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たんぽぽの家が拡げる「アート・ケア・ライフ」のつながり | PwDA+クロス6(前編)

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アートの分野に「障害者アート」と呼ばれるものがある。

分類の仕方や呼称に賛否両論ありつつも、多くの人がそれを用いるのは、「作品が帯びる、多くの人とは違う(ように見える)何か」を、障害につなげて理解する人が多いからであろう。そして筆者自身、「たんぽぽの家」から生みだされる作品とアートに関する取り組みに、もっとも強い関心を抱いていた。

たんぽぽの家所属アーティスト中村真由美さんの、おそらくはまだ完成前の作品

 

だが今は、自分が、たんぽぽの家が放つ数多くの光の中で、一番目に入りやすいものにだけ目を向けていたのではないか。理解しやすそうな筋書きに意識を向け、そこで立ち止まっていたのではないだろうか——そんな気がしている。


<もくじ>
(前編)

  1. あらゆる人が安心して生きていける社会を、ネットワーク型文化運動で
  2. 「気持ちの幅」を「選択の幅」でしっかり受け入れる
  3. アート・ケア・ライフの視点からシームレスな活動をつくる

 

(後編)
たんぽぽの家は、ソーシャル・インクルージョンのための市民団体
よりよい選択肢を増やすための生成AI活用
「畳を返す」共創とテクノロジー


 

「今日、皆さんに最初に来ていただいたこの建物は、『たんぽぽの家アートセンターHANA』です。

絵画や立体造形、テキスタイル、陶芸の3つの独立したスタジオがあり、カフェやショップ、展示エリアも併設しています。

そして同じ敷地内に、地域内の皆がいきいきと過ごせるよう、障害や心配ごとの種類を問わずできるだけ幅広く対応できるようにと、障害のある人やそのご家族の暮らしを総合的に支援するための相談窓口や生活支援センター、それからケア付き集合住宅などもそろっています。

それでは、まずこちらにどうぞ。」

一般財団法人たんぽぽの家の常務理事 岡部太郎さんはそう話すと、アートセンターHANAをツアーしてくださり、普段はあまり目にする機会がないであろうアート作品の収蔵庫なども案内してくれた。

 

たんぽぽの家は、コミュニティスペース運営、コンサート、コミュニティイベント開催、社会福祉サービスの提供など、「アート・ケア・ライフ」の視点から生まれたネットワーク型の文化運動を幅広く展開している市民団体だ。

人びとが必要としている機能をフレキシブルに提供するために、一般財団法人たんぽぽの家、社会福祉法人わたぼうしの会、奈良たんぽぽの会の3つの組織を中心に構成されている。

 

岡部さんが、1970年代に重度の身体障害者と保護者たちによる市民運動としてスタートして展開してきたそのルーツについて話しはじめたところで、大きな声で挨拶が聞こえた。

「こんにちは。僕の名前はMasashi Yamanoです。これまでオーストラリアや韓国で展覧会をやった。高島屋さんでも他の場所でも将志いっぱい頑張ってやった! いまも頑張ってるしんどいやろ大変やな。」

 

「先ほどから皆さんに何度か繰り返し自己紹介をしてくれているのは、すぐ隣にある福祉ホーム「コットンハウス」で暮らしているアーティストの山野将志さんです。

HANAは毎週日・月が定休なので、普段なら今日はお休みなんですけれど、いま、山野さんは新しい作品の納品期日が近づいているので、今日も作品に取りかかりに来ているんだと思います。こちらが山野さんのアトリエ・スペースです。」

アーティスト山野 将志さんのアトリエ。これまでの受賞歴や作品はこちらのページで詳しく紹介されている。

 

再び自己紹介をし始めた山野さんに挨拶をして、私たちはたくさんの卓上型手織り機が並ぶテキスタイルスタジオに入った。

「休日なので作業をしている人は誰もいませんが、普段はここでショールやストール、クッションカバーなどの制作作業が行われています。

通常は織った布を製品化することが多いですが、中にはとても独創的な作品をつくる方もいて、かつては着物の帯として使う方もいらっしゃいました。」

 

次に向かった陶芸スタジオにも、たくさんの量産型の製品とともに、いくつか一点ものの作品も並べられていた。このように、工芸品とアート作品の両方を制作していることが、大きな意味を持っているそうだ。

「毎日同じことを繰り返すだけの作業をしていたら、誰だって『違うことをしたいな』ってなりますよね。たんぽぽの家はその気持ちを大切にしていて、利用者の方が『オリジナル作品を作りたい』と思えばその支援をしますし、決められた作業工程で製品を作りたければ、そちらをやってもらいます。

そういう、利用者の皆さんの『気持ちの幅』をしっかりと受け入れられるように選択の幅を提供できていることが、たんぽぽの家の大きな特長になっていると思います。

それじゃあそろそろ、Good Job! センター香芝(グッドジョブ! センター香芝)に向かいましょうか。」

HANAの各スタジオの様子。この日は定休日の月曜のため静かな時間が流れていた

 

Good Job! センター香芝へと向かう道中、筆者はたくさんの質問をGood Job! センター香芝の副センター長 藤井克英さんに投げかけた。

 

「たんぽぽの家では、アート・ケア・ライフを区切ることなく提供しています。でもそうやって活動していると、僕らスタッフはそこで暮らす彼らと24時間渾然一体となって過ごすことになります。それはそうですよね。日常の営みはそんなに簡単に区切れるものではないから。

でも、それが長く続くと、障害のあるメンバーもスタッフも消耗し過ぎてしまうんです。だから、僕は業務を区切ろうとすることに意味があると思っています。

僕が職員になった2000年代の前半頃、たんぽぽの家は『生活を支援する人』『アート活動を支援する人』『就労支援をする人』と、スタッフの役割や専門性を明確にした体制をつくり、障害のあるメンバーのニーズに応じて必要なサポートを受け渡すような形に変えました。それがとても良い方向へとつながっていると僕は感じています。

やっぱり支援する側もされる側も、同じ関係性の中ですべてに対処しようとするとお互いしんどい部分が増えてしまいますから。

生活は区切れない。だから、支える側は上手に、分けられるところは分けて受け渡しながら支援していく。たとえば、活動の目的や機能に応じて空間をつくったり、事業として継続できる仕組みをつくっていく。そんな具合です。」

 

これは、「ケアする人のしんどさや疲れはどうやって解消するのでしょうか?」という質問に対してお話ししてくれたものだ。

感情の向かう先が常に同じで、二者間だけでのやり取りが続き過ぎれば、心理的に行き詰まりやすくなるのは誰だって同じだろう。たんぽぽの家では、質の高いケアにはケアする人の心身の健康が欠かせないという考えから、「ケアする人のケア・プロジェクト」という市民研究も20年以上前から続けているという。

 

次に、日本各地で毎週のように新しいアート展示や活動報告などを行なっている、たんぽぽの家のエネルギッシュな活動について聞いてみた。

「これだけの数の企画を毎週のようにスタートしていくって、一体どれだけたくさんのスタッフがいるんだろうと思っていたんですが、実際はどうなんでしょうか。」

「アートに特化して活動しているスタッフは数名だけですよ。活動の多くは、僕らだけで行なっているものではなく、各地で活動している別の団体や組織の方たちが声をかけてくれているんです。そうした活動を通じて、別の団体の方をまたご紹介していただき、そこから新たな企画がスタートすることも多いですね。

僕たちは、「アート・ケア・ライフ」という営みを中心に置いて、障害のある人たちを取り巻く社会的状況を変革したいと考えて活動している市民団体なので、国内外のさまざまな団体とのネットワークは欠かせないですね。

さあ、Good Job! センター香芝に到着しましたよ。」

 

後編では、Good Job! センター香芝 センター長の森下静香さんと、小林大祐さんにも加わっていただき、最近の生成AIを用いたプロジェクトなどのお話も伺います。

 

TEXT 八木橋パチ

 

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