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ロボットと人が無理なくともに在るために。きゅんくんが目指す未来とは

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2015年、ロボティクスファッションクリエイターとして、着て楽しむロボット「METCALF(メカフ)」を世に送り出し注目を集めた、きゅんくん。現在は、自作のソーシャルロボットに対する人の身体感覚や感情についての実験結果を、展示会や論文の形で発表すべく奮闘中だ。

きゅんくんがつくり出したMETCALFの特徴は、これまで世間に発表され・実用化されてきた多くのロボットのように、何かしらの実用的な機能をもたないこと。なぜ、あえて実用的な役目を負わないロボットを開発するのか。その動機と今後のビジョンから、テクノロジーと人の未来を探る。

きゅんくん
きゅんくん

ロボティクスファッションクリエイター、メカエンジニア。
1994年、東京都出身。2014年よりウェアラブルロボットの開発を手がけ、2015年、テキサス「SXSW2015」にて「METCALF(メカフ)」発表。以来、ロボティクスファッションクリエイターとしてロボット開発に携わる一方、tsumugでメカエンジニアとして活躍。現在は、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)連携研究員として、ATRの塩見昌裕氏のもとウェアラブルロボットに関する研究を行う。

クリエイターとして新しい“価値”をつくり、エンジニアとして価値ある“もの”をつくる

きゅんくん
きゅんくん。今回の取材はオンラインで行われた

——2014年からウェアラブルロボットの開発を手がけ、以来、ロボティクスファッションクリエイターとしてだけでなく、メカエンジニアとしても活躍されています。現在の具体的な活動を教えていただけますか。

きゅんくん クリエイターとしては、METCALFのようなウェアラブルロボットの開発をしています。エンジニアとしての活動は、インターネット接続型のコネクティッド・ロック「TiNK(ティンク)」などを開発している株式会社tsumugで行っています。tsumugは、さまざまなジャンルの人が集まって、新しい「当たり前」を目指して活動をしているスタートアップで、全員が業務委託の形で仕事を請け負うスタイル。いろいろな人がいるので、自分の知らない分野に接することのできる場にもなっていますね。最近は、ハードウエアだけでなく、苦手だったソフトウエアにも取り組もうと思っているので、ここで得た知識がとても役立っています。

活動の軸足がどちらにあるということではなく、クリエイターもエンジニアもどちらも自分。あえて表現するなら、「新しい“価値”をつくる」のがクリエイターで、「価値ある“もの”をつくる」のがエンジニア、ということでしょうか。それぞれの活動が相互にいい影響を与えられる状態が理想です。

——2020年3月まで大学院にも在籍していらっしゃいました。現在も、研究は続けられているのですか。

きゅんくん 修士論文としては、ウェアラブルロボットを着用してコミュニケーションしている場合と、着用せずにコミュニケーションをとっている場合で、人のロボットに対する感じ方がどう変わるかを実験してまとめました。

現在は、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(以下、ATR)の連携研究員として、塩見昌裕さん(ATR エージェントインタラクションデザイン研究室 室長)に研究を見ていただいています。2020年8月に予定している展示会では、実験用につくったロボットとともに、研究の成果もあわせて発表したいと考えています。

——2020年8月の展示会はどのようなものになりますか。

きゅんくん 新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナウイルス)の感染拡大防止のため、リアルな展示だけでなく、ヴァーチャル空間も組み合わせたものにする予定です。リアルな展示では、「Fylgear(フィルギア)」というウェアラブルロボットを実際に着用していただくことも考えています。

「VRoid」でつくられたきゅんくんのアバター
「VRoid」でつくられたきゅんくんのアバター

ヴァーチャル上では、一緒に展示をするアーティストのhima:// KAWAGOE(以下、hima)さんが「VRoid」で作成した、私とhimaさん2人のアバターが登場します。VR空間を通じて、参加者がウェアラブルロボットを着用したり、アバター用の服を着たりと、さまざまな仕掛けを考えているところです。これまでヴァーチャルの世界にあまり馴染みのなかった人にも気軽に参加してもらえる場になったらいいなと思っています。

ウェアラブルロボットと人との「心理的な関係」を解明する

Fylgear
実験用のウェアラブルロボット「Fylgear」

——研究対象が、ウェアラブルロボットに対する人の感情の動きというのは珍しいと思うのですが、どういう理由から着目されたのでしょう。

きゅんくん ウェアラブルロボットが人にとってどういう存在であるかを解明したかったというのが大きな理由です。関連研究を調べている時に、ウェアラブルロボットがどういう心理的影響を与えるかを研究している人が少ないことに気づきました。私が取り組まないと他に取り組む人がいないかもしれない。半ば使命感のようなものもあるかもしれません(笑)。

使用したのは、実験に合わせて開発したFylgearという、話すことのできるロボットです。METCALFはファッションとしてのロボットなので、着たときにシルエットが美しく見えることを大事にしていて、人の感情を調査するような実験用にはつくっていません。そのため、METCALFは実験において、着用者とロボットだけの関係ではなく、「第三者に見られる」という要素が入ってしまう。実験には、ロボットと人のコミュニケーションに集中できるように、それ以外の要素を排除した別のウェアラブルロボットが必要でした。

実験結果については、展示会で詳しく紹介する予定ですが、着用しているときのほうが、着用していないときよりロボットに対する親密感が上がることがわかりました。実験では、ロボットが人に与える影響を評価するため、人のロボットに 対する心理尺度としてGodspeed Questionnaire指標を用い、「擬人化」「生命性」「親密感」「知性」「安全性」に関しアンケートを取りました。また今回は、「かわいい」という指標も追加しています。ウェアラブルロボットとコミュニケーションしていくうちに「かわいい」に加えて「人が笑顔を見せる時間」や「ウェアラブルロボットに手をかざして触れ合う時間」の度合いが変化していくのではないかと想定して指標を追加したのですが、その部分に関しては、有意差がありませんでした。

ロボットの存在が多様性を広げる、そんな社会をつくりたい

着用中のMETCALF
着用中のMETCALF(モデル:近衛りこ 撮影:荻原楽太郎)

——ロボットを仕事にした原点についてお聞きかせください。そもそもロボットに興味を抱いたきっかけは何だったのでしょうか。

きゅんくん 私、小学生の卒業文集で、すでに「将来はロボットを開発する人になるので、機械工学科に行く」と書いているんですよ。ロボットを仕事にしたい、と思ったのは、テレビで高橋智隆さんというロボットクリエイターの方を知って、ロボットを仕事にしている人がいることに気づいたから。もちろん、ロボットは知っていましたが、誰がつくっているのか、どういう仕事があるのか、まったくイメージが湧いていなかった。高橋さんの存在を知ったことで初めて、自分もそうなりたいと思うようになりました。

——そこからMETCALFの開発へのプロセスはどういうものだったのでしょう。ファッションとロボットを融合させるという発想はどこから生まれたのですか。

きゅんくん 服をつくることに興味があって、高校時代には被服部に所属していました。自分の軸をファッションとして表現したいと考え、そのときから自分の軸は「テクノロジー」だと考えていたので、それを表現するファッションを製作しようと思って。その延長線上にあるのがMETCALFです。

新しいものを生み出すとき、私が気をつけているのは、自分にないものを持っている人とコミュニケーションをとることです。高校は私立だったこともあり価値観の似た人が集まる環境になりがちだったので、SNSなどを通じ、学校以外に友人をつくりました。高校時代は、ファッションが好きな人や美容師を目指す人などとよく交流していましたね。

——ロボットというと、多くは何らかの実用的な役目を果たすためにつくられています。なぜ、あえてそのような目的とは異なるウェアラブルロボットを開発しているのでしょう。

きゅんくん ウェアラブルロボットをつくる理由は、人とまったく異なる存在としてのロボットが、人と物理的距離をゼロにしても「身体拡張」ではなく、別の存在として一緒にいられるのではないか、存在の多様性を尊重することになるのではないか、と考えているからです。「あなたは私と違うけど一緒にいられる」という存在感。ロボットだけに何か役割を期待するのではなく、人もロボットも、そのままの状態で「ただ一緒にいようね」という世界観。私のつくる作品としてのロボットは、多様性のある世界をめざすためのウェアラブルロボットです。

だから、ロボットに抱きがちな特別なワクワク感は、現実的にしたいと思っています。ロボットに対しては、期待値を上げた結果、「できないじゃん」と評価が下がるというのが世の常なので、何かしてくれるのではないかというワクワク感ではなく、ロボットへの適切な期待が世の中に広まるといいなと思っています。ロボットに触れていない人には、ロボットがどれくらいで壊れるのか、どれくらい優しく接すればいいのかわかりませんよね。ロボットへの適切な期待とともに、適切な知識も広まればいいと思います。

みんなで起こすイノベーションの一部になりたい

きゅんくんとMETCALF
きゅんくん。後ろに置かれているのがMETCALF

——ロボットが多様性の一つとして社会に存在するということですね。そのような未来に向け、社会におけるテクノロジーと人の関わりについてはいかがでしょうか。

きゅんくん これから人とテクノロジーがどういう付き合いをしていくのか、未来は予測できませんが、私がロボットの開発を始めた頃より、私が理想とするロボットと人が多様に関わる世界観には近づいている気がします。私はこれまで、自分も人も世界もそう簡単に変化するものとは思っていませんでした。でも、ここ数年で、世界の価値観は一気に変わるんだということを実感しています。

たとえば、新型コロナウイルスの感染拡大防止の影響もその一つです。tsumugで取り組んでいるプロジェクトの存在意義も変化しました。代表的なサービスである「TiNK」や、それを利用して小規模なワーキングスペースを実現する「TiNK Desk(ティンクデスク)」は、リモートワークが推進されたことで大きく可能性が広がりました。限られた一部の人たちではなく、一般の人がオンラインミーティングツールを使って飲み会をすることも、少し前までは思いもよらなかったこと。いい意味でも悪い意味でも、価値観の変化によってテクノロジーの存在意義は変わっていくのだと興味深く感じています。

——そのようなお考えやさまざまな活動の根底には、新しい価値観や多様性、イノベーションにつながる思考があるように感じます。

きゅんくん イノベーションは、みんなで起こすものだと思います。1人だけで起こせることもあるのかもしれませんが、たいていはいろいろな人の知見が雪だるまのように集まって起こるものですよね。未来は、みんなでつくっていくものだと思うので、私はその雪だるまをつくる雪の一つになれたらうれしい。

たとえば、ウェアラブルロボットを着用することで沸く感情を、テクノロジーとの付き合い方に活用することはできると思います。親密感が増すことで効果が増すロボットがあるのなら、効果を得るためにロボットをウェアラブルにするという可能性が広がるでしょう。

そのように、私が開発したロボットそのものだったり、そのロボットを使った実験結果だったりが、誰かの手掛けるロボット実用化の助けになればうれしいです。そしてそれは、私が目指す多様性のある世界にもつながるのではないでしょうか。そのためにも、私自身は、皆さんに実験結果をちゃんと利用してもらえるよう、論文をスラスラ書ける人を目指したいと思っています(笑)。

TEXT:佐藤淳子
写真提供:きゅんくん(メインビジュアル/モデル:近衛りこ、撮影:荻原楽太郎)

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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