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スマート・コントラクトが鍵を握るブロックチェーンの将来展望

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吉濱 佐知子

著者:吉濱 佐知子
IBM東京基礎研究所 FSS&ブロックチェーン・ソリューションズ担当 部長 TEC-Jステアリングコミッティーメンバー、情報処理学会シニア会員、ACM会員、博士(情報学)

みなさん、こんにちは。IBM東京基礎研究所の吉濱佐知子と申します。ブロックチェーンに関して、どんなイメージをお持ちでしょうか。最近ではニュースで取り上げられることも多く、様々な企業のブロックチェーン活用の取り組みや、ビットコインの分裂、中国でのICO (Initial Coin Offering) 禁止などが話題になっています。

ブロックチェーンといえば、始めにこの概念を発表したのが「ビットコイン」であるため、仮想通貨と同一視されることもあるようです。しかし最近では「中央集権的な管理主体なしに複数企業・組織の間で台帳を共有できる」という本質的な性質に着目して、仮想通貨以外の分野の業務へのブロックチェーンの適用が進んでいます。本ブログでは、このような取り組みについてご紹介します。

ブロックチェーンのユースケース

ブロックチェーンは仮想通貨から始まったこともあり、デジタル通貨や銀行間送金・国際送金をブロックチェーンで実現するというのが、特にブロックチェーンの登場初期によく見られるユースケースでした。現在でも、ビットコインを始めとする数百種類の仮想通貨が、様々なブロックチェーン基盤の上に実装されています。

一方で、ブロックチェーンの上で取引する対象のコインを、何らかの資産を表現するトークンとみなすことで、取引の対象が広がりました。例えば未公開株式のような証券や、不動産登記情報、またデジタル・コンテンツのライセンスをブロックチェーン上で取引・管理するといった使い方が広く検討されています。さらに、ブロックチェーンの利用目的を価値の取引に限定せず、より一般的な情報共有基盤として使うことも多く検討されています。たとえば、金融機関における顧客信用情報の共有に使ったり、高価な宝石の来歴管理に使ったりしている事例もあります。

スマート・コントラクトにより変わる世界

ブロックチェーンの価値を劇的に高めると考えられているのが、スマート・コントラクトという仕組みです。スマート・コントラクトという言葉を最初に考えたのはニック・サボーという暗号学者と考えられています。サボーは、1996年に出版された論文で「スマート・コントラクトとはデジタル形式で記述された約束の集合で、決められたプロトコルに従って当事者間で約束を実行する 参照記事」と記述しています。

コントラクト(契約)とは、一連の約束です。例えば売買契約であれば一般的に、どんな商品をいくつ、いくらで買うか、また商品をいつまでに届けて、いつまでに代金を支払うか、といったことが書かれています。こういった合意事項をコンピューター上で実行可能なロジックとして記述し、ブロックチェーンの上で実行することにより、分散環境で特定の主体を信頼せずに、契約を実行することが可能になります。電子化された権利(たとえばデジタル・コンテンツの利用権やe-チケット、登記情報など)とデジタル通貨があれば、ブロックチェーンの上で権利の取引や流通が可能になります。

さらに、IoT と組み合わせることで、物理的なモノの場所や状態を検知して、それを契機にスマート・コントラクトで契約を実施することもできるようになります。例えば、売買した物理的な商品が納品されたことをセンサーで検知し、その情報をブロックチェーンに登録することで、支払いを自動的に行うという使い方ができます。もちろん、偽のセンサー情報で騙されないように、安全な仕組みでデバイスを認証し、センサー情報が改竄されないような仕組みが必要です。

さらにスマート・コントラクトでは単なる契約だけではなく、多数の参加者間で行われている複雑な業務を自動化することも可能になります。たとえば、国をまたがった貿易を行う際には、輸出者と輸入者の間には、陸路の運送会社、フォワーダー、税関、船会社などの様々な企業が関係してきます。

また、商品に対する保険を提供する保険会社、支払いのための処理を行う銀行などの金融機関も関与してきます。これまで紙でやりとりしていた書類を電子化してブロックチェーン上で共有し、スマート・コントラクトで処理を自動化することで貿易業務やサプライチェーン管理の効率が上がると考えられています。

金融の世界でもスマート・コントラクトの活用は広がっています。例えば日本取引所グループは、スマート・コントラクトを活用して金融市場の清算・決済処理の効率化を目指した実証実験を行い、成果をレポートとして発表しています。複雑な処理を定義できる、いわゆる「チューリング完全」な計算モデルに基づくスマート・コントラクトにより、資金と証券の同時決済や、配当金の計算などの複雑な処理が可能になることが技術的に証明されています。

ビジネス利用可能なブロックチェーン

ビジネス利用可能なブロックチェーンに求められる性質には以下の3つがあると考えられます。

1. パブリック vs. 許可制ネットワーク

ビットコインなどの仮想通貨は、誰でもブロックチェーン上の取引に参加できるのが特徴で、パブリック・ネットワークと呼ばれます。取引においてユーザーは匿名化されており、公開鍵暗号方式の鍵と、そこから生成されたアドレスを使って取引を行います。そのために自由度が高い一方で、仮想通貨によるマネーロンダリングが行われたり、ランサムウェアの身代金の支払いに使用されたり、といった問題も発生します。

一方でブロックチェーンをビジネスに使用する場合、取引を行うのは主に金融機関や企業といったビジネス主体です。業界によっては、特定の取引に参加することに対する法律や規制が決まっていて、参加資格も許可制になっている場合があります。このようなユースケースでブロックチェーンを使用するには、参加者の身元を認証した上で、許可された参加者だけが取引を行う、許可制 (permissioned) のブロックチェーン・ネットワークが必要となります。

2. 安全なトランザクション承認の仕組み

ビットコインの世界では、プルーフ・オブ・ワーク (Proof-of-Work, PoW) という仕組みによってトランザクションが承認されます。これは、ブロックチェーンの参加者がそれぞれ、特定の条件を満たす値を見つけるための計算競争を行い、競争に勝った人が新しいブロックを追加して、そこに承認されるトランザクションを記録する、という仕組みです。計算競争に勝った人は報酬として仮想通貨を得ることができるため、これがインセンティブとなって、世界中でPoWの競争が行われています。PoWの中で使われている技術は、暗号的ハッシュ関数や公開鍵暗号など、従来から存在する技術です。しかしその組み合わせ方が新しく、面白い仕組みです。PoWは多数の人が参加するネットワークで比較的安定して動くことがこれまで分かっていますが、一方で色々な課題があることも分かっています。

  • 計算競争を行うための計算資源、特に電力の問題。計算競争に勝つために必要な電力料金が報酬を上回るようになると、インセンティブが下がって、PoWに参加する人が減ると考えられます。
  • 手数料の問題。ビットコインの手数料は、約4年毎に半分になります。本稿執筆時点では 12.5BTC(50万円/1BTCとした場合、約600万円) ですが、2020年には6.25BTCになります。最終的に、2140年には手数料はゼロになると考えられます。
  • いわゆる51%問題。ブロックチェーン・ネットワークの中で、悪意のある参加者が全体の計算能力の半分以上を持つと、不正なトランザクションを承認することが可能になります。上記のような理由により全体の参加者数が減ると、相対的に悪意のある参加者の計算能力の全体に占める割合が増大し、不正が発生しやすくなると考えられます。
  • ファイナリティ問題。ファイナリティとは金融用語で決済が完了し、後から絶対に取り消されないこと、というような意味ですが、PoWはある意味確率的な仕組みなので、ファイナリティを保証することができません。

業務使用可能なブロックチェーンではこれらの課題を解決し、安全かつファイナリティの保証できる仕組みが必要だと考えられています。現在世界中で許可制ネットワークを対象にしたブロックチェーンの基盤ソフトウェアがいくつも開発されていますが、これらの多くは、昔から分散DBの複製に使われていた分散合意形成アルゴリズムや、その改良版を使うことで、業務システムとして必要と考えられるレベルの安全性を実現しようとしています。

3. 取引のプライバシー

ビットコインや同等の仕組みで動くブロックチェーンでは、取引の内容は全ての参加者に丸見えになります。取引を行っているアドレスに匿名性があるので、誰がどういう取引をしているかということは直接分かりませんが、どのアドレス間でどれだけのやり取りがあったかという情報は全て透明性をもって共有されます。さらに一連の取引の内容を追跡していけば、ある程度は誰がどういう取引をしているかが見えてきます。

業務上の取引においては、取引をしている主体を明らかにしつつ、 一方で必要なプライバシーは保護したいという相反する要求があります。例えば、A社とB社が取引を行うときは、互いに相手の身元を確認しつつ、その取引と関係ないC社には取引の内容を見せたくない、といった要求です。こういったプライバシー保護の仕組みを備えたブロックチェーン基盤に注目が集まっています。

今後の展望

ブロックチェーンやスマート・コントラクトを業務に使用するという試みは比較的新しく、多くの取り組みはまだ実証実験段階か、実用化の初期段階にあります。現実世界のユースケースに当てはめて技術を適用することで、はじめて技術と要求のギャップが分かることも多く、こうした取り組みが技術の発展を後押ししつつあります。また、ブロックチェーンは長年、スタートアップ企業が中心となって技術開発をしてきた経緯もあり、 アカデミアが注目しはじめたのは比較的最近のことです。ブロックチェーン基盤の詳細な技術仕様が公開されていないケースも多く、安全性や性能を評価するための標準的な指標も決まっていません。ブロックチェーン基盤の技術開発を進めるだけでなく、ブロックチェーンの安全性や性能の評価基準を整備したり、異なる規格のブロックチェーン同士が互いに連携するための標準プロトコルを定義したりする動きがすでにありますが、そのためにも産官学の連携が必要になってくると考えられます。

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