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日本発、世界の水インフラを変えるテクノロジー!――「どこでもシャワー」「どこでも手洗い機」がいま大注目

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水ビジネスの世界に、全く新しい視点から参入している東大発ベンチャーがある。WOTA株式会社(本社:東京都文京区、以下「WOTA(ウォータ)」)だ。持ち運び可能な小型のポータブル水再生処理プラント「WOTA BOX」を開発した。
今年の令和2年7月豪雨や昨年の台風15号、19号被害では、被災地の避難所に「WOTA BOX +屋外シャワーキット」を提供し大好評だった。水質はAIやセンサー、フィルターを駆使してWHO(世界保健機関)水準の清潔さに維持しつつ水再生処理を行うことで、100リットルの水で100人がシャワーを繰り返し使用できる。普通のシャワーに比べて約98%の節水だ。泥と汗にまみれてストレスがたまる被災者からは、感謝の言葉が絶えない。
さらに今年7月には新型コロナの世界的な感染拡大を受け、「WOTA BOX」の技術を活かして「どこでも手洗い機(WOSH)」をわずか3カ月のスピードで開発し、予約受付を開始。11月から出荷を開始する。コンセント1つあれば、レストランや商店の店頭に設置でき、20リットルの水で500回の手洗いができる。
おまけに手を洗っている30秒間に、スマホの表面に付着した菌を99.9%以上UV除菌できる機能も洗面台の側面に付いており、先行予約の600台は即完売した。6月には神奈川県鎌倉市と実証実験を行い、駅の改札口を出た所などに設置。ウィズコロナ時代の観光都市の在り方として注目されている。世界からも問い合わせが殺到している。
世界の水資源の不足は深刻だ。WOTAの技術は水処理を分散型にすることにより、上下水道がない国や地域でも生活用水の再利用を可能にしてくれる。
水ビジネスに果敢に挑戦するWOTAの前田瑶介社長(27歳)に、今後の事業展望や研究開発の方向性について伺った。
(この取材はWeb会議システムを介して行いました。)

WOTA BOX(中央)と屋外シャワーキット

WOTA BOX(中央)と屋外シャワーキット

前田瑶介
前田瑶介
(まえだ・ようすけ)

WOTA株式会社 代表取締役
1992年、徳島県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院工学研究科建築学(修士課程)修了。在学中より、大手住設メーカーのIoT型水回りシステムユニットの開発プロジェクトに参加。teamLab等でPM・Engineerとして勤務し、センシングや物理シミュレーションを用いた作品・プロダクトの企画・開発に従事。建築物の電力需要予測アルゴリズムを開発・売却後、WOTAに参画。特技は阿波踊り・競技ダンス。東京大学総長賞受賞。修士(工学)。

ライフラインは「大から小へ」、分散型が世界の潮流

――水ビジネスはフランスのヴェオリアやスエズなど巨大企業が世界の上下水道事業を席巻しています。あえてこの分野で起業された狙いをお聞かせください。

前田 私は大学で建築を学び、ライフラインに関わる仕事をやりたいと思っていました。ライフラインの世界は今、大きなものから小さなものへという潮流があります。通信はポケットに入り、電気やエネルギーは家庭で発電するなど分散型に移行しています。ところが水だけは汎用性のある小さなソリューションがないと感じていました。
もし水においても小さなライフラインとして実現すれば、ドミノ倒しの最初のピンになって、都市や組織の在り方、街づくりまで一気に変わっていくのではないかと考えています。
わが国特有の水の課題としては上下水道の財政問題があり、多額の事業債など、事業継続上の懸念があります。水道管を維持するエリアの縮小を余儀なくされる自治体も出てくる可能性があると言われております。水道管の維持ができなくても、別の方法で水供給や水処理をできるようにすることは、私たちにとって重要なテーマです。それを解決する技術を開発すれば、世界的に大きな市場になるのではないかと考えました。

ゴミ、細菌、ウイルス、有機物などを99.9999%除去する性能

――昨年発売された「WOTA BOX」は、100リットルの水を循環ろ過して、100人がシャワーを浴びることができるとのことですが、どのような仕組みなのか、説明していただけますか。

前田 WOTA BOX は、一言で言うと、水処理場を10万分の1のサイズに縮小して持ち運べるようにした装置です。
水処理場は機械や設備だけで動いているわけではなく、日々、専門職の方々が経験に基づいて水の色や匂い等の感覚情報もふまえながら管理することで成り立っています。いわば「酒蔵」のようなイメージです。それを小型化するには、経験則や職人的な判断を自動化する必要があります。

図1:WOTA BOXのシステム概念図

図1:WOTA BOXのシステム概念図

前田 WOTA BOXは、AI、センサー、フィルターを駆使し、水を絶えず浄化して供給するシステムです(図1)。人の目と鼻の役目はセンサーが、判断はAIが行います。
センサーは水質の汚れだけでなく、フィルターを通る前と後の水質を比べることで、フィルター性能をリアルタイムで評価します。それらの情報をマシンにフィードバックし、目標の水質基準やコスト効率を満たすよう、最適に制御します。
シャワーは通常1人で約50リットルの水を使います。100人なら5000リットルの水が必要になりますが、WOTA BOXなら100リットルの水を繰り返し使うので、必要な水の量は通常の量のわずか2%。つまり98%の節水ができ、普通のシャワーなら2人しか浴びられない水量でも、WOTA BOXでは100人が利用できるのです。被災地のような断水した場所でも使えますし、小さな発電機や蓄電池でも稼働できるよう省エネ化していますので、電気が遮断している場所でも手軽にシャワーを浴びることができます。

被災地で活躍するWOTA BOXと屋外シャワーキット

被災地で活躍するWOTA BOXと屋外シャワーキット

――シャワーの排水には身体の汚れや洗剤などさまざまな不純物が含まれます。どのような仕組みで除去するのでしょうか。

前田 シャワーの排水は、まず洗濯機にあるようなゴミポケットで大きなゴミを取り除いた後、活性炭膜や逆浸透膜(RO膜)など6本のフィルターを通し、ゴミ、せっけんの成分、細菌、ウイルス、金属イオンなどを99.9999%取り除きます。
例えばウイルスの大きさは100ナノメートル程度ですが、RO膜の孔(あな)の大きさは約1~2ナノメートルですから、除去できます。AIはセンサーで得た汚れの情報を元に、どのような水処理をすべきかを自動的に判断し、アクチュエータを制御します。
さらに紫外線の照射や塩素による殺菌・消毒も行います。処理した水はWHOの水質基準を満たしており、口に入っても支障ないクオリティです。ただ、飲んでしまうと、循環するための水が減るので飲用ではございません(笑)。

前田瑶介氏

2019年の長野市水害では9000人以上がシャワーを浴びた

――これまで全国の台風や豪雨の被災地に「WOTA BOX」を提供して支援活動をされています。WOTA BOXの働きぶりはいかがですか。

前田 2018年9月にWOTA BOXの開発を開始したとき、私たちは「この製品は災害対応をメインにしよう」と決めていました。災害時に避難所で水に困らない状況を作ろうと考えたのです。
2019年に台風19号で千曲川が氾濫したとき、長野市の1千世帯以上が被害を受け、数千人の住民の方々が長期の避難生活を余儀なくされました。長野市には14台を導入していただき、すべての避難所で2カ月間弱、シャワーが使えるようにしました。中核市規模で都市全域の方々に、私たちの新しい自律分散型水インフラが役立ったことは大きな自信になりました。
水害には、想像を絶する精神的なストレスがあります。家も身体も泥まみれで後片付けをしますが、厄介なのは乾いた後の土煙が街を覆い体に付着することです。泥には細菌が含まれているので、さまざまな感染症の原因となるリスクも高い。特に避難所において、子どもやお年寄りをそんな状態で寝かせることに、親御さんたちは心を痛めていました。
シャワーは延べ9000人以上の方々に利用していただきました。毎日シャワーを浴びて身ぎれいにして寝ることができ、精神的に安らげたのではないかと思います。
避難所では感情を抑え寡黙になるお子さんがいます。泣きも笑いもしなくなります。それがシャワーをお父さんやお母さんと一緒に浴びると、感情が一気に解放されて、泣き出したり笑い出したりするのです。
こんな声もありました。「避難所生活が1カ月も続くと、そこから職場や学校に通うようになる。水を使えたおかげで、サッパリ清潔な身体で通勤・通学ができました」。
今年7月の九州地方の豪雨災害では九州各県の被災地にWOTA BOXを提供し、感謝の声をたくさんいただきました。自衛隊はお風呂サービスをしますが、大量の水をどう確保するかが課題になります。
今まで避難所の運営は、とにかく生きのびるという水準でしたが、これからは避難生活が長期化しても、ふだんと同じように水を使って日常通りの快適な避難生活ができること、居心地よく過ごせることが課題になります。WOTA BOXが全国に1万台オーダーで配置されれば、日本でいつ災害が起きても水に関しては大丈夫です。

被災地でもシャワーを浴びることができる

被災地でも久しぶりにシャワーを浴びることができ、さっぱり!

世界は水不足。排水量の極小化が新たな価値になる

――「98%節水」が持つ意味について、水資源との関係から解説していただけますか。

前田 地球上に水は大量にあると思いがちですが、97.47%は海水であり、淡水は2.53%です。この淡水のうち、大部分は、南・北極地域などの氷河や氷山であるため、それを除いた地下水、河川水、湖沼水などの淡水は、全体の0.76%にしか過ぎません。しかもそのほとんどが地下水であるため、比較的容易に利用することができる河川水や湖沼水などとして存在する量は、地球上の水のわずか0.01%です。人口爆発が世界的課題となるという予測もありますが、そうなった場合も水資源は増えないので、相対的に不足していきます。
このため、人類はもっと効率的な水の使い方を志向していく必要があります。つまり水を節約するだけでなく、使った水の後始末や再利用をその場その場でやっていくことが重要です。
水問題の本質の1つは排水の処理なのです。使用後の水を垂れ流しにするから、使える水が使えなくなります。水があっても使えないというのが、今の中国や東南アジアの現状です。そこを解決しないと、水の問題はどんどん悪化します。排水の量を極小化することが、節水の先にある価値だと思います。

WOSHは日本の技術を総結集してスピード開発

――新型コロナが世界で猛威をふるう中、御社は「どこでも手洗い機の(WOSH)」をわずか3カ月という猛スピードで開発し、7月14日に発表されました。アピールポイントや開発の経緯をお聞かせください。

前田 WOSHは「公衆衛生のアップデート」を目標にした装置で、20リットルの水で500回の手洗いができます。WOTA BOXの技術を生かし、コンパクトな設計にしました。コンセント1つあればどこでも設置でき、水質はセンサーで絶えず監視します。万一、外的ショックなどで安全性に支障が出た場合は、自分で稼働を止めます。
また手洗い中の30秒間にスマホ表面に付着している菌を99.9%以上UV除菌する機能も備えており、大好評をいただいています。
開発の端緒は、昨年秋、台風15号で被災した千葉県で支援活動をしたとき、日本赤十字社の方から「仮設トイレを出た後、手洗いができない」という悩みを聞いたことでした。新型コロナが拡大期に入った今年2月下旬頃には、ある飲食店チェーンの社長さんから「これからの集客施設や公共空間は“衛生、清潔、安心”がないとやっていけない。でも今の水道ではこれに対応できない」と聞きました。
店や施設の入り口にはアルコール消毒液が置いてありますが、アルコールの効果は病原体ごとに違っていて、ノロウイルスなど「ノンエンベロープ型」には効かないと言われています。
より汎用的な手指衛生の方法として、入り口で手洗いができれば安全性が高まるのではないか。手洗いをすると、感染性疾患の罹患(りかん)リスクを最大44〜47%程度低減できるという論文も読み、2月下旬に開発を決意。3月上旬から全社員を動員しました。
パートナー企業さんにも「これは重要なプロジェクトだからぜひ参加を」と呼びかけました。これまで試作品を依頼していた会社、データ分析の計算基盤を提供してくれた会社、通信環境を提供してくれた会社などが、最優先で取り組んでくれました。日本の技術を結集する形で開発を急ぎ、5月には試作品1号機、6月上旬には2号機が完成しました。

手洗いスタンド「WOSH」

水道いらずの、手洗いスタンド「WOSH」

手洗いスタンド「WOSH」
手洗いスタンド「WOSH」

手洗いしている30秒間にスマホも99.9%以上UV除菌してくれる。

コピー機に似たビジネスモデル。来年から月産1000台を予定

――鎌倉市で実証実験を行ったとのことですが、結果はいかがでしたか。

前田 最初は、JR鎌倉駅東口の改札を出たところ、小町通り商店街、市役所、長谷寺などで使っていただきました。利用者の方々からは、「電車でつり革に触った後、レストランで食事する前に手洗いができるのはありがたい」とか「アルコール消毒で手が荒れていたので、水で洗えて助かる」といった感想をいただいています。WOSHの水は不純物を99.9999%除去した「超軟水」で、肌触りも柔らかいのが特徴です。
地元住民の方々からは「外から人がやって来る駅の改札口に手洗いがあるのは安心だ」と、ウィズコロナ時代の観光都市の在り方としてポジティブに受け入れていただいています。
今年11月から量産に入る計画で、7月14日の発表で600台の先行予約を始めたところ、即完売でした。来年は月産1000台を予定しており、海外からもたくさんの引き合いが来ています。

――WOTA BOX は売り切りでしたが、WOSHは月額22,000円という安価なレンタル制です。フィルターの交換や掃除などのメンテナンスも不可欠だと思いますが、ビジネスモデルについて説明していただけますか。

前田 今回、WOSHを導入する業種は、コロナで経営的に苦しいところが多いだろうと感じており、できる限り導入のハードルを下げることにしました。WOSHのビジネスモデルはコピー機とよく似ています。フィルターの残量はセンサーで把握して表示するので、インクカートリッジに相当します。
WOSHは使っていると少しずつ水が減っていきますから、週に1~2回、10L程度の水を上から補充する必要があります。これはコピー用紙に相当します。
こうしたメンテナンスは簡単な作業なので、各社のスタッフの方々やご自身でご対応いただくことが可能です。

「WOSH」を使っている様子
商店街やレストランの入り口に置かれる「WOSH」

商店街やレストランの入り口にさりげなく置かれた1台がうれしい。

過去の事例とは異なる新しい成長プロセスを作りたい

――最近のベンチャーは、インターネットやソフト開発などIT系が多いのですが、御社は珍しく研究開発型でお金がかかるモノ作り系です。今後の海外展開など将来展望をお聞かせください。

前田 WOTAはハードウェアや要素技術まで踏み込んで開発します。こうした本格的な投資が必要な研究開発型企業は「ディープテック」と呼ばれています。製造業ですから、本当にヒト、モノ、カネに四苦八苦しながらやって来ましたが、最近ようやく業績とのバランスが取れてきました。
過去にベンチャーから大企業になった事例とは異なる、新しい成長のプロセスを作りたいと思っています。リソースを豊富に持っている企業と連携する方法もあります。現実に自動車メーカー大手や家電メーカー大手からは、試験設備などを貸していただいています。
世界には手洗いができない人が30億人います。世界の病院のうち16%は近代医療にふさわしい手洗いができません。手術前にも処置後にも手を洗えません。私たちは迅速に、世界各地で製造開始できるようにしたいと思っており、高度な設備がなくても製造できる設計を心がけています。

上下水道を必要としない、水の供給・処理の新事業を起こしたい

――最後に、今後、進出を目指している新たな分野があれば、お聞かせください。

前田 浄水場だけでなく、下水処理場もコンパクトにしたいと考えています。成長途上にある国々では、成長過程で公衆衛生課題に直面しますが、その代表的なものが公衆トイレです。下水道がなければ公衆トイレを作れず、公衆衛生の改善が進みません。私たちは下水道の敷設を待つことなく、分散型の水再生処理システムと共にトイレを設置するという展開を考えています。
すでに弊社の開発拠点(東京都豊島区)のトイレはそうなっていて、私たちが出したものを使って実験しています。上下水道を必要としない、新しいタイプの生活用水の供給と処理の事業を起こしたいと考えています。

世界の水ビジネスのポテンシャルは数百兆円と言われます。いろいろなプレーヤーが参加することが世の中のためには大切で、今後この分野に参入する企業様にも私たちのプラットフォームを公開して使っていただけるような構造を作り、世界の水問題の解決スピードの向上に貢献できればと考えています。

TEXT:木代泰之、画像・動画提供:WOTA株式会社

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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