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人を中心に据える。あらゆるところで |(一級建築士 前田 啓介)

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AI Applicationsチームメンバー・インタビュー #31

前田 啓介 一級建築士

 

AI Applicationチームのメンバーが、テクノロジーと自身そしてIBM、過去と現在そして未来について語るインタビューシリーズ、32回目の今回はサービス部門に所属する一級建築士の前田 啓介さんにお話を伺いました。

(インタビュアー 八木橋パチ)

 

— 前田さん、今日はどうぞよろしくお願いします。私の声はちゃんと聞こえていますでしょうか?

はい、大丈夫です。よろしくお願いします。こちらはどうでしょう? ひょっとして外の蝉の声がうるさくて聞こえづらいですかね。住まいが東京の板橋区なんですが、周囲にとってもグリーンが多い地域なんです。窓閉めましょうか?

 

— 大丈夫ですよ、前田さんの声ははっきり聞こえてますので。グリーンたっぷりはいいですね! それではまず、簡単に自己紹介をお願いできますか。

1997年にIBMに入社しました。それまでは2社、建築設計事務所で働いていて、図書館や博物館などを設計していました。一級建築士の資格のほか、認定ファシリティマネージャーやコンストラクション・マネージャー試験にも合格しています。

 

— IBM社員で一級建築士の資格を持っている人がいるって、これまで想像したことがありませんでした。

そうですよね。これはあまり知られていない話かと思うんですが、日本IBMは大規模オフィスやデータセンターや工場を設計・施工する資格を持っているんですよ。

サービス部門の私が所属しているチームは、さまざまな業界業種のお客さまの建物や施設、設備などのファシリティに全面的に携わっています。

 

— 大学で教えられているという話も耳にしました。

はい。以前は慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)の訪問研究員をやっていましたが、6〜7年ほど前から母校でもある日本大学の生産工学部 建築工学科にて非常勤講師をやっています。

授業内容は、建築デザインやファシリティ・マネージメント、さらに今年の4月からはドラッカーやポーターに代表される経営管理の視点を、建築を学ぶ学生たちに教えています。

 

— 建築科で経営管理ですか…。それは建築事務所を運営するとか、そういう将来に向けてということ?

違います。そうではなく、より大きな視点で建築を捉えてもらうために、経営管理を学んでもらっています。経営管理の対象を、建築物が存在する都市や地域として考えれば、都市計画や地域運営を考えることが必要ですよね。

例を挙げると、1970年代の田中角栄さんの『日本列島改造論』であるとか、古代ギリシアにおけるポリスの在り方であるとか。そして今このタイミングであれば、新型コロナウイルスとの共存社会をどうデザインするかということにもつながってきます。

オンラインインタビューの様子

 

— 正直、一級建築士として建築業界で大規模な案件に携わっていた人が、どうしてIBMに転職したんだろうって思うんですけど…。何か、強い理由や思い入れがあったんでしょうか?

いや、それが「何かおもしろいことできるんじゃないかな?」くらいのつもりで、それほど多くは考えていませんでしたね。

1997年頃って21世紀が近づいてきて、社会がこれからどんどん変化していくだろうというムードでした。その中で、自分も変化にもっと強く関わっていきたいという漠然とした意識でしたね。

 

— ぶっちゃけ「まあ別におもしろくなかったら、建築業界に戻ればいっか」みたいな気持ちもあったんじゃないですか?

それもありましたね(笑)。でもやっぱり、建築からIT業界というある種の越境により、これまで見えなかったものが見えてくるのではないかという期待があったんですよね。

私が入社した頃のIBMのファシリティ・チームはデータセンター内のサーバーやデータストレージの設計や配置という、電気周りやファイバー・ケーブル周りを中心とした活動だったんですね。

それで、実のところ入社後1〜2年は「ずいぶん思い描いてたものと違いそうだぞ」と感じていました。はっきりと言えば「なんだかパッとしないな」って思っていました。

 

— …建築業界に今にも戻っていってしまいそう…

そんな日々の中で、IBM社内に数多く存在しているテクニカル・コミュニティ活動を通じて何人もの先輩やたくさんの仲間と出会い、大きな影響を受けてIBMにとどまることとしました。

日本IBMの技術者コミュニティ「TEC-J」のSIGと呼ばれるワーキンググループ・メンバーは、まさに戦友と呼ぶにふさわしい仲間です。彼らから「IBMという会社は、自ら門を叩けば、多くの技術を身につけられて自分でビジネスを切り開いていける会社だ」ということを学びました。

参考: TEC-J(Technical Experts Council of Japan)

前田さんがリーダーを務めていた「Optimization for teaming and collaboration」SIGのOG/OB会より

 

— そうだったんですね。その戦友たちと実際にプロジェクトを一緒に行ったこともあるんですか? 他にも、最近のものや強く記憶に残っているプロジェクトについても教えてください。

はい。SIGのメンバーと一緒に行ったのは、マブチモーターさまのグローバル・ヘッドクォーターとリクルートさまの本社移転プロジェクトです。リクルートさまの本社移転のときには「リクルート社員にとっての働きやすさ」に徹底的にこだわった、リクルートの企業文化とワークスタイルに合わせたオフィス内装を手がけさせていただきました。

それから、比較的最近の私のチームとしての実績は「瀬戸内Kirei太陽光発電所」プロジェクトの設計・施工があります。

東京ドーム56個分という500ヘクタールの敷地に、ソーラーパネル約90万枚を設置し、8万人程度の一般家庭消費電力となる235メガワットを発電する再生可能エネルギーのメガ発電所です。

参考: 瀬戸内Kirei太陽光発電所

 

— 瀬戸内Kirei太陽光発電所のことは別のIBM社員から聞いていました。この件にも前田さんは関わられていたんですね。

はい。2012年から2014年までのセールス活動から、契約後2018年の竣工時までファシリティ系の技術責任者として担当しました。

その他、統括プロジェクト・マネジャーとして行わせていただいた別案件を思いついたままに紹介させていただくと、アスクル様の倉庫を改修した先進オフィスやJAさまのとあるオフィスビルにダブルスキンを用いて熱交換する仕組みを導入させていただいたり、人に優しいドライブスルーATMのデザインと施工をしたりしています。そしてありがたいことに、これまでに2回グッドデザイン賞もいただいています。

参考: 三幸エステート 株式会社リクルート東京オフィス事例ページ

 

— ドライブスルーATM…。なんですか「人に優しいATM」って?

時間が経っているので今も残っているかわかりませんが、とある銀行さまとのプロジェクトでドライブスルーATMを作りました。

ドライブスルーATMそのものは海外などには以前からあったんです。でも、私がデザインしたものは、運転手さんがカードや現金のやりとりをしやすいように、車高や停車位置に合わせてATMが自動で移動し位置調整してくれるものなんです。

 

— それは「優しい」ですね。前田さんの考える建築において、「人」の要素はどれくらい重要なんでしょうか?

「使う人」を中心にデザインしたいという想いは常にあります。建築業界にはまだまだ施工者中心というか、造る側の理屈が中心という部分が多いんです。「この敷地面積なら、建ぺい率はいくつで容積率はいくつだから、もう少し詰め込めるな」なんていう…。

オフィスを考えるのであれば、もっとインサイドアウトの思考というか、そこで働く人たちがどんな風に使用するのか、そこでどう感じるのか。そしてどうすればより幸せになってもらえるのかに私は注力したいんです。そこにはこだわりたい。

 

— そのお話を聞くと、入社当初のデータセンターのデザインなどがあまりピンと来るものじゃなかったというのがよく理解できます。

とは言え、データセンターでもそこで働く人はもちろんいるわけですしね。ただ、そうしたケースでは主人公として考えるべきはデータやそれを扱う機器やシステムであるということなんで、もちろん主人公と人という位置付けで考えます。

まあでも、好みというか、私の指向性は明らかに人に向かいますね。社会全般もそうなってきているんじゃないですかね。

 

— 先ほど少しお話に出た「新型コロナウイルスとの共存社会」という観点からも、人の行動や思考パターンと生活の場の関係性を考える機会が増えていることを感じます。

パチさんがおっしゃる通りで、「人を中心に据える」考え方は、建築だけではなく教育、生活と、あらゆるところに大きな変化を与えています。

肉眼では見ることのできないコロナは、人を主人公とする社会のグランドデザインへと見直すタイミングであることを、目に見える社会現象としてわれわれに突きつけてきたという言い方もできるのかもしれません。

 

— 具体的に、グランドデザインの見直しにかんして、何か活動されていたりするんでしょうか?

先ほどご紹介したTEC-Jの研究会で、今年からDE(Distinguished Engineer: IBMにおける技術職の最高位)の倉島さんや陳さんにもサポートいただきながら、「The World After COVID-19cricis」というワーキング・グループを主催して仲間たちと一緒に研究を進めています。

 

— TEC-Jにそんなグループがあるんですね。

はい。現在40ほどのSIGがありますが、COVID-19を取り扱っているのはこのグループだけだと思います。

主な取り組みを紹介すると、縦軸にリアルとバーチャルを置き横軸にオンとオフを置いた4象限において、中心に位置する人間がどう変化しているのか、そこで必要とされるのがなんなのかを研究しています。

SIGの各週の研究会はWebEx、Slack、Box、Muralなどのオンライン・コラボレーションツールを駆使してすべてオンラインで実施中だそうです

 

— オンとオフというのはどういう観点におけるものですか?

主には「仕事に対してのオンとオフ」という捉え方です。ワークとライフという言い方もできるかもしれませんね。

例えば今、私はこうして書斎で話しをしていますが、部屋を一歩出た瞬間にオフになることができます。あるいは家族が後ろの扉から入ってきて、その瞬間にオフが混ざるかもしれません。

 

— おもしろいですね。たしかに切り替わりスピードは確実に上がっていますよね。以前の通勤時間といういわば「切り替えの儀式」のようなものはここには存在していない。

そうですよね。そしてオンオフと同様に、従来はリアル空間を中心に考えられてきた打ち合わせがバーチャル空間上で行われるようになって、こちらもものごとが行われたり進んだりする質感やスピード感に変化が起きています。

例えば、今、私は実は画面に映らないところでゲームをしているかもしれないし、何か別の映像を見て勉強しているかもしれない。いや、実際にはやっていませんよ(笑)。でも昔以上に同じ時間の中で同時進行で進めることが可能な対象が増えているわけです。

そんな中で、人は認知や認識のスピードや切り替えをどう強化、あるいは進化させるのがいいのか。さらに、では私の専門であるファシリティーにおいては、この変化の後に、何が人を助け幸せにするものとなるのか。そんなことを日々考えています。

 

— 以前は会議中に隠れてコソコソ別の仕事、いわば「内職」をしていたが、今は…という話ですね。大学の授業にも当てはまる部分がありそうです。

そうですね。私の大学での講義は今すべてオンデマンド方式動画となっていて、生徒が好きなタイミングで授業の動画を観る形式です。

このやり方は時間的な柔軟性はとても高いものの、共創的な要素はどうしても低下してしまいます。

 

— そうですよね。大学で教えている別の友人も、リアルタイム性とインタラクティブ性をどう取り入れるかに試行錯誤したと言っていました。

マイケル・ポランニーの有名な著書のタイトルにも「暗黙知」という言葉がありますよね。そして一方に形式知という言葉があります。オンデマンド動画授業は形式知を広げるのには向いていますが、暗黙知のエリアにはどうしても入っていけません。

「A+B=C」という形式知の学びにはこれでいいものの、やり方によってDにもEにもZにだってなるという方法の探り方、つまり暗黙知を身に付けるには、インプットとアウトプットの行き来が不可欠です。

 

— 「場」が持つ特殊性って、やっぱりありますよね。

そうなんです。雰囲気とか魅力とか「なぜかはうまく説明できないけれどなんか良い」みたいな…そういう暗黙知に近いものを探っていくのには、今の授業方法では無理があります。

日本語表記ではポランニーではなくポラニーとなっているケースも多いですね

 

— テクノロジーの分野や領域で、前田さんが期待されているのはどんなことでしょうか?

第六感に対する刺激というか、従来の五感だけでは補えない部分に対する補助や、あるいはそれを超えるか伸ばしていくテクノロジーに興味があります。

具体的には、「セマンティック・クロノロジー」という言葉で呼ばれている分野で、データや記録を、脳内の記憶や認知と時間軸でかけ合わせていくようなものですね。

 

— 偶発的な出来事や触発を、意識的にパーソナライズしてデザインする。そんなイメージでしょうか?

そうですね。簡単に言うと、セレンディピティをデザインするなんて表現もできるかもしれません。

これはまだ実際に試すところまで進んでいないのですが、マトリョーシカ人形っていう、ロシアの民芸品がありますよね? 以前に、とある金融機関さまと一緒に、空間を3層の入れ子構造にして、1層目を通常の空間、2層目を手厚いサービスを提供する空間、3層目を個人の記憶や歴史と組み合わせた第六感に訴える空間にするという、マトリョーシカ的な空間構造による体験提供サービスができないだろうかなんて話をしていました。

 

— 少しイメージ湧きました。たしかに、セレンディピティが起きやすい場所や状況ってある気がします。

はい。偶然とされているものの中には、実際には個人それぞれの過去や行動を分析して深層意識や古い体験の一端とつなぎ合わせることで、ある程度導けるものがあるのではないか — そんな仮説に基づいています。

 

— 今、前田さんにとってもっとも気になる社会課題はなんですか?

やっぱり今だと、パンデミックにより明らかになった世界の役割分担の不均衡というか、グローバリズムの見直しでしょうか。

もし「世界の工場」とも呼ばれる中国が医薬品の輸出を止めると、アメリカをはじめとした世界各国で入手できなくなる薬がある – そんな話も聞こえてきます。また、マスクの原材料が一部に集中し、世界中でその価格が何倍にも高騰したということが起きましたよね。

今、「地球規模で考えた人に優しいサプライチェーンの見直し」が必要となったんじゃないでしょうかね。

 

— たしかに。私のボスである村澤さんはよく「地球全体の資源最適化=PRP: Planet Resource Planningが必要だね」言うんですが、共通する部分が大いにありそうです。

さて、質問は残り2つです。座右の銘はなんですか? 紙に書いて読み上げてもらえますか。

 

今書くのでちょっと待ってくださいね。…はい、お待たせしました。

憂きことの なおこの上に つもれかし 限りある身の 力ためさん

 

— 解説してもらえますか? 意味と、なぜその言葉を選んだのか。

どんなきっかけだったかははっきり思い出せないんですが、小さな頃に祖父に教わった言葉です。意味はですね、悪いことが重なる時であっても、力に限りがあろうとも、どんな時でもむしろドンと来いと。そんな心意気を表した言葉です。

状況に負けず自分の精一杯を出す。できる限りを試していく。そう言う気持ちでありなさいという…私の背中を押してくれる言葉です。この言葉に助けられてきました。

 

— それでは最後の質問です。前田さんが2050年に見たい景色は?

85歳か…。そもそも生きていなそうですけど、もし生きていたらってことで答えますね。

景色とはちょっと違うんですが、孫とラグビーボールでキャッチボールでもできたら、それだけで幸せだなって思います。キャッチボールじゃなくてもいいです、何かを一緒にできていたら、それで嬉しい。

今よりも多くの人がそんな幸せな時間をもう少し頻繁に感じられる世の中になっていたらいいなあって思います。

 

インタビュアーから一言

「人が好きで、熱い人なんだなぁ」と何度となく感じました。そして座右の銘と同じくらい印象的だったのが「スウェーとどすこい」という言葉でした。

「パチさんスウェーって分かります? ボクシングとかで左右や後ろに体を振ってパンチを避ける動きです。これ、ときどきは必要なテクニックだと思うんですけど、やっぱり生きていく上では、真正面から「どすこい!」ってぶちかましを受け止めるのが基本だと思うんですよ。受けきれなくてそのまま押し出されることもときにあるだろうけど、それでいいんだって。そうやって受け止めようとするたびに、少しずつ地力がついていくんだと思うんです。」

どすこい! さあ、しっかりと足を踏ん張っていきましょう。

(取材日 2020年7月28日)

 

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