Client Engineering
クライアント・エンジニアリング対談 #2(水田秀行×平山毅)|社会シミュレーションとデジタルツイン
2023年01月19日
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幅広いバックグラウンドを持つスペシャリストたちが集結してチームを作り、お客様と共に新しいサービスやビジネスを共創していく事業部門——それがIBM Client Engineering(CE: クライアント・エンジニアリング)です。本連載は、CEメンバーが対談形式で、各自の専門分野に関するトピックを中心に語っていくシリーズです。
第2回は、主に金融保険領域や新規事業企画のお客様との共創を進めているチームのリーダー平山 毅と、IBMにておよそ四半世紀にわたり「社会シミュレーション」の最前線で活動してきた水田 秀行の対話をお届けします。
もくじ
平山: クライアントエンジニアリング事業部で金融と保険チームをリードしている平山です。2023年より新規事業も兼務しています。私の自己紹介は前回の記事(クライアント・エンジニアリング対談 #1(前壮一郎×平山毅)|ビジネスとカーボンデザインシステム)を見ていただければ良いかと思いますので、さっそく今日の対談相手である水田さんに、簡単に自己紹介をしていただきたいと思います。
水田: 読者の皆さまはじめまして。水田です。1997年に日本IBMに入社し、2021年までの24年間、IBM東京基礎研究所で「社会シミュレーション」を中心に研究を続けていました。
適応分野はそのときどきで異なりますが、メインに関わったのは人工市場や都市交通に関連するテーマです。サービス・サイエンスやスマーター・シティーにも長年関わってきました。
1年半ほど前にCEチームに異動してきまして、現在に至ります。
平山: 水田さんは、組織の立ち上げ期に、IBM Researchから異動してきてくれたメンバーの一人で、金融・保険チームを一緒に作ってくれた仲間です。お互いに、金融商品、人工市場、社会シミュレーション分野が専門で、共にIBM TEC-J Steering Committee メンバーであるなど多くの共通点があります。本日は未来の世界も含めた対談ができるのを楽しみにしています。
1. 社会シミュレーションの背景
平山: 社会シミュレーションはその重要性は十分認知されていたものの、なかなか陽の目を見ない時代が続いていましたよね。ただここ数年、デジタルツインやスマーター・シティーの取り組みが日本でも世界でも盛んになり、社会シミュレーションがビジネスにおける実用性を高め続けています。
水田: そうですね。20年前は、とりわけ民間企業においては、社会シミュレーションの提案や話題に対しても「できたらいいね」や「それがあったらおもしろいかもね」という感じで、夢物語的なものとして終わってしまっていました。それがここ数年で、大きく変わってきているのを感じます。
公共分野においても、「縦割り行政」という言葉に示されるように、以前であればなかなか都市全体のシミュレーションに必要な情報共有に対して腰が重い感じがありましたが、こちらもかなり風通しが良くなりました。
やはり、スマーター・シティーに対する世界の取り組みを頻繁に日本国内でも見聞きするようになり、「置いていかれるわけにはいかない」という意識が働いているのかなと思いますね。
平山: 社会変化も大きな要因ですが、5Gなどのネットワーク技術やエッジコンピューティング、そしてセンサーやデバイスによるIoTテクノロジーの進化により「技術的に揃った」というところも大きいですよね。都市ネットワークとクラウドが「夢物語」に終止符を打ったとも言えるでしょう。
水田: 今では誰も「荒唐無稽の話」とは思わなくなりましたね。
2. デジタルツイン
平山: 去年は一緒に『デジタルツインにおける共創アプローチ』というナレッジ・モール論文も書きましたね。
デジタルツインはまだ概念的側面が強いところもありますが、シミュレーション分野とモニタリング分野ではビジネスを意識した実証実験でもかなり用いられるようになりました。
水田: そうですね。元々、エージェントと呼ばれる行動主体の動きを基点としてシミュレーションをする「エージェントベースド・シミュレーション」と呼ばれる技術は、古くから社会シミュレーションには馴染みのあるものでした。
ただそれが、デジタルツイン——デジタル空間内に作成された物理空間の「双子」において、コンピューティングで行えるようになり新しい発展が考えられます。また、シミュレーション対象分野や範囲もかなり拡げることができました。
『エージェントシミュレーションによる社会システムの再現・解析 〜「組織のDigital Twin」へ向けた技術基盤について』という記事も投稿し解説しているので、合わせてご覧頂けると良いと思います。
平山: 多くの人がイメージしやすい分野で言えば、車の衝突事故シミュレーションなどの物理シミュレーションの世界の置き換えですよね。実際の車や物品を使用せずにシミュレーションできるわけですから、破壊したり無駄にしたりせずに済みます。
水田: はい。そうしたデジタルツイン上でのシミュレーションを、物理現象だけでなく、社会やサービスについても、ビジネスのあるプロセスであったり、あるいは特定の行政区分であったり、正確にデータが取得できるよう範囲を絞れば実施可能になるというのが大きなポイントです。
平山: IBMが多くのお客様とおつき合いさせていただいている製造や物流の分野においては、エッジ・コンピューティングのテクノロジーやIBM Maximoなどの最新機能が、工場オペレーション改革やロジスティクス変革をどう実現するのかを、実際に目で見て体感し、イメージしてもらえることが大事です。
水田: 実社会での社会実験でできることには限界があります。それに、現実にそれを持ち込んだときに実際にどう社会に影響を与えるかを推測したり理解したりするには、デジタルツインが圧倒的に優位です。
そしてデジタルツインであれば、現実社会、物理社会に影響を与えることも問題を起こすことなく、リアルなシミュレーションを行うことも可能です。さらに、自分がエージェントとなり、さまざまな他の人びととデジタルツイン上でやりとりをする、メタバースにおけるシミュレーションも価値共創を大いに助けるものですね。
3. 異業種、複数社、パートナーを含めた、共創モデルの必要性
平山: デジタルツインを含めた社会シミュレーションはかなり多くの分野で社会実装されました。そこで大きな役割を果たしたのがビックデータ取得の進展だと思います。
水田: スマートフォンの普及により、個々人の行動が技術的にはかなり詳細レベルまでトレースできるようになりました。
そしてコロナ禍がもたらしたのは、個人の行動の大幅な変化だけにとどまりません。データ利用に対する個人の意識も大きく変化しました。
平山: データ提供により受益性が大いに高まることを、生活の中で多くの個人が実感したことが大きいですね。また、ビジネスにおいても、デジタルとアナログが逆転する現象が起きました。それまではまずアナログがあってデジタルがあった。それが、デジタルが先に来るようになり、デジタルでできない、あるいは足りない要素はアナログでやろうという思考・行動様式へと変化しました。
さて、お客様がこうした社会の変化を、自社のプレークスルーへと近づけるためには何が必要でしょうか。水田さんはどうお考えですか? 私は、現状では1社だけでは有効活用できるデータがまだかなり限られていて、ここを複数の企業で共用したデータ基盤に変えていくとこで企業の枠を超えたシナジーが発揮され、社会の大変革が起こるのではないかと思っています。
水田: 私も同感です。ただし、提供いただいたデータを、何に使うのか、どのように使ってよいのか。最適化に向け充分な討議と社会的コンセンサスがさらに必要ではあります。
—— 最適化というのは、一体誰にとっての最適化なのでしょうか? テクノロジーに疑念を抱いている市民はまだ少なくなく、協力しない者が利益を得るという囚人のジレンマと呼ばれるような状況を招いてしまうのではないか…という危惧も感じます。
水田: 囚人のジレンマはゲーム理論の代表例の1つですね。たしかに、その最適化が特定の企業利益だけではなく、社会に役立ち公共の福祉にもつながるものであることをしっかりと証明していくことが重要です。
そのシミュレーションを可視化するにもデジタルツインが役立つのではないでしょうか。
平山: そもそも、限られたパイの奪い合いをしている現場では、限られた中に閉じてしまうので、本来の最適化は生まれないですよね。皆でパイを大きくしていく。異業種を含めた他社とパートナーとなり、IBMが目指している共創モデルを育てていく必要があります。
その上で、そこに競争が起きて一層発展していく。…現実には難しいところがあるのは百も承知ですし、理想論的に聞こえるのも分かっていますが、それでも、意識することなしに「理想的な現実」を追うことはできません。
—— 自らを「グッドテックカンパニー」と標榜するIBMには、テクノロジーが正しく活用されるよう社会を導く責任がありますよね。「あなたを儲けさせます。同時に社会をより良い場所にします。それを同時に実現するお手伝いさせていただきます」と、お客様にしっかりお伝えしていく。
4. メタバースへの応用
平山: デジタルツインに関するお問い合わせ以上に、最近増えているのがメタバースです。「具体的にどこから手をつけていけばよいのか」、「自分たちの強みを活かしたやり方としてどんなことをしていけば良いのか」など、お客様からはさまざまな相談をいただいています。
—— バズワードの宿命かもしれませんが、メタバースは非常に広範囲に捉えられていて、「あれ? 今ここで語られているメタバースって何をイメージしているの?」となることもままあります。
水田: そうですね。もっとどっしりとした…と言うか、地に足の着いたメタバースが出てくるには、「キラキラ」や「楽しい」だけではない、実際にどんなことができて物理社会にどんな影響を与えるのかが感じられる段階にならないと難しいですね。
ただ、社会シミュレーションの視点から言えば、メタバースがこれまでとは違う可視化の可能性を与えてくれているのは間違いありません。
平山: おっしゃる通りで、メタバースはシミュレーション結果などを、とてもユーザーフレンドリーな形で分かりやすいアウトプットとして提示する力を持っていますよね。
これまでとはまったく違う解像度で、お客様に検証結果をお伝えすることができるようになりますね。
水田: デジタルツインの中にメタバースがあるのか。メタバースの中にデジタルツインがあるのか。——これは見方によっていろいろ違ってきますが、いずれにしても、人がデジタルツインの中に入っていき、触れる、動ける場の中でシミュレーションできるメタバースは、社会シミュレーションにも新しい地平を切り開くものです。
そしてIBMがお手伝いさせていただいたメタバースの実装例としてよく知られているのが順天堂大学様の「順天堂バーチャルホスピタル」ですが、病院や健康はQoLと呼ばれる人びとの生活の質を直接高める分野ですし、こうした事例をどんどん増やせていければいいなと思っています。
5. 黎明期からこれからの世界へ
水田: 平山さんがリードする私たちのチームが主に扱っている保険や金融資産なども、QoLや社会善を向上させる強い力を持っている分野ですよね
平山: そうですね。SDGsの拡がりとESG経営を求める社会的な声が大きくなり続けている今、そこに向かおうとする金融保険領域に携わる企業は増えています。
ただ、一方でそこに力点を置こうとする経営層と、売り上げ確保とオペレーション効率化に責任を持つ現場リーダーたちの意思の疎通や、深いレベルでの共通認識はあまり取れていないのかなと思います。そこに対してもっと働きかけていくにはどうすればいいのか。今、それを日本IBM全体で会話しているところです。
水田: 私はサービスサイエンス(SSME)にも長く携わっているのですが、2005年の京都議定書発効前に、「人間が絡み合って提供するサービスには、コラボレーションとコ・クリエーションが欠かせない」として、人びとや社会の幸福の総量を増やしていくための社会シミュレーションを行なったりしていました。ただ残念ながら、当時は環境についてはあまり取り合ってもらえませんでしたね。
平山: 確かにお互い関わっていた当時の状況からを考えると、現在のSDGsの普及は感慨深いものがありますね。社会や企業のニーズが格段に上がってきています。水田さんのような、社会全体を良い方向にデザインしていこうという技術を追い続けてきた人がいるのは、私たちCEの強みです。
水田: そう言っていただけるのはとても嬉しいです。現在、デジタルツイン上の交通シミュレーターで、渋滞を無くすための社会シミュレーションに取り組んでいるのですが、こちらも社会や環境に良い影響を与えられるものにしていきたいですね。
平山: そうですね。実験的な取り組みではありますが、スタートしなければいつまでも始まらないことですし、そこから拡がっていく可能性は大いにありますよね。
行政や日本の自動車メーカーとアライアンスを組み一致団結して進め、海外に対して日本発の未来像を提示していく —— そんなやり方が求められていると思っています。不確実な部分や実証すべき技術も多いですから、CEが、関係者含めたその旗振り役をやっていき、促進をお手伝いしたいですね。
もちろん、その他さまざまな業種・業界でも、社会シミュレーションを活用して共創型のビジネスをスタートしたいとお考えのお客様がいらっしゃったら、ぜひ水田さんや私たちにお声かけいただきたいですね。
TEXT 八木橋パチ
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