イノベーション

変革し続ける企業のCTOに求められる役割と新しいデジタル・テクノロジーへの目利き力

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現在のCTO(Chief Technology Officer)には、従来とは次元の異なるスピードでの改革や、複数の企業間の連携・協業を促すエコシステムづくりなどをリードしていく役割が求められています。その課題を乗り越えるべく、どんなデジタル・テクノロジーに注目し、活用を進めていくべきなのか。日本IBMのCTOを務める久世 和資が語ります。

 

デジタル・トランスフォーメーション(DX)は多くのステークホルダーとの連携・協業で成し遂げられる

日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員 最高技術責任者 久世 和資

日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員
最高技術責任者 久世 和資

――日本IBMは2017年1月にCTOを新設し、初代CTOとして久世さんが就任されましたが、どんなミッションを担っているのでしょうか。

久世 大きく3つあります。まずは「技術戦略の推進」で、IBMのグローバルな技術戦略の日本での展開と共に、日本市場のニーズや環境、日本の技術的な強みをグローバルに反映する役割も担っています。次に「技術人材の育成」で、DXのコアとなるAIやデータサイエンス、クラウド、IoTといったデジタル・テクノロジーに習熟した人材の育成に注力しています。そして3つめが「技術情報の外部発信」で、技術リーダーによる外部講演、お客様向け技術情報誌の発行など、さまざまな機会を通じてIBMの新しいテクノロジーを発信しています。

――CTOは自社の技術戦略や研究開発を統括する責任者といったイメージがありましたが、実際には、お客様をはじめ社外との接点も多いのでしょうか。

久世 そうですね。これまで企業の中では生産性やコスト削減が重視されてきましたが、今は新規ビジネス立ち上げやビジネスモデルの変革が求められます。例えば、新しい金融サービスや商品を作るためにはビッグデータの活用が鍵になりますし、自動運転には交通インフラやITデジタルの組み合わせが必要です。また、フードトレーサビリティーは複数の会社をブロックチェーンで繋ぐことで実現されます。このように自社に閉じず、スタートアップを含めた複数の企業、その先にいるパートナーやお客様、大学・研究機関など多くのステークホルダーとの連携・協業、いわゆる「エコシステム」によってDXを推進し、新しいビジネスやサービスを創出することができます。

――その取り組みのリーダーが、まさにCTOというわけですね。

久世 はい。世界的な企業や組織において、CTOがDXをリードする最も重要な役割を担っているとの認識が高まっています。経営のスピードアップやビジネス変革といった視点から、エコシステムづくりを含めたDXへの取り組みをリードしていく重要なポジションにあります。

企業の変革を支えるCTOに求められるリーダーシップ

――久世さんから見て、日本企業のCTOは今、どんな課題に直面していますか。

久世 先ほど述べたように、新規ビジネス立ち上げや、「モノづくりからコトづくり」というキーワードに象徴されるビジネスモデルの転換が大きなテーマとして浮上しています。CTOはその変革を支えていかなければなりませんが、今日では段階的な変化ではなく、これまでとは違ったスピードで抜本的な変革が求められているのです。

――その意味でCTOがまず考えるべきは、どんなことでしょうか。

久世 今まで以上に強く問われているのが、「技術の目利き力」です。昨今、多種多様なデジタル・テクノロジーが相次いで登場していますが、どんな技術を選択し、組み合わせれば、より速いスピードで変革を実現できるのか。あるいはエコシステムを通じた他社との連携・協業がスムーズに運ぶのか、的確に見極めていく能力が求められているのです。

実際に変革を推進していく上では、現行の組織や制度、ビジネスモデルなどを変えていく必要があります。そこで不可欠なのがIT活用で、その1つがハイブリッド・マルチクラウドへの取り組みです。周知のとおり、現在はさまざまなクラウドサービスが乱立し、企業ごと、さらには同じ企業内でも部門ごとに異なるクラウドが導入され、個別最適で活用されています。このサイロ状態を解消しないことには、企業が持つ有用な資産を生かしながら、スピード感をもった変革やエコシステムを実現することはできません。社外だけでなく、社内においても経営陣やCoE(Center of Excellence)との密接な連携も忘れてはなりません。

――マルチクラウドの重要性は理解できましたが、企業がその取り組みを推進していけるように、IBMとしても何らかの手立てを用意しているのですか。

久世 先般のRed Hat社の買収もその一環で、OpenShiftなどのオープンスタンダードを推進し、エコシステム連携のしやすい環境を推進します。アプリケーションのコンテナ化や動的オーケストレーション管理、マイクロサービス指向といったアーキテクチャーを実現し、バラバラだったクラウドを統合しようとしています。また、IBMが提供しているソフトウェアやミドルウェアもすべて、コンテナ化し、OpenShiftに対応させていく計画です。

ハイブリッド・マルチクラウドの図

「広範型AI」や「量子コンピューター」が間もなく現実のものとなる

――さらにDXを支えるという視点で、IBMが注力しているテクノロジーについて教えてください。

久世 最近、“Data is the new oil”(データは新しい石油)という言葉が生まれ、最も重要な経営資源の1つとしてデータが注目されています。このデータをエコシステムの中で効果的に共有していくための技術として、AIを活用しようとしています。

――とても興味深いです。ぜひその概要を教えてください。

久世 すでに実用化されているAIは「特定型AI(Narrow AI)」と呼ばれるもので、医療におけるガンの診断や製造業での良品/不良品判定などで大きな成果を上げていますが、分野限定的な活用しかできませんでした。これに続く次世代のAIは、より複雑な業務や企業の垣根を越えた業界全体で活用できる「広範型AI(Broad AI)」と呼ばれ、現在その実用化の入口に差し掛かっています。IBMは、このBroad AIによって作成された学習・推論モデルを特定のAIエンジンでしか使えないものではなく、クラウドを通じて複数の企業間で共有利用できるようにしたいと考えています。

そして、もう1つ注力しているのが「人と協調するAI」です。核心はAIが人とコミュニケーションすることで、IBMでは現在、複雑な問題について人間と討論を行うProject DebaterというAIシステムの開発し、その実応用を進めています。

こうした学習・推論モデルの共有化や人との協調といったアプローチを通じて、AIがエコシステム内で企業間の連携・協業を促し、新しいビジネスやサービスのアイデアを生み出すことを支援するといった未来を描いています。

そのほかIoT、ローカル5G、エッジコンピューティング、ブロックチェーンなどの技術も、ハイブリッド・マルチクラウド環境で、AIの連携も進んでいきます。

――近年よく話題に上がる量子コンピューターの実用化はいかがでしょう。

久世 2021年頃には通常の業務にも部分的に適用可能なレベルにまで実用化が進むと考えています。IBMではすでに2016年からIBM Cloudを通じて誰もが利用できるIBM Qシステムというゲート型量子コンピューターを公開しており、その有料版について今年中に計算能力を50量子ビットまで高める計画です。「従来のコンピューターでは3,300年かかる計算を10分程度で完了する」とも言われる圧倒的な計算パワーが、いよいよ現実のものになろうとしています。

――CTOの皆様には、こうしたテクノロジーのトレンドにも関心を向けていただきたいですね。それが技術の目利き力にもつながっていく気がします。

久世 もっとも、ここまで述べてきたクラウドやAI、量子コンピューターといった新しいデジタル・テクノロジーを使いこなしていく力は、リアルな課題解決を通じて経験を積まなければ身に着けることができません。IBMが各企業との協調を進めている理由がそこにあり、お客様と共にDXおよびそれを支える人材育成に取り組んでいきます。

IBMは、CTOこそが研究開発や製造部門だけではなく、経営やエコシステムをリードしていく、ますます重要な役割を担うキーマンになると確信しています。

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