生成AIは過去のどのテクノロジーとも異なっています。瞬く間にビジネスと社会を揺るがす存在になりつつあり、リーダーはこれまでの想定や計画、戦略の見直しを迫られています。
こうした変化にCEOが対処するための一助として、IBM Institute for Business Valueは生成AIの調査に基づくガイドをシリーズ化し、テーマごとに公表しています。内容はデータ・セキュリティーからテクノロジー投資戦略、顧客体験にまで及びます。
今回は第十六弾として「調達」をお届けします。
調達リーダーは飽くなき要求に応えています。製品の部品から、輸送サービス、商業不動産に至るまで、ビジネスをスムーズに回すべく、あらゆる調達に関する取引を管理しています。しかし、どれだけ購入しても、調達業務に終わりはありません。ビジネス現場は常にさらなるものを必要としています。
また、要求レベルはますます高まっています。期待が高まる一方で、予算は縮小し、複雑性が増す現状に、調達チームはプレッシャーを感じています。だが、生成AIの登場で、そうした負担が軽減される可能性が出ています。
例えば、生成AIを活用すれば、戦略的なソーシング(商品やサービスを提供するサプライヤーを特定・評価・選択するプロセス)と交渉を、容易に進めることができます。市場データから傾向を読んだ上で、一括購入や大幅なコスト削減の機会を迅速に見つけ出せるためです。こうした機会は、日々の業務期限に追われていると、見逃されかねません。さらに、支払い処理や購買依頼管理といった取引単位の業務を生成AIで自動化すれば、調達チームは収益向上につながる戦略性の高い業務に専念できます。
生成AIを活用したツールは、不確実性の高い未来に備える助けともなります。さまざまなシナリオをシミュレーションし、結果を予測した上で、調達戦略を最適化する方法を提案できるからです。こうした提案があれば、提案を受けたチームは自信を持って、不確実性の高い環境でイノベーションに取り組んだり、戦略的パートナーシップを構築したり、実世界の情報に基づいた新製品開発に取り組むことができます。
適切なデータ基盤があれば、生成AIはCEOのために新たな道を切り拓くことができます。利益率とキャッシュフローを改善するほか、業務提携を強化し、いつ、どこで混乱が起ころうとも乗り切っていく力をもたらします。そのためには、調達チームが生成AIを用いたイノベーションの成功へ積極的に取り組むことが必須条件となります。
IBVが考える、すべてのリーダーが知っておくべき3つのこと:
そして、すべてのリーダーが今すぐ実行すべき3つのこと:
リーダーが知るべきこと1ー 「リーダーシップ + 生成AI」
最高調達責任者(CPO)を納得させる
CPOは疑い深いものです。財布のひもを握る彼らに、常に誰かが何かを売りつけようとするからです。不要なものを買わせようとする者さえいます。
それゆえ、彼らには細心かつ入念な対応が求められます。最高財務責任者(CFO)と連携し、CEOが課す戦略的業務目標の達成を目指すのがCPOの仕事です。コストを管理しつつ、売上増加を可能とするために、あらゆる事業投資を批判的に見る必要があります。CPOは少なくとも今のところ、生成AIが十分なROI(投資利益率)を生むほど進歩したとは完全に納得してはいません。他のCxO(最高責任者)と比較すると、生成AIが自社にとって重要でないと考える割合が60%高くなっています。
生成AIという新たなテクノロジーの有望性だけを見て、CPOが簡単に納得することはありません。ROIが実際に向上したという結果が必要です。ここにジレンマが生じます。実際に調達部門で生成AIを使ってみなければ、ROIの成果など確かめようがないからです。よって、高度なレベルで生成AIを利用している調達部門は13%にとどまります。他の業務部門と同じように、41%が試験利用や導入に乗り出していますが、調達部門による生成AI活用は依然、初期段階にあります。
生成AIのポテンシャルを過小評価してしまうことで、CPOは価値の高い業務を調達チームに担わせる機会を逃しています。目の前の業務に忙殺されて、生成AIがいかに質の高いタスクを迅速かつ低コストでこなせることを認識できていないのではないでしょうか。そうであるなら、彼らが細事にとらわれず、大きな視点で物事を見られるように支援することが必要です。「近い将来訪れる機会」と「今すぐ活用できる機会」の双方をCPOが活かせるように、CEOは背中を押すことができます。競合他社もそうするはずです。
CPOに対しては、ポテンシャルが大きい領域から着手するようCEOから指示してもよいでしょう。例えば、予測支出やソーシング分析に生成AIを用いることが重要だとするCPOは59%に上りますが、自社のCPOも同じ考えなら、そうした領域から始めるのがよいです。初期投資の成果が出始めれば、CPO自らが生成AIに懐疑的な人々を説き伏せる根拠を提供し、導入推進のため社内で奮闘してくれるでしょう。さらに、CPOが自社の進歩を促し、サプライチェーン・エコシステム全体の変革を呼び起こす可能性も高まってきます。
リーダーが実行すべきこと1ー 「リーダーシップ + 生成AI」
CPO自身が確信の持てるビジネス・ケースを構築させる
生成AIによる成果を阻む懸念に対処します。調達部門の役割を「取引処理」から「戦略的」へと引き上げます。
- これまでのやり方を一変させます。障壁を乗り越えれば、どのような機会が待っているのかをCPOに示し、変革の推進へ注力するよう鼓舞します。実務や管理業務の遂行にとどまらず、戦略的ビジネス・アドバイザーやエコシステムのオーケストレーターとしての役目も果たすよう促します。妥協せずに進歩を目指す決意を求めます。
- 価格中心のソーシングから脱します。調達チームがサプライヤーと共に企業価値を実現する上で助けとなるデータ基盤を構築します。ERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)システムやサプライヤーのデータベースといった、社内外の供給元から得たデータについて、一元化やクリーニング、エンリッチメントを行い、単一プラットフォームに集約します。予測モデリングを採用してサプライヤー・ネットワークを管理し、エコシステム全体で戦略的価値を共創します。
- CPOにキャッシュフローを改善するツールを与えます。データ分析可能な生成AIツールを提供することで、将来のキャッシュフロー要件を予測し、サプライチェーン内にとどまる資金を活用する機会を見いだします。具体的には、支払条件や在庫水準といった、運転資本の内訳を最適化することなどが挙げられます。
調達部門はサプライチェーン変革の道を切り拓く
サプライチェーンは複雑です。そして調達部門はその核であり、あらゆる契約や発注、提案依頼に関わります。情報の流れが衰えることは決してなく、すべてを追跡することは極めて困難にも感じられます。得られる成果より負担の方が大きいことも少なくありません。
しかし、こうした苦労に救いの手が差し伸べられようとしています。生成AIを活用すれば、情報の流れを管理し、重要データを適切な形式で適切な担当者へリアルタイムで届けることが容易となります。例えば、ソーシングから支払いに至るプロセスに生成AIを用いることで、商品の未着や約束期日の超過に対する可視性が高まり、担当チームによるより柔軟な対応が可能となります。最高サプライチェーン責任者(CSCO)と最高執行責任者(COO)の80%は、生成AIを使えば、サプライヤーの実績に関連するデータの分析を通じて、サプライヤー管理を改善することができるとしています。
コストと実績がより迅速かつ正確に測定できるようになれば、調達契約に至る前段階の発注先選定などのプロセスが改善され、組織の競争力を高めるのに役立ちます。実際のところ、調達部門は生成AI導入に伴うポテンシャルが非常に高いため、CSCOとCOOは、サプライチェーンおよび運用管理のワークフローで、2024、25の両年に生成AIの影響を最も受けるのは同部門になると予想しています。
取り組みはすでに始まっています。CSCOおよびCOOの64%は、サプライチェーン業務のワークフローで、生成AIによる変革がすでに進みつつあると回答しました。しかし、変革は人々が適応できるスピードでしか起こりません。リーダーは目に見える変化を実現するために、生成AIを最大限に活用するよう各チームを訓練しなくてはなりません。CPOはAIが労働力の一環として欠かせないことを理解しており、彼らの73%が「AIは人々に取って代わりはしないが、AIを活用する人々は、そうでない人々を駆逐する」と考えています。
従業員向けセルフサービスの生成AIアシスタントを社内に提供すれば、各チームのオーケストレーションを通じてワークフローが変革できるようになります。簡単なクエリー(処理要求)によって入手できるインサイト(洞察)や推奨事項に基づいて、各チームはコスト効率を高められるほか、サプライヤーおよびカテゴリー管理戦略のかじ取りを行ったり、製品イノベーションを引き起こしたりすることが可能となります。コンプライアンス関連の報告に伴う負担を減らすこともできます。
従業員が毎日行う業務の強化・向上を図れば、調達部門に対する見方が一変するはずです。業務の在り方が進化することによって、調達部門はその重要性を実証するとともに、サプライチェーン全体を変革する推進役となることができます。
生成AIを調達業務に最適化することで、先行者利益を得る
生成AIプロジェクトに知力と余力をつぎ込んで試験段階を突破し、サプライチェーンの可能性をすべて引き出します。
- サプライチェーン内の盲点を把握します。生成AIを活用したオペレーティング・モデルで効率性向上やコスト抑制を図る際に、足かせとなるデータ・ソースやデータ不足がないかをミッションとして確認します。量子コンピューティングの活用に踏み出すことで、シミュレーションと可視化モデルを大幅に強化し、サプライチェーン最適化のための新たな機会を見つけます。
- 運転資本を活かします。エンドツーエンドのサプライチェーンのプロセスについて、在庫を軸に最適化します。例えば、需要の予測や物流上のボトルネックの特定、リアルタイムの在庫調整といったプロセスを最適化します。また、緩衝在庫を必要以上に抱え込まないようにして、キャッシュフローを改善し、その資金を成長とイノベーションの推進に用います。
- サプライチェーンのイノベーターをたたえます。先進的な仕事を進めている「AIチャンピオン」を見つけ、彼らが自身の成功体験を共有する場を設けます。イノベーションを奨励するため、AIアシスタントを使ってサプライチェーン・ワークフローの見直しに取り組んでいる人々を報奨します。さらに、KPI(重要業績評価指標)でも顕著な成果が現れ始めた場合は、公に栄誉を与えます。
生成AIは調達業務をリスクから守る「保険」である
調達の世界では、混乱のリスクは至る所に潜んでいます。特に、サステナビリティーの問題が大きな影を落としています。異常気象から、資源不足、法令順守要件の急な見直しに至るまで、さまざまなリスクが顕在化する前に対処できるよう、各チームはいつでも方向転換が可能な態勢を整えておかなくてはなりません。
生成AIは調達チームが予想外の事態に直面するのを防いでくれます。生成AIをサステナビリティーに活用する上で最も有益なユースケースは、リスク管理およびレジリエンスだと、経営層は一様に考えています。さらに、64%の経営層が生成AIはサステナビリティーの課題全体にとって重要になるだろうと回答しています。
しかし、守りの強化にのみ専念していては、せっかくの機会の半分しか活かすことはできないでしょう。企業が攻勢に出て、これまで、てこずってきたサステナビリティー統合プログラムを進捗させる上でも、生成AIは有用です。生成AIによって、こうした取り組みの追跡と報告が円滑になり、費用対効果も高めることができれば、組織によるサステナビリティーの戦略的な取り組みが一段と後押しされるでしょう。成果を高める余地はたっぷりあります。現時点でサステナビリティーを調達部門に十分組み込んでいる組織は22%しか存在しないからです。
CSCOとCOOは今後検討すべき機会にも目を向けています。彼らの77%は、生成AIが潜在的な地政学リスクや気候関連リスクを特定し、積極的なリスク緩和策を推奨できると考えています。また、4人に3人が、生成AIを活用すれば、エコシステム全体にわたって可視性やインサイト、意思決定の改善が可能になると回答しています。この改善はサステナビリティーとコンプライアンスの観点から非常に重要です。さらに、CPOは調達チームに最も有益で、実現可能性が最も高い生成AIのユースケースとして、サプライヤー実績のモニタリングとコンプライアンス報告を挙げています。
予測し、適応し、加速させる
サプライヤー・サステナビリティーの幅広い重要指標に関し、報告頻度を高め、基準を一段と厳格化します。パートナー企業に対し意識を高めるよう求め、責任を持たせます。
- サステナブルなイノベーションのために、エコシステム・パートナーと共に調達に関するインサイトを増大させます。エコシステム・パートナーと共にリソースや専門性、各種モデルを集積し、共有ソリューションをつくり上げます。サステナビリティーで成果を上げるために多くの組織に利用してもらいます。
- サステナビリティー関連のデータ、KPI、インサイトを、調達に関わる意思決定に例外なく取り入れます。ベンダーの評価・選定に当たって、サステナビリティーのKPIを軸に据えます。生成AIを用い、自社のサステナビリティー基準・目標に照らして、ベンダーのサステナビリティー実績をモニターします。
- 生成AIによって、自社の社会的評価やコンプライアンス、法令規制に関するリスクを検出・管理します。サプライヤーのコンプライアンスについて、規制要件や業界標準、倫理の観点から評価します。自社のサステナビリティー目標に合致し、リスクを低減できるように、ベンダーとの関係を見直します。
著者について
Anthony Marshall, Senior Research Director, Thought Leadership, IBM Institute for Business ValueKaren Butner, Global Research Leader, AI Automation, Supply Chain, Virtual Enterprise, IBM Institute for Business Value
Christian Bieck, Europe Leader & Global Research Leader, Insurance, IBM Institute for Business Value
Cindy Anderson, Global Executive for Engagement and Eminence, IBM Institute for Business Value
発行日 2024年6月24日