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量子コンピューティングの活用に向けた布石:金融サービス業におけるユースケース探索

重要ポイント
量子が実現するスピードと正確性
金融機関は、従来の古典コンピューティングでは不可能な処理能力の実現を目指し、量子コンピューティングの可能性を探究している。
実験的システム
金融サービス領域では、すでに量子システムの適用が最も有望視されている「ターゲティングと予測」、「トレーディングの最適化」、「リスク・プロファイリング」の3つの領域において、ユースケースの試験と開発に量子コンピューティングが導入されている。
時機到来
今まさに、検討に着手することが肝要である。早期に量子コンピューティングを採用する金融機関は、従来の古典コンピューティングにこだわる金融機関が決して巡り会うことのできない裁定機会を得る可能性がある。

新たに登場した量子技術で、金融業界が抱える諸問題を解決

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金融サービス業界の歴史をひも解くと、非常に困難な問題を物理学の応用によって解決してきた過去が、少なからず存在していることがわかる。例えば、ブラック・ショールズ方程式は、ヨーロピアン・コール・オプションなどの金融商品の経時的な価格決定に、ブラウン運動の概念を応用している。

新たに登場した量子技術も、特に不確実性が高く、制約条件がついた最適化問題などに利用されることで、先行採用した金融機関には大きな利益をもたらすだろう。競合他社には捉え切れない裁定機会を、自社が計算によって捉えられるようになった状況を想像してみてほしい。そのほか、量子コンピューティングに期待される具体的メリットには、コンプライアンスの徹底、行動データの活用による顧客エンゲージメントの向上、市場のボラティリティーへの素早い対応といったことがあげられる。

量子コンピューティングがもたらす、この途方もなく大きな優位性の源泉はどこにあるのだろうか。量子コンピューティングによって解決可能な問題の領域は桁違いに広く、従来の古典コンピューティングの最上位機種をもってしても太刀打ちできない。これは、能力を2倍にするには、従来の古典コンピューティングの場合、使用するトランジスタの数を約2倍にする必要があるが、量子コンピューティングの場合、わずか1量子ビットの追加で対応することができる。

量子コンピューティングの幅広い商用利用はまだ数年先になる見込みだが、特定領域のビジネス問題については、今後3~5年以内に画期的な製品・サービスが登場するものと期待されている。

金融機関は、量子コンピューティングを活用することで、以下の業務プロセスを再構築できる。

– 顧客理解のための顧客マネジメントや信用の創出、オンボーディングなどフロントおよびバックオフィス業務改善

– 資金管理やトレーディング、資産運用の効率化

– リスク管理やコンプライアンスなどの業務最適化

量子のユースケースにみる大規模で複雑な問題の解決
金融サービス領域に固有の量子コンピューティングのユースケースは、基本的に「ターゲティングと予測」、「トレーディングの最適化」、「リスク・プロファイリング」の3つの領域に分類できる。
本レポートでは、領域ごとに想定されるユースケースを検討し、銀行、証券、保険の3つの主要な金融サービス業界への適用事例を紹介する。

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重要ポイント
量子が実現するスピードと正確性
金融機関は、従来の古典コンピューティングでは不可能な処理能力の実現を目指し、量子コンピューティングの可能性を探究している。
実験的システム
金融サービス領域では、すでに量子システムの適用が最も有望視されている「ターゲティングと予測」、「トレーディングの最適化」、「リスク・プロファイリング」の3つの領域において、ユースケースの試験と開発に量子コンピューティングが導入されている。
時機到来
今まさに、検討に着手することが肝要である。早期に量子コンピューティングを採用する金融機関は、従来の古典コンピューティングにこだわる金融機関が決して巡り会うことのできない裁定機会を得る可能性がある。
量子のユースケースにみる大規模で複雑な問題の解決
金融サービス領域に固有の量子コンピューティングのユースケースは、基本的に「ターゲティングと予測」、「トレーディングの最適化」、「リスク・プロファイリング」の3つの領域に分類できる。
本レポートでは、領域ごとに想定されるユースケースを検討し、銀行、証券、保険の3つの主要な金融サービス業界への適用事例を紹介する。
金融サービスで想定される量子コンピューティングのユースケース
従来の古典コンピューティングでは、機械学習の能力を十分に引き出すことができず、金融サービス固有の問題を解決することが困難とされている。しかしながら、量子コンピューティングであれば、その解を一段と高品質な状態で導き出すことができると期待されている。
ビットと量子ビット
量子コンピューティングは量子力学の原理を応用し、量子ビット、すなわち“Q bits”に基づいて情報を処理する。この最新技術は、確率分布の生成、データのマッピング、サンプルのテスト、反復において従来の古典コンピューティングよりも高い計算処理を実現する。量子コンピューティングは、数理的アプローチを取ることで、精度を格段に向上させ、ランタイムを大幅に短縮し、従来は不可能と思われた問題の解決に向けた処理能力を提供する。
トレーディングとポートフォリオ運用における組み合わせの最適化問題は、解決のための計算資源が非常に大規模化する傾向がある。高速でコスト効率に優れ、詳細にカスタマイズ可能な量子コンピューティングの方が、従来の古典コンピューティングより解決を実現しうる可能性が高い。
ターゲティングと予測
最近の金融サービス市場では、顧客のニーズや行動の変化をいち早く先取りした、パーソナライズされた商品やサービスの提供を求められる傾向にある。中小金融機関の 25% は、そのパーソナライズされた商品やサービスが提供できずに顧客を失っている。しかし、個々の顧客が求める商品をほぼリアルタイムで提供するために、十分なスピードと正確さで膨大な行動データを処理する分析モデルを、中小金融機関が単独で構築することはほぼ困難である。このことは、金融機関が顧客の望む商品やサービスを提供できず、既存顧客のウォレット・シェアを拡大したり、 全世界で17億人 にも及ぶ銀行口座を持たない人々にリーチしたりする機会を逸する原因にもなっている。
不正検知でも同様の問題がある。金融機関が不正とデータ管理の不備によって被る損失は、年間100億米ドル~400億米ドルに達すると推定されている。現在の不正検知システムは、依然として精度が極めて低く、 誤検知率 が80%にも及ぶため、金融機関は過剰なリスク回避を取らざるを得ない。例えば、信用評価の正確性を担保するために、顧客のオンボーディング・プロセス実施に 12週間もかける場合がある。 すでに 銀行取引の70%がデ ジタル化されている 現代において、顧客がこれほど長い間待ってくれるとは考え難い。つまり、新規顧客獲得への対応に時間がかかりすぎる金融機関は、より俊敏な対応が可能な競合他社に顧客を奪われることになる。
量子コンピューティングは、この顧客ターゲティングと予測モデルの領域に大きな変革をもたらす可能性がある。量子コンピューティングのデータ・モデリング機能は、複雑なデータ構造が障壁となり、現在は実行不可能なパターン検出や分類、予測などを可能にすることが期待されている。
トレーディングの最適化
金融市場のトレーディングは、特に複雑化している領域である。例えば、デリバティブの評価調整モデル (XVA:X Value Adjustment), には、クレジット(CVA:Credit Value Adjustment)、デビット(DVA:Debit Value Adjustment)、資金調達(FVA:Funding Value Adjustment)、資本(KVA:Capital Value Adjustment)、マージン(MVA:Margin Value Adjustment)などが含まれ、複雑さが格段に増している。規制の透明性要件が強化されたため、取引に厳密な検証プロセスが適用されるようになり、 リスク管理の計算 では、取引相手のクレジット・エクスポージャーをデリバティブ・ポートフォリオのクレジット枠利用率と合わせる必要がある。さらに、重要な投資の枠組みとビークルも変化している。例えば、上場投資信託(ETF:Exchange Traded Fund)は2024年までに 2兆米ドル に達すると予想されており、また環境・社会・ガバナンス(ESG:Environment, Social, Governance)投資も急速に拡大し、この資産領域への投資額は2019年ですでに 35兆米ドル に達している。
こうした複雑な取引環境において、資産運用会社は、市場のボラティリティーや顧客のライフ・イベントがもたらすさまざまな変化などの制約条件を、ポートフォリオの最適化に組み入れることに苦心している。資産運用会社がリターンを類推する際には、数多くのシナリオと投資選択肢のシミュレーションを行うことで、資産価格の変動幅をより多くのパターンから確認することが理想である。だが実際には、計算能力の限界と取引コストによって、市場動向を見据えた投資ポートフォリオのバランス調整は大きな制約を受けている。
量子技術には、このような取引環境の複雑性を緩和できる可能性がある。量子コンピューティングの組み合わせ最適化能力を活用することによって、資産運用会社はポートフォリオの分散化や、市況や投資家の目標に綿密に対応させたポートフォリオのリバランス、取引清算プロセスのコスト効率化が可能となる。
リスク・プロファイリング
金融機関に対する、バランスの取れたリスク・テイク、ヘッジ取引、および規制要件に準拠した幅広いストレス・テストを求める圧力が高まっている。流動性管理、デリバティブの価格決定、リスク評価とは、往々にして複雑かつ計算困難なため、取引リスクのコストを適正に管理することが難しい。例えば、現在、金融モデルのリスクと不確実性の影響分析に一般的に使用されているモンテカルロ・シミュレーションは、複雑化した際の推定誤差がネックとなっている。
今後、 バーゼルIIIやその修正 など、規制や指令、標準に関する発表が相次ぐことが見込まれる。こういった新たな規制に対応するためには、より一層多岐にわたるシナリオをもとにリスク管理のストレス・テストを行う必要があるだろう。その結果、 違反に対する罰金 や規制不履行による修正対応など、コンプライアンス・コストは今後数年で 倍以上 に膨れ上がるものと見られる。
より高度なリスク・プロファイリングの要求と、規制のハードルが引き上げられる中、量子コンピューティングのデータ処理能力は、高い精度でリスク・シナリオをシミュレーションし、より多くの結果を評価可能とする。
量子時代のメリット
量子コンピューティングは、以下4つの代表的なシナリオにおいて、金融機関にビジネス価値をもたらす:
投資利益の拡大
必要資本の削減
新たな投資機会の開拓
リスクの特定とコンプライアンスの徹底
トレーディングとポートフォリオ運用における組み合わせの最適化問題は、解決のための計算資源が非常に大規模化する傾向がある。高速でコスト効率に優れ、詳細にカスタマイズ可能な量子コンピューティングの方が、従来の古典コンピューティングより解決を実現しうる可能性が高い。
量子コンピューティングの優位性が期待される金融サービス活動
リスク分析の難しさは、多種多様なシナリオ分析における計算の複雑さに由来する。量子コンピューティングは、異なる方法でデータ標本を抽出し、さまざまなタイプのシミュレーションを幾何級数的に加速させることができる。
検討着手のために必要なこと
量子コンピューティングは、今後5年間にわたって、金融サービス市場を大きく変化させていくだろう。量子技術を他社に先駆けて採用する金融機関は、圧倒的な優位性を手に入れ、市場のリーダーになる可能性がある。金融機関には、まず以下の手順から始めることを推奨したい。
1. 自社において卓越したスキルを持つプロフェッショナルの中から数名を量子推進担当者に選定し、自社の属する業界における量子コンピューティング導入の可能性を検討するよう促す。
2. 量子アルゴリズムを試し、想定されるメリットを理解し、自社のビジネスにおいてどのような効果を発揮するかを評価する。なお、人工知能分類オプション価格決定金融シミュレーションなどは、すでに利用可能である。
3.量子コンピューティング・エコシステム全体へのアクセスが可能となるよう、自社と志を同じくする金融機関やサービス会社、アプリケーション開発会社、プログラマー、サポートする技術を持つ新興企業、自社と同様の課題を抱えている企業との協業を検討する。
リスク分析の難しさは、多種多様なシナリオ分析における計算の複雑さに由来する。量子コンピューティングは、異なる方法でデータ標本を抽出し、さまざまなタイプのシミュレーションを幾何級数的に加速させることができる。