量子コンピューター

研究が加速する!日本で稼働を始めた量子コンピューターを使ってみた

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2021年7月27日、量子コンピューター IBM Quantum System Oneが日本で稼働を開始したことが発表されてから2ヶ月。この量子コンピューターを使うのは、量子コンピューティング・イニシアティブ協議会(以下、QII協議会と記述)のメンバーだ。米国外ではドイツに次いで2カ国目、アジアで初となるゲート型商用量子コンピューターが日本で稼働することには、どのような意味があるのだろうか。QII協議会メンバーで、IBM Quantum Network Hub at Keio Universityで2018年から研究に従事している 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ システム企画部 調査役 田中智樹氏(以下田中氏)と三菱ケミカル株式会社 Science & Innovation Center 主席研究員 高 王己氏(以下コウチ氏)に聞きました。
※聞き手:日本IBM 髙橋志津


――田中さん、コウチさん、今回はありがとうございます。量子コンピューター IBM Quantum System Oneが、ついに日本上陸、川崎で稼働を開始しています。もう実機をご覧になられましたか?

田中氏:はい、見ました。以前米国のIBMワトソン研究所を弊社CIOと訪問した際に実機を見たことがあったのですが、やはり「日本にある」「動いている」ということに改めて驚嘆しました。

コウチ氏:弊社CTOや研究者の同僚と一緒に見学しました。第一印象は尊さを感じます。1960年代にIBMが初めて古典のスーパーコンピューターを開発して以来、コンピューターは社会に大きな革命をもたらしてきました。今回の量子コンピューター実機の導入は新たな革命の幕開けだと感じました。

――2021年3月にIBM Quantum System Oneが川崎に設置されることが発表された時に、期待とか、これまでとは違う思いとかありましたか?

田中氏:クラウド・ベースでアクセスしているので、場所を意識したことはあまりなかったのですが・・・。実際に導入されて、メディアや色々なところで話題となるのを見ていて、業界がどんどんと活性化していくのでは、と感じています。

コウチ氏:日本の量子コンピューター分野におけるハードウェア、ソフトウェアの技術革新が推進されると、大きく期待しています。

――「ibm_kawasaki*」は、もう使ってみましたか?

*川崎で稼働中のIBM Quantum System Oneの名称。ネットワーク上では「ibm_kawasaki」と表示される

田中氏:利用可能となった当日に使ってみました。実は2年前に、当時IBMで最大の53量子ビットのマシン ibmq_rochesterを日本で初めて使ったのは私なのです。「初めて」に遭遇できるのは「今だからこそ」かもしれません。今回も一番に使ったと言いたかったのですが、裏が取れませんでした(笑)

ibm_kasawakiで研究する田中氏

コウチ氏:ibm_kawasakiは、待ち時間が格段に少なく、また、計算精度も高いと感じます。ibm_kawasakiを使って、1週間~10日ほどで、約5,000ジョブの計算ができました。いままでは、1週間で大体200ジョブの計算しかできなかったので、単純計算でいくとジョブの待ち時間を数十倍短縮できました。

田中氏:IBMのクラウド上の量子コンピューターは、IBM Quantum Networkのメンバーが使えるプレミアム・デバイスでも、世界150を超えるメンバー企業に所属する複数の研究員と共有なので、リソースの取り合となり待ち時間が発生することが少なからずありました。ibm_kawasakiは、まだ日本メンバーに限定なので、やっぱり待ち時間の軽減は期待するところですね。あと、国外に持ち出せないデータを国内で計算できることです。今はまだ未対応なようですが、近い将来そうなるように働きかけています。

――コウチさん、計算精度が高いと感じられるということですが、具体的に教えていただけますか?

コウチ氏:量子状態を測定する際、readout errorが発生し、計算精度が大きく低下します。そこで、量子ビットのreadout errorの大きさを予め推算し、その推算結果を用いて測定結果を修正します。私の計算によると、ibm_kawasakiの6量子ビットのreadout errorの大きさの推算結果は、QV128* のibm_montrealの推算結果と比べて少ないことがわかりました。

*QV: Quantum Volume。量子体積とも訳される。IBMが提唱する量子コンピューターの包括的な性能指標。量子ビット数、接続性、ゲートエラー、測定のエラーなどを考慮し定義される

――ということは、同じ量子コンピューターでも設置やチューニングの妙で、違いがあるのでは、ということでしょうか?

ibm_kasawakiで研究するコウチ氏

コウチ氏:そうですね。readout errorの比較から、海外クラウドはあまり気にしていない量子ビット間の細かいエラーに関しても、日本は徹底的にエラー緩和の工夫をしているのではと感じます。ibm_kawasakiの性能から、精度を追求する日本人ならではの「オタク技術者気質」を感じます。

――さすが、実際に使われている研究者ならではの視点ですね。細かなチューニングには、日本IBMはもちろん、米国IBMのチームが昼夜を問わずサポートしてくれたと聞いています。繊細な量子コンピューターだからこそ、日本人の繊細で緻密な職人技が加わると、さらにポテンシャルを発揮できるのかもしれませんね。最後に ibm_kawasakiを使っての今後の抱負をお聞かせください。

コウチ氏:VQE(Variational Quantum Eigensolver : 変分量子固有値ソルバー)アルゴリズムに関わる研究を、早期実用に繋げたいです。一度のVQE計算では数百ジョブが必要なのですが、これまでは計算リソースに制限があって2量子ビットの計算が中心でした。ibm_kawasakiでは計算リソースが潤沢に使えるというアドバンテージを最大限に活用し、まず2量子ビットより数倍~十数倍大きいサイズの計算を実施し、研究を加速していきたいです。

田中氏:今後の研究に関わることなので、詳細はコメントを控えさせて頂きますが、実機を使うことで現状の量子コンピューターの実力を見極め、将来の量子コンピューターの活用につながる研究をしていきたいですね。

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量子イノベーションイニシアティブ協議会


田中 智樹 氏
田中 智樹 氏

2011年名古屋大学大学院多元数理科学研究科修士課程修了後、株式会社三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)入行。法人営業、システム企画を経て、現在株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ システム企画部 調査役。2018年よりIBM Quantum Network Hub @ Keio Universityのプロジェクトに研究者として参加。慶應義塾大学量子コンピューティングセンター共同研究員を兼務し、金融分野での量子コンピュータの活用に向けた研究活動に従事。

高 王己(コウチ) 氏
高 王己(コウチ) 氏

東京工業大学生体分子機能工学博士課程修了。2007年 三菱化学株式会社入社。現在三菱ケミカル株式会社Science & Innovation Center主席研究員。専門は計算化学、マテリアルズ・インフォマティクス、量子コンピューター。2018年からIBM Quantum Network Hub @ Keio Universityのプロジェクトと慶應義塾大学量子コンピューティングセンター共同研究員を兼務し、量子化学、量子 AI、最適化分野の応用研究を推進。

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