金融機関による量子コンピューティング革命実現に向けた布石

最善の時

1748年、アメリカの政治家で発明家のベンジャミン・フランクリンは、「時は金なり」と述べた。この格言の由来は、実に2,000年前のギリシャにまで遡る。これは、ミリ秒単位のアドバンテージが巨額の利益をもたらすグローバル金融サービス業界（FSS：Financial Service Sector）にふさわしい言葉であると言えよう。

この業界の伸びしろは極めて大きい。世界最大級の銀行28社の運用資産は、合計で実に54兆米ドルを超える。米国の株式・債券市場だけ見ても、その時価総額は70兆米ドルを超える。市場がこれほどまでに大きいということは、ポートフォリオの最適化やデリバティブの価格評価、リスク分析、債務不履行確率の計算精度を向上させる新たなアルゴリズムの創出が、グローバルな金融機関とその顧客の長期的成功に対して、広範囲に重大な影響をもたらすことは想像に難くないと言えるだろう。

Quantum advantage

今日の金融サービス環境は最適者生存の原理を体現している。各社は利用できる最適なテクノロジーを駆使し、ごくわずかでも他社との差別化を図ろうとせめぎ合っている。一方、極度に複雑な計算における処理時間の劇的な短縮と精度の大幅な向上を目指し、次世代「量子コンピューティング」の検討をすでに進めているところもある。

量子コンピューティングは、世界のテクノロジー研究所から熱い視線が注がれている分野であるが、金融サービス業界に大きな影響を及ぼすまで、あと数年はかかると見込まれている。しかしながら、自社のビジネスにおける量子コンピューティングの役割や可能性の評価は、今すぐに始めるべきである。例えば、新たに形成されつつある金融サービスの量子エコシステムに参加することから始めても良いだろう。

現在、金融アプリケーションのためのいくつかの量子アルゴリズムが開発、または試験段階にある。

これらのアプリケーションを、量子コンピューター上で実際に必要となる規模で問題なく実行させるためには、更なる研究開発が必要である。その上で、重要な問題の中からどれが将来的に量子アルゴリズムで解決できるのか、その見極めを開始することが必須となる。量子コンピューターが十分な規模と性能を獲得し、量子アルゴリズムを実行できる環境が整ったときに備え、このテクノロジーに対する理解を深める取り組みを進めることが重要である。

金融サービス企業が直面する課題のうち、いくつかの分野は量子コンピューティングで解決可能と考えられている。例えば、債務不履行リスクに基づく資産・顧客・仕入先の分類や選定、変数間の複雑な関係の解析による不正取引やマネーロンダリング等の犯罪活動の検出などが挙げられる。このような課題を解決するためには、往々にして部門横断的で複雑な作業を同時並行的に実施していく必要がある。スピードと正確性に優れた量子コンピューターであれば、間違いなくこのような分野に新たなメリットをもたらすだろう。

先行者利益をつかみ取る

量子コンピューターのプログラミングは、古典コンピューターのそれとは根本的に異なる。習熟度を上げるためには、相応の学習・労力の量をかける必要がある。金融サービス業界において量子コンピューティングを早期に採用する企業は、単にテクノロジーのさまざまな可能性から恩恵を受けるだけにとどまらない。そのような企業は、新たな業界標準となる可能性のある基準の策定を通じて、業界の方向性を決定づけるような存在にもなり得るのである。完全なフォールト・トレラント・ユニバーサル量子コンピューターの実現には、まだ年数を要するだろう。しかしそれでも、重要かつ有望なユースケースが特定されつつあり、ツールやアルゴリズムが開発中で、独自のエコシステムも形成されつつある今だからこそ、行動を起こすことが企業にとって重要である。早期採用に踏み切った企業に伴うさまざまな努力は、Quantum Advantageを達成するという形で結実することになる。

銀行業務における量子の可能性や、それに備えるため企業が今すぐできる取り組みについては、レポート全文をご覧ください。