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自衛官から気象予報士へ | つらいことがあったら空を見上げよう(ウェザービジネス 西川 貴久)

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AI Applicationsチームメンバー・インタビュー #29

西川 貴久 気象予報士

 

IoTやAIに代表されるテクノロジーと、今後どう関わっていくのか。個人として、IBMとして、社会とこれからどう関わっていくのか。
— そんな観点でAI Applicationチームのメンバーに語っていただいているインタビューシリーズ、第29弾となる今回は、異色の職歴を持つ気象予報士、ウェザービジネスの西川 貴久さんにご登場いただきます。

(インタビュアー 八木橋パチ)

 

今日はよろしくお願いします。「すごい経歴の持ち主」と噂で聞いています。まずは簡単に自己紹介していただけますか?

すごいかどうかは分かりませんが、たしかに変わった経歴だとは思います。気象予報士の西川貴久と申します。今日はどうぞよろしくお願いします。

IBMには2019年の1月に入社し、前職は2010年から9年弱、海上自衛隊で勤務していました。

埼玉県春日部市のご自宅にて

 

— 海上自衛官からIBM! 聞きたい質問がたくさん頭の中に渦巻きます。まずはそもそもなぜ自衛隊に?

僕は子どもの頃からいつまでも飽きずに空を見続けているような子供で、天気にとっても強い興味を持っていたんです。空って、毎日違うじゃないですか。同じ雲って一つとしてないし。どれだけでも見ていられますよね。

 

どれだけでも見ていられるかは…どうかな?(笑)それじゃあ、天気に関係する仕事に就きたいって意思は小さな頃からお持ちだったんですね。

そうですね。僕は高校卒業までは仙台で暮らしていたんですが、その頃地元のテレビ局で気象予報士をされていた方の天気解説がすごく分かりやすくて、憧れていました。

それで高校卒業後は気象大学校に進んで卒業後は気象庁職員になることを考えていました。

 

「気象大学校」って初めて聞きました。

そうですか。気象大学校は千葉県柏市にある気象庁の教育・研修機関で、学費は一切かからないし学生手当が支給されるんです。

そして、競争率がものすごく高いんです。というのも、毎年採用予定人数が15人だけなので。

 

— 15人! メッチャ少なっ!

そうなんですよ。他にも気象を学べるところを探していて、そこで見つけたのが「防衛大学校」でした。自衛隊で気象業務をするのが魅力的に見えて、防衛大学校に進学しました。それが自衛隊生活の始まりです。2学年からは地球海洋学科に進み、そこで気象と、関連するものとして天文学や地震システムなど、惑星地球について総合的に学ぶことができました。

 

防衛大卒業後はすぐに気象関連の職務につかれたんですか?

卒業後は広島の江田島というところにある海上自衛隊幹部候補生学校というところで一年間、幹部自衛官としての基礎を学びました。その後、半年かけて世界を周る遠洋航海に出ました。

遠洋航海の最後の寄港地だったハワイから日本へ向かう途中で、配属先がみんなに発表されるんです。

 

みんなドキドキですよね、きっと。

そうなんです。そしてなんと、僕はずっと希望していた護衛艦ではなくて潜水艦に配属されてしまったんです…。

 

「空をいつまでも見続けていられる人」が潜水艦に! それは一気に深海まで気分が沈みますね(上手いこと言ったぞおれ)。

発表されたときは目の前が真っ暗になりましたね。でも、これも運命だと思い、潜水艦で頑張ろうと決めました。

 

(上手いこと言ったの完全スルーされた…)やっぱり潜水艦って天候は関係ないんですよね?

まあ天候は海にも影響するので、まったく関係ないわけではないですけど、それでも護衛艦に比べればはるかに関与は低いですよね。勤務はつらいことも多かったですが、非常にやりがいを感じていました。ここでメンタルはかなり鍛えられました。

それで約3年後、紆余曲折を経てようやく気象業務の配置に就くことができました。

 

「晴れて」待ち焦がれた気象勤務へ(また上手いこと言ったった)!

そうです! …しかし、1年弱ですぐ異動することとなりました。

それまでの経験を買われて、京都府舞鶴市にある司令部の気象海洋幕僚(幕僚とはスタッフのこと)を兼ねた副官(秘書のような配置)というポジションに着きました。

 

それは天候との関わりがある仕事だったんですか?

はい。気象予測をし、港内で悪天候が予想されるときは暴風で護衛艦の船体が岸壁にぶつかって傷つかないようにあらかじめ港外へ避泊するための期間を意見具申したり、予報した気象状況に合わせて訓練のスケジュール変更を提案したりなど、気象との関わりも深く大きなやりがいを感じられる職務でした。

海上自衛官だった頃の姿

 

それってエリート街道を突き進んでいたってことですよね。地位も名誉もあって、そして職務内容も希望されていた天候のスキルが活かせるもの…。いったいどうしてIBMに転職されたんですか?

自衛官としてのキャリアを進めて行く上では、多種多様な経験が絶対に求められるんです。つまり、再び気象とは関係のない職務にもつかなければならないということです。

そういうキャリアを追うことが、それが本当に自分のしたことだっけ? と考えたら「そうじゃないな」って。ちょうどそのときに、IBMがグローバルの気象予報士チームのメンバーを募集していることを知ったんです。

 

子どもの頃からの憧れの仕事とはいえ、葛藤はありませんでしたか?

葛藤がなかったと言えば嘘になります。しかし、自分で言うのもあれですけど、天気への愛が強すぎて強すぎて、止めることは不可能でした。

 

すごい天気ラブだ!! …その後IBMのウェザービジネスチームに加わって、今はどうですか? ぶっちゃけ「やっぱり自衛隊に残ってた方がよかったも…」なんてことありませんか?

選択に後悔はしていません。今は気象予報士としてグローバルに関わるという希望を叶えられる仕事で非常に充実しています。加藤さんやセンター長である網野さんはじめ、他の気象予報士の皆さんにもとても良くしてもらってますし。

自衛隊でも人間関係にはとても恵まれていましたが、IBMでもとても楽しく過ごせています。

 

ウェザービジネスでの仕事は具体的にどんなものなんですか?

アジア・太平洋気象予報センターに所属していて、メイン業務はAPACの気象予報だけでなく、グローバルの航空気象も担当しています。

 

航空気象業務というのはどういうものなんでしょう?

すごく簡単に言えば「飛行機を安全に飛ばすための気象予報」ですね。風向き、雲の高さや厚さ、隙間の状態など、飛行機の離発着や運航の判断などに用いる情報を提供します。

パチさんもご経験あるんじゃないかと思いますが、飛行機って雲の中に入ると揺れますよね? あれは雲の中には対流があるからなんです。

 

「大丈夫なのこれ!?」ってくらい揺れてコワい思いをした覚えが何度かあります。そういうことだったのか…

通常業務の中では決められている空港を決められた時間に予報するのですが、航空会社からリクエストが来ることもあります。その時は30分以内に、リクエストされた空港の気象予報を返答しなければならないんです。

リクエストが来るのはたいてい気象現象がシビアなときなので、いつも以上に緊張しますね。多くの命を預かっている飛行機の運航を左右する情報となるわけですから。

 

そういう情報は各国の気象庁のようなところが出すものではないんですね。

もちろん国の機関も予報は出していますが、私たちウェザービジネスが出している、半径500メートルメッシュにまで絞ったピンポイント情報とは質が異なりますよね。

ちなみに、飛行場予報はすべて数字とアルファベットだけで書かれていて、一見暗号のようになっているんですよ。

信頼を寄せる韓国のメンバーと(2019年2月ソウルで行われた気象予報研修にて)

 

話は変わりますが、今回のコロナウイルスの件で仕事と生活は大きく変わりましたか?

いえ、私の場合は各シフトで業務内容が決められているため、あまり変わっていないですね。自宅勤務で通勤がなくなり、妻や1歳7カ月になる娘との時間が増えました。娘はちょっと前から活発に歩くようになってて、仕事部屋に入ってきちゃうことも結構あるんです。

 

今タイミングよく入ってきたらおもしろいのに(笑)。「あまり変わらない」とのことですが、それでも違いはありますよね。精神的にも肉体的にも。何か気をつけていることはありますか?

そうですねぇ…長期戦になりそうかなって感じなので、気持ちの部分で疲れないようにしようと意識してますね。どうしても自然と触れ合う時間は減っちゃいますから、天気のよいときは庭で家族と一緒に遊んだりしながら過ごしています。

それから、三日前だったかな? 雹が降ったじゃないですか。それから昨日は雷がありましたよね。ああいう時は興奮しますね。カメラを持って庭に飛び出します。あ、もちろん安全第一ですよ! 娘も昨年雷が鳴った時は僕と一緒に雷を部屋の窓からのぞいていました。娘は雷が怖くないみたいですね(笑)僕と一緒で天気が好きなのかな。

 

考えてみれば、西川さんは潜水艦で過ごしていた時期があるんですもんね。今の「おこもり生活」に活かせる知恵や経験、いっぱい持ってそう! それでは最後にあと2つ質問します。まずは2035年に西川さんが見たい社会、景色について教えてください。

そうですね。やっぱり天気を愛し仕事としている者として、「気象災害のない世界」を見たいですね。

非常に難しいことは理解しています。気象災害ゼロはおそらく実際には不可能でしょう。でも、「気象災害による死者をゼロに」ならできる可能性ありますよね。それこそ、2035年と言わずもっと早く。なんなら今からでも。

 

その景色を見るために、何が必要でしょうか? 気象予測の性能向上だけでは足りなそうな気もします。

パチさんが言うように、気象予測の性能向上だけでは確かに足りないでしょうね。必要なのは「気象予測の質向上」に加えて、気象情報を享受する人びとの気象リテラシー向上と、日頃からの意識変化だと思います。

でも、特別警報が出ても避難しない人が増えて、それが悲惨な結果に繋がってしまった…ということも少なくないですし、予測の質向上はやっぱり大きな役割を果たすと思いますよ。例えば大雨や洪水の警報が「xx市xx町」というレベルから、例えば「xx町xx交差点から500メートル以内にいる方は避難してください」という細かさで危険を伝えられるようになったら、地域の人たちの受け取り方も大きく変わるんじゃないかと思うんです。

 

たしかにそこまでピンポイントで避難勧告されたら、行動が変わりそうです。

そうでしょ。人びとの持つ「うちはきっと大丈夫」っていう正常性バイアスを変えるためには、そのレベルまで細かい予測情報が必要じゃないかなと思っています。

そして同時に、自分のいる地区に災害が起きたとき、どんなタイミングでどんな行動を取るかを事前に家族と会話しておいたり、シミュレーションしておくこともとても大切です。

 

その通りですね。うちもちゃんと会話しておかなきゃ。

ぜひそうしてください。「不安全状態と不安全行動が重なると、事故が起きる」 — これは自衛官時代に当時勤務していた潜水艦の艦長から教えてもらった言葉ですが、本当にそうだなって思います。

氾濫した川を見に行ってしまい亡くなってしまうとか、そういうのは世の中から絶対に無くしたいんです。

 

なるほど。それでは最後の質問です。好きな言葉、あるいはモットーはなんですか? 紙に書いて見せてください。

 

「まずはやろう」。その心は?

これは僕が初めて勤務した潜水艦の艦長の方針だったんです。でも、僕にとっては自分の人生の指針となる言葉となりました。見切り発車でもまずはスタートして、修正しながら進めば良い。限られた人生の時間の中で、思いついたらまずは行動してみることが重要だと思っていますし、その精神でこれからもやっていくつもりです。

 

今日はありがとうございました! 最後に「言い残したな」ってことがあれば一言どうぞ。

はい。みなさん、つらいことがあったら、空を見上げましょう!

空は万人に与えられた最高の無料コンテンツです。その様子は毎日違う、一期一会です。さあ、一緒に空を見上げてみましょう。

 

 

インタビュアーから一言

私が一番「えっ」と思った瞬間が、西川さんの「パチさんも『観測史上初』という言葉に惑わされ過ぎないようにしてくださいね」という言葉でした。理由を聞いてみたところ「気象観測って、場所にもよりますけど所詮100年かそこらでしかありません。地球のはるかに長い歴史の時間軸で考えたら、『初』と言ってもこれまでに何度もあったことに違いないんです。」とのこと。

たしかに、「観測史上初」という言葉に実態以上に強いイメージを持っていたかも。地球温暖化の進行は決して楽観視できるものではないけど、恐れるにも正しく恐れることが必要ですね。オフィスが再開したら、今度はそれをテーマに西川さんの話を聞きにいこうっと。

(取材日 2020年4月27日)

 

 

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