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来るべき量子コンピューティングの時代に利益を享受するための必要な備え

量子コンピューティングに対応可能な組織となり、量子技術を実ビジネスに活用し利益を上げるために必要な3つの備えとは?

量子システムは最近まで「学者のおもちゃ」程度に考えられてきました。しかし、そうした見方は時代遅れになりつつあります。量子コンピューティングの開発が十分に進み、今まで古典システムでは対処できなかった問題に、量子システムを活用し得る段階にまで到達してきたためです。機敏な組織は着々と態勢を整えています。リーダーが現状を理解し、適応できなければ、競合他社に大きく後れを取ることになりかねません。

量子システムは量子力学を利用することで、古典コンピューターでは長年対応が難しかった課題に取り組むことができます。この潜在能力が多くの企業の背中を押し、量子技術を巡って他社との提携に踏み切ったり、投資戦略を策定したりする動きが進んでいます。

2023年に企業は研究開発予算の7%を量子コンピューティングに投じました。21年からは29%増え、25年までにさらに25%増加するとみられています。別の調査によると、世界の量子コンピューティング市場の規模は23年では8億6,600万ドルでしたが、28年までには43億7,500万ドルに達する見込みで、年平均成長率(CAGR)は38.3%となります。

企業が量子コンピューティングへの対応を急ぐ理由は他にもあります。それは、先行企業ほどその恩恵を受けやすいという点です。

アナリストの予測によると、量子コンピューティングはコスト削減と収益創出の効果を通じて、35年までに4,500億~8,500億ドルの純利益をエンド・ユーザーにもたらす可能性があります。ここで見逃せない重要なポイントは、そうして得られた価値の90%程度は、ほとんどの業界で先行企業が手にする可能性がある、ということです。

量子コンピューティングを取り巻く、こうした大きな環境変化を目の当たりにしたとき、本調査を通じて私たちは次のことを問いかけたいと考えました。「現在、企業は現実のビジネスにおいて、具体的な用途で量子コンピューティングを実用化できる準備がどれほど整っているのか?」

「IBM Institute for Business Value(IBM IBV)」は調査内容をより深く理解するため、量子コンピューティングの実ビジネス活用に向けた準備状況を示す「Quantum Readiness Index(QRI)」を開発しました(後述の「視点」を参照)。この指標は、年間収益が2億5,000万ドル以上の企業565社を対象とした詳細な調査で、最高責任者(チーフ・オフィサー、CxO)から提出された独自データを利用しています。QRIによって、以下のことが分かります。

 

  • 量子コンピューティングに対する企業の準備はどの程度進んでいるか
  • 現在のQRO*に共通する特徴は何か
  • 企業が量子コンピューティングに対応する上で必要となる行動目標は何か

*調査対象企業のうち、QRIスコアが最も高い層(上位10%)を「量子コンピューティングに対応可能な組織(QRO=Quantum-Ready Organization)」と呼ぶことにした。この層の企業の所在国や業種はさまざまだが、共通点が多い

QROの特徴

いずれの企業もそれぞれの業界で高い業績を上げており、10社中8社は効率性と収益性で同業他社を上回っています(図参照)。量子技術の投資回収はまだ先ですが、QROは同業他社の5倍近い価値創出を投資から見込んでおり、投資の過半数(55%)は 研究・実験(24%)、エコシステム参加(16%)、ワークフローの再設計(15%)に向けられています。

同業他社をしのぐQRO

 

本調査は量子コンピューティングへの準備に付随する効果も明らかにしています。QROは現在、今ある量子コンピューティング技術を使ってビジネス上の難題解決にすぐに取り組むことよりも、「イノベーションを加速したい」という意欲が3.5倍、「新規特許を取得したい」が2.5倍高くなっています。「イノベーションの加速や特許取得が将来、ビジネス上の難題解決につながる可能性がある」という考えは、あくまで1つの推測に過ぎないものの、確かに理にかなっています。調査回答者が総じて、「量子コンピューティングの準備に伴う効果で、投資利益率(ROI)が今後10年間に300%以上高まる」と予想する背景には、将来に対するこうした前向きな見方があります。言い換えれば、こうした企業は量子コンピューティングのタイム・トゥー・バリューを認識しているということです。

本レポートでは、量子コンピューティングに対応可能な企業に際立つ以下3つの特徴について考察しています。
 

  • エコシステムを重視している:QROの60%は量子技術関連のエコシステムに積極的に参加し、ユースケースや教育プログラムを取り入れたり、ハードウェアを活用したりしています。一方、最も対応が遅れている組織の93%は、エコシステムの重要性を否定しているわけではないものの、参加は一切していません。
     
  • イノベーターとして周囲にも影響を広げている:QROは量子技術以外の革新技術の導入にも積極的な傾向にあります。実際、最も対応が遅れている組織と比べて、実行しているAIワークロードの量が48%多くなっています。
     
  • 人材育成を推進している:QROは量子コンピューティング導入の最大の障壁とされるスキル・ギャップをより的確に把握し、人材開発の取り組みで3倍近くの効果を発揮しています。この中には、社内における量子人材の育成や、STEM(科学・技術・工学・数学)人材の誘引、学術・研究機関との提携などが含まれます。

本レポートでは、企業が今すぐ量子コンピューティングに対応すべき理由について解説しています。QRO各社の取り組みを紹介するとともに、詳細なアクション・ガイドも盛り込みました。量子コンピューティングの未来へ向け取り組みを進めましょう。

視点:Quantum Readiness Index(QRI)

「Quantum Readiness Index(QRI)」は、量子コンピューティングの実ビジネス活用に向けた準備状況を示す加重平均指標で、評価基準は戦略、オペレーション、テクノロジーの3要素から成ります。それぞれの顧客に関わった当社の経験を基に指標のスコアを加重処理し、そのデータを基に100ポイント満点で計算しました。企業や業界、地域ごとに量子コンピューティングへの準備状況の変化を経時的に追跡できるように作られています。

現在、QRIのスコアに最も大きく影響するのは、オペレーティング・モデルです。このため、同業他社の投資がテクノロジー投資に偏り、人材とイノベーション・プロセスに同程度投資していない場合、量子イノベーション担当チームや管理プロセスに投資を振り向ければ、他社より優位な立場になれるでしょう。

しかし、QRIの全体スコアは100ポイント満点で22ポイントにとどまり、全業種・全地域で量子コンピューティングへの準備度合いが低いことを示しています。

量子コンピューティングの実用性が急速に高まるに従い、組織的に対応準備を進める上で、戦略およびテクノロジーの能力が重みを増してくると予想されます。

QRI
オペレーションやテクノロジー、戦略にわたる包括的な指標


 

*DevSecOps は「開発(Development)」「セキュリティー(Security)」「運用(Operation)」の略。ソフトウェア開発の初期設計から統合、テスト、実装、デリバリーまですべてのフェーズでセキュリティーの統合を自動化すること

「全体像をしっかり示すことができるプロバイダーを探すことだ。現在のプログラミングはハードウェアに非常に依存することにも留意が必要だ。ただ、5 年もすれば自動化されるだろう」

東京エレクトロン
フェロー
関口章久博士


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著者について

Heather Higgins

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, Partner, IBM Quantum Industry & Technical Services


Gaylen Bennett

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, IBM Quantum Industry & Technical Services, Infrastructure


Veena Pureswaran

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, Research Director, Quantum Computing and Emerging Technologies, IBM Institute for Business Value


西林泰如(日本語翻訳監修), パートナー 兼 Quantum Industry & Technical Services Japan Lead,先進テクノロジー事業戦略コンサルティング

橋本光弘(日本語翻訳監修), アソシエイト・パートナー 兼 IBM Quantum Ambassador Japan Lead,先進テクノロジー事業戦略コンサルティング

櫻井亮(日本語翻訳監修), シニア・コンサルタント,先進テクノロジー事業戦略コンサルティング

竹折光晴(日本語翻訳監修), Principal Quantum Computational Scientist, Certified Expert Data Scientist, Quantum Industry & Technical Services Japan Tech Lead,IBM Research

発行日 2023年11月20日

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