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アイデアミキサー・インタビュー | ニールセン北村朋子(ジャーナリスト、コーディネーター、他)後編

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産官学民環境 〜 「アイダ」をデザインするための意思とビジョン

 

軸となる強い自己やアイデアを持ちながら越境や開拓を実践している方がたに、これまでの足取りや想いについて語っていただく「アイデアミキサー」シリーズ。

第7回後編は、前編「再エネ先進国から見た日本のサステナビリティー」に引き続き、デンマーク・ロラン島在住のコーディネーター、ニールセン北村朋子さんにデンマークのイノベーション・モデルや日本のモノづくりへの提言をお話しいただきました。

(インタビュアー 八木橋パチ)

ニールセン北村朋子 | KITAMURA Tomoko Nielsen

2001年、デンマーク・ロラン島への移住を機に、食・環境・エネルギーなどの持続可能社会に関するテーマを中心に取材活動を開始。2021年、デンマークの市・県議会選挙に日本国籍のまま立候補。行政やメディア、企業へのコンサルティングや視察のコーディネート、講演活動など、「文化翻訳家」として幅広く活動中。

前編「再エネ先進国から見た日本のサステナビリティー

 

「食」を通じた日本とのコラボレーションをフォルケで!

―― フォルケ・ホイスコーレ*(以下「フォルケ」)の開校間近だと伺いました。そもそもの経緯含めて教えてください。

* フォルケ・ホイスコーレとは | https://ideasforgood.jp/glossary/folke-hojskole/

「私が暮らすこのロラン島にフォルケを作りたい」と思ったのは2016年で、そこから5年。「食からの学び」を中心に置いた学校にしたいと最初は1人でスタートし、仲間を見つけながら紆余曲折を経て、ようやくここまで辿り着きました。

 → デンマークで人が一生学べる学校を立ち上げる日本人女性―ニールセン北村さん(2018年11月)

 

デンマークのフォルケは国からの財政援助をもらう正式な教育機関でもあるので、創立や運営を行う理事会の設立や地域住民の関与などに一定のルールがあり、その辺りはとてもしっかりしているのね。でもその一方で、授業の内容には一切干渉しないの。主体性を学び実践するための学校自体がしっかりと主体性を担保されているのって、素敵よね。

それで今は、2022年1月にスタートする「Lollands Højskole(ロランズ・ホイスコーレ)」 最初のコースの準備を進めています。

 

 ―― ロゴがいいですね。「食からの学び」ということで、漢字の「米」をイメージしている?

いや、それは偶然なの。でも嬉しい偶然ね。

このロゴ、パチさんもよく知っているデンマークのブランディング会社、コントラプンクト(Kontrapunkt)のファウンダーのボーさんが「朋子さんの日本とデンマークをつなぐ行動と、食の大切さを伝えるという重要な役割に敬意を表したい」ってデザインしてくれたの。すごいでしょ?

「大地・海から食卓へ」という私たちのイメージを伝えた後も、何度も何度もやり取りを重ねながら作ってくれて。

 → 「コントラプンクト」の哲学

 

 ―― LEGOやデンマーク政府のビジュアルデザインの他、日本でもデンソーや資生堂、日産自動車を担当してきたコントラプンクトによるデザイン! すごい! ボーさん日本酒もお好きだから、どこか頭の片隅に「米」の文字があったのかも?

そうかも(笑)。デンマークに戻ったら聞いてみるね。

ボーさんが言ってくれたように、私は食を通じて日本との架け橋になりたいって気持ちをとても強く持っているの。ロランズ・フォルケをインターナショナル・スクールにしたのは、英語をベースにすることで、日本の人たちにもたくさんきて欲しかったからなの。

 

 ―― 生徒として以外にも、食に関連する日本の企業がロランズ・フォルケでコラボレーションするのも良さそう。マーケティングや研究機関的な位置付けとかで。

そうなの。最近のフォルケではそういう企業との共同プログラム開発も増えているから、私もぜひ日本の企業とご一緒したいなと思っていて。ヨーロッパへの販路開拓とか商品開発とかはもちろんだけど、パートナーシップやネットワーク作りっていう観点からも、間違いなく多様な可能性があるだろうから。

 

 ―― 日本の食品会社の皆さ〜ん! ここに大きなチャンスがありますよ〜!!(笑)

2019年の朋子さん主催のフォルケ・ショートコースから。後ろで顔が見切れているのはnomaファウンダーの一人クラウス・マイヤー

 

モノづくりエンジニアと市井の人たちの間をつなぐ

 ―― 今年から新たな団体にも関わられていますよね。

はい。「AIDA DESIGN LAB(アイダ・デザイン・ラボ)」という一般社団法人の理事になりました。私の他に4人の理事がいます。

アイダは日本語の「間」から取っていて、個人的にずっと問題意識を持っていた「間をつなぐ人や組織が正しく評価されない」という課題に取り組んでいます。

 

 ―― 「間をつなぐ」はとても大事ですね。私も #混ぜなきゃ危険 をキーワードに活動をしているので、感じるものがあります。

そうでしょう。私も長年、文化翻訳者として活動してきて感じるのは、空間や時間や人間という「間」をつなげていくことが、より良いアプローチや新しい可能性への道を大きく広げることだと日本ではまだまだ理解されていないなということなの。

その理解と、実践のための取り組みを、日本に拡げていくお手伝いをしたいと思ったのね。

 

 ―― (前編)で話した「日本に足りないのは、再定義という現状を変化させていく力」という話とも通ずるところがありますね。

私が思うに、ここ数十年の日本経済の停滞は、「モノづくりエンジニア」たちと市井の人たちの間で双方の「想い」が伝わらなくなってしまっていることにあるんじゃないかしら。

相手の想いを理解するには、そもそもまずは自分が何を求めているのかという「自分の意思: My Will」を理解することが欠かせないと思うのね。

自分のニーズを理解することで、相手のニーズの存在にもしっかり気づけるし、意識を向けることができるようになるでしょう?

 

 ―― 今年、AIDA DESIGN LABは具体的にはどんな活動をされたんでしょうか?

この秋に、全5回15時間のリーダー育成プログラムを行い、私はインスピレーショントークとして北欧の民主主義やメディア情報リテラシーがどういう思想のもとに発展してきて、どんな進化を続けているかをお話ししました。

ビジネス・リーダー候補の人たちにとっては、一見「遠い」ことに感じるところもあったみたい。でも、北欧ではここ数年、「クインタプルヘリックス」というイノベーション創出モデルが注目を集めているのね。

 

サステナブルなイノベーションを生みだす「クインタプルヘリックス」

 ―― クインタプルだから5重で、ヘリックスは…螺旋?

簡単に言うと、「産官学民」の4セクター、つまり企業、政府、学校、市民の4つが共通の目的を持って密接に関わり合う「クワトロヘリックス」という四重螺旋モデルに、さらに「環境」を加えたものなの。今の時代に不可欠な「持続可能性」に重きを置いたイノベーション創出モデルね。

この実践には、所属セクターに関わりなく「My Will」の理解が欠かせないし、間をデザインするスキルも欠かせないの。

 

 ―― 産官学民環境。たしかに、今やこの中のどれも、単独でのアプローチで社会問題を解決できるところは残っていませんもんね。

そうよね。気候変動や水不足、食料の世界不均衡など、こうした問題の解決には総合的なアプローチが必要だと思うのね。それはさまざまなセクターという視点だけではなくて、倫理、文化、宗教、教育など、ありとあらゆる知恵を集結していくような。

それで、話は戻っちゃうんだけど、そういう考え方や実践方法を学ぶという点からも、フォルケがとても大きな役目を果たすと思っているの。

 

 ―― かなり興味深いです。デンマークではフォルケを通じて、日本ではAIDA DESIGN LABを通じて問題に向きあっていくということですね。

インタビューは、朋子さんの日本帰国後10日目の隔離期間中にオンラインで行いました。

 

世界における自分たちの役割を描く

 ―― 最後の質問となります。IBMは最高のテクノロジーで世界にポジティブな影響を及ぼすことを目指すことを標榜していて、自らを「グッドテックカンパニー」と呼んでいるのですが、朋子さんはテクノロジーにどんな期待を抱いていますか? あるいは「失望している」ということであれば、その理由を聞かせてください。

テクノロジーにはすごく期待しています。本当にテクノロジーの進化がなければ気候問題もしっかりと掴むことはできないし、これからの問題解決にも欠かせないパートナーであることは間違いないから。

ただ、日本が内閣府を中心に提唱している「ソサエティー5.0」というコンセプトは、正直まったく響いてこなくて。なんだか実態が掴めなくて、絵に描いた餅のような…。

 

 ―― それは、ビジョンとしてぼんやりしているということでしょうか。

そうね。また教育の話になってしまうんだけど、国としての方向性ってものすごく重要だと思うのね。ある意味、日本の失われた30年というのは、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまで言われた時代が過ぎた後、方向性を示せなかったことの結果じゃないかしら。

これは一つの例だけど、英語教育を取ってもデンマークの場合はビジョンが明確なのね。

アメリカ英語もインド英語も中国英語も聞き取れて、どんな相手にでもしっかりと伝わる英語を使うこと、つまり、本当の意味でのグローバル・イングリッシュを使うための教育をしているの。

その狙いはね、デンマークは小国だけれども、大国同士をつなげていく役割を果たそうと考えているから。そのためには、英語力そのものだけでは足りないのよね。

世界のさまざまな知見を学び吸収して、自分たち自身も成長して、その知恵で大国間をつないでいく。そうすることによって世界はより良い未来を描けるようになるし、自分たちの居場所もしっかり作り出せるでしょ。

教育も、まず、世界における自分たちの役割を描きだし、そのビジョンからスタートしているの。

 

 ―― やっぱりすげえなデンマーク!!

でも、日本だってすごいところが一杯あるのよ。だから、すごいもの同士で学び合えたらきっともっとすごくなれるわよね。

 

インタビュアーから一言

2021年11月にデンマークの市・県議会選挙へ立候補したときの話も本当は聞きたかったのですが、今回は時間の関係からそちらは諦めました…。それにしても、外国籍でも議員に立候補できるってすごいですよね。なんというか、日本との違いの大きさにいろいろと考えてしまいます。

なお、デンマークでの立候補の話は、短いですがこちらの記事が全体像を掴みやすいと思います。

 → デンマークの選挙は選挙カーなし、市民が討論楽しむ

 

ところで、今回のインタビュー中に「パチさん、この本、そこいらのビジネス書よりもずっとずっとビジネスに役立つわよ。超オススメ!!」と紹介されたのが、高田郁さんの『あきない世傳金と銀』という時代小説でした。

私は本好きですが、得意じゃないものが2つありまして、それが「時代小説」と「シリーズもの」…。とはいえ、「テクノロジーの活かし方とか、オープンソース的な考え方で『三方よし』を実現させていく様子とか、本当に主人公の呉服商の女房「幸」がすごいイノベーターなのよ。絶対読んだ方がいいよ!」と熱弁する朋子さんに心を動かされ、昨日、図書館でまずは第一巻を予約してみました。

おもしろかったら大人買いしてみます!

(取材日 2021年12月21日)

 

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