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ジェネレートするAI。クリエートする人類 。 | Think Lab Tokyo 宇宙の旅(THE TRIP)

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その日、船長ジェフ・ミルズと副船長COSMIC LAB(コズミック・ラブ)は、新宿・歌舞伎町にいた。「THE TRIP -Enter The Black Hole-」(以下、「THE TRIP」)と名付けられた13度目の宇宙の旅に、3千人の乗組員たちと共に向かうために——。

「THE TRIP」ワールドプレミア@4/1 ZEROTOKYOの様子

 

THE TRIPは、デトロイトテクノのパイオニアであるジェフ・ミルズが総指揮を務める、宇宙を題材とした世界初のコズミックオペラだ。そのワールドプレミアが、4月1日新宿・歌舞伎町の「ZEROTOKYO」で開催された。

この総合芸術をよりスペシャルなものとするために、ジェフ・ミルズ率いるクリエイティブ・チームと対話とコ・クリエーションを重ねていたIBM社員がいた。熊谷貴司と山岡史法だ。


<もくじ>

  1. ● 生成AIはいったい何を作り出しているのか
  2.  ● IBMはテクノロジー界のエルメスだ
  3.  ● ブラックホールの向こう側とアメコミ風劇画
  4.  ● ジェフ船長の13度目の宇宙の旅
  5.  ● ジェネレートするAI。クリエートする人類。

 

まず、ジェフとの出会いについて、IBM Researchの先進テクノロジーを体感する場「Think Lab Tokyo」へと場所を移し熊谷に訊いた。

サイバーパンクな色合いの街から日本橋へ。


(左)熊谷 貴司(くまがい たかし) | 日本IBM Think Lab – Senior Session Consultant
(右)山岡 史法(やまおか ふみのり) | 日本IBM Consulting – Associate Partner

 

「IBM社歴の長い私ですが、それでも世界的なアーティストにIBMテクノロジーのストーリーを語り、AIの未来を共に考えるという経験は初めてのことでした。

それはやはり緊張しましたよ。でも、それ以上に光栄な機会をいただけたことに興奮していましたね。」

 

Think Lab Tokyo シニア・セッション・コンサルタントの熊谷はそう語ると、ジェフ率いるクリエイティブ・チームとのセッション資料を投影した。

 

「1960年代の記念碑的映画作品『2001年宇宙の旅』をはじめ、アートやエンターテインメントの世界では人工知能と人類の未来の関係が数知れず描かれてきました。その多くが“悲劇的な最終決戦”として。

そしてジェフさんとのセッション数カ月前に、生成AIが社会に与える影響として、『人類はAIと共にルビコン川を渡ってしまったのかもしれない』という声明を東京大学が出しました。

私たちは本当に一線を超えてしまったのでしょうか? …そうかもしれませんし、そこまでは言い切れないのかもしれません。

いずれにしても、AIの急速な進化が、その接し方や使い方にかつてないレベルでの注意を要するものとなっていることは間違いありません。

 

AIは概念をどう捉えているのか。

生成AIはいったい何を作り出しているのか。

そして、人間と生成AIの決定的な違いとは——

 

これらの問いを深く考えるための多くのヒントを与えてくれるモチーフとして、16世紀のフレスコ画から、油彩や水彩、浮世絵やCGと、絵画のヒストリーを中心に据えてジェフさんたちとの対話を進めました。

技術の進化はクリエーターたちの道具をどう変化させてきたのか。そこで概念はどう進化したのか。そしてアーティストたちが作品に込めたスピリットや想いをどう捉えるべきなのか。

ジェフさんは、ときに身を乗り出して、ときに私がまったく想定していなかった言葉で、この話にとても熱く応えてくれました」。

Jeffさん率いるクリエイティブ・チームとの対話を追述する熊谷。IBM 箱崎事業所16階に先日リニューアルオープンしたばかりのThink Lab Tokyoにて

 

「『プラットフォーム・ビジネスに勤しむ新興ビッグテックではなく、100年以上続くテックジャイアントの視点からの話を聞きたい。そして東京研究所の方と率直なディスカッションを希望する。』

個人的に以前から付き合いのあった、さまざまな舞台でライブヴィジュアルを究める映像作家 C.O.L.O率いる『COSMIC LAB』を通じて、ジェフさんからそんなリクエストをいただいたんです」。

 

普段はIBMコンサルティング部門のリーダーの1人して、日本を代表する多数の企業と課題解決に取り組んでいる山岡はそう語る。

 

「僕はテクノ・ミュージックよりは長年R&Bやラップ、ロックを聴いてきた人間です。とはいえ、ジェフ・ミルズというビッグネームからの依頼ですから、ビックリしましたね。だって、エミネムをはじめとして多くの分野を跨いだコラボレーションで、世界の音楽シーンに知られるジェフさんですよ、日本でいえば坂本龍一さんのような方ですからね。

…そんな本物中の本物が、日本IBMを名指しして乗り込んできてくれる。いつもと違うビートが脳内に流れましたね。

 

だから、東京研究所のディスカッションを終えて、『IBMはやはりテクノロジー界のエルメスだ。その歴史には、思想と人へのリスペクトが詰まっている。来年の宇宙旅行THE TRIPのための探索を、ぜひ東京研究所とIBM Watsonと共に進めさせていただきたい』と言っていただいたときには痺れました」。

Jeffさんを囲む石崎さん(The Trip General Producer)と山岡

 

宇宙旅行当日を迎えるまでの準備、コラボレーションはどのように進んだのだろうか。

時間を4月1日のTHE TRIPに近づけよう。

 

「ジェフさんとCOSMIC LABとのコラボレーションはいつも刺激的でしたね。無尽蔵のアイデアを常に実験し続けるジェフさんと、それに負けない職人魂をデジタル・アートに注ぎ込むCOSMIC LABの中心メンバーたち。

どこまでも極めようとする人たちとのミーティングでは、毎回新たな取り組みが決まり、その多くが闇に飲み込まれていくかのように消えていきました。

…ただそれでも、別のアイデアと組み合わされたり、以前とは異なるアプローチで再びブラックホールの向こう側に浮かび上がってくることもありましたね」。

 

山岡は続ける。

「たとえば、ビジュアル・アートに関しては、IBMのAIエンジニアのサポートを受けながらCOSMIC LABが新たな制御プログラムに取り組んでいました。同様に、デモでIBMのAIであるWatsonを実装しステージで流す映像のライブ生成なども検討していました。ただ、時間や技術的な制約から今回のワールドプレミアでは直接的にはお披露目されませんでした。

今回の作品でAIが用いられたのはアメコミ風劇画ですね。あの日、歌舞伎町で船長のジェフさんと宇宙トリップをした乗組員の方たちは覚えていると思いますが、当日配布されたオリジナルZINE(小冊子)にも掲載されていた、ブラックホールへと入っていくあの5つのストーリーです。
あれは、ジェフ船長とCOSMIC LAB、そしてAIのコラボレーションです。」

The TRIP開催に先駆け3月に行われたカクテル・パーティーでの展示から

 

「ライブ当日ですか? 私にとってはクラブっぽいああいう雰囲気でのライブ・イベントは40年ぶりでしたからね。そりゃ興奮したしとても強い印象を受けましたね。

そして『どんな形で、ジェフさんとのディスカッションが舞台に現れるんだろう? コンテンポラリーダンスの部分?それともゲストボーカルの戸川純さんとの絡み?』…なんて思いながら見ていたんでしたが、まったくそんな思惑ははずれましたね。

考えてみれば当たり前ですよね。一流のアーティストが、ディスカッションで得た『素材』をそのまま作品にすることなんてないわけで。

でも、きっとこの舞台のどこかに、私たちが話したことがエッセンスとなっているのだろうと思ったら、なんだか嬉しかったですね。どこか、ジェフさんと通じ合った部分が根底にあるような気がしました」。

 

熊谷の言葉を受けて山岡は言う。

「僕も『そうか! あの取り組みはこう進化してこう組み合わさるのか』と驚きを感じながら観ていました。それまで、パーツ単位ではアイデアや演出に触れていたものの、Enter The Black Holeという総合舞台アートに一体化されたものを前に圧倒されましたね。

そして舞台に向かってDJプレイをするジェフの背中…。

『宇宙船ジェフ号』のパイロットとして、3千人の乗組員の方をときどき振り返りながら、周波数を魔法のように操りながら僕らをリードしていく姿。本当にかっこよかったですよね。

 

最後に今回のプロジェクトがどのような未来へとつながっていくのか。その展望を2人に聞いてみた。まずは熊谷からだ。

「IBM Researchでは、『Grand Challenge』に挑み続けています。5年10年、ときには20年というスパンで技術的な可能性のポジティブな面もネガティブな面も徹底的に調べあげ、その上で、懐深く裾野広く“挑戦”する。この可能性に対する深さと広さが、後々の多面的なアプローチへとつながっていきます。

現在のAIの社会実装の盛り上がりも、おそらく数年後には爆発的に広がるであろう量子コンピューティングも、そうした挑戦から生まれてきたと言えるでしょう。

そういった視点からも、ジェフさんのような哲学的な視点を持つ本物のアーティストが、生成AIの未来を共に考え、社会との接点を広げ発信してくれるということはとてもありがたいですね」。

 

山岡が続ける。

「今、熊谷さんが量子コンピューティングの話をされましたが、デジタル・アート職人のCOSMIC LABも『異次元のステージには、異次元の計算能力が必要なはずだ!』と、量子コンピューターに熱い視線を注いでいます。ここで何か新しい、そしておもしろい取り組みを起こしたいですね。

ジェフさんのThe TRIPは、今回のプレミアを皮切りに世界を回っていく事も構想しています。このツアーそのものもTRIPのコンセプトそのものとなって、進化を止めることができないジェフ船長のもとで、途中でどんどん進化していく予定なんです。

…ひょっとして近い将来、ジェフ船長自身が生成AIに作られたヴァーチャル・ジェフと一緒にクリエイティブを走らせるなんてシーンがあるかもしれませんね」。

 

「もう一つ、付け加えたいことがあります。」熊谷はそう言うと、AIと人類の関係について、ジェフの言葉を引いた。

「山岡さんも覚えていると思いますけど、ジェフさんが言っていましたよね。

『生成AIはその名の通り“ジェネレート”しているのだろう。でも、我々人類は“クリエート”、つまり創作しているのだ。そこには、作品を通して伝えようとしているメッセージがある』と。

私は、ここに真実がある気がしています。

私たち人類が生成AIに何もかも任せていたら、人間の知的活力は衰退していくでしょう。ただ、それを漫然と受け入れるわけにはいきません。テクノロジーは、知的活力やそれと共に歩むメッセージと一緒でなければならない。

IBMは数年前からいち早くAI倫理の重要性を訴えていますが、人間の知的活力の衰退を招かないようにするには、さらに踏み込んで、もっと本質的なところでの人間とAIの関わり方について考える時期に来ていると思うのです。

 

たとえば伊藤若冲の有名な『動植彩絵』には絹の裏側に描画することで表面に微妙な色合いを表現する裏彩色という技巧が施されています。つまり『動植彩絵』は3D絵画なのです。これは2次元で学び、2次元で描画する生成AIには真似できません。

私たちはこうした若冲の創意工夫、情熱、願いといったものも全部含めて『伊藤若冲の絵画』を“感じて”いるのだと思います。私はジェフさんに『日本語ではそれを“仕事”と呼んでいます』とお伝えしました。人間のクリエーションの価値はそこにあるのではないか、と」。

 

THE TRIP -Enter The Black Hole-が次に日本に戻ってくるとき、果たしてどんな姿になっているのか——そのときを楽しみに待ちたい。

 


TEXT 八木橋パチ

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