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成長する脳、しない脳――脳科学者・加藤俊徳氏が提唱する100歳まで成長する脳トレ

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超高齢社会の日本。多くの高齢者が認知症になる中、100歳でも矍鑠(かくしゃく)として暮らしている人もいる。その差はどこから生まれるのか。
株式会社脳の学校の代表取締役で医学博士の加藤俊徳氏は、「脳には一生かかっても使い切れないほどの潜在能力細胞があり、これを鍛えることで、脳の衰え知らずの人生を送ることができる」と説明する。
過去、1万人もの脳画像を分析してきた加藤氏は、脳全体を機能別に8つに分けたものを「脳番地」と呼ぶ。潜在能力を持ちながら未発達のままでいる弱い脳番地を伸ばし、強い脳番地を維持して脳番地同士の連携を強化すれば、バランスの取れた元気な脳になるという。
「50代を過ぎてからも脳に新鮮な驚きを与えて刺激し、早寝早起きで睡眠を重視する生活リズムに切り替えれば、脳は80歳になっても90歳になっても成長する」と言う加藤氏。とりわけ定年と同時に会社向けの脳を使わなくなる男性には、40~50代からの積極的な準備をアドバイスする。
脳に関する多くの著作のある加藤氏に、人生100歳時代に向けた健康で賢い人生の過ごし方を伺った。

加藤 俊徳
加藤 俊徳
(かとう・としのり)

医師/医学博士/脳科学者。 株式会社脳の学校代表取締役。加藤プラチナクリニック院長。 昭和大学客員教授
1961年、新潟県生まれ。 昭和大学大学院医学部修了。1991年、脳活動計測「fNIRS法」を発見。現在、世界700カ所以上で脳研究に使用され、新東名高速道路走行中の脳活動計測にも成功。1995年から2001年まで米国ミネソタ大学放射線科MR研究センターでアルツハイマー病や脳画像の研究に従事。帰国後、慶應義塾大学、東京大学などで、脳の研究に従事。胎児から超高齢者まで1万人以上のMRI脳画像をもとにその人の生き方を分析。
2006年、株式会社「脳の学校」を創業。2013年、加藤プラチナクリニックを開設。ビジネス脳力診断、発達障害や認知症などの予防脳医療を実践。
著書に、35万部を越えるベストセラー『脳の強化書』シリーズ(あさ出版)、『100歳まで成長する脳の鍛え方』(主婦の友社)、『今日からお金が貯まる脳トレ』(主婦の友社)、『忘れない時間が長くなる脳ドリル』(MSムック)、『50歳を超えても脳が若返る生き方』(講談社+α新書)などがある。

50歳を過ぎてから「右肩上がり」と、「右肩下がり」の人がいる

――ご著書の『100歳まで成長する脳の鍛え方』には、一般に中年以降は老化すると思われている脳が、実は高齢になっても成長すると書かれています。中高年にとって励みになります。

加藤 私は34歳で米国に留学しました。渡米前は英語が全くできなかったのですが、3年経つと夢も英語で見るようになりました。脳は30代後半でも成長していたのです。帰国後の2004年、NHKが放送した「老化に挑む」という番組の監修を担当しましたが、100歳前後でいきいき活躍している人たちに接しているうちに、自分もぜひそう生きたいと思うようになりました。
そのころ、東京では50代の人たちが毎日疲れた顔をして通勤していました。つまり50歳を過ぎてから右肩上がりになる人と、右肩下がりになる人がいる。この違いはどこから来るのだろう考えました。

人の脳細胞の数は1歳の頃が一番多く、その後は日々減っていきます。子どもの脳病理の専門家だった私の先生は「赤ちゃんの頃の未熟な脳細胞は、大人になっても未熟なままたくさん残っている」と教えてくれました。そこで私は、未熟なままの脳細胞を「潜在能力細胞」と名付け、その能力を伸ばせばよいのだと確信しました。これが、脳は一生成長し続けるという理論の基本的なバックグラウンドです。右肩上がりの人と右肩下がりの人は、中高年になって潜在能力細胞を伸ばせるかどうかで差がつくのです。
農家の人がコメを生産できるのは、土や太陽や水などイネの一生をよく知っているからです。それと同じで、私たちも脳の一生の成長の道筋を知れば、いつまでも脳を育てることができるはずです。

神経細胞がネットワークを作って「脳番地」同士をつなぐ

――身体は中高年になると衰えるのに、脳が成長するのは不思議です。どういう仕組みなのでしょうか。

加藤 人の脳の重さのピークは、女性が16歳で1300グラム、男性は18歳で1450グラム。要するに高校生の頃で、それ以降は横ばいになり、70~80歳では約100グラム減っています。16~18歳以降は脳の中の水分を減らしつつ、脳細胞がネットワークを形成していきます。ちょうどネット社会のブロードバンドのように、後で説明する「脳番地」同士をメッシュ状につないでいきます。よくつながっている脳ほど元気に活動するのです。

しかし、誰でも脳のネットワークが発達するわけではありません。ネットワークはその人の脳が経験したり使ったりした分だけ形成されます。ですから中高年になっても新しい経験を重ねて脳を使うことが大切です。年をとることは自分自身の人生に近づくこと、つまり自分の生き方が脳の構造に反映して露わになっていくということです。

図1を見てください。脳の成長力が早く衰えて老化度が早く上がる人は、早期に認知症になりやすい。逆に100歳まで脳が成長する人は老化度の上がり方が遅く、認知症になりにくいことが分かります。

図1 脳の成長力と老化度の違い
脳の成長力と老化度の違い
出典:『定年後が楽しくなる脳習慣』(潮新書)より

一生使い切れないほどある潜在能力細胞をもっと使おう

――では脳の成長力を維持し老化度を抑えるには、どんな生き方をすればいいのでしょうか。具体的に教えていただけますか。

加藤 脳に必要なのは、まずきれいな酸素です。タバコなどを吸っている場合ではありません。食物から摂取するグルコース(ブドウ糖)やビタミンも大切です。何より重要なのは外からの刺激や経験。これが脳に取り込まれてネットワークの形成を促すのです。潜在能力細胞は一生かかっても使い切れないほどありますから、どんどん成長させましょう。

私たちは100年間生きるための教育を受けていません。50歳を過ぎてからは、自分の脳は自分で手入れするしかありません。
例えば、100歳過ぎてから「北海道マスターズ競技選手権大会」でマラソンに挑戦した富良野の大宮さんは、脚力だけでなく足の運動に関わる脳番地がとても発達しています。高齢になっても積極的に脳を使っている人の脳番地は衰えません。記憶の脳番地も同じ。日ごろ記憶力を高める練習をしている人はボケることは少なく、記憶をつかさどる脳の「海馬」はむしろ大きくなります。

一生使い切れないほどある潜在能力細胞をもっと使おう

50歳から別の人生を始めるぐらいの意識改革が必要

――会社勤めの人は、定年後の人生をどのように過ごすかがとても重要になりますね。

加藤 そうです。会社に30~40年勤めた人が会社に行かなくなると、それまで会社で使っていた脳番地やネットワークを全く使わなくなります。そこで盆栽とか他のことをやろうとしても、脳は急にエネルギーを生み出すことはできません。
会社で難しい仕事をやっていて専門性が高い男性の多くは、定年後に脳を積極的に働かす準備ができていない傾向があります。定年後に備えた準備は50歳前後から始めなくてはいけません。

他方、女性は違います。女性は会社勤めをしていてもいなくても、夫や子どもの世話をし、家事全般をこなし、近所とも付き合うという、マルチタスクを長年こなしてきているからです。
年を取っても意欲があるのは主に女性です。男性は50歳を過ぎると、朝起きた時にいろいろな欲求が減っていることに気づき、哀愁が漂います。男性は自分の欲をもっとアップさせてそれに向き合わないといけません。
人生は50歳前と50歳後を分けて考えましょう。私は57歳ですが、50を引いて今7歳だと思って生きています。50歳から別の人生を再スタートするぐらいの「革命的」な意識改革をやらないとだめなのです。

50歳の人の脳は過去にいろいろなことを経験し知っているために、かえって何ごとも新鮮に思えず、マンネリ脳になりがちです。「それは知っているよ」というだけでは脳は驚かず成長しないのです。脳は新鮮さや刺激が大好きです。成長するためには、毎日何か刺激のあることをして脳を喜ばせてあげましょう。

50歳から別の人生を始めるぐらいの意識改革が必要

脳番地の成長や老化は自分でも意識できる

――先ほどから「脳番地」という言葉が出ています。少し説明していただけますか。

加藤 一般の人たちに脳の仕組みを説明する時、どうすれば分かりやすくなるかと考えて、思いついた概念です。簡単に言うと、脳の機能を大まかに、思考系、感情系、伝達系、運動系、理解系、聴覚系、視覚系、記憶系という8つの脳の番地に分類しています。

図2 代表的な8種類の脳番地
代表的な8種類の脳番地
出典:『100歳まで成長する脳の鍛え方』(主婦の友社)より

それぞれの脳番地は別々に脳を動かし、脳番地ごとに成長や老化が起きています。これは自分でも意識できます。例えば「最近人と話していないから伝達系脳番地を使っていない」とか、「よく笑っているから感情系脳番地を使っているな」などです。

私の体験をお話ししますと、小学2年生まで成績は2か3ばかりでした。小学3年の時、せめて運動の方で新潟県の一番になりたいと考え、砂浜を走ったり、ジョギングをしたりと7年計画で自主トレーニングを始めました。そのかいあって中学3年の時には垂直ジャンプ1m10cm、背筋230キロ、胸囲110㎝、太もも58㎝、ふくらはぎ44cmという強靭な身体を作り上げました。
クラブ活動はバスケットボール部でしたが、中学1年の時に柔道で初段を取り、ついに中学3年の時、陸上で新潟県優勝をしたのです。
ところがある日、100m走の練習をしている時、はっと「自分は筋肉ばかり鍛えて脳を鍛えていなかった。これではいくら頑張っても、オリンピックの選手のように記録を伸ばすのは難しいだろう」と、直感的に脳を集中して鍛えることの重要性に気づいたのです。体の筋肉ばかりに目を向けていて「失敗した!」と思いました。
結局、振り返ると、私は運動系や視覚系脳番地は鍛えたけれども、情報や知識などの記憶系や体を動かす司令塔の思考系を鍛えていなかったのです。
そこで、大学は医学部に行って、脳のことをもっと深く勉強しようと決意したのでした。

生活リズムを、地球の自転リズムに合わせるように変える

――先生は「現代人は偏った(ゆがんだ)脳の使い方をしている」と指摘されています。脳全体をバランスよく使うには、どんなことを心掛けたらよいのでしょうか。

加藤 簡単に言うと、昼間の仕事や夜の活動のやり方を変え、地球の自転リズムに合わせるということです。週末の過ごし方もそうです。そして十分睡眠をとること。寝ないと脳は衰えます。夜更かしせず、午後9時ごろから午前3時ごろまで6時間は寝るのが理想です。この時間帯に睡眠ホルモンのメラトニンが一番よく出るので、間違いなく健康になれます。

極論すると、暗くなったら寝る。朝は太陽とともに起きる。そこから外れるほど脳のリズムがおかしくなります。夜遅くまで起きている人は、もっと時間帯を前にずらし、生活リズムを地球の自転のリズムに合わせましょう。農業などに携わり、自然とともに生きていることを実感している人は100歳になっても元気な人が多い。
私も40代の頃は午前2時、3時まで仕事をしていました。50歳になってから午後10時半に寝るように変えました。そうしたら3か月で体重が8キロも減りました。他に何もしていなくても、ダイエットができてしまったのです。夜に脳が回復する余裕が生じた上、朝ご飯がおいしくなり、昼ご飯もしっかり食べられるので、夕飯が少なくてすむので、それがダイエットにつながったのです。

最近の研究では、6時間未満の睡眠ではなんと40%の人がうつ病になると報告されており、心臓にも良くありません。睡眠時間が少ないと、昼間の神経活動が低下し、思考が短絡的で直情的になり、人の感情の変化にも鈍感になって社会ルールに触れることをしても罪悪感がなくなったりします。
夜中にいつまでもネットサーフィンをしたり、ついついつまみ食いをしてしまったりする人はさっさと寝て、朝型リズムに切り替えましょう。仕事も夜中にダラダラやるより、早朝に起きて取りかかったほうが何倍も効率が上がることは、昔から言われているとおりです。

定年後、スケジュールを決めず気ままに暮らすと認知症になりやすい

――認知症になる人が増えています。予防する方法があれば教えていただけますか。

加藤 認知症に効果があるのは、薬よりもクイズやドリルなどの脳トレ、食事、睡眠などの生活習慣だと分かってきました。朝起きてから正午まで、頭がクリアな時間帯をきちんと作ることです。とりわけ定年後の人は、生活にメリハリがなくなりがちですから、注意が必要です。時間を守って行動しなくなると、人は脳を使わなくなり、海馬が刺激されずに衰えていきます。スケジュールを決めずに自由気ままに暮らすのではなく、予定を立てて行動することが大切です。

さらに毎日外出して、できるだけ1日1時間以上、1週間に10時間以上歩くことをお勧めします。心理的にリラックスするヨガとか瞑想、禅は血圧を下げて脳をリセットし、海馬を元気にすることが分かっています。
このように日常生活を自分でコントロールし、食事も自分で選ぶことが長生きする秘訣です。私の祖父は90歳まで自分で料理をしていました。脳に刺激を与えてくれる友だちを周囲にたくさん持ちましょう。脳トレはすべての人に効果的だと言われています。認知症になってからも脳トレを諦めてはいけません。

スマホだけ見ていると、思考が変わらず依存性が強まる

――スマホが普及しています。多くの情報を入手できる便利な道具ですが、脳の働きにはどんな影響を与えるのでしょうか。

加藤 スマホがもたらす未来を私は心配しています。問題点は2つあります。1つはウインドウ(枠)が小さいので、眼球運動が起きず、目を動かす筋肉(外眼筋)を使わなくなります。外眼筋には6本の筋肉があり、別々に動いて眼球を動かしていますが、スマホだけ見ていると、どの筋肉も動きません。
人は目を動かすことで思考を変えており、目を動かさないと思考を変えられません。スマホへの依存性が高まり、小さな枠から逃れられなくなります。空間認知能力や注意力が低下し、忘れ物が多くなり、電車から降りたら人にぶつかるといった行動が起きます。
これを防ぐにはキャッチボールなどのボール運動をする、お手玉をする、といった目と手を同時に使う運動が適しています。

2つ目の問題点は、本来自分の頭の中に入れておくべき記憶を、スマホという外部記憶装置に入れてしまうことです。記憶力を使わない習慣を作ってしまうので、いま20~30代の人は40~50年後に認知症状が出る心配があります。
すべてがスマホの中で完結するために人と話さないので、コミュニケーション障害になる懸念もあります。

加藤先生愛用の靴下は5本指。脳の活性化と健康に良い。
加藤先生愛用の靴下は5本指。脳の活性化と健康に良い。

脳画像を見ればその人の過去が読み取れる

――先生は長年MRI(核磁気共鳴画像法)による脳画像の研究をなさり、病気だけでなく生活習慣のアドバイスもされています。脳画像を見ることで人のどんなことが読み取れるのでしょうか。

加藤 これまで1万人以上のMRIの脳画像を見てきました。人の脳はトレーニング次第で大きく変わるので、脳画像を見ればその人の弱みも強みも分かります。私の開発した脳画像法でみると、使った脳番地のネットワークは画像上で黒く成長し、樹木の年輪のように過去を読み取ることができるのです。
子どもなら、本を読んでいるか、片づけができるか、口先だけでなく行動するか、などが分かり、生活改善やコミュニケ-ションの取り方をアドバイスし、学力を伸ばすことができます。ビジネスマンならもっと成功できるように医学的見地からアドバイスができ、認知症を予防することも可能になります。

思考系脳番地がうまく働かないと、衝動買いに走りやすい

――ご著書『今日からお金がたまる能トレ』では、ついムダ遣いしてしまう消費者にならないために、脳のクセを変えることを提案しておられます。

加藤 人は脳番地の弱いところでムダ遣いをしてしまいます。買い物の際は、売り場を歩き回り(運動系)、商品を見て(視覚系)、店員に質問し(伝達系)、わくわくし(感情系)、魅力を理解し(理解系)、過去の経験を思い出し(記憶系)、買うかどうか決断する(思考系)――というように脳番地がフル稼働します。
最後の思考系脳番地は欲求を抑える力を持っていますが、ここが正しく働かないと、店員さんの売り言葉につられて衝動買いに走ってしまいます。

ではどうするか。例えば買い物には予算の上限を決めておく。レジでの支払いは1万円札を出すのではなく小銭を使う。寝不足の時や疲れている時は脳の働きが弱っているので、買い物をしない。夜中はテレビショッピングやネットショッピングを見ない。買い物は翌朝に回すなど。こうした生活習慣に改めれば、それだけでもずいぶんムダ遣いがなくなるでしょう。

思考系脳番地がうまく働かないと、衝動買いに走りやすい

 

TEXT:木代泰之

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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