エンタープライズ・メタバースは、今がチャンスの時です。今こそ、デジタルとリアルの壁を解消するという目標を見据えて未来に向けた基盤を構築すべきです。まずは現時点で、具体的に計測可能かつ持続可能なビジネスの成果を生み出すことが必要です。
消費者向けメタバースは今、ハイプ・サイクル* の黎明期にあります。やがて期待のバブルを越えて安定期に達すると考えられます。十分な裏付けのない期待が高まる中、この先小売企業やブランドはメタバースの主要テーマである没入体験、分散化、仮想経済、コミュニティーを活用し、企業価値の向上を冷静に図っていかなければなりません。
「メタバース」という言葉が指し示す意味とは?
最近まで映画やSFの世界に限定されたトピックであった「メタバース」は、今や仮想ゲームからデジタルツイン、さらにはWeb3や非代替性トークン(NFT)まで、あらゆるものに使用される注目の言葉となりました。
IBMが考えるメタバースは、「リアルとデジタルの境界を解消した共有型3D体験のネットワーク」を端的に表した言葉です。その特徴として挙げられるのが、以下の3つの新しい価値観です。
Copresence(共存):他者と一緒にいたいという願望
Collaboration(コラボレーション): インタラクション、意思決定への参加、 co-creation(共創)へのニーズ
Connection(接続性):持続的で遍在的な体験へのニーズ
メタバースは、メディアが報じるイメージとは異なり、ヘッドセットの中だけに存在するものではありません。それは本質的にはどこにでも存在できます。携帯端末やノートパソコン、タブレット端末はもちろん、私たちを取り囲むあらゆる物理空間においても、その多くは物理的世界にデジタルの層を重ねることによって、体験が可能となります。
* ハイプ・サイクルとは、ガートナー社が提唱する新たなテクノロジーが浸透、定着するまでの道のりを示した曲線である。縦軸に期待、横軸に時間をとり、すべての新技術がたどる定着までの行程を、誕生当初の期待の急上昇からの急降下、そこから徐々に実用的な採用、定着が進むとみる。ガートナー社はこのハイプ・サイクルを使い、新技術の浸透までの道のりを黎明期、「過度な期待」のピーク期、幻滅期、啓発期、生産性の安定期の段階に分けて、各々の新技術が今どの段階にあるかを毎年評価している
“私たちは今、デジタル社会の環境と文化を一変させる大きな転換点にいる。2000年代初頭にソーシャル・メディアが現れて以来、最大の変化を迎えようとしている”
—Emily O’Brien 氏Unilever 社、 Web3 Collective プログラム・ディレクター
こうした(B2C、B2B、B2B2C、および企業内の)体験を、ブランドや小売企業、顧客にとって価値あるものとするには、接続性が確保されていなければなりません。どれほど華々しく見えても、外部と接続されていなければ、それは単に仲間内のおもちゃ箱に過ぎません。バーチャル・ストアからコンタクト・センターへの接続性、あるいはデジタルツインから生産現場への接続性を確保できないなら、そもそもメタバース体験を作り上げる必要はないとさえ言えるでしょう。
ブランドや小売企業にとってのチャンス領域とは?
IBMでは、小売企業やブランドは次の5つの機会において、メタバースへの期待を実現し、具体的な価値を生み出し、純粋な2Dの世界では実現が困難または不可能だった事柄を達成することができると考えている。
#1 新製品開発
メタバースの活用により、研究開発、イノベーション、製品設計、製造の間のコラボレーションが強化されれば、製品開発プロセスのデジタル化により、さらなる合理化、強化、加速化が可能です。リアルタイム3Dの活用により、製品開発のプロセスが強化され、対面による作業のスケジュールに追われるようなケースはなくなるでしょう。また、物理的なプロトタイプやサンプルの作成の必要性から逃れることができます。
#2 製造およびサプライチェーンのオペレーション
拡張現実、仮想現実、複合現実や、複雑なシミュレーションである デジタルツイン、AI・機械学習(ML)を活用するサービスは、 製造、エンジニアリング、サプライチェーンのプロセスを強化、 効率化できる無数の可能性を秘めています。これらのテクノロジーを利用すれば、企業は既存の事業活動(生産ラインなど)を仮想的に表現することで、新しい機能を物理的なプロセスの上に重ね合わせることが可能になります。
#3 店舗・空間設計
店舗や商品ディスプレイなどの物理的なスペースのプランニングや設計、構築には、多くのリソースや時間が必要となります。顧客がより魅力的な体験や目まぐるしい速さで目新しさを求めているのに対し、小売企業やブランドは物理的な世界で差別化を模索しているため、店舗や空間のイノベーションに対する要求はますます高まっています。メタバースでは、小売企業やブランドが、複数のチームや場所にまたがって、試行を何度も繰り返し、シームレスに作業しながら、店舗などを迅速に作成、視覚化、更新することができます。店舗や空間の設計に関して言えば、マクロとミクロの両面で、潜在的な価値を見いだすことが可能です。
#4 従業員向けの研修、サービス、支援
小売やブランドの多くは、メタバースに取り組み始めた当初、 その照準を消費者に合わせていました。しかし、顧客体験を生み出す側、すなわち従業員に照準を合わせる方が、長期的な価値を より短期間で実現することが可能かもしれません。先進的な企業は、拡張現実や仮想現実、複合現実をうまく活用することで、従業員が求めるそれぞれの学習スタイルに合った学習機会を提供しています。
#5 顧客体験の向上
拡張現実や仮想現実を通じた体験には、消費者による 商品・サービスの探索、閲覧、購入、受領のプロセスを 再定義する力があると考えられます。メタバースが実現するのは 「場所を問わない小売」です。そこではショッピングというものが 能動的に始まることもあれば、受動的に行われることもあり、 消費者を場所や時間といった制約から解放することができます。こうしたビジョンはいまだ現実化されていない部分が多いものの、顧客の関心を引き付け、楽しませ、コンバージョン率を高め、サービス提供を行う上で、ブランドや小売企業が拡張されたエクスペリエンス、没入型のエクスペリエンス、共創とイノベーションを推進することが肝心です。
是非レポートをダウンロード頂き、製造・流通業界のメタバース・ユースケースに対する知見を深めてください。
特に小売業や消費財メーカーのエグゼクティブの皆様には、没入型コマースが実現するエクスペリエンスの価値についてご理解頂けるはずです。
著者について
Jeffrey Castellano, Global Executive Design Director, IBM ConsultingKarl Haller, Global Leader for the IBM Consulting Consumer Center of Competency
Chris Hay, Distinguished Engineer, IBM
Mary Wallace, Retail and Consumer Behavior SME, IBM Consulting
発行日 2023年1月9日