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電機・電子の製造業で求められるIT人材とは

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近年の景気の減退や新型コロナウイルス感染拡大によるサプライチェーンの寸断、デジタル変革の加速などで、製造業界を取り巻く情勢は大きく変化しました。本記事では、IBMにおけるエレクトロニクス業界のソートリーダーの1人である寺田 由樹が、電機・電子の製造業の現状や課題を見つめ、これからの電機・電子の製造業界に必要なIT人材とスキルを考察します。

 

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著者:寺田 由樹 (Yoshiki Terada)
日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社(IJDS) デジタル事業部第二インダストリアルソリューション統括部長。IBMのオープンバッジ制度の中で最も難易度の高い認定の1つである「Industry Badge Platinum」(業界に関する卓越した知見と実績を持つソートリーダー認定)を保有し、エレクトロニクス業界で長く活躍している。プロジェクトマネージャーとしても電機・電子をはじめとする多数の製造業のお客様への生産システムの提案からデリバリーに従事。この経験を活かし、人材の育成・拡大をめざすイニシアティブ活動に取り組んでいる。

 

はじめに

ここ数年のさまざまな環境変化により、電機・電子をはじめ、製造業を取り巻く情勢は非常に大きな転換期を迎えています。2020年からの新型コロナウィルス感染症の影響で、生産継続が難しい状況となった生産拠点もあり、これまでのサプライチェーンを維持できなくなった製造業も少なくありません。また、グローバルでの地政学的リスクの影響を考慮し、生産の国内回帰の動きも加速して進んでいる状況です。
2022年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術の振興施策)(※1)において、事業に影響し得る社会情勢変化の要因として、2021年では以下が上位5項目となっています。特に原材料価格の高騰や部素材不足の影響が顕著に現れています。
・ 原材料価格の高騰
・ 新型コロナウィルス感染症の感染拡大
・ 人手不足
・ 半導体不足
・ 部素材不足

また、最新のデジタル技術を活用したデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)の推進を加速する企業が増えていることに加え、カーボンニュートラルへの取り組みを推進するグリーントランスフォーメーション(以下、GX)も多くの製造業の企業でフォーカスされるようになりました。

このような製造業の情勢変化への対応を支援するIT業界においても、近年さまざまな変化が起きています。早期のDX推進実現に向け、従来のウォーターフォール開発に加えて、アジャイル開発プロジェクトが増えていることもその一例です。早期の投資対効果を見える化するために短期間での要件実現を繰り返すケースが増え、アジリティー(変化に対応し物事を適切かつ迅速に進めるスキル)が非常に重視されるようになったためです。
GX推進においては、各企業の基幹系システム等に収集されているデータを見える化し、分析/利活用できるソリューションが必要です。そのシステム化には、多様なデータを活用する業界や業務に関する知識(インダストリーナレッジ)が、これまで以上に求められます。
一方で、IT業界での人材不足は引き続き大きな課題となっています。今後もIT人材の需要は高まることが予想されており、要員の不足はプロジェクト遂行に影響を与える大きなリスクにもなりかねません。変革実現をリードし、お客様と共創できるIT人材の育成を急ぐ必要があります。

 

電機・電子の製造業における取り組み

半導体製造などの、いわゆるハイテク産業においては、1980年台頃から自動化や無人化への取り組みが進められており、当時からDX化が実施されてきていました。一方、電子部品や素材の製造を担う企業においても、近年は品質管理、トレーサビィティーの担保、コスト削減等を目的としたDX化の取り組みが加速しています。スマートファクトリーロードマップ(※2)の中で、多くの外部環境の変化に対応するために、ものづくりのスマート化の必要性が訴求されています。

ものづくりのスマート化の目的(7項目)
・ 品質の向上
・ コストの削減
・ 生産性の向上
・ 製品化・量産化の期間短縮
・ 人材不足・育成への対応
・ 新たな負荷価値の提供・提供価値の向上
・ その他(リスク管理の強化)

電機・電子の製造業においても同様に、これらの目的実現が強く求められる環境になってきています。また、スマートファクトリーロードマップの中で、上記項目の実現に必要不可欠な製造データの収集・蓄積に、MES(Manufacturing Execution System:製造実行システム、以下、MES)の活用が重要であることが示されています。

IBMのSiView Standard(※3)は半導体ライン向けのMESとして、完全に自動化されたオペレーションをサポートし、上記7項目の実現にも貢献しながら、記録的な速さでの工場の立ち上げをご支援しています。
SiView Standardは、もともとIBM社内で1980年台に半導体生産ライン向けのMESとして開発されました。このシステムに対しIBMは継続的な投資と機能拡張を重ね、お客様向けに構築したのが、現在のソリューションです。毎年、お客様から寄せられた要件を製品ロードマップに反映しながら、図1に示すような機能拡張や改善を継続しています。

図1.SiView Standard の継続的な機能拡張

図1.SiView Standard の継続的な機能拡張

 

MESは半導体ラインに限らず、さまざまな生産ラインに欠かせないシステムです。例えば、液晶ディスプレイや半導体製造に使用されるシリコンウェーハ生産ラインの全自動運用にも使用され、多数の工場に導入されています。
IBMでは液晶ディスプレイ用MES「LCDView」や半導体向けシリコンウェーハ用MES「WaferView」の導入実績も多数あり、さまざまな分野でものづくりのスマート化をご支援しています。

 

電機・電子の製造業で求められるIT人材

上記のようにいろいろな環境変化への対応が求められる電機・電子の製造業において、DXやGXの推進にIT技術を利活用することは非常に重要なテーマであり、今後IT企業との連携や共創をさらに加速、拡大させていくことが必要です。このような状況において、IT人材に対する期待も高まっており、多くのスキルが求められています。特に重要なスキルは以下の4つです。詳しく見ていきましょう。
1. 業界知識(インダストリーナレッジ)
2. さまざまなITプロフェッションスキル
3. ヒューマンスキル
4. 最新ITテクノロジーに関する知識

 

1. 業界知識(インダストリーナレッジ)

DX/GXを推進するためには、各企業の基幹系システム等に収集されているデータを見える化し、分析/利活用できるソリューションが必要です。そのシステム化には、多様なデータを活用する業界や業務に関する知識(インダストリーナレッジ)も必要とされます。
特に電機・電子のハイテク領域においては製造工程が多種多様のため、各社のノウハウが蓄積された非常に多くの製造プロセス(例えば、検査、リワーク、品質判定など)が、多数の品種ごとに複雑に組み込まれています。また、全自動での運用には、各種の製造/検査装置の制御インターフェースやプロセスデータ、検査データの自動収集、装置ステータスの監視、データのフィードバック/フィードフォワードなどの自動化対応も必要となります。
製造実行の中心となるMESに加えて、生産計画、スケジューリング、品質管理、各種レポートシステムなど、多くの周辺システムとの連携も求められます。

このように複雑で多様な仕組みを理解し、お客様と共創していくためには、その業界やお客様固有の業務に関する深い知識(インダストリーナレッジ)が必要不可欠です。
業界・業務知識は一定レベルまでは座学でも習得できますが、複雑な要件を実現するためにはやはり経験を重ねることも必要です。この意味で、スキルの継承、つまりシニア層の持つ業界の知識と経験を後進メンバーにどう引き継いでいくことができるか、という点が人材育成の重要なポイントとなります。
AI等を活用して、業界知識をITシステムにて継承していくような取り組みも始まっており、今後も製造企業、IT企業の両方において、業界知識の習得は最重要テーマになっていくでしょう。IBMにおいても、業界知識はフォーカススキルの一つとして、習得を強く推奨しています。

ここで、筆者が電機・電子業界におけるソートリーダーと認定される知見と経験をどのように習得してきたのか紹介します。
筆者は、1990年代初旬に、先に述べた半導体生産を含む複数の製造ラインを有するIBMの工場の生産技術エンジニアとして入社して以来、半導体、および半導体を搭載する基板や大型メインフレームシステムの生産技術、MESのプロジェクトに数多く参画してきました。
どのプロジェクトでも一貫して「現場」にこだわり、多くの工場やお客様サイトに常駐し、システム導入や新工場の立上げを現場担当者と一緒に実施してきています。振り返ってみると、若い頃から製造現場に飛び込んで多数のステークホルダーと日々関わったことで、生産技術のスキルと業界の専門知識が身につき、また常に業界の課題や最新動向にアンテナを張る習慣ができたと思います。
最近はリモートでほとんどのことができる時代になりましたが、製造業に関して言えば、昔も今も、工場や製造現場に多く触れる機会を持つことが業界スキル習得の1番の方法です。経験が浅く、これから業界ナレッジを習得したいと考えている若手社員の方は、筆者が考える以下の3つのことをぜひ実践してみてください。
 
業界ナレッジを取得するために実践してほしい3つのこと:
1. 座学で業界特有の構造やプロトコルを学び、ビジネス動向や企業戦略やの情報を収集する
2. 社内外のセミナーやイベントに参加して業界の最新情報をキャッチする。また、自分なりの考えを述べる/発信する
3. 工場の生産ラインや研究施設などを見学し、製造現場での運用の実態や課題を知る

筆者の経験からみても、特に3の実施が効果的です。まさに「百聞は一見に如かず」で、現場を体験することには大きな価値があります。現場で作業者のオペレーションや生産ラインでの部品や製品の動きを直接見ることで、ITに求められる要件をより具体的に実感することができるためです。
仮に機密管理等の観点などでお客様の製造現場を直接見ることが難しい場合であっても、できるだけお客様サイトを訪問し、IT、生産技術、品質管理などの担当者や、各装置・周辺システムベンダーなどと対話する機会を作るようにしましょう。
関係者が集まって要件を議論するような会議があれば、業界知識を十分に持っていない若手メンバーもぜひ議事録を取りながら参加してください。そこで見聞きした用語を書き留めたり、議論の論点や確認すべきポイントをまとめることで、製造現場の「活きた業界知識」を吸収することができます。
また、プロジェクトの中に製造現場に精通し、豊富なプロジェクト経験とお客様と良好な関係性を築いている年長者がいる場合は、若手メンバーを製造現場に連れて行き、会議に参加する機会をより多く提供することが後進の育成の観点で大切です。ぜひ意識してみてはいかがでしょうか。

 

2. ITのプロフェッションスキル

製造業に限らずどの業界の企業においても、デジタル事業の推進にはさまざまななプロフェッション(職種)のIT人材が求められています。従来のシステム設計・開発を担うアーキテクト/エンジニア/プログラマーに加えて、ユーザー向けのデザインを担当するデザイナー、データ分析のスキルを持つデータサイエンティスト、これらの職種のメンバーを束ねてデジタル事業の実現をリードするプロジェクトマネージャーなどです。特に電機・電子の業界では、グローバルでの競争力強化のために早期の製品化が重要となるため、短期間での要件実現を目指すアジリティーも必要です。いずれの職種の人材も、先に述べた業界知識を活かしながら、お客様と信頼関係を築き、深く連携できることが期待されています。

 

3. ヒューマンスキル

さまざまな環境変化への対応が求められる電機・電子の製造業では、とりわけステークホルダーマネジメントが重要です。企業の情報システム部門だけではなく、製造部門、経理部門、管理部門、上位マネジメント、加えて、業種や業界を超え業際横断で関わるステークホルダーらをリードし、プロジェクトを推進していかなければなりません。そのようなステークホルダーとの迅速な意思決定には、優れたコミュニケーションスキル/ネゴシエーションスキル等のヒューマンスキルが必要です。

 

4. 最新ITテクノロジーに関する知識

半導体の微細化と同様に、他の電機・電子の製造業においても、日々、技術革新が進んでいます。DX/GXを推進していくためには、AI等の最新IT技術に関するスキルの習得が重要です。特に電機・電子製造での複雑な業務では、長年の経験と専門スキルを持つ匠の技を受け継ぎ、データとして保管し、業界知識を補完するような仕組み作りも進められており、その実現のためには最新のIT技術を活用します。また、プロジェクトの規模や期間、要件等の特性に応じて、ウォーターフォール開発、アジャイル開発、あるいはそのハイブリッドの開発手法を適切に実践していくことも必要です。

 

まとめ

ここまで述べてきたように、ここ数年のさまざまな環境変化により、電機・電子をはじめ、製造業を取り巻く情勢は非常に大きな転換期を迎え、企業のビジネスの成長のために共創するIT業界への期待がこれまで以上に高くなっています。特に日本で大きな注目を集めている半導体産業の再建においては、MESをはじめとするITシステム基盤が必要不可欠です。このようなITシステムを支えるIT人材への期待もいっそう高まり、求められるスキル範囲も広く深くなってきています。
今後も日本の製造業がグローバルで競争力を持って生き残っていけるよう、上で述べたスキルを身につけ、ITの分野から継続的に製造業を支援できる優秀な人材を育成していく必要があります。


※1:本稿では、経済産業省の「2022年版ものづくり白書」を参照しています。
参照元:2022年版ものづくり白書
※2:本稿では、経済産業省中部経済産業局の「スマートファクトリーロードマップ」を参照しています。参照元:スマートファクトリーロードマップ
※3:本稿では、IBMソリューションブログの「IBM SiView Standard」を参照しています。参照元:SiView Standard

 

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