拡大していることから、最初の商用アプリケーションの誕生も早まるものと期待されている。
ビジネスに合った適切な量子コンピューターを選ぶ
さまざまな種類が存在する量子コンピューターが同じような機能で構成されているわけではなく、またこれらが同じように問題を解けるわけでもない。機能が最も限定されたものから多用途なものまで、 量子コンピューターは通常3つの種類に分類される。 すなわち、「量子アニーリング」、「NISQコンピューティング(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computing)」 、そして「フォールト・トレラント・ユニバーサル量子コンピューティング」である。
量子アニーリング に関しては、「従来型コンピューティングと比べて意味があるほどの加速を実現しない」というのが、科学コミュニティーにおけるコンセンサスである。さらに、量子アニーリングは、フォールト・トレラントなユニバーサル量子コンピューティングへと至る進化の道筋からは外れており、科学界の中では、真の量子コンピューターとは見なされていない。
短期的には、NISQコンピューターが、ビジネス優位性をもたらす可能性が最も高く、現に今、多くの新しいアルゴリズムがNISQのために作られている。さらにNISQコンピューターは、スケールアップを重ねるほど、量子コンピューティングの究極の目標であるフォールト・トレラントなユニバーサル量子コンピューターに近づいていく。そして、従来型マシンよりもはるかに迅速に重要なビジネス課題や科学の問題に対処できることが期待されている。
「物事に対する見方を変えると、物事そのものも変化する」
フューチャー・ショックを避けるために:今すぐ行動しなければならない理由
量子コンピューティングに今すぐ取り組むべき理由とは何であろうか。テクノロジー企業や競合他社は、予想をはるかに超える速さで量子時代を招来している。今日のトレンドを注視している企業は、そうでない企業から業界でのリーダーシップを奪い取る可能性すらある。現在、企業各社は以下3つの理由から、Quantum Readyを進めている。
— 量子コンピューターは、特に金融、ヘルスケア&ライフサイエンス、化学・生物学、材料開発、人工知能(AI)の各分野で、業界のバリュー・チェーンを変革する可能性を期待されている。
— 量子コンピューティングの学習曲線が急勾配なことから、フォロワー(追従者)的アプローチを取ると、その遅れを取り戻すために膨大な追加コストが必要となる。
— 社内で「量子コンピテンシー・センター(量子コンピューティングに係る中枢機能)」の立ち上げに時間がかかる。
「物事に対する見方を変えると、物事そのものも変化する」
量子コンピューターには、業界のバリュー・チェーンを変革できる可能性がある
量子コンピューターは、従来型コンピューターでは難しかった極めて複雑な問題にも対処できる可能性があるため、さまざまな業界を変革することが期待されている。将来の量子コンピューターによって、金融、ヘルスケア&ライフサイエンス、化学・生物学、材料開発、人工知能(AI)を始めとするさまざまな分野で、製品が革新的進化を遂げる可能性がある。そして、これを採用するビジョナリー企業は、市場シェアと収益性を急拡大させるだろう。このような量子コンピューティングの問題解決能力は、競争優位性の定義を一変させるとともに、ビジネスのオペレーションモデルやバリュー・チェーンを変革させ、業界全体を抜本的に変える可能性さえ秘めている。
例えば、通常ロジスティクス・システムの最適化は、「ハブとスポーク」のネットワーク・モデルをベースとしている。大規模なロジスティクス・ネットワークにおいて、多様な要件を満たす個々のポイント間経路を最適な形で設計することは非常に複雑であるため、従来型のスーパー・コンピューターでは、すぐに対応不能な状態に陥ってしまう。このような最適化問題のあらゆる可能性を調べようとすると、たとえネットワーク内に拠点が数百しかない場合でも、処理に何十億年もかかる可能性がある。しかし、量子コンピューティングであれば、この可能性の領域をはるかに短い時間で調査できるはずとされている。例えば、飛行機の運行スケジュールを最適化したい場合、量子コンピューティングでは、ある特定の日に数百もの目的地へ飛ぶ数千人の旅客のニーズに合わせて、その場でフライト・スケジュールを作成することができる。これにより、旅客の移動時間の短縮や空路の混雑緩和、飛行機の燃料コスト削減などのメリットがもたらされる。ロジスティクス・ネットワーク設計の最適化のために、量子コンピューティングによるソリューションを開発する企業は、ロジスティクスが成功の鍵を握る業界において、そのリーダー的地位を一気に引き寄せることができるだろう。
素早いフォロワー(追従者)的アプローチでは、追いつくのに膨大なコストがかかる
より直線的あるいは段階的に発展する技術開発と異なり、量子コンピューティングの場合は、フォロワー(追従者)的アプローチは効果が薄いと考えられる。その理由は以下の通りである。
— 量子コンピューティングの学習曲線の勾配が急である。
— 急激な技術革新に「追いつく」のに膨大なコストがかかる。
量子コンピューターが従来型コンピューターよりもはるかに迅速に問題を解決できるユースケースを考えてみよう。例えば、エレクトロニクス業界または輸送業界向けに、現存する物質と比べて極めて軽量で丈夫な専用素材を設計したとする(図2参照)。このような革命的な素材を迅速に開発したメーカーは、短期間のうちに競合他社を出し抜くことができるだろう。この新たな「量子対応」のマーケット・リーダーは、学習曲線を上昇しつつ、この画期的な素材の微調整を行ったり、他の用途向けにカスタマイズした新素材を開発したりすることで、競合よりもさらに大きな優位性を迅速に確立することが可能となる。
量子コンピューティングはその学習曲線が急勾配であるため、いわゆる迅速な対応をとるフォロワー(追従者)であったとしても、すぐに先行者に追いつくのは極めて困難であることがこの例からわかる。その結果、一部の業界では「勝者総取り」のシナリオをたどる場合もある。たとえ特定のユースケースで追いつくことができたとしても、社内における専門知識の獲得、高性能インフラへのアクセス権の調達、有利なパートナーシップを築くための資金調達、必要な能力を持った企業の買収などのために、膨大な関連コストがかかる可能性が高い。
社内で「量子コンピテンシー・センター」を作るためには時間がかかる
今ではほとんどの企業が量子コンピューティングを認知はしているものの、その多くは、差し迫ったビジネス変革に必要な人材や専門知識を有しておらず、その獲得においても容易ではない状況下にいる。量子コンピューティングを扱える人材自体が限られている上、スキルを持った人材をめぐる熾烈な獲得競争も起こりつつある。
また、適切な人材を獲得できたとしても、量子コンピューティングが既存のビジネスに与える影響についての理解を深めるために、さらに何年も費やす可能性が高い。最近の技術的転換期を例にとると、ビッグデータのワークロードを加速させるためのGPUへの移行に10年近くかかっている。このように、新しいテクノロジーを活用してそのコンピテンシーを発揮させるためには、非常に長い時間がかかることは明白である。
量子技術によってもたらされる、業界を抜本的に変革する可能性、卓越した問題解決能力、そして量子技術に関するスキルを持った人材の獲得が困難である現状を鑑みると、先行者たらんとする企業は、今すぐ行動を起こすべきであろう。
ビジネスのためにQuantum Advantageをつかみ取る
量子コンピューティングの商用化は、ビジネスにとってどのような意味をもつのだろうか。短中期的にみると、量子シミュレーション、量子最適化、およびAI・機械学習の3つの分野でビジネス上の革新的価値をもたらす可能性がある(図3参照)。
図3
想定されるNISQ量子コンピューティングの用途
量子シミュレーション
量子力学は、自然の根本的な仕組みを説明する学問であるため、量子コンピューティングは、自然界のプロセスやシステムをモデリングするのに最適な手法であると言える( IBM、JP Morgan Chase社のケース・スタディーを参照)。この卓越した能力は、例えば、長寿命のバッテリーを開発している電気自動車メーカーに、新たな可能性を切り拓く可能性がある。また、バイオテクノロジーのスタートアップ企業は、患者一人ひとりのニーズに合った新薬を迅速に開発できるようになるかもしれない。電力会社においては、送電コストの削減もあるだろう。肥料の製造がより効率化できれば、世界の農作物栽培に大きく貢献できる可能性も秘めている。
量子最適化
最適化問題を解決する秘訣は、多くの選択肢が存在する状況で、最善もしくは「最適」なソリューションを見つけることである。例えば、宅配便の配送スケジュールを作成することを考えてみる。配送を10件、連続した時間枠でスケジュールする場合、数学的には360万通りもの組み合わせが存在する。だが実際には、受取人による時間指定や遅延の可能性、輸送品の保存可能期間などの変数も加わり、それらを考慮すると、一体どのスケジュールが最適なソリューションとなりうるのだろうか。たとえ近似の技術を適用したとしても、従来型コンピューターで判別するには依然、選択肢数が莫大すぎるのである。そのため、今日の従来型コンピューターは、大幅なショートカットを講じることで、大規模な最適化問題を解決している。しかし、残念ながらそのようなソリューションは、最適な水準に達しない場合も存在しうる。したがって、以下のような企業は、量子最適化によってメリットを享受できる可能性がある。
— ネットワーク・インフラをアップグレードする通信会社
— 患者の治療を最適化する医療プロバイダー
— 航空管制の改善を図る航空機関
— マーケティングキャンペーンをカスタマイズする消費財および小売企業
— 自社のリスク最適化の強化を図る金融サービス会社
— 従業員の作業スケジュールを作成する企業
— クラス開講のスケジューリングを行う大学
最適化問題に関して言えば、量子コンピューティングが指数関数的な加速を実現するということを、まだ誰も数学的根拠を持って示していない中、研究者たちは、日々この命題に試行錯誤を重ねながら取り組んでいる。先見の明がある企業は、競合他社に先んじる形で、すでに量子コンピューティングを用いて最適化問題の解決に挑んでいる。この先見によって示される期待を現実の競争優位性に転換するには、まず最適化問題においてQuantum Advantageが機能することを実証する必要があろう( IBM、JP Morgan Chase社のケース・スタディーを参照)。
  • IBM研究者が量子コンピューター上で史上最大の分子シミュレーションを実施
    『Nature』誌の2017年9月14日号の表紙を飾ったIBMの研究者たちは、量子コンピューター上でこれまでで最大の分子である水素化ベリリウム(BeH2)のシミュレーションを行った。彼らは、NISQコンピューターである7量子ビットのIBM Qシステムのうち、6量子ビットを使用することで、BeH2の基底状態を測定することに成功した。基底状態とは、最低エネルギー状態を指し、化学反応を把握するための重要な測定値の1つである。このBeH2のモデルは、従来型コンピューター上でもシミュレーションが可能であり、量子コンピューターから得た結果を検証することで、さらに複雑な化学反応をモデリングするという、短期的な量子システムの実現に向けた次のステップが切り拓かれた。今まで以上にパワフルな量子システムが構築され、付随するツールや技術が開発されることで、化学とライフサイエンスの分野に画期的なアプリケーションがもたらされるものと期待されている。
    JP Morgan Chase 社、Quantum Advantageを研究
    今日では、数多くの投資商品やポートフォリオの組み合わせ、実現可能な金融シナリオなどが無数にある。したがって、金融アドバイザーにとって、想定されうるすべてのオプションを評価した上で、カスタマイズされた金融ポートフォリオを構築し、それを管理することはほぼ不可能と言っていい。一方、量子コンピューターは、各クライアント固有の評価基準に合わせて、カスタマイズされたリスク・シナリオと評価を実行しつつ、無数の投資オプションの可能性を精査することができる。JP Morgan Chase社は、IBMとの協力を通じて、取引戦略やポートフォリオ最適化、資産評価、リスク分析などの分野でQuantum Advantageを追求しながら、すでに量子コンピューティングの実験に取り組んでいる。実際、コストはかかるものの、その分見返りも大きい。仮に金融機関が量子コンピューティングを使って競争優位を確立できたら、競合他社に追いつかれる前に、クライアントと株主の両方に対して数十億ドル規模の利益を還元することも可能である。
量子強化型のAI・機械学習
量子コンピューティングは、従来型コンピューターでは処理しきれない膨大な可能性の精査ができる能力で、AIの熟練度を向上させることもできる。実際、AIと量子コンピューティングの共生関係から、両分野が発展する好循環が生まれつつある。例えば、量子アルゴリズムによってデータ・クラスタリングの分野で 機械学習を強化できる 一方、機械学習を用いて 量子システムへの理解を深める ことも可能である。
量子対応のコグニティブ・コンピューターは、最終的にはほぼすべての業界で採用されると考えられており、専門職には先進的で高度な意思決定サポートを、従業員には的を絞った即応的なトレーニングを、また顧客には独自にカスタマイズされたベンダーとの柔軟で良好な関係を提供する。
5つの戦略で量子の未来へ突き進む
NISQを早期に導入した企業は、経営モデルを劇的に革新し、業界初の製品を開発することによって、競合他社の機先を制することができる。先駆者としての地位を築きたいなら、今こそ、Quantum Readyとなる時である(図4参照)。
図4
量子の未来への道のり
「自然は古典力学ではなく量子力学に従う…自然を模倣したいのなら、量子力学の法則に則って行うべきである…」
1. 量子推進担当者を選定する
企業は、量子コンピューティングによってどのようなメリットが得られるのか、より深く学ぶべきであろう。まずは、以下の手順から始めることが推奨される。
— 自社において卓越したスキルをもつプロフェッショナルの中から数名を、「量子推進担当者」に指名する。
— 量子推進担当者は、量子コンピューティングについての理解を深めるだけでなく、量子が業界に与える影響、競合他社の対応、ビジネスにもたらされるメリットを把握する責務を負う。
— 量子推進担当者が経営層に定期的に報告することで、自社内での啓発を促進し、進捗状況を戦略目的に適合させる。
「自然は古典力学ではなく量子力学に従う…自然を模倣したいのなら、量子力学の法則に則って行うべきである…」
2. 量子コンピューティングのユースケースや関連する価値提案を特定すべく措置を講ずる
量子推進担当者は、まず量子コンピューティングがどのように機能し、ビジネス上の課題や機会にどのように対処できるかを理解し、そのうえで、量子コンピューティングによって競合他社を大きくリードできる具体的な領域を特定する任を負う。
量子システム独自の能力や、そのアドバンテージを加速させる能力といった視点から機会を評価する。量子アプリケーション開発の進捗状況を量子推進担当者に監視してもらうことで、商用化可能なユースケースの特定を早期化する。量子に関する研究を確実にビジネス成果につなげられるよう、サプライチェーン最適化の新たな方法や画期的な製品・サービスの創出など、できるだけ有望な量子コンピューティング・アプリケーションを選択する。
3. 実際の量子システム上で実験を行う
実際の量子コンピューターに触れることで、量子コンピューティングがどのようなものかを体感する(アクション・ガイドを参照)。量子コンピューティングによって、どのようにビジネス課題を解決できるか、また既存のツールとどのように連携が可能かについて、量子推進担当者に理解してもらう。量子ソリューションが、すべてのビジネス課題に適するとは限らない。推進担当者は、従来型コンピューターでは解決が困難で、かつ最も優先度の高いユースケースに対するソリューションに焦点を当てる必要がある。
4. 量子コンピューティングの導入に向けたロードマップを作成する
現実に実行可能な後続ステップを含む、量子コンピューティングのロードマップを作成する。その際、競争上の大きな障壁や継続的にビジネス優位性を生み出す可能性を、常に念頭に置いて作成する。また、自社のQuantum Readyを加速させるため、新興の量子コミュニティーに参加することも検討する。これにより、特定の量子アプリケーション開発を強化できる研究者や進化する業界アプリケーション、テクニカルなインフラなどにもアクセスしやすくなる。
5. 量子コンピューティングの未来について柔軟な発想を体得する
量子コンピューティングは急速に進化している。数あるテクノロジーや開発ツール・キットの中から、業界標準になりつつあるもの、またはその周辺にエコシステムが形成されつつあるものを探り当てる。新たな革新的進化のために、エコシステム・パートナーの変更も含め、量子開発プロセスに対するアプローチの調整が必要になることを想定しておく。また、長期的視点から、自社の量子コンピューティングのニーズの変化に着目する。特にどのビジネス課題が量子コンピューティング・ソリューションから最もメリットを受けるかが明確になるにつれ、起こるニーズの変化に留意する。
Quantum Advantageをつかむ準備はできているか?
将来にわたって、従来型コンピューターでは絶対に解決できないビジネス上の課題が存在する。したがって、未来のQuantum Advantageに備えて、今こそ、自社の量子対応に着手すべき時である。
— 自社の量子コンピューティングに関する意識や知識は、現在、どの程度の水準にあるか。
— 自社の業界、特にバリュー・チェーンは、量子コンピューティングによって破壊的な影響を受けるか。
— 自社が競争優位を確立する上で、シミュレーションや最適化、機械学習といった領域に関して、特に重要な課題は何か。
— 量子コンピューティングのどのユースケースが、自社のビジネスおよび競争上、最大の価値をもたらすか。
— 競合他社の方が先に量子ソリューションを利用することが判明した場合、どのような対応をとるべきか。
アクション・ガイド
量子コンピューティングへのロードマップ作成に速やかに着手する
企業が量子コンピューティングを導入するまでのロードマップの作成に当たり、以下を行う必要がある。
– 量子コンピューティングとは何か、また業界にどのような影響を及ぼす可能性があるかを理解する。
– 量子コンピューティングによって競争優位を確立しうるビジネス課題を特定する。
– 自社のビジネス課題に、NISQコンピューティング・テクノロジーを適用することで引き出せる潜在的価値を評価する。
– 企業戦略の意図に沿った次のステップも考慮して、量子コンピューティングのロードマップを作成する。
IBM Q Consultingは、コンサルタント、量子研究者、業界専門家を招いた インタラクティブなワークショップ の開催を通じて、量子コンピューティングが企業の事業戦略と将来の成長にどのように適合しうるかの理解促進を支援している。
量子コンピューターを試してみよう
IBM Q ExperienceとQiskitを利用すれば、IBMの量子コンピューターやシミュレーター、教育リソースのほか、量子コンピューティングの研究を行っている共同コミュニティーにも 自由にアクセス できる。量子アルゴリズムと実験は、「Qiskit」と呼ばれるPythonベースのオープンソース・プログラミング・フレームワークを使って開発・実施されている。利用可能なリソースとしては、シミュレーションや最適化問題を解決できる Jupyterノートブック・チュートリアル のほか、量子コンピューティング用の新たなアプリケーションの発見方法や、量子コンパイラーのような新しい機能の開発方法といったトピックを扱う、120本を超える研究論文などが含まれる。化学やAI、あるいは最適化に関する専門家であったとしても、まだ量子コンピューティングに見識が浅い場合は、量子アルゴリズムの幅広いオープンソース・ライブラリーである「Qiskit Aqua」を活用して、広く世界に実在するアプリケーションを検索して、試すこともできる。今日までに、南極大陸も含め、7大陸の企業や教育機関に勤める10万人以上のユーザーが、IBM Cloud経由でIBM Q Experienceを使って、650万件以上もの量子実験を実施している。
アクション・ガイド
量子コンピューティングへのロードマップ作成に速やかに着手する
企業が量子コンピューティングを導入するまでのロードマップの作成に当たり、以下を行う必要がある。
– 量子コンピューティングとは何か、また業界にどのような影響を及ぼす可能性があるかを理解する。
– 量子コンピューティングによって競争優位を確立しうるビジネス課題を特定する。
– 自社のビジネス課題に、NISQコンピューティング・テクノロジーを適用することで引き出せる潜在的価値を評価する。
– 企業戦略の意図に沿った次のステップも考慮して、量子コンピューティングのロードマップを作成する。
IBM Q Consultingは、コンサルタント、量子研究者、業界専門家を招いた インタラクティブなワークショップ の開催を通じて、量子コンピューティングが企業の事業戦略と将来の成長にどのように適合しうるかの理解促進を支援している。
量子コンピューターを試してみよう
IBM Q ExperienceとQiskitを利用すれば、IBMの量子コンピューターやシミュレーター、教育リソースのほか、量子コンピューティングの研究を行っている共同コミュニティーにも 自由にアクセス できる。量子アルゴリズムと実験は、「Qiskit」と呼ばれるPythonベースのオープンソース・プログラミング・フレームワークを使って開発・実施されている。利用可能なリソースとしては、シミュレーションや最適化問題を解決できる Jupyterノートブック・チュートリアル のほか、量子コンピューティング用の新たなアプリケーションの発見方法や、量子コンパイラーのような新しい機能の開発方法といったトピックを扱う、120本を超える研究論文などが含まれる。化学やAI、あるいは最適化に関する専門家であったとしても、まだ量子コンピューティングに見識が浅い場合は、量子アルゴリズムの幅広いオープンソース・ライブラリーである「Qiskit Aqua」を活用して、広く世界に実在するアプリケーションを検索して、試すこともできる。今日までに、南極大陸も含め、7大陸の企業や教育機関に勤める10万人以上のユーザーが、IBM Cloud経由でIBM Q Experienceを使って、650万件以上もの量子実験を実施している。
  • 公開されている研究論文や記事の総合的なレビューのほか、本レポート用に、IBMQに関わるIBMの経営層、科学者、研究者、製品・サービスのマネージャーやコンサルタントとのインタビューも実施した。量子に関連するスタートアップ企業、ベンチャー・キャピタル、大学および量子テクノロジー・プラットフォーム・プロバイダーに所属する該当分野の専門家からも話を聞いた。