生成AIは過去のどのテクノロジーとも異なっています。瞬く間にビジネスと社会を揺るがす存在になりつつあり、リーダーはこれまでの想定や計画、戦略の見直しを迫られています。
こうした変化にCEOが対処するための一助として、IBM Institute for Business Valueは生成AIの調査に基づくガイドをシリーズ化し、テーマごとに公表しています。内容はデータ・セキュリティーからテクノロジー投資戦略、顧客体験にまで及びます。
今回は第十七弾として「ITオートメーション」をお届けします。
「技術的負債」にあらためて注目が集まっています。収益性を損ね、リソースを浪費し、成長を阻害し、創造性を抑圧するからです。CEOにとっては、生成AIを利用した変革の加速を妨げる頭痛の種です。
結果として、この問題の解決を将来へ先送りし、目の前の競争に生き残ることを優先しているCEOも珍しくありません。実際、2024年のIBM IBVの「CEOスタディ」によると、CEOの3人に2人は短期目標の達成のために、長期的な取り組みからリソースを配分し直していると回答しています。
まず、IT支出に対する見方を変えることです。IT部門をコストセンター、つまり、会社が事業を続けるために必要な経費と見なすのではなく、投資利益率(ROI)を高めるための投資として捉え直すのです。生産性向上に直結する単純作業を自動化すればよいということではありません。リーダーは、ITのワークフロー全体を評価し、自動化と拡張を組み合わせてプロセスを改善する方法を見つけなければなりません。
これは大きな発想の転換です。IBM IBVの最近の調査によると、今日の一般的な企業では、テクノロジー予算のうち、収益向上に使われる割合は23%に過ぎません。生成AIはこの状況に変化をもたらします。IT担当経営層の4人に3人は、生成AIによって生み出される価値を、ビジネス・イノベーションと成長を促す新規投資のために配分し直すと回答しています。
したがって、CEOはテクノロジーのアップグレードを個別のITコストの寄せ集めだと見なしてはいけません。ITオートメーションを、業績向上につながるビジネス戦略に紐付け、投資もそれに呼応して行うべきです。IBMの分析によると、ハイブリッド・バイ・デザイン* をITプログラムに適用すれば、つまり、ビジネス上の優先事項を念頭にIT資産を計画的に設計すれば、ROIは5年間で3倍に高められます。
* ビジネス優先事項を達成するための戦略的な設計に基づくアプローチによる、ハイブリッドクラウド・アーキテクチャー・フレームワーク
IBVが考える、すべてのリーダーが知っておくべき3つのこと:
そして、すべてのリーダーが今すぐ実行すべき3つのこと:
リーダーが知るべきこと1ー 「イノベーション + 生成AI」
ビジネス・イノベーションの起点は、ITであるべきだ
生成AIは、ソフトウェアの展開からネットワーク設定、キャパシティー管理に至るまで、IT部門が日々行っている作業を効率化します。これらの作業は業務の円滑な運営に不可欠ですが、最終利益の向上にはほとんど影響を及ぼしません。少なくとも数値で表れるような成果には貢献しません。
ITチームがオートメーションによって保守やサポートといった日々の雑務から解放されれば、最新の変革的テクノロジーを基盤とした未来を構想する余裕が生まれます。そうしたテクノロジーには当然、生成AIが含まれます。生成AIはIT担当者の創造力に火を付け、新しいデジタル・プロダクトや収益源のアイデアを生み出します。企業の大半が生成AIの導入に踏み切った理由はここにあります。
現在、コード生成に生成AIを使用しているとするIT担当経営層は62%に及び、2026年までには87%に上昇する見通しです。また、65%は人間の介入がほとんどなくても生成AIソリューションがITの課題を自動的に解決するようになると見込んでいます。さらに、82%は今後2年間で、生成AIがDevSecOps* の改善に寄与することを期待しています。
「生成AI機能の早期導入には、自動化が不可欠である」と考えるITおよび事業運営担当の経営層の8割以上が今後の2年間で、「ITネットワーキング業務の自動化」(89%)と、「ITサービス管理の自動化」(83%)に注力すると回答しています。実際、彼らのビジネスには改善が見られます。こうした組織は、従業員のアジリティー、収益性と効率性、イノベーション、および収益成長率に関して、競合他社を上回っています。AIを活用した自動化は、ITをビジネスのインキュベーターに変え、起業家精神を育むのです。
誰もが生成AIのツールや専門性にアクセスできるようになることで、ITはイノベーションを民主化します。そして、従業員はビジネス価値を創出する独自アイデアを生み出したり、成功する見込みが高いアイデアを予測したりすることが可能となります。
生成AIを採用するメリットは大きく、多岐にわたります。事業の成長を促進するだけでなく、創造性と自律性を重視する会社で働きたいと考える優秀な人材を引きつけ、定着率を高めます。さらに、彼らの探究心を満たせるよう、ITリーダーが共有された協業プラットフォームを準備できれば、新たなイノベーションは継続的に生み出されるようになり、組織は毎四半期、強気な成長目標を達成できるようになります。
リーダーが実行すべきこと1ー 「イノベーション + 生成AI」
「break-fix(壊れたら直す)」モデルから脱却する
CEOはIT資産の全面的なモダナイゼーションに取り組み、自動化を拡大する必要があります。チームに権限を与え、「壊れたら直す」ことにとどまらず、より戦略的な仕事に集中させるべきです。ITシステムは、戦略的なビジネス目標や各種の業務・財務指標と合致していなければなりません。
- 労力のかかる作業を容易にします。業務の合理化・自動化のために統合すべきシステム、アプリケーション、データ・フローを特定します。異なるシステムを接続するために必要なコードやAPIを迅速に作成するべく、ITチームに生成AIプラットフォームおよびツールを提供します。定型業務を自動化し、拡張する新しい方法を見つけるよう奨励します。
- IT投資から、より多くの価値を引き出します。テクノロジー支出をビジネス目標と整合させ、業績改善を加速させる取り組みを迅速に行います。効率性向上にとどまらず、新たな収益源を生み出し、急成長を促進するテクノロジーに投資します。
- ビジネス成果に直結する重要な要素を測定し、改善に役立てます。生成AIモデルのパフォーマンスを継続的に監視・改善するために、フィードバックを受ける仕組みを確立させます。成功の度合いを評価する上で、アップタイムやダウンタイムといった従来のIT指標にとどまらず、ユーザー満足度や収益成長率、製品・サービスの市場投入速度といったビジネス指標も重視し、自動化の取り組みと紐付けます。
リーダーが知るべきこと2ー 「トランスフォーメーション + 生成AI」
生成AI活用の天才には、誰もがなれる
ビジネスの変革をテクノロジーで実現するために、従業員自身がITのエキスパートである必要はありません。ただ、生成AIを活用するためのツールやプラットフォームを提供してくれるITエキスパートの存在は欠かせません。
IT部門が適切なローコードやノーコード* のプラットフォームを提供すれば、誰もがウェブ・アプリやモバイル・アプリを作成したり、モダナイズしたりすることが可能となります。こうしたプロセスの実現には、開発チームの力が必要でした。一方で、生成AIコード・アシスタントの登場により、開発者はコードをある言語から別の言語に素早く変換できるようになり、高度な技術的スキルは必要でなくなりつつあります。
* 「ローコード」「ノーコード」とは、コンピューターへの指示を記述するソースコードを書くことなく、あるいは最小限のソースコードでアプリケーション開発を行う手法のこと
IT部門はこうした変革のカタリストであるべきで、その恩恵はビジネス全体に及びます。実際、経営層の81%が、生成AIは人々の仕事を根本的に変えるだろうと予測しています。IT担当の経営層は、この課題に正面から取り組んでおり、70%が人間とシームレスに協働できるAIシステムを2026年までに設計すると回答しています。
最良の結果を出すためには、従業員を巻き込み、新しい生成AIツールを最大限活用する方法を従業員に提示する必要があります。非技術系の人材にとってテクノロジーはとっつきにくい領域ではありますが、トレーニングやリスキリングを施せば、生成AIに対する先入観は消え、新しいことに挑戦する意欲は高まります。こうしたサポートの提供は、かつてないほど重要になっています。世界のCEOを対象とする2024年の調査で、今後3年間に再トレーニングやリスキリングが必要となる従業員の割合は35%でした。21年調査では6%に過ぎず、大きく増加しています。
しかし、こうした取り組みは、なすべきことの半分に過ぎません。IT部門は、相互接続されたシステム間でワークフローを自動化するために、組織のテクノロジー基盤をモダナイズする必要もあります。IT担当経営層の83%は、今後2年間で包括的なエンタープライズ・アーキテクチャーをビジネス活動と整合させるために、生成AIを活用すると回答しています。同時に、IT部門はシャドーIT* にも光を当て、開発の民主化から生じる混乱に対処しなければなりません。どちらの課題においても、ITリーダーはより戦略的な役割を果たす必要があります。ITリーダーは、取締役会レベルの話し合いにおいて不可欠な存在になっていくのです。
* シャドーITとは、情報システム部門の許可がないにもかかわらず、ユーザー部門が独自に導入したIT機器やシステム、ソフトウェア、クラウドサービスなどのこと
IBMは何年も前から、IT部門はビジネス部門とより密に連携すべきであり、ビジネス部門もIT部門との連携を強化すべきであると主張してきました。生成AIの登場により、この主張はついに現実となりつつあります。生成AIが両部門のギャップを埋めると考える経営層の割合は68%に上ります。生成AIがコラボレーションのための共有キャンバスを提供することで、IT側はビジネスの問題をより深く理解し、ビジネス側は技術的ソリューションの力を最大限に活用できるようになります。
リーダーが実行すべきこと2ー 「トランスフォーメーション + 生成AI」
テクノロジーを開放する
取締役会の議論にITを埋め込みます。テクノロジーと自動化をあらゆるビジネス戦略の中心に据えます。そして、システムやプラットフォーム、ツールを業績指標に紐付け、成功を現実のものとするよう経営層に求めます。
- さまざまな領域から人材を集め、ドリーム・チームを結成します。データサイエンティスト、エンジニア、各領域の専門家、ビジネス利害関係者など、多様なスキルと経歴を持つ人々を集めてチームをつくり、生成AIプロジェクトへの協力を促します。ワークショップ、ハッカソン、その他のコンテストを開催し、革新的な思考と知識の共有化を図ります。
- DIY開発者* を支援します。自社の技術スタック* * や生成AIプラットフォームに合ったローコードやノーコードのプラットフォームを評価・選定します。データ管理やセキュリティー、コンプライアンスに関するガイドラインを策定し、従業員がそれぞれの得意分野で探究できるよう支援します。
* DIY開発者とは、DIY(Do It Yourself)の精神に基づいて、自分のアイデアやニーズに応じてプログラムやシステムを作成する人たちのこと
* * 技術スタックとは、特定のビジネス目標を達成するため、プログラミング言語、フレームワーク、ライブラリー、ツールを組み合わせて、開発者がより速く、より効率的にソフトウェアを構築すること
- これまでの文化や基準を見直し、デジタル・ネイティブに変革を起こさせます。ピラミッド型の意思決定をフラット化し、若手のメンバーが発言できるようにします。新人とベテランをペアにするリバース・メンターシップ・プログラムを開始します。「なぜこうするのか」「なぜこうしないのか」といった質問ができる場を設けます。
生成AIはIT部門に千里眼をもたらす
AIシステムは、ITチームがシステム障害やボトルネックを正確に予測し、防止するのにすでに役立っています。企業は生成AIを活用することで、さらに先の未来を見通せるようになるでしょう。
生成AIとAIOps(IT運用のための人工知能)を併せて導入すれば、予期せぬ状況を見通し、備えるための情報を得られるようになります。例えば、「トポロジー・ディスカバリー」として知られるプロセスを利用すると、IT資産全体の関係性を自動的に特定し、マッピングすることができます。そうすることによって、ITチームは異なるシステムやコンポーネント間の依存関係を迅速に把握できるようになります。
このプロセスにより、IT部門はある領域の問題がビジネス全体にどのように連鎖するかを明らかにし、ドミノ効果を抑えられるようになります。また、ネットワーク・パフォーマンスの最適化や、セキュリティー強化、組織全体のチーム連携が容易となります。
現在、「生成AIの能力を急発展させるためには自動化が不可欠である」と考えているITおよび事業運営担当の経営層の約3分の2は、トポロジー・ディスカバリー(66%)、インシデント軽減(69%)、パフォーマンス監視(63%)をすでに自動化しています。また、生成AIは、潜在的な影響度(業務の混乱、各種証明書の有効期限切れに伴う連鎖的影響など)に沿って、一般的な脆弱性とリスクを自動的にランク付けできるため、チームは効率的なリスク軽減に注力できます。
こうした予測手段を得たITリーダーは、生成AIを使ってシミュレーション能力をさらに強化しています。生成AIを活用したデジタルツインは、多数の次元を同時にモデル化できるため、対応戦略をより効果的にテストできるようになります。デジタルツインを使えば、自分たちが立てた計画の効果をただ予測するのではなく、実際のアクションの結果を確認できます。
さらに、生成AIは、IT部門がさまざまなIT投資のビジネス価値をより確実に見積もる上でも力になります。現在、ITおよびネットワークの自動化の取り組みで、その成果や効率性向上、ROIを予測するために生成AIを利用しているIT担当経営層は57%にまで及びます。2026年までには75%に増加する見込みです。このレベルで見通しが立てられれば、コスト管理にも有用となります。実際、IT担当の経営層の76%は、FinOpsプラクティスを強化し、クラウド・コストをより的確に管理するために、生成AIを利用するつもりだと回答しています。
賢く可視化を進め、複雑性を克服する
生成AIを使ったデジタルツインを用いて、企業やエコシステム全体にかかる特定の混乱要因がもたらす影響をモデル化します。テクノロジーと自動化への投資に必要な金額や実現する価値をより正確に見積もることで、ROIを向上させます。
- すべてのIT資産の中から“お宝”を見つけ出します。生成AIを利用して、運用チームにアプリケーションとインフラストラクチャーを開示し、レジリエンスを高め、成長を促進させるために重要な関係性を見極めます。さまざまな改善策をモデル化し、最高のリターンが約束されたIT自動化ソリューションに投資することで、隠れた価値を見つけ出します。
- 危険を未然に防ぎます。複雑なシステムに対し、さまざまなシナリオがどう影響するのかを予測するプロセスを自動化することで、リスクを回避します。生成AIを利用して、起こり得る結果をシミュレーションし、危機対応計画を検証し、未踏のフロンティアに自信を持って踏み出せるようにします。
- テクノロジー支出の規模を適正化し、チームの規模を適正化します。FinOps機能を拡張し、AI、ハイブリッドクラウド、およびアプリケーションのモダナイゼーションへの投資全体に対するコストと支出を可視化します。IT運用を最適化・自動化・拡張して、過剰プロビジョニングによる財務コストや環境コストの増大を回避します。テクノロジー・チームを再編成し、不要となった高コスト人材を手放します。
著者について
Anthony Marshall, Senior Research Director, Thought Leadership, IBM Institute for Business ValueKaren Butner, Global Research Leader, AI Automation, Supply Chain, Virtual Enterprise, IBM Institute for Business Value
Christian Bieck, Europe Leader & Global Research Leader, Insurance, IBM Institute for Business Value
Cindy Anderson, Global Executive for Engagement and Eminence, IBM Institute for Business Value
発行日 2024年7月10日