IBM Research

企業の一般社員が量子コンピューターに取り組んでみた!

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ムーアの法則を超える時代がまもなくやってくることは、多くの有識者が語っている通りでその際に古典コンピューターを補完、代替するものの1つとして、量子コンピューターが大いに期待されています。ただ、全く新しい概念の量子コンピューターをビジネスに利用していくとなると、まずは何から理解すればいいのか、多くの方が戸惑う所ではないでしょうか?

IBMユーザー研究会の日本GUIDE/SHARE委員会(JGS)で「量子コンピューター」をテーマに、ユーザー企業の研究開発部門ではない一般のIT部門の社員が3チームに分かれてプロジェクトを進めていただき、第1ステップを完了しました。まず量子コンピューターを知ることから始めたプロジェクトを通して得られた気づきや知見を各チームリーダーのみなさんに伺いました。

座談会の参加者のみなさん

川島 貴司

A-チームリーダー
川島 貴司 

株式会社フジミック システム開発センター システム開発3部 兼 社長室企画部

荘司 耕平

B-チームリーダー
荘司 耕平

スミセイ情報システム株式会社 営業企画部

藤木 優人

C-チームリーダー
藤木 優人

三菱総研DCS株式会社 カード事業本部カード開発部

沼田 祈史

司会・進行
沼田 祈史

日本アイ・ビー・エム株式会社 研究開発

――沼田 第1ステップの終了お疲れ様でした。たった半年の活動でよく勉強され、成果発表も素晴らしかったです。みなさんがまず、この量子コンピューターのプロジェクトに参加された動機や目的を聞かせていただけますか?

川島さん JGSの去年のキックオフの講演会で量子コンピューターの話題になり、5年後は量子コンピューターが必要になると聞いて「次は量子コンピューターが来るんだな」と考えていたら、今回の特別プロジェクトの募集があったので応募しました。去年のTHINK Japan 2018でIBM Qのモックを見て「これがそうなんだ。」というレベルでよくわからなかった。ちゃんと量子コンピューターの中身を考えるきっかけはその募集でした。

荘司さん 量子コンピューターというキーワードだけは聞いたことがありました。プロジェクトの募集がかかる少し前に、上司がある雑誌に量子コンピューターの特集記事が載っているのを見つけ「これわかる?」と渡してきたので、「聞いたことはあります、難しいですが面白そうですね」という会話をしました。それとは別に次年度のテーマはどれにしようか、やるかやらないか…と悩んでいた時に特別プロジェクトの募集が出てきて、これは面白そうだ、チャレンジしてみようと思い参加を決めました。

仕事に関係なく、量子コンピューターって面白そう!がきっかけ

――沼田 本来の業務には全く関係なかったのですね?

藤木さん 仕事には関係なかったですね。社内でJGSの特別プログラムをやるという案内があった時に、量子コンピューターをよく聞くようになった時期で、案内を見て面白そうだなと思ったのがきっかけです。本当に個人的な興味ですね。

――沼田 とはいえ実際、勉強を進めるのは大変だったと思うのですが、やってみてどうでしたか?

藤木さん 数式にしても、新しいことを学べる気がしなかったです。大学の勉強と違って、新しいことを入れるということが最初大変だなと。チームとしては、量子力学に詳しい方とかいて、一人ひとり着実に課題をクリアしていたので、集まって話をする分にはとても楽しかったし、知らなかったことを知れたな。という実感はあります。

――沼田 メンバーに量子力学を知っている方がいらしたのは幸運でしたね。

藤木さん はい。大学で物理か何かをやられていて大学院でも研究されている方がいて、すごく助かりました。

――沼田 量子コンピューターの勉強を進めていくと数学の知識もある程度必要になってくると思いますが、数学についてはみなさんどうでしたか?

藤木さん ゲートとかはみんなで行列書いてやっていたのですが、僕は統計とかをやっていて行列計算はできたのでそこはあまりハードルを感じなかったです。最初の量子ってどういう振る舞いをするの?というところでは物理に詳しくないと、つまずきがちって思うんですけど、詳しい人が一人いると助かります。

荘司さん うちのチームにはデータサイエンティストが1名いますが、量子論に詳しい方はおらず、ほぼゼロからのスタートでした。まずは量子論の概要を知ろうということで、「量子論がみるみるわかる本」という書籍をみんなで読み始めました。これには量子論がわかりやすく紹介されていて、理解がしやすかったです。さらに興味が湧いてきたので、他の本を読んだりネットで調べたり、量子論だけでなく相対性理論もかじってみたりと、少しずつですが学習を進めていきました。ただ量子コンピューターの応用の話になると、急に難しくなるんですよね。数式で理解しようとチャレンジはしましたが、バックグラウンドがないと深いところまでは突っ込めないというのが私のチームの感覚でした。しかし面白さはずっと感じ続けていました。

面白さを感じるから続けられる

――沼田 今すぐ実際の業務に活用するのは難しいので、新しい知識を得て面白いなと思えることは、勉強を続けるために重要なポイントですよね。

荘司さん 量子論には今までにない不思議な感覚がありました。量子コンピューターの原理的な部分は量子論にありますが、理解の仕方や腹落ちのさせ方は人によって違うので、この人にはこういう言葉を使うとわかってくれるとか、自分はこれをこんなイメージで理解できたとか、そんなことを話し合うのも面白かったです。

――沼田 それはコミュニティーならではですね。では川島さんは実際に苦労したことや楽しかったことはありましたか?

川島さん A-チーム発表資料

川島さん 最初の「本読みましょう」はよかったのですが、「ディスカッションしましょう」となったとき、ディスカッションするほど知識がない、話す内容もフワフワしてて、話が繋がらない…。わかった気になっているのがわかっていないんだ。みたいなことを話しながら、いろんな角度から“わからない”を積み重ねていって、ちょっとずつわかっていくってことで最終的にわかったらいいな。という感覚でやっていました。第1ステップは混沌としていて、第2ステップに行くか行かないか?が大事かなと思っていました。いろんな理由で第2ステップへ参加できない人もいると思いますけれども、新たにメンバーも増えて発表する場も大きくなって、どこまでいけるかを含めて楽しみではあります。

――沼田 最初の頃、川島さんのAチームはそんなに議論がはずまないと聞いていました。どこでエンジンがかかって進むようになったのでしょうか?

川島さん 3ヶ月くらい停滞していましたね。最終的な発表と成果物を出さないといけないので、発表資料を作らなきゃいけない、というタイミングが活動期間の半分を過ぎた頃にあったと思う。そこはもう、やらざるを得ないので議論してわからないところはそのまま置いておいて、資料に落とし込んでとやるという良い割り切りもありました。

――沼田 量子コンピューターをきちんと理解しようとすると多分野にわたる知識が必要ですし、それぞれのトピックが深いので、今回のようにターゲットと期間が決まっている場合は、ある程度のところで割り切ることも必要になってくるということですね。皆さん最終的に半年やってまとめたものを社内で発表されたのでしょうか?

藤木さん チームの中には発表した人もいたようでしたが、私はしていないです。第1ステップをやっている時は、自分が研究会に参加していることを内緒で直属の上長くらいしか言っていなくて、最近は参加していることが知られているので第2ステップは何かやらないとです。第1ステップは完全に自分が好きだからやっているという感じでした。

――沼田 私は、みなさんが今回JGSでまとめたことを社内で伝道師のように第一人者となって伝道してくれていたかな。と思っていたのですが(笑)お仕事との両立は大変ではなかったですか?

藤木さん そうですね…なんでいないんだみたいなこともありました。でも第2ステップでは社内でもマークされているので(笑)

――沼田 荘司さんは社内での発表はされましたか?

荘司さん 部内で簡単にやりました。まだ第1ステップが終わる前だったので、私自身も理解しきれていない中での説明でしたが「結局何ができるの?」という質問が早い段階で出てきました。うちのチームの取組みテーマに「なんでも質問箱」というのがあるので、この取組みは大事だと改めて感じました。

――沼田 第1ステップで荘司さんのチームが発表した「何でも質問箱」は、量子コンピューターに関する素朴な質問集になっていて、とても良い取り組みだと思いました。第2ステップでも「なんでも質問箱」は続けるのですか?

荘司さん B-チーム発表資料

荘司さん はい、引き続きやります。量子コンピューターに詳しくない人にも説明できるようにするというのが趣旨なので、自分たちなりに考えてわかりやすい答えを見つけていきたいと思っています。

――沼田 内容が難しいだけにニュースなどの情報を読んでも、最初は用語が分からなかったり、内容が理解できなかったりすることもありますよね。

荘司さん 量子コンピューター関連のニュースを見つけたらチーム内でシェアしていますが、冒頭部分で出てくる説明ってだいたい同じなんですよね。例えば「重ね合わせってなに?」とか。同じような説明が繰り返されていて、それ以上の話がなかなか進まず「結局何ができるの?」っていうのはあまり明確にされていない。それがきちんと、それも簡単に説明できるといいですよね。

――沼田 川島さんは発表されましたか?

川島さん 今日言われるまで発表することを忘れていました。量子コンピューターと言われて社内で会話ができる人が数人しかいない。実装レベルにいく前に、量子コンピューターの基礎について社内で発表してもよく分からないか、キョトンとされて終わるだけなのではないか?という感じです。第2ステップが終わって実装した何かが準備できた段階で発表しようかなと思っています。

様々な人との関わりの中で量子コンピューターの理解は進む

――沼田 研究活動を通じてコミュニティーでの活動の良さも感じられたかなと思っているのですが、特に今回の研究課題である量子コンピューターだからこそ感じたことはありますか?

藤木さん C-チーム発表資料

藤木さん さっきの話と被りますが、すでに量子コンピューターを勉強されている方や、すでに社内で量子コンピューターの研究をされていたという方もいて、ちょっとでもやっていました、という方がいると初心者でも助けてもらえる。もちろん自分たちでたくさん勉強しないといけないと思うんですけど、実務もある中で、今月自分が全然できなくても一応研究会としては進んでいける。という意味でやりやすかったなと、一人だったらまだ最初のページを開いているのではないかと思う。

――沼田 人に助けてもらえたところは、後から追いつけましたか?

藤木さん 追いつくというか、会った時に話をしていて共有できたことが「あ、そうだったんだ。」という気づきであり、今月できなかったことが聞いて来月までに追いつくという感じではなかったですね。

荘司さん まず量子コンピューター分野が先進的なので、学習しようと思ってもAIみたいにコース立てられたものがないんですよね。そのうえ「重ね合わせ」だとかのキーワードが多いじゃないですか、これを一人で調べきるのはなかなか難しい。うちのチームでは「キーワード説明」という取り組みもやっていて、一人一個ずつ、ひと月ごとに調べてきて発表するというものなんですが、実際にやってみると一ヶ月後にはそこそこ詳しくなってる。それをチーム内で発表してみると、新しい情報をもらえることもあれば質問がどんどん出てくることもある。質問の答えを持っている人がいたり、わからないので追加調査になったり…と。これってコミュニティー活動ならではですよね、今回できてよかったなと思ってます。

ただ、キーワード説明は一旦終わりにしました。素朴な疑問に答えられるということを目指しているので、キーワードを一個ずつ掘り下げてもそこには行き着かないんですよね。多少深堀りして概念的に理解できたとしても「結局は何ができるの?」と戻ってきてしまうんです。それはそれで意味のある活動だったので、基礎が理解できた、じゃあもう一回戻ろうか、という段階です。

川島さん 同じテーマで3チーム同時に進んでいるところが面白いな。と別に競っているわけではないけれど、いろんな視点があるなと。各チームにアドバイザーもいて助言していただき、得るものがあったなと。普段のJGSの活動では評価側にいる方と一緒に研究できてとても新鮮でした。あとは沼田さんのように、IBMからアドバイザーを派遣してくれたというのが特別な感じがしました。先陣きってやっている方から話を聞けるって、なかなかない貴重な経験になりました。

――沼田 逆に私は特別研究ということで、3チームもあって全部回れなくて残念でした。もう少し一緒に議論に入りたかったですし、情報も頻繁に提供できればよかったなと思っています。

第1ステップが終わって第2ステップに残ってくれた方は、まだ楽しいから、希望や夢があるからといってくれている方がいてありがたいです。量子コンピューターはまだまだ発展途上で、ユーザー企業や企業のIT部門の方がどのように扱っていけばいいのかは難しい課題だと思うのですが、やれることは地道な勉強でもあり、また啓蒙活動だと思っているんです。みなさんが勉強したことを社内の人に知ってもらうことは将来、量子コンピューターが本当に使えるようになった時の下地になるかなと思っているのですが。

川島さん 量子コンピューターの概念自体は非常に難しいと感じましたが、実務に生かさないといけないとか、論文執筆や発表をしなくてはいけないという期限がなかったので、そういう意味では敷居が低いのでやりやすいのかな。第1ステップは一個一個の理解をしました。あの状態で社内発表しても「で?」って思われてしまうのでここまでやりました。と言えるようにするにはもう半年間プロジェクトに参加したほうがいいと思いました。

荘司さん コミュニティーとか研究活動っていろんな立場の人と議論できるじゃないですか、それ自体に刺激がありますよね。第1ステップは学習がメインだったので、そこからの発展を考えると第2ステップもやりきらないと、というのはあったし、事前にチームメンバーが減るということも分かっていたので、それならば次も引っ張っていこうと思いました。

――沼田 各チームには、現在の第2ステップから新しく入ったメンバーもいますが、新メンバーが加わってどうでしょうか?

荘司さん うちの新メンバーは理事なんです。

――沼田 新鮮な目線でもありますね。

荘司さん 第2ステップでは若手が減って年齢層が上がってしまったんですよね。でも、概念レベルで理解してビジネスを探っていくという意味ではその方が合っているんです。先ほど3チーム同時に…という話がありましたが、私も感じるところがあって、腹落ちのさせ方とか理解するための方法というのがチームによって全然違うなと。他のチームは実際に触って実装して理解しようというモチベーションを感じるのですが、うちのチーム、特に私の場合は「大体こんなことができるんだな」っていうのが掴めると、これは置いといてその次は何ができるの?って話になるんです。このあたりはチームごとの色が出て面白いなと見ていました。

川島さん よく家事しながら、洗濯物たたみながら、掃除機かけながら、多分ボーっとしているのが勿体無いって思って、そういうときに量子コンピューターの重ね合わせとか考えると面白い。新メンバーの話でいうと、映画のインターステラーの話をしていて量子コンピューターの話が出てきて、それで興味を持ったと言っていました。

まとめ

最後に量子コンピューターについて理解するのに参考になったり、刺激を受けた素材についても伺ってみましたが、すでに一般向けに量子論や量子コンピューターというキーワードが浸透していて、雑誌や記事はもちろんですが、子供向けにニュートンの別冊ムック「13歳からの量子論の基本」が出ていたり、映画やマーベルやルパンなどのアニメーションの世界でもすでに頻繁に使われているようです。今回の座談会にご参加いただいたみなさん共通しておっしゃっていたのが、量子コンピューターというわからないことに取り組む動機づけは、個人的な興味であると。個人の興味というモチベーションを持ち続ける人が量子コンピューターという新しいテクノロジーの普及を支えてくれるのだと強く感じる座談会でした。

時代の流れは、多くの人が共通の理解をするまでは待ってくれません。量子コンピューターの実務への適用を考えるタイミングは、あっという間にやってきます。その時、企業はもちろん、個人の興味や夢も裏切らないテクノロジーとして普及されることが、継続的に新しいテクノロジーを採用する土壌を作るのだと思います。

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