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法務・AIリスクのスペシャリスト三保友賀が語る「ダイバーシティー」 | インサイド・PwDA+7(前編)

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日本IBMにて法務、特にAI倫理・リスクのスペシャリストとして、そして同時にLGBTQ+コミュニティー*1やPwDAコミュニティー*2のアライとして積極的に活動している三保友賀さんにお話を伺いました。

<もくじ>

  1. 企業内法務部門の仕事って?
  2.  転職先にIBMを選んだ理由はダイバーシティー
  3.  LGBTQアライとして

(以下は後編となります)

  • PwDA+の活動とIBMならではの可能性
  • 人を幸せにすることが私にとっての仕事の意味


三保 友賀 (みほ ともか) | 日本IBM カウンセル、トラスト&コンプライアンス オフィサー 法務・知財・コンプライアンス
イギリスでロースクール卒業後、ソリシター(イギリス法事務弁護士)資格取得。イギリス大手法律事務所でアソシエイツとして勤務後に、日本に帰国。外資系金融機関の法務部でインハウスロイヤーとして、長年にわたり金融関連法務の経験を積む。2021年末に日本IBMに入社し現職。2023年12月には、日本AI倫理チームで「AIリスク教本」を上梓。調理師(寿司職人)。

 

——これまでキャリアのほとんどを外資系金融機関で過ごされていた三保さんですが、日本IBM入社後、最初にびっくりしたことって覚えていらっしゃいますか?

うーん、驚いたことはいっぱいあるんだけど、最初っていうと…そうね、コンプライアンスを担当する社員の少なさですね。「え、これだけしかいないの!?」って。

というのは、私がこれまで働いてきた外資系金融関連企業では、コンプライアンス担当ってゴロゴロいるのが当たり前でした。金融規制が厳しくなった時代には、肌感覚で社員の10人に1人くらいはコンプライアンス担当でした。

でも、人数が少ないのって、いろいろといい面もあります。同じ部門で働く仲間たちの顔と名前と人柄を理解して、一緒に働けるでしょう。これは私にとってはとても大きな意味を持っています。

 

——企業法務の仕事がどのようなものか、あまりなじみがない読者の方も多いと思います。一般的な法律事務所との違いを含めて、簡単にご説明いただけますか。

日本IBMの法務部門の場合は、総合法務、知的財産、IPライセンス、政策渉外、セキュリティー、コンプライアンスと役割は細かく分かれていて、担当者それぞれが複数の案件を幅広く担当する形になっています。私が主に担当しているのは総合法務とコンプライアンスです。

そして法律事務所との違いは、業務内容が違うのはもちろんだけど、根幹的な部分では「価値創造の構造」の違いだって私は考えています。それが違うと自ずと考え方や行動が変わってくるでしょう。

クライアントから時間あたりでお金をいただき収益を上げるのが一般的な法律事務所に所属するロイヤーなのに対して、私たち社内法律専門部門はいわゆる会社の「コストセンター」で、直接的な収益のための組織ではないのです。

だからこそ、常に、どうやって価値を生みだし、それを相手に届けるかを意識しています。

 

——具体的にはどんな行動の違いとなるのでしょう?

たとえば、一般的な法律事務所だと、同じ業界内であればA社へのアドバイスをそのままB社C社にも提供できるようなことも少なからずあるけれど、IBM社内部門ではそうならないことの方が多いです。

それは、社内のさまざまな部門のそれぞれのオペレーションや実情に合わせてアドバイスを提供するから。だから「ビジネス現場のリアル」をどれだけ深く理解できているかがポイントになると思っています。

アドバイスが現実に沿っていてしっかり取り入れられるものでなければ、価値を提供できていないってことじゃないですか。 だから、内容はもちろんだけど、それだけじゃなくてその伝え方にも気を遣います。

法務の役割は「トラステッド・アドバイザー」——信頼していただける存在であることがとても大切です。AI倫理やAIリスクガバナンスのSME(主題専門家)として、IBMにある「信頼と透明性の原則」という重要なAI倫理や技術倫理を実践するために、やはり信頼できるアドバイザーだと認められなければできないと強く認識しています。

新しい分野だからこそ、IBMが大切にするAI倫理をビジネス現場のリアルに照合して適切にアドバイスする。それが、自分がIBMのビジネスに貢献できる付加価値だと思っています。

 

——三保さんがIBMに入社された2021年末といえば、まだパンデミックの最中でしたよね。あの時期に転職されたのにはなにか理由があったんでしょうか?

今、世間では、パンデミック後の人びとの意識変容について、多くが語られていますよね。

社会や意識の変化に関する分析や調査があって、いろんな見方や解釈がされていますが、私個人にとっては「環境含め大きな変化を呼び込めるチャンス」という、ポジティブな要素も強く感じました。

具体的には、仕事も住むところも、一気に変えようって思いました。だって、それが成立する社会になったと思ったからです。だから、大好きなイングリッシュガーデン作りにしっかり取り組める軽井沢に引越したし、仕事も、違う業界に飛び込もうって決めました。

「コンフォート・ゾーンを飛び出さなくちゃ! 金融業界を大きく変えたのも、暮らし方を変革したのも、その基盤となる考え方に大きな変化をもたらしたのはやっぱりIT。それならIT業界で働いてみよう」って。

 

イギリス留学時代に多数訪問したイングリッシュガーデンにて。お母さまと

 

——すんなり行きましたか?

全然! …私、自分がIT苦手だってことを忘れてました(笑)。最初はたくさん失敗しました。さっきは私が驚いた話しをしたけど、周りの人たちも驚いたと思いますよ。

たとえば、社内会議で「PaaS(パース)」とか「Python(パイソン)」とかって単語がバンバン出てくるでしょ。それで私、「みんなどうしてオーストラリアのヘビの話をしているの?」って。

それから、みんなが「BPさんが〜、BPが〜」って言っていて、「ベーシスポイントがどうしたんですか? …あ、ひょっとしてエネルギー会社のBPさんの話?」と聞いたら、「え!? それすらわかっていなかったの?」ってみんなびっくりしちゃって。

BPって「ビジネス・パートナー」さんのことだったのね。でも、金融業界でBPといえば、「0.01パーセント」を意味するベーシス・ポイントだっていうのが常識だったんです。

 

——光景が頭に浮かびます…。ところで、一口にIT業界といっても多くの企業がある中で、どうしてIBMだったのでしょうか?

それはやっぱりダイバーシティー&インクルージョン(D&I)といえば、日本IBMですから。私の居場所です。

 

——三保さんは以前から熱心なLGBTQアライだったと聞いています。

前職のドイツ銀行グループにいたときは、IBMでいうChief Diversity Officer(CDO)の役割も担当していました。

D&Iの活動は、「BRG」や「ERG」と呼ばれる社員主体の活動を支援し、社員同士のつながりや企業文化を育てていこうっていう活動と密接に連携していて、私は個人的にとりわけLGBTQ+支援に力を入れていました。

その関係もあって、LGBTQ+フレンドリーな企業として昔から活発に活動されているIBMさんとは情報交換させていただく機会も少なからずあって、前CDOの福地さんや人事の川田さんとは知り合いでした。

お話を伺うたびに「IBMってすごい!」といつも思っていて。だって、私たちが取り組もうと思っている人事制度や福利厚生制度が、どれもすでに取り入れられていて、社員の巻き込み方や熱量が違うと感じてました。たとえば、2016年からの「同性パートナー登録制度」だとか、同性婚法制化取り組み支援表明だとか。

だから、IBMで私向きのポジジョンがあるって聞いたときには、「これは行くでしょ!」って即決。迷いはなかったです。そして入社後すぐ、まだパソコンのセットアップもろくに完了していない段階で、社内公認のアライになるべく「アライ宣言*3」をしました。

参考 | 川田篤「ありのままの自分で生きる」 | 「PRIDE & Strength」レポート

参考 | あらゆる枠を超えて | 天城ダイバーシティー経営フォーラムレポート

 

——前職時代のLGBTQアライとしての思い出とかありますか?

たくさんあるけど、やっぱり一番は「ストーンウォールの反乱」の50年周年を記念して開催された、ワールドプライド・ニューヨークに参加したことですね。

BRGコミュニティーの活動を評価してくれて、日本代表として参加したんです。

本当にスケールが桁違いで、ビックリ。50人くらいは乗れそうな大きなステージが作られていて、それを戦車みたいな大型車で引っ張ってニューヨーク5番街をパレードしたんです。盛り上がり方も本当にすごくって。私もステージ上で踊りまくっちゃった!

参考 | ストーンウォール事件から50年、米NYで15万人プライドパレード(AFP, 2019年7月1日)

 

——昨年もフロート(山車(だし)) の上で踊りまくっていましたよね。

参考 | Let’s Create 性が格差を生まない社会(TRP2023レポート)

東京レインボープライド2023のIBMフロート上にて。愛犬と

 

ニューヨーク以来のプライドパレードだったから、ついつい血が騒いじゃって(笑)。

私が東京レインボープライドで1番感動したのは、IBMのボランティアチームの頑張りです。フロートやブースは目に付きやすいけど、そこだけじゃなくて裏側の予算確保から備品の手配、当日の飾り付けまで、外注せずにすべてを自分たちでやっています。

あの規模のイベントを滞りなく行うことがどれだけ大変なことか。…自分でも以前リーダーとして関わっていたから、その裏側がどれだけ大変かは身に染みてわかります。リーダーの川田さんはほんっとにすごいと思う。スタンディング・オベーションです。

そしてただ実施するだけでもすごいのに、ヒーローや後任を育てていこうというあの川田さんの意識とリーダーシップの発揮の仕方。私、心から感動しました。

…というのも、それが私の前職での後悔につながるんです。…もっといろいろな人を巻き込んで、後任を育成してから出てくるべきだったかなぁ…って。

 

*1 「LGBTQ+コミュニティー」は、多様な性的指向や性自認を持つセクシュアル・マイノリティー社員とアライ社員(味方として当事者を支援する社員)によるコミュニティー。

参考: IBMのLGBTQ+を支援する取り組み

*2 「PwDA+(People with Diverse Abilities Plus Ally)コミュニティー」は、障害のある社員と当事者を支援するアライ社員が、定期的に集まり一緒に活動するコミュニティー。

*3 「アライ宣言」とは、当事者たちに共感し支援することを宣言する、日本IBM社内の取り組み。現在はLGBTQ+とPwDA(障がい当事者)を対象とした、2つのアライ宣言が存在している。


 

前編では法務やAI倫理・リスクのSMEという仕事に対する三保さんの考えやアプローチ、そしてLGBTQアライとしてのこれまでの活動のハイライトなどを伺いました。

後編では、PwDAアライとしての活動や今後に向けてのアイデア、そして三保さんご自身のダイバーシティーについてお話しいただきます。お楽しみに。

 

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